2008年09月30日
今日の蘇我駅 その39
今日、9月30日の蘇我駅の様子です。

蘇我駅で113系、EH200、KD55が並びました。
113系は外房線から来た296M、EH200-7は5974列車の蘇我からの牽引機、KD55 102は5974列車の蘇我までの牽引機です。
本日はこの1本前の4096列車から撮影を開始しており、そちらの牽引機はEF210-119でした。

こちらの写真は、蘇我に到着した57列車です。
KD55-201が牽引してやって来ました。
ここからはEF210-104にバトンタッチしています。

蘇我駅で113系、EH200、KD55が並びました。
113系は外房線から来た296M、EH200-7は5974列車の蘇我からの牽引機、KD55 102は5974列車の蘇我までの牽引機です。
本日はこの1本前の4096列車から撮影を開始しており、そちらの牽引機はEF210-119でした。

こちらの写真は、蘇我に到着した57列車です。
KD55-201が牽引してやって来ました。
ここからはEF210-104にバトンタッチしています。
2008年09月30日
名古屋鉄道撮影行 その6
神宮前駅から乗り込んだ列車は、7時26分発の急行河和行きです。
この急行は先ほど撮影した、知多半田行きパノラマカーを追いかけて、河和線の河和まで行く列車です。
パノラマカーの方は普通列車のため先行することが可能なのでした。

急行を河和線阿久比駅で下車し、名古屋方にある陸橋から撮影してみました。
下車してから知多半田行きの列車が来るまで約12分ですが、陸橋が近いので十分間に合います。
下車した阿久比駅とパノラマカーの行き先である知多半田駅は遠くはなく、約30分ほどで折り返してくるので、同じ陸橋で撮影することにして列車を待ちました。

陸橋の階段から、阿久比駅の待避線側に停車しているパノラマカーを撮影してみました。(8時33分金山行き)
この駅では特急の待避や急行との接続が頻繁におこなわれます。

優等列車を待避していたパノラマカーが走り去っていきました。
今度は線路の反対側から撮影しています。
この急行は先ほど撮影した、知多半田行きパノラマカーを追いかけて、河和線の河和まで行く列車です。
パノラマカーの方は普通列車のため先行することが可能なのでした。

急行を河和線阿久比駅で下車し、名古屋方にある陸橋から撮影してみました。
下車してから知多半田行きの列車が来るまで約12分ですが、陸橋が近いので十分間に合います。
下車した阿久比駅とパノラマカーの行き先である知多半田駅は遠くはなく、約30分ほどで折り返してくるので、同じ陸橋で撮影することにして列車を待ちました。

陸橋の階段から、阿久比駅の待避線側に停車しているパノラマカーを撮影してみました。(8時33分金山行き)
この駅では特急の待避や急行との接続が頻繁におこなわれます。

優等列車を待避していたパノラマカーが走り去っていきました。
今度は線路の反対側から撮影しています。
2008年09月29日
信越撮影行 その2
少し前のブログにキハ122・127の様子を載せていますが、その当日の9月21日は、大糸線のキハ52三連を撮影するために出掛けていたのです。
前日、鬼怒川での研修、蘇我での会議に出席してから家に戻り、そのまま出発したので、眠たいこと眠たいこと。
今回も同行することになった仮設住宅氏に運転を任せっぱなしにしてしまいました。
天気は生憎と曇り空、走行写真は無理と判断したので、最初の撮影地は平岩駅としました。

列車の到着前は、大船から来ていた方と雑談して時間を潰したりして過ごします。
列車が到着する前になって少し雨が降ってきました。
でも傘がいるほどではありません。
時間になり大糸線の一番列車である糸魚川発平岩行きの418Dが到着します。
この日の車両運用は変則で、いつもは単行の418Dも二連での運行になっていました。

14分の停車で418Dは平岩発南小谷行きの420Dとなります。
この辺りから雨の勢いが増してきており、傘が必要になってしまいました。
この先を考えると、少々がっかりしてきます。

平岩を発車した420Dを撮影しましたが、雨が降る早朝では光量が不足してしまいかなり暗い写真となってしまいました。
最近のデジカメなら感度を上げてもノイズが目立たないのですが、古いカメラだとノイズだらけになるのであまり上げられないのが難点です。
前日、鬼怒川での研修、蘇我での会議に出席してから家に戻り、そのまま出発したので、眠たいこと眠たいこと。
今回も同行することになった仮設住宅氏に運転を任せっぱなしにしてしまいました。
天気は生憎と曇り空、走行写真は無理と判断したので、最初の撮影地は平岩駅としました。

列車の到着前は、大船から来ていた方と雑談して時間を潰したりして過ごします。
列車が到着する前になって少し雨が降ってきました。
でも傘がいるほどではありません。
時間になり大糸線の一番列車である糸魚川発平岩行きの418Dが到着します。
この日の車両運用は変則で、いつもは単行の418Dも二連での運行になっていました。

14分の停車で418Dは平岩発南小谷行きの420Dとなります。
この辺りから雨の勢いが増してきており、傘が必要になってしまいました。
この先を考えると、少々がっかりしてきます。

平岩を発車した420Dを撮影しましたが、雨が降る早朝では光量が不足してしまいかなり暗い写真となってしまいました。
最近のデジカメなら感度を上げてもノイズが目立たないのですが、古いカメラだとノイズだらけになるのであまり上げられないのが難点です。
2008年09月28日
今日の千葉機関区 その19
今日、9月28日8時半頃の千葉機関区の様子です。

朝の千葉機関区は到着する列車があまりないため、機関区に停まっている機関車が少ないので寂しいかぎりです。
11時台から続けて到着があるので、16時前が一番賑わって楽しいのですが、今回は用事のついでなのでしょうがないのでした。
実際に停まっていたのは2両の機関車のみ。
写真のEF210-133と検修庫内のEF65 1095だけです。
これから再び千葉に向かいますが、今度は電車の中から覗くだけ~。

朝の千葉機関区は到着する列車があまりないため、機関区に停まっている機関車が少ないので寂しいかぎりです。
11時台から続けて到着があるので、16時前が一番賑わって楽しいのですが、今回は用事のついでなのでしょうがないのでした。
実際に停まっていたのは2両の機関車のみ。
写真のEF210-133と検修庫内のEF65 1095だけです。
これから再び千葉に向かいますが、今度は電車の中から覗くだけ~。
2008年09月28日
名古屋鉄道撮影行 その5
神宮前駅ホームの名古屋寄りの端で撮影すると、目の前に踏切があります。
そこで見ていると凄いなーと思ってしまうことに遭遇しました。

この踏切は東海道線と名鉄線が並走している区間にあり、JR側は自動警報機と自動遮断機が設置されている無人の踏切、名鉄側は踏切保安係が遮断機を扱う有人の踏切です。
JR側に列車が通る場合は、自動的に踏切遮断機が降りますが、すぐ隣の名鉄側の遮断機はおりません。
見ていた時は自転車が名鉄の踏切を渡って来ますが、JR側が降りているため、先に進めません。
先に進めないうちに、名鉄も列車が発車することになり遮断機が降ろされました。
写真はその状態で、1メートルあるかないかのJRと名鉄の踏切間で斜めに自転車を止めて列車をやり過ごしている人達が4人います。
普通なら同時に踏切が降りるのでしょうが、名鉄は神宮前駅で停車するのと複々線で本数が多いため、そのままだと開かずの踏切と化すために、有人での操作になっているようです。
でもここで待っている人は、バランスを崩すとそのまま線路に倒れる可能性があってどう考えても危険なのです。

