2008年07月31日
今日の千葉機関区
今日7月31日14時過ぎの千葉機関区です。

検修庫前の3両の内の真ん中は、EF65 1122が止まっていました。
この時はEF65が4両、1096、1074、1094、1122、EF210が2両、108、123でした。

検修庫前の3両の内の真ん中は、EF65 1122が止まっていました。
この時はEF65が4両、1096、1074、1094、1122、EF210が2両、108、123でした。
2008年07月31日
2008年富山撮影旅行 その14
2008年07月30日
今日の千葉機関区
今日7月30日16時過ぎの千葉機関区です。

写真はEH200-14とEF210-122の並びです。
千葉機関区で休むEH200は初めて撮影しました。
内房線側に止まっているのは騒音対策と聞いています。
この時は、EF65が3両、1068、1096、1044、EF210が3両、103、122、121、EH200が1両、14の計8両の布陣でした。

写真はEH200-14とEF210-122の並びです。
千葉機関区で休むEH200は初めて撮影しました。
内房線側に止まっているのは騒音対策と聞いています。
この時は、EF65が3両、1068、1096、1044、EF210が3両、103、122、121、EH200が1両、14の計8両の布陣でした。
2008年07月30日
2008年07月29日
2008年07月28日