先ほどのパノラマカーから10分経たないうちに、知多半田行きのパノラマカーがやって来ました。

ホームに停車中の知多半田に向かうパノラマカー。
この駅では12分の間に3本のパノラマカーが撮影できましたが、まだまだ撮影は始まったばかり、すぐに電車に乗って次の撮影地に移動します。
そこで見ていると凄いなーと思ってしまうことに遭遇しました。

この踏切は東海道線と名鉄線が並走している区間にあり、JR側は自動警報機と自動遮断機が設置されている無人の踏切、名鉄側は踏切保安係が遮断機を扱う有人の踏切です。
JR側に列車が通る場合は、自動的に踏切遮断機が降りますが、すぐ隣の名鉄側の遮断機はおりません。
見ていた時は自転車が名鉄の踏切を渡って来ますが、JR側が降りているため、先に進めません。
先に進めないうちに、名鉄も列車が発車することになり遮断機が降ろされました。
写真はその状態で、1メートルあるかないかのJRと名鉄の踏切間で斜めに自転車を止めて列車をやり過ごしている人達が4人います。
普通なら同時に踏切が降りるのでしょうが、名鉄は神宮前駅で停車するのと複々線で本数が多いため、そのままだと開かずの踏切と化すために、有人での操作になっているようです。
でもここで待っている人は、バランスを崩すとそのまま線路に倒れる可能性があってどう考えても危険なのです。

先ほどのパノラマカーから10分経たないうちに、知多半田行きのパノラマカーがやって来ました。

ホームに停車中の知多半田に向かうパノラマカー。
この駅では12分の間に3本のパノラマカーが撮影できましたが、まだまだ撮影は始まったばかり、すぐに電車に乗って次の撮影地に移動します。
2008年09月27日
今日の千葉機関区 その18
今日、9月27日の千葉機関区の様子です。
本日は私も仮設住宅氏も休みだったので、模型屋に寄ったり電気屋に寄ったりしておりました。
模型屋に行く前に千葉機関区に立ち寄ったので、いつものように写真撮っています。
<
立ち寄ったのは9時50分頃、機関区構内には3両の機関車が停まっており、機番はEF65 1046とEF65 1054とEF210-122でした。
EF65 1046の方は、直前まで検修庫内にいたのですが、ちょうど表に出てきたところを撮影しています。
撮影直後にパンタを降ろされてしまいましたので、運が良かったのでしょう。
模型屋には鉄コレを買おうと思って行ったのですが、2軒目でカワイのタキ1900セメントターミナル仕様が売っていたので、6輌分ついつい買ってしまいました。
なかなか売っていないので、手に入ってラッキーです。
本日は私も仮設住宅氏も休みだったので、模型屋に寄ったり電気屋に寄ったりしておりました。
模型屋に行く前に千葉機関区に立ち寄ったので、いつものように写真撮っています。
<立ち寄ったのは9時50分頃、機関区構内には3両の機関車が停まっており、機番はEF65 1046とEF65 1054とEF210-122でした。
EF65 1046の方は、直前まで検修庫内にいたのですが、ちょうど表に出てきたところを撮影しています。
撮影直後にパンタを降ろされてしまいましたので、運が良かったのでしょう。
模型屋には鉄コレを買おうと思って行ったのですが、2軒目でカワイのタキ1900セメントターミナル仕様が売っていたので、6輌分ついつい買ってしまいました。
なかなか売っていないので、手に入ってラッキーです。
2008年09月27日
名古屋鉄道撮影行 その4

美合発新鵜沼行きの列車が神宮前駅にやって来ました。
この駅で乗務員の交替があるため、ここからの運転士さんが待ちかまえています。

セッテペロ号を参考にしたというデザインの前頭部です。
なかなか凝った造形をしていると思いました。
4両編成のパノラマカーは分割併合のため、電連が取り付けられており、連結器周りが重装備になっています。
6両編成の方はスカートも切り取られておらず、スッキリした印象でした。

乗務員交替中のパノラマカーの様子です。
構造上、乗務員の交替には手間が掛かります。
雨の日はさぞかし大変でしょうね。
2008年09月26日
今日の蘇我駅 その38
今日9月26日に蘇我駅で撮影した貨物列車の様子です。

仕事に行くのに家を早く出ると、蘇我駅に6時49分に着く5989列車を撮影できることに気が付き、今日は実際に撮影をしてみました。
これから日が短くなるので、いつまで撮影できるか分かりませんが、気が向いたらまた撮影したいと思います。

帰りの蘇我駅でも撮影をしています。
写真のは5972列車、牽引機はEF210-134でした。
チキ×4+コキ+トキの編成です。

仕事に行くのに家を早く出ると、蘇我駅に6時49分に着く5989列車を撮影できることに気が付き、今日は実際に撮影をしてみました。
これから日が短くなるので、いつまで撮影できるか分かりませんが、気が向いたらまた撮影したいと思います。

帰りの蘇我駅でも撮影をしています。
写真のは5972列車、牽引機はEF210-134でした。
チキ×4+コキ+トキの編成です。
2008年09月26日
名古屋鉄道撮影行 その3
神宮前駅では下りホームの名古屋寄りに陣取り、やって来る列車を片っ端から撮影していました。
次の撮影予定は、7時8分発の美合発新鵜沼行きの下り列車だったのですが、7時5分頃に常滑線側にカメラを向けている人の存在に気が付きました。

何か来るのかなと思いとりあえずカメラを向けると、パノラマカーが入線してきました。
ちょうど9月11日のブログに載せた列車です。
運行予定に無い列車なので、一瞬ダイヤのメモを写し間違ったのかと思って少し焦りました。

この列車は岐阜行きの快速急行、多くの乗客を乗せているのが、大きな前面窓からよく見えました。
次の撮影予定は、7時8分発の美合発新鵜沼行きの下り列車だったのですが、7時5分頃に常滑線側にカメラを向けている人の存在に気が付きました。

何か来るのかなと思いとりあえずカメラを向けると、パノラマカーが入線してきました。
ちょうど9月11日のブログに載せた列車です。
運行予定に無い列車なので、一瞬ダイヤのメモを写し間違ったのかと思って少し焦りました。

この列車は岐阜行きの快速急行、多くの乗客を乗せているのが、大きな前面窓からよく見えました。
2008年09月25日
今日の検見川浜駅 その2

千葉みなと駅の次は検見川駅に移動してきました。
30分ほど待つと2080列車がやってきます。
この列車は京葉線を日中に走る唯一のEH200の運用です。
この日はEH200-15が牽引機、休日の撮影が多かったので、5回目にして初めて貨車を牽引している姿を撮影できました。
2008年09月25日
今日の千葉みなと駅 その4
今日の午後は職場に用事があったので、いつものように少し早く出て、京葉線の貨物列車を2本撮影していました。
いつも行動パターンが決まっており、姉ヶ崎駅からは快速の4340Fに乗って蘇我駅に向かいます。
この列車は蘇我駅到着直前に、1070列車を牽引してきたEF210とすれ違います。
今日はEF210-121でした。
最初に蘇我駅で8972列車を撮影するのですが、手前の1番線に乗車して来た4340Fが5分間も停車するので、いきなりお預けです。
平日は11両編成のため、機関車を見ることは可能ですが、休日ダイヤだと15両編成なので、出発するまで何も出来ないのでした。
4340Fが発車してやっと撮影可能となりました。
今日はEF65 1054、特急色を纏った機関車です。
数カット撮影するとすぐに京葉線の電車に乗り込み、千葉みなと駅に移動しました。

京葉線を行く8972列車を千葉みなと駅で撮影です。
近年、線路際に高層マンションが建ってしまったので、線路に影が掛かってしまう場所が出来てしまっており、少し撮りづらくなっています。
この撮影後は、検見川浜駅に移動しました。
いつも行動パターンが決まっており、姉ヶ崎駅からは快速の4340Fに乗って蘇我駅に向かいます。
この列車は蘇我駅到着直前に、1070列車を牽引してきたEF210とすれ違います。
今日はEF210-121でした。
最初に蘇我駅で8972列車を撮影するのですが、手前の1番線に乗車して来た4340Fが5分間も停車するので、いきなりお預けです。
平日は11両編成のため、機関車を見ることは可能ですが、休日ダイヤだと15両編成なので、出発するまで何も出来ないのでした。
4340Fが発車してやっと撮影可能となりました。
今日はEF65 1054、特急色を纏った機関車です。
数カット撮影するとすぐに京葉線の電車に乗り込み、千葉みなと駅に移動しました。

京葉線を行く8972列車を千葉みなと駅で撮影です。
近年、線路際に高層マンションが建ってしまったので、線路に影が掛かってしまう場所が出来てしまっており、少し撮りづらくなっています。
この撮影後は、検見川浜駅に移動しました。
2008年09月25日
信越撮影行 その1
やっと電話回線が使えるようになりました。
使えるようになったら、他にも小さな被害が有ったことが発覚しましたが、ブログするには影響がなかったので良かった良かった。
今日は9月21日、糸魚川の煉瓦庫見学の際に見ることが出来たキハ122・127の写真を公開です。

糸魚川の煉瓦庫にはキハ127-1+キハ127-1001+キハ122-1が止まっており、こちらはキハ127-1になります。
庫内のため車両全体の写真を撮るのは無理なのが残念。
前に発表公開されたイラストの通り、JR西日本の電車そのものの感じです。
この系列の前に登場した、JR西日本の気動車であるキハ121などは見事な切妻だったのと比べると、格好良いでしょう。

こちらは正面です。

糸魚川駅のホームから見た、煉瓦庫とキハ122-1です。
煉瓦庫は2両分の長さしかないため、1輌だけ外に出ています。
今回この車両は姫新線用となっていますが、大糸線に新車が投入される日が来るのでしょうか。
北陸新幹線の開業時に路線が存続されるかどうかも分からないので、『キハ52と共に線路廃止』だけは避けてもらいたいものです。
使えるようになったら、他にも小さな被害が有ったことが発覚しましたが、ブログするには影響がなかったので良かった良かった。
今日は9月21日、糸魚川の煉瓦庫見学の際に見ることが出来たキハ122・127の写真を公開です。

糸魚川の煉瓦庫にはキハ127-1+キハ127-1001+キハ122-1が止まっており、こちらはキハ127-1になります。
庫内のため車両全体の写真を撮るのは無理なのが残念。
前に発表公開されたイラストの通り、JR西日本の電車そのものの感じです。
この系列の前に登場した、JR西日本の気動車であるキハ121などは見事な切妻だったのと比べると、格好良いでしょう。

こちらは正面です。

糸魚川駅のホームから見た、煉瓦庫とキハ122-1です。
煉瓦庫は2両分の長さしかないため、1輌だけ外に出ています。
今回この車両は姫新線用となっていますが、大糸線に新車が投入される日が来るのでしょうか。
北陸新幹線の開業時に路線が存続されるかどうかも分からないので、『キハ52と共に線路廃止』だけは避けてもらいたいものです。
2008年09月24日
名古屋鉄道撮影行 その2
いやーまいったまいった。
仮設住宅氏のコメント書き込みにもあるように、隣家への落雷による影響で電話が使えないままなのです。
今日はよその場所からネットを繋いでいる状態です。
22日に撮影旅行から帰ってきて、当日の写真をアップしようとしたら駄目になっていたのてびっくりです。
他の被害は、メインで使用しているパソコンの内蔵アンプが駄目になって音が出なくなっただけなのが不幸中の幸い。
落ちた方の家は、家電品に結構被害が出ていました。
今日のネタは、9月11日の名古屋鉄道撮影の様子です。
9月10日夜、名古屋鉄道のパノラマカーを撮影するべく、ムーンライトながらに乗車しました。
名古屋鉄道は、ローカルな支線系統しか撮影したことが無く、本線系統は実質初めてです。
乗車した事は20年以上前にあるのですが、何故か写真を撮っていないのでした。
今回の撮影に当たって、名古屋鉄道ホームページのパノラマカー運行時刻表をみて撮影計画を立てて挑んでいます。
当初の予定では金山駅で名鉄に乗り換え、神宮前駅で3本のパノラマカーを撮影するつもりでしたが、最初の1本は金山~神宮前間で撮影してみました。
ムーンライトながらの熱田駅到着時刻が5時59分、撮影地点辺りのパノラマカー通過時刻が6時17分頃なので、かなり急いで行きました。

現地に着いてすぐの、6時13分頃の列車。

この区間は複々線になっており、列車が続々とやってきます。

正直、撮影失敗の最初のパノラマカーです。
編成が短いから、内側線だったら良かった…。
仮設住宅氏のコメント書き込みにもあるように、隣家への落雷による影響で電話が使えないままなのです。
今日はよその場所からネットを繋いでいる状態です。
22日に撮影旅行から帰ってきて、当日の写真をアップしようとしたら駄目になっていたのてびっくりです。
他の被害は、メインで使用しているパソコンの内蔵アンプが駄目になって音が出なくなっただけなのが不幸中の幸い。
落ちた方の家は、家電品に結構被害が出ていました。
今日のネタは、9月11日の名古屋鉄道撮影の様子です。
9月10日夜、名古屋鉄道のパノラマカーを撮影するべく、ムーンライトながらに乗車しました。
名古屋鉄道は、ローカルな支線系統しか撮影したことが無く、本線系統は実質初めてです。
乗車した事は20年以上前にあるのですが、何故か写真を撮っていないのでした。
今回の撮影に当たって、名古屋鉄道ホームページのパノラマカー運行時刻表をみて撮影計画を立てて挑んでいます。
当初の予定では金山駅で名鉄に乗り換え、神宮前駅で3本のパノラマカーを撮影するつもりでしたが、最初の1本は金山~神宮前間で撮影してみました。
ムーンライトながらの熱田駅到着時刻が5時59分、撮影地点辺りのパノラマカー通過時刻が6時17分頃なので、かなり急いで行きました。

現地に着いてすぐの、6時13分頃の列車。

この区間は複々線になっており、列車が続々とやってきます。

正直、撮影失敗の最初のパノラマカーです。
編成が短いから、内側線だったら良かった…。
2008年09月20日
今日の蘇我駅 その37
今日、9月20日の蘇我駅の様子です。
前日から今日に掛けて鬼怒川温泉で研修があり、行き帰りで東武鉄道を軽く撮影した後、夕方の蘇我駅にやって来ました。
17時半から蘇我駅のすぐ近くで会議だったため、ギリギリまで撮影してから出席しています。

4098列車はEF65 1050が牽引機です。

こちらは1092列車の牽引機となるEF65 1089です。
日が落ちるのが早くなってきたので、動いている場面の撮影がだいぶ厳しくなってきましたね。
会議が終わってやっと家に戻りましたが、今から大糸線のキハ52の三連撮影に出発したりするのです。
それでは行ってきま~す。
前日から今日に掛けて鬼怒川温泉で研修があり、行き帰りで東武鉄道を軽く撮影した後、夕方の蘇我駅にやって来ました。
17時半から蘇我駅のすぐ近くで会議だったため、ギリギリまで撮影してから出席しています。

4098列車はEF65 1050が牽引機です。

こちらは1092列車の牽引機となるEF65 1089です。
日が落ちるのが早くなってきたので、動いている場面の撮影がだいぶ厳しくなってきましたね。
会議が終わってやっと家に戻りましたが、今から大糸線のキハ52の三連撮影に出発したりするのです。
それでは行ってきま~す。
2008年09月20日
菰池公園のNUS6 その2

NUS6の側面を撮影すると立派な雨よけが徒となり、柱が邪魔になってしまいました。

側面には川崎製鉄の社紋も取り付けられています。

後ろ姿です。
キャブの下に立ち入れないように柵が付けられていました。
残念ながらこちら側のナンバープレートは無くなっています。
2008年09月19日
菰池公園のNUS6 その1
NUS7を撮影の後、中央区宮崎2丁目にある菰池公園に移動します。

こちらの公園の機関車は、保管場所に屋根が付いており、雨が凌げるようになっていました。
鉄の塊の蒸気機関車だけに、屋根のあるなしで痛みの進行が全然違うため、やはりあった方が良いでしょう。

ここに保存されている機関車はNUS6で、NUS7と一緒に活躍していた機関車でした。
機関車の前には由来を記す案内板があり、近年、川崎製鉄がJFEになった時に新しいモノになったのですが、所々の文字が剥げて消えてしまっています。

正面から見たNUS6です。
この機関車の前面にはオリジナルのナンバープレートが付いていました。
ちなみに、NUS7はオリジナルのナンバープレートが失われており、ダミーが取り付けられています。

こちらの公園の機関車は、保管場所に屋根が付いており、雨が凌げるようになっていました。
鉄の塊の蒸気機関車だけに、屋根のあるなしで痛みの進行が全然違うため、やはりあった方が良いでしょう。

ここに保存されている機関車はNUS6で、NUS7と一緒に活躍していた機関車でした。
機関車の前には由来を記す案内板があり、近年、川崎製鉄がJFEになった時に新しいモノになったのですが、所々の文字が剥げて消えてしまっています。

正面から見たNUS6です。
この機関車の前面にはオリジナルのナンバープレートが付いていました。
ちなみに、NUS7はオリジナルのナンバープレートが失われており、ダミーが取り付けられています。
2008年09月18日
稲岸公園のNUS7 その2

この機関車は川崎製鉄千葉製鉄所が開設された時、構内輸送用の目的で新製された車両です。
同じ系列の川崎車輌にて1957年に製造されています。
1968年に工場内の蒸気機関車もディーゼル機関車と置き換えられたため、千葉市に寄贈されたのでした。

連結器部分をよく見ると2種類の連結器を備えていました。
上部は一般的な自動連結器、下部は自動連結器の一種のウィリソン式連結器です。
連結する車両によって使い分けていたのでしょう。
立山砂防工事専用軌道に行った時に、このタイプの連結器を装備していたのですが、見たことがあるけど種類が分からなかったのですが、2週間前にしっかり撮影していたのでした。

最後の写真はNUS7の後ろ姿です。
2008年09月17日
稲岸公園のNUS7 その1
千葉市内に保存されている蒸気機関車は3両あり、全車撮影してみたので写真を公開します。

7月10日、9時過ぎに仕事が終了したので、美浜区にある稲岸公園に出掛けます。
この場所は民間航空発祥の地となっており、1912年に日本初の民間飛行練習場である稲毛民間飛行練習場が開設されています。
大きな記念のモニュメントが公園の入口に建てられていました。
稲毛民間飛行練習場で活躍した国産飛行機の鳳号は、復元されたモノですが、この公園より海側にある稲毛海岸公園にあるそうです。
この公園に来た目的はこの記念碑ではなく、左側に小さく見える黒い塊です。

ここには、川崎製鉄千葉工場で活躍した蒸気機関車であるNUS7が保存展示されていました。
ここ2年ほどの間で整備されたようで、塗装が綺麗になっています。

NUS7を側面から見ています。
C形のタンク機ですね。
この公園の横は団地になっているので、子供を連れて散歩に来る人達が多くいました。

7月10日、9時過ぎに仕事が終了したので、美浜区にある稲岸公園に出掛けます。
この場所は民間航空発祥の地となっており、1912年に日本初の民間飛行練習場である稲毛民間飛行練習場が開設されています。
大きな記念のモニュメントが公園の入口に建てられていました。
稲毛民間飛行練習場で活躍した国産飛行機の鳳号は、復元されたモノですが、この公園より海側にある稲毛海岸公園にあるそうです。
この公園に来た目的はこの記念碑ではなく、左側に小さく見える黒い塊です。

ここには、川崎製鉄千葉工場で活躍した蒸気機関車であるNUS7が保存展示されていました。
ここ2年ほどの間で整備されたようで、塗装が綺麗になっています。

NUS7を側面から見ています。
C形のタンク機ですね。
この公園の横は団地になっているので、子供を連れて散歩に来る人達が多くいました。
2008年09月16日
2008年富山撮影旅行 その62
このトロッコ群を扱っている会社の入口には、1台の産業用機関車がモニュメントのように置かれていました。

これは貴重かもしれない機関車です。
タンクの載ったこの機関車は、圧縮空気式機関車であり、圧縮した空気をタンクに貯め、その空気の圧力でピストンを動かして稼働するのです。
バッテリーカーが開発される以前、火が使えない場所での作業用に開発されたもので、無火機関車に分類され、国内には3台ほどしか残っていないようです。

台枠側面には製造所である日本開発機のプレートが付いています。

前から見るとかなりシンプルです。

後ろから見ると、機関車の操作部が付いているため、ごちゃごちゃしています。
ちょっと運転してみたいな~。
楽しいトロッコ軍団の見学も、日が沈んでしまったので終了しました。
そのまま大糸線沿線の日帰り温泉入浴施設に行き、ひとっ風呂&夕食を食べ、さらに赤土駅で最終列車の撮影に挑みます。
三脚を立てさあ本番で、バッテリー切れました。
最後にやってしまったところで、富山撮影旅行終了となりました。
しかし、2日間のネタ紹介が2ヶ月も 掛かるとは…。
ちょっと問題有りな気がするけど、今後もこの調子ですので大目に見てくださいね~。

これは貴重かもしれない機関車です。
タンクの載ったこの機関車は、圧縮空気式機関車であり、圧縮した空気をタンクに貯め、その空気の圧力でピストンを動かして稼働するのです。
バッテリーカーが開発される以前、火が使えない場所での作業用に開発されたもので、無火機関車に分類され、国内には3台ほどしか残っていないようです。

台枠側面には製造所である日本開発機のプレートが付いています。

前から見るとかなりシンプルです。

後ろから見ると、機関車の操作部が付いているため、ごちゃごちゃしています。
ちょっと運転してみたいな~。
楽しいトロッコ軍団の見学も、日が沈んでしまったので終了しました。
そのまま大糸線沿線の日帰り温泉入浴施設に行き、ひとっ風呂&夕食を食べ、さらに赤土駅で最終列車の撮影に挑みます。
三脚を立てさあ本番で、バッテリー切れました。
最後にやってしまったところで、富山撮影旅行終了となりました。
しかし、2日間のネタ紹介が2ヶ月も 掛かるとは…。
ちょっと問題有りな気がするけど、今後もこの調子ですので大目に見てくださいね~。
2008年09月15日
2008年富山撮影旅行 その61
ナローの線路を探索した後、青海駅の貨物ヤードを覗いてみましたが、ポツンとモーターカーロータリー車が佇んでいるだけで、広い構内に貨車の姿はありませんでした。
デンカからの出荷が無くなり、コンテナ扱いもオフレールステーション化されてしまったので、定期貨物列車が無いので、当然のことですが、化成品やセメント、コンテナと賑わいがあっただけに寂しいモノがありました。
そのまま帰りがてらの探検を続けると、山の中に突然現れました。
その現れたモノとは!

広い敷地に工事用のトロッコ軍団が出現です。
事前情報がなかったので、びっくりしました。
色々な種類の工事用車両が、100両近くはあったと思われます。

車輪もあちこちにゴロゴロと積まれており、レールも多く積まれていました。

フラットな台車もあります。

様々な機械が搭載された車両も見えます。

違う敷地ですが、トロッコを牽引するためのバッテリーカーもありました。

バッテリーカーも大きいモノから小さいモノまで、様々なタイプが揃っています。
なかなか壮観です。
この場所は別にスクラップ置き場ではなく、中古車展示場みたいなモノに近いのでしょう。
トンネル工事などで使用されたトロッコは、工事が終わってしまえばお役ご免です。
お役後免になっても当然使えるモノもあるわけで、次に使ってもらうためにこういう場所も存在するのです。
デンカからの出荷が無くなり、コンテナ扱いもオフレールステーション化されてしまったので、定期貨物列車が無いので、当然のことですが、化成品やセメント、コンテナと賑わいがあっただけに寂しいモノがありました。
そのまま帰りがてらの探検を続けると、山の中に突然現れました。
その現れたモノとは!

広い敷地に工事用のトロッコ軍団が出現です。
事前情報がなかったので、びっくりしました。
色々な種類の工事用車両が、100両近くはあったと思われます。

車輪もあちこちにゴロゴロと積まれており、レールも多く積まれていました。

フラットな台車もあります。

様々な機械が搭載された車両も見えます。

違う敷地ですが、トロッコを牽引するためのバッテリーカーもありました。

バッテリーカーも大きいモノから小さいモノまで、様々なタイプが揃っています。
なかなか壮観です。
この場所は別にスクラップ置き場ではなく、中古車展示場みたいなモノに近いのでしょう。
トンネル工事などで使用されたトロッコは、工事が終わってしまえばお役ご免です。
お役後免になっても当然使えるモノもあるわけで、次に使ってもらうためにこういう場所も存在するのです。
2008年09月14日
今日の米坂線 南東北気動車の旅 その1
前日からの南東北気動車の旅、無事に戻って参りました。
話すと長くなってしまいますので、今日の一部分だけ紹介です。

酒田駅の構内で、新潟地区に投入されるキハE120系を発見しました。
前日、酒田駅に着いた時には庫の中にいるのが窓越しに分かったのですが、表には出ていませんでした。
今日の朝は表に出ていたので撮影できましたが、列車の発車時刻が迫っていたので、望遠に付け替える暇もなく小さな写真です。
この車両はキハE120-4でした。

米坂線を乗り通すための列車は、新潟から直通で米沢まで行く快速「べにばな」です。
6分ほど遅れてやって来た列車は、急行色のキハ28+キハ58の編成でした。
これはラッキーなんて思っていたら、乗りに来た人、撮りに来た人で車内は結構な賑わいです。
途中、撮影者が多く繰り出しており、中には線路に寄りすぎて警笛が頻繁に鳴らされてました。
良い写真撮りたいのは分かるけど、危ない行為は止めましょうね~。
参考までに今日確認できた米坂線の気動車車番です。
全て坂町側を前にしてあります。
1123D キハ52 120(新潟色青)+キハ47 1516(新潟色青)
3822D(→1143D→1144D→1145D) キハ28 2371(急行色)+キハ58 1022(急行色)
1129D ?+キハ52 122(一般色)+?
1131D キハ47 1517(新潟色青)+キハ52 137(一般色)
1130D(→1133D) キハ52 127(一般色)+キハ47 513(新潟色青)
1135D キハ47 515(首都圏色)+キハ52 123(新潟色青)
米沢駅留置 キハ47 514(首都圏色)+キハ58 677(新潟色青)
急行色のキハ58+キハ28が快速べにばな→今泉2往復の運用に入っていたのは、やっぱりファンサービスかな?
話すと長くなってしまいますので、今日の一部分だけ紹介です。

酒田駅の構内で、新潟地区に投入されるキハE120系を発見しました。
前日、酒田駅に着いた時には庫の中にいるのが窓越しに分かったのですが、表には出ていませんでした。
今日の朝は表に出ていたので撮影できましたが、列車の発車時刻が迫っていたので、望遠に付け替える暇もなく小さな写真です。
この車両はキハE120-4でした。

米坂線を乗り通すための列車は、新潟から直通で米沢まで行く快速「べにばな」です。
6分ほど遅れてやって来た列車は、急行色のキハ28+キハ58の編成でした。
これはラッキーなんて思っていたら、乗りに来た人、撮りに来た人で車内は結構な賑わいです。
途中、撮影者が多く繰り出しており、中には線路に寄りすぎて警笛が頻繁に鳴らされてました。
良い写真撮りたいのは分かるけど、危ない行為は止めましょうね~。
参考までに今日確認できた米坂線の気動車車番です。
全て坂町側を前にしてあります。
1123D キハ52 120(新潟色青)+キハ47 1516(新潟色青)
3822D(→1143D→1144D→1145D) キハ28 2371(急行色)+キハ58 1022(急行色)
1129D ?+キハ52 122(一般色)+?
1131D キハ47 1517(新潟色青)+キハ52 137(一般色)
1130D(→1133D) キハ52 127(一般色)+キハ47 513(新潟色青)
1135D キハ47 515(首都圏色)+キハ52 123(新潟色青)
米沢駅留置 キハ47 514(首都圏色)+キハ58 677(新潟色青)
急行色のキハ58+キハ28が快速べにばな→今泉2往復の運用に入っていたのは、やっぱりファンサービスかな?
2008年09月14日
2008年富山撮影旅行 その60

もう少しじっくり観察してみました。
建物の横から踏切側を見た写真です。
この位置からだと畑に草花が育っており、線路は見えません。

畑を荒らさないように線路を撮影しました。
よく見ると分岐しているようです。

分岐点の様子です。
猫もやっぱりが気になっているようで一緒に見ていました。
ここで分岐して駅の方へ向かっており、その途中に黒い建物があります。
線路との位置関係から、黒い建物自体は線路を使わなくなってから建てられている感じです。
今回の3枚は仮設住宅氏の撮影した写真を使用しています。
2008年09月13日
2008年富山撮影旅行 その59
黒い建物の後ろ側に回ってみました。

建物の後ろには道路があり、その道路を挟んだ場所を撮影しています。
何となく橋台だったのではないかと思われる形の石垣があります。

橋台と建物の位置関係です。
高さ的にもほぼ同じであり、この場所に橋が架かっていたとしてもおかしくはない感じです。
橋台側は青海駅の敷地になっています。

右上の踏切からこちら側に向かって線路があるのですが、この位置からだと全く分かりません。

建物の後ろには道路があり、その道路を挟んだ場所を撮影しています。
何となく橋台だったのではないかと思われる形の石垣があります。

橋台と建物の位置関係です。
高さ的にもほぼ同じであり、この場所に橋が架かっていたとしてもおかしくはない感じです。
橋台側は青海駅の敷地になっています。

右上の踏切からこちら側に向かって線路があるのですが、この位置からだと全く分かりません。
2008年09月12日
今日の蘇我駅 その36
今日、9月12日の蘇我駅の様子です。

写真は1092列車の牽引機のEF65 1079です。
千葉機関区から来て、貨車の先頭に連結するべく移動を開始したところを撮影しています。
鉄道好きの小さい子供の声援が飛んでいたので、操車係の人もニコニコしています。
この前の4098列車はEF65 1036が牽引機、こちらの運転士さんは声援にホイッスルで応えて出発していきました。
明日からまたまた遠征に出掛けます。
今週仕事をほとんどしていないような気がするのは、気のせいかな?
基本的に気動車に乗るのを目的としており、はやて1号で仙台、仙台からおもいで湯けむり号で新庄、新庄から陸羽西線で余目そして酒田です。
酒田では酒田港線と行きたいですけど、今回は久しぶりに観光が入っています。
次の日は、いなほ4号で坂町、坂町から米坂線で米沢まで、昼以降は天気が良ければ、米坂線を撮影して、夕方のつばさで戻る行程です。

写真は1092列車の牽引機のEF65 1079です。
千葉機関区から来て、貨車の先頭に連結するべく移動を開始したところを撮影しています。
鉄道好きの小さい子供の声援が飛んでいたので、操車係の人もニコニコしています。
この前の4098列車はEF65 1036が牽引機、こちらの運転士さんは声援にホイッスルで応えて出発していきました。
明日からまたまた遠征に出掛けます。
今週仕事をほとんどしていないような気がするのは、気のせいかな?
基本的に気動車に乗るのを目的としており、はやて1号で仙台、仙台からおもいで湯けむり号で新庄、新庄から陸羽西線で余目そして酒田です。
酒田では酒田港線と行きたいですけど、今回は久しぶりに観光が入っています。
次の日は、いなほ4号で坂町、坂町から米坂線で米沢まで、昼以降は天気が良ければ、米坂線を撮影して、夕方のつばさで戻る行程です。
2008年09月12日
2008年富山撮影旅行 その58
青海に来る度に探していたモノの中に、ナローの線路跡がありました。
トワイライトゾーンマニュアルにも載っていたので、一回は見ておきたかったのですが、いつも場所が分からずじまいで終わっていたのです。
今回はやっと発見できたので、撮影することが出来ました。

畑の中にレールが残っていました。
猫も気になっている様子です。

レールの先には黒い建物が建ってました。

2枚目の写真と反対を向いて撮影した写真です。
左下にレールが少しだけ見えているのがお分かりでしょうか?
真っ直ぐ進むとデンカ専用線の線路と位置が重なるように見えますが、微妙に右カーブしていた感じで自転車が置いてある方向に向かっていたようです。
トワイライトゾーンマニュアルにも載っていたので、一回は見ておきたかったのですが、いつも場所が分からずじまいで終わっていたのです。
今回はやっと発見できたので、撮影することが出来ました。

畑の中にレールが残っていました。
猫も気になっている様子です。

レールの先には黒い建物が建ってました。

2枚目の写真と反対を向いて撮影した写真です。
左下にレールが少しだけ見えているのがお分かりでしょうか?
真っ直ぐ進むとデンカ専用線の線路と位置が重なるように見えますが、微妙に右カーブしていた感じで自転車が置いてある方向に向かっていたようです。
2008年09月11日
今日のP6 名古屋鉄道撮影行 その1
本日は名鉄のパノラマカーを撮りに行ってました。
名古屋鉄道を象徴する電車である、パノラマカーが引退すると言うので、遅い夏休みを利用して出動したのです。
既に平常時の運用では4両編成しか残っておらず、6両編成(通称P6)は予備車として2編成が残るだけになっていました。
4両編成は名鉄のホームページに運用が載っているので、それを頼りにして撮影をしています。

神宮前駅で撮影していると、突然P6がやって来たのでした。
反対から来る列車を撮影するべく待っていたので、予想外。
P6自体は来週に正式なさよなら運転をおこなって引退するので、撮影できてラッキーです。
この日確認できたP6の列車は、神宮前07:06発の名鉄岐阜行き快速急行、太田川08:56発の中部国際空港行き急行、常滑09:41発の新可児行き急行、金山14:36発の犬山経由岐阜行きの準急があります。
もしかすると最後の花道で運用に入れているのかもしれませんね。
今回の話もまたそのうち続きをしたいと思います。
名古屋鉄道を象徴する電車である、パノラマカーが引退すると言うので、遅い夏休みを利用して出動したのです。
既に平常時の運用では4両編成しか残っておらず、6両編成(通称P6)は予備車として2編成が残るだけになっていました。
4両編成は名鉄のホームページに運用が載っているので、それを頼りにして撮影をしています。

神宮前駅で撮影していると、突然P6がやって来たのでした。
反対から来る列車を撮影するべく待っていたので、予想外。
P6自体は来週に正式なさよなら運転をおこなって引退するので、撮影できてラッキーです。
この日確認できたP6の列車は、神宮前07:06発の名鉄岐阜行き快速急行、太田川08:56発の中部国際空港行き急行、常滑09:41発の新可児行き急行、金山14:36発の犬山経由岐阜行きの準急があります。
もしかすると最後の花道で運用に入れているのかもしれませんね。
今回の話もまたそのうち続きをしたいと思います。
2008年09月10日
2008年富山撮影旅行 その57
本日はこれからムーライトながらに乗って西へ向かいますので、明日の分のネタを前倒しします。

デンカ青海工場構内の電光表示板やヤードが見える場所は、デンカ専用線の上に掛かる道路の陸橋です。
さらにそこより高い位置に北陸自動車道の高架橋が架かっており、更にそれら全てを跨ぐように、建設中の北陸新幹線の高架橋が架かっています。
狭い場所に線路、道路、道路、線路とよくもまあこれだけ重ねたものだと思います。
写真はその部分にある信号機です。
この信号機は一見すると自動車用の信号機に見えますが、実はデンカ専用線の信号機なのでした。

陸橋側から見ると後ろ向きになってしまうので、見落としがちな存在です。
陸橋の反対側にも構内に入る列車に対する信号機が立っています。

場所を変えて踏切に行ってみました。
構内を覗いた時に線路が光っている様な気がしたので、よく見てみると伸びていた草もレールの上で潰されており、駅との間でも車両の動きがあったことになります。

デンカ青海工場構内の電光表示板やヤードが見える場所は、デンカ専用線の上に掛かる道路の陸橋です。
さらにそこより高い位置に北陸自動車道の高架橋が架かっており、更にそれら全てを跨ぐように、建設中の北陸新幹線の高架橋が架かっています。
狭い場所に線路、道路、道路、線路とよくもまあこれだけ重ねたものだと思います。
写真はその部分にある信号機です。
この信号機は一見すると自動車用の信号機に見えますが、実はデンカ専用線の信号機なのでした。

陸橋側から見ると後ろ向きになってしまうので、見落としがちな存在です。
陸橋の反対側にも構内に入る列車に対する信号機が立っています。

場所を変えて踏切に行ってみました。
構内を覗いた時に線路が光っている様な気がしたので、よく見てみると伸びていた草もレールの上で潰されており、駅との間でも車両の動きがあったことになります。
2008年09月10日
2008年富山撮影旅行 その56

構内に黄色く塗られた物置がありましたが、車両のようにも見えます。

横から見るとこんな感じです。

角度を変えてもう1枚です。
これはいったい何なのでしょう?
かなり気になりました。
2008年09月09日
2008年富山撮影旅行 その55

ヤードの奥に機関車が見えたので、工場の壁に沿って少し先まで歩いてみました。
この道路自体はデンカの準構内扱いですが、ただ歩くだけなら大丈夫なようです。
平日などは大型車が多く通るので、注意が必要です。

奥の方に行くと壁が高くなり構内は見えなくなってしまいます。
ジャンプして壁の中を見ると機関車の横に来ていたので、壁の上にカメラだけ出して勘で撮影してみました。
モニターで確認すると、DS-6と言う機関車が写っていました。
JRでいうとDD16がベースの機関車で、今回初めて撮影できました。
DD13やDE10をベースにした私鉄向け機関車はそれなりに製造されましたが、DD16タイプはこの1両だけなので、貴重な車両になるのでしょう。

DS-6の手前右には石灰石らしいモノを積んだホッパ車が止まっています。
JRでの輸送は無くなったのですが、構内だけの砕石線側はまだ運行しているのかもしれません。
確認はしていないので分かりませんが…。

写真左奥の建物が機関庫だと思われますが、中は見えません。
手前に来ている2本の線路と線路跡は、セメントのホッパーに繋がっていたのですが、既にホッパーの下の線路は剥がされていました。
2008年09月08日
2008年富山撮影旅行 その54
昨日は日帰りで、豊橋や三ヶ日など東海地方を回ってきました。
久しぶりの遠征&初めて行った場所ばっかりでかなり疲れましたが、大変満足しています。
そのうちブログに上げたいとは思いますが、富山撮影旅行がズルズルと続いていつになることやら。
本題の富山撮影旅行の方は、村木小学校の次はデンカの青海工場を覗きに行ってます。

最初に見たのは、道路橋の上から構内のヤードが見渡せる場所、例の電光掲示板が見える場所です。
電光掲示板は今回も「アホ」でした。

3月でJRでの輸送を止めてしまい、後が気になって今回行ってみたのですが、よく見るとレールが光っています。
一時期集められていたと聞いていた貨車群は、解体されてしまったのかは分かりませんが、姿がありませんでした。

「アホ」の裏側にも電光掲示板がありこちらは「ホア」でした。
昔この場所に来た時には、この裏側は気が付きませんでした。
最初から気が付かなかったのか、道路が改良されて見えるようになったのかは分かりません。
他の場所からも構内が見やすくなっているように感じました。
久しぶりの遠征&初めて行った場所ばっかりでかなり疲れましたが、大変満足しています。
そのうちブログに上げたいとは思いますが、富山撮影旅行がズルズルと続いていつになることやら。
本題の富山撮影旅行の方は、村木小学校の次はデンカの青海工場を覗きに行ってます。

最初に見たのは、道路橋の上から構内のヤードが見渡せる場所、例の電光掲示板が見える場所です。
電光掲示板は今回も「アホ」でした。

3月でJRでの輸送を止めてしまい、後が気になって今回行ってみたのですが、よく見るとレールが光っています。
一時期集められていたと聞いていた貨車群は、解体されてしまったのかは分かりませんが、姿がありませんでした。

「アホ」の裏側にも電光掲示板がありこちらは「ホア」でした。
昔この場所に来た時には、この裏側は気が付きませんでした。
最初から気が付かなかったのか、道路が改良されて見えるようになったのかは分かりません。
他の場所からも構内が見やすくなっているように感じました。
2008年09月07日
2008年富山撮影旅行 その53
廃線跡を歩いている時に、「この先の小学校に蒸気機関車があるよ」と近所の方に声を掛けられました。
その機関車は編集長敬白で紹介されていた日本カーバイドの1号機の事で、38年も小学校にあるため、近所の方は当たり前に知っているようです。
その方にお礼を言って小学校に移動です。

小学校の名前は村木小学校、現地に行ってみると下校時間だったようで、先生が表に出て下校して行く生徒を見送っていました。
先生に声を掛けて、SLの撮影許可をもらい撮影したのが、上の写真です。
大きな日の丸の旗を飾られた状態でSLは置いてありました。

何で飾られているかというと、村木小学校が創立百周年を向かえた記念としてのようです。
雨が凌げるため保管状態は良いようです。
この機関車は「チャコ」と呼ばれ大切にされており、生徒達によって油の付いた布で拭かれているため、ピカピカでした。

機関車の横にあった説明板です。

表から見た写真はたまに見掛けますので、機関車の後ろ側の様子です。
こちら側は錆びてはいないものの、塗装が剥げてしまっていました。
この写真は仮設住宅氏の撮影です。

もう一枚仮設住宅氏撮影の写真で、機関車サイドの機関車のナンバーとコッペルの銘板です。
滑川にある2号機は場所を忘れていたので、今回は立ち寄れませんでした。
その機関車は編集長敬白で紹介されていた日本カーバイドの1号機の事で、38年も小学校にあるため、近所の方は当たり前に知っているようです。
その方にお礼を言って小学校に移動です。

小学校の名前は村木小学校、現地に行ってみると下校時間だったようで、先生が表に出て下校して行く生徒を見送っていました。
先生に声を掛けて、SLの撮影許可をもらい撮影したのが、上の写真です。
大きな日の丸の旗を飾られた状態でSLは置いてありました。

何で飾られているかというと、村木小学校が創立百周年を向かえた記念としてのようです。
雨が凌げるため保管状態は良いようです。
この機関車は「チャコ」と呼ばれ大切にされており、生徒達によって油の付いた布で拭かれているため、ピカピカでした。

機関車の横にあった説明板です。

表から見た写真はたまに見掛けますので、機関車の後ろ側の様子です。
こちら側は錆びてはいないものの、塗装が剥げてしまっていました。
この写真は仮設住宅氏の撮影です。

もう一枚仮設住宅氏撮影の写真で、機関車サイドの機関車のナンバーとコッペルの銘板です。
滑川にある2号機は場所を忘れていたので、今回は立ち寄れませんでした。
2008年09月06日
今日の蘇我駅 その35
今日、9月6日もお昼から貨物列車の写真を撮っていました。
土曜日なので運休や貨物が無かったりで、今ひとつ感の一日です。
参考までに列車番号と機関車です。
単2873列車 EF210-120。
1070列車 EF210-117。
8972列車 EF65 1041。
4098列車 KD60 3→EF65 1051。
1092列車 KD60 2→EF65 1081。
4096列車 KD55 201→EF210-120(たぶん)。
以上の貨物列車の撮影と間にやってきた電車の撮影をしていたのでした。

今日の撮影にはもう一つ目的がありました。
下りの新宿わかしおに幕張のC2編成が入ったというので、それも撮影しておこうということです。
この電車は蘇我駅17時36分発、秋が近くなってきて太陽が沈むのが早くなってきたので、感度を上げてギリギリの撮影でした。
土曜日なので運休や貨物が無かったりで、今ひとつ感の一日です。
参考までに列車番号と機関車です。
単2873列車 EF210-120。
1070列車 EF210-117。
8972列車 EF65 1041。
4098列車 KD60 3→EF65 1051。
1092列車 KD60 2→EF65 1081。
4096列車 KD55 201→EF210-120(たぶん)。
以上の貨物列車の撮影と間にやってきた電車の撮影をしていたのでした。

今日の撮影にはもう一つ目的がありました。
下りの新宿わかしおに幕張のC2編成が入ったというので、それも撮影しておこうということです。
この電車は蘇我駅17時36分発、秋が近くなってきて太陽が沈むのが早くなってきたので、感度を上げてギリギリの撮影でした。
2008年09月06日
2008年富山撮影旅行 その52
日本カーバイド魚津工場専用線は、昨年の編集長敬白で紹介された場所です。
今日はそこに載っていなかった、工場から魚津駅までの廃線跡です。

工場からほぼ真っ直ぐ進んできた線路は、富山地鉄・北陸本線が見えてくると魚津駅の手前で左に曲がります。

魚津駅の構内に繋がっていた線路は、駅の手前で途切れ、携帯電話の中継基地(たぶん)が建っていました。

線路跡の先には富山地方鉄道の新魚津駅があり、その隣にJR北陸本線の魚津駅があります。
専用線が生きていた頃の配線は、専用線は富山地鉄の線路と平面交差して、北陸本線との間の貨物側線に繋がっていた感じだったと思います。
今日はそこに載っていなかった、工場から魚津駅までの廃線跡です。

工場からほぼ真っ直ぐ進んできた線路は、富山地鉄・北陸本線が見えてくると魚津駅の手前で左に曲がります。

魚津駅の構内に繋がっていた線路は、駅の手前で途切れ、携帯電話の中継基地(たぶん)が建っていました。

線路跡の先には富山地方鉄道の新魚津駅があり、その隣にJR北陸本線の魚津駅があります。
専用線が生きていた頃の配線は、専用線は富山地鉄の線路と平面交差して、北陸本線との間の貨物側線に繋がっていた感じだったと思います。
2008年09月05日
2008年富山撮影旅行 その51
今回の廃線跡は、魚津駅から分岐していた日本カーバイド工業庫魚津工場専用線でした。
この工場の近辺には2002年と2004年の2回来ていたのですが、専用線の存在に気が付かず、認識したのは昨年の7月の北陸撮影旅行へ向かう特急北陸の車窓からでした。

門の中の線路と日本カーバイド工業魚津工場です。

線路は工場の敷地内を曲がりながら延びています。

写真正面には機関庫だった建物もそのまま残っています。
写真では分かりづらいのですが、構内で分岐して広がっていた線路も残っており、機関庫にも続いているようでした。
この工場の近辺には2002年と2004年の2回来ていたのですが、専用線の存在に気が付かず、認識したのは昨年の7月の北陸撮影旅行へ向かう特急北陸の車窓からでした。

門の中の線路と日本カーバイド工業魚津工場です。

線路は工場の敷地内を曲がりながら延びています。

写真正面には機関庫だった建物もそのまま残っています。
写真では分かりづらいのですが、構内で分岐して広がっていた線路も残っており、機関庫にも続いているようでした。
2008年09月04日
2008年富山撮影旅行 その50

富山港線をサッと切り上げて、東へ車を走らせます。
たどり着いた場所は花畑になった廃線跡でした。
花畑の先には鉄の門があります。

門の先の道路から見た廃線跡です。
昔は踏切があったはずですが、跡形もなく消えており、線路は門の場所で切れていました。

道路の先には工場があり、工場の門から先には再び線路が現れました。
2008年09月03日
2008年富山撮影旅行 その49
射水線の廃線跡の次は、富山ライトレール富山港線にやって来ました。

写真は、終点である岩瀬浜と隣駅の競輪場前を走るポートラムです。
JR時代の富山港線は1度だけ来ていますが、列車を全く撮っていないので、初めての走行列車撮影になりました。
(新設された区間は撮っています)

岩瀬浜駅から見た富山駅北方面です。
まだバラストは白く新しさを感じます。

岩瀬浜駅の様子です。
駅と言うよりは停留所ですね。

4年前に訪れた時は、木造の駅舎がありました。
今の駅には全く面影は残っていません。

写真は、終点である岩瀬浜と隣駅の競輪場前を走るポートラムです。
JR時代の富山港線は1度だけ来ていますが、列車を全く撮っていないので、初めての走行列車撮影になりました。
(新設された区間は撮っています)

岩瀬浜駅から見た富山駅北方面です。
まだバラストは白く新しさを感じます。

岩瀬浜駅の様子です。
駅と言うよりは停留所ですね。

4年前に訪れた時は、木造の駅舎がありました。
今の駅には全く面影は残っていません。
2008年09月02日
2008年富山撮影旅行 その48

射水線の堀岡駅はこの付近だったのですが、何処だったのか分かりません。

ガードレールがある部分が射水線跡になっています。
その背景に、港の入口を一跨ぎにする道路の橋脚が既に立ち上がっており、かなり高い位置にあるのが分かります。
写真に写っている人物は駅の跡を探している仮設住宅氏です。

射水線の跡はサイクリングロードとして整備されている区間がしばらく続きます。
途中、ホームが残っている駅跡もあるのですが、前回とは違う場所の探索をしたかったので、今回は立ち寄りませんでした。
2008年09月01日
2008年富山撮影旅行 その47
氷見線から富山ライトレールの岩瀬浜駅に向かうことになり、ついでに射水線の廃線跡を軽く探索していきます。
富山地方鉄道の射水線は、富山新港が建設されたことにより分断されることになりました。
それは1966年の4月であり、42年前の事になります。
分断された高岡側は、加越能鉄道に譲渡されて新湊港線となり、港になってしまった部分は県により渡船での連絡がおこなわれるようになりました。
乗り換えの不便のため射水線の乗客は減り、最終的に1980年4月に廃止となっています。

現在も県営の渡船は運航されており、富山側の堀岡側の乗船場近くに射水線の遺構が残っています。
元々新港を掘削する前は川があったそうで、並行する道路も射水線もそれぞれが橋で川を渡っていたのです。
写真はその橋台の跡です。

橋台から対岸を見ると堤防があり、その向こうに当時の橋脚が1脚だけ残っています。
正面には巨大な建造物が建設されています。
これは新たに建設中の道路で、港の開口部を一跨ぎしています。
この道路が開通すると渡船も無くなってしまうのかもしれません。
写真の右側に見えている帆船は海王丸パークにある海王丸です。
橋脚跡の50メートルほど右側に並行していた道路がありました。
こちらに架かっていた橋は何故か1スパンだけ残されていて、何かを訴えているかのようです。

橋脚から橋台の方を見たところです。
遊具の向こう側に橋台跡があります。
富山地方鉄道の射水線は、富山新港が建設されたことにより分断されることになりました。
それは1966年の4月であり、42年前の事になります。
分断された高岡側は、加越能鉄道に譲渡されて新湊港線となり、港になってしまった部分は県により渡船での連絡がおこなわれるようになりました。
乗り換えの不便のため射水線の乗客は減り、最終的に1980年4月に廃止となっています。

現在も県営の渡船は運航されており、富山側の堀岡側の乗船場近くに射水線の遺構が残っています。
元々新港を掘削する前は川があったそうで、並行する道路も射水線もそれぞれが橋で川を渡っていたのです。
写真はその橋台の跡です。

橋台から対岸を見ると堤防があり、その向こうに当時の橋脚が1脚だけ残っています。
正面には巨大な建造物が建設されています。
これは新たに建設中の道路で、港の開口部を一跨ぎしています。
この道路が開通すると渡船も無くなってしまうのかもしれません。
写真の右側に見えている帆船は海王丸パークにある海王丸です。
橋脚跡の50メートルほど右側に並行していた道路がありました。
こちらに架かっていた橋は何故か1スパンだけ残されていて、何かを訴えているかのようです。

橋脚から橋台の方を見たところです。
遊具の向こう側に橋台跡があります。
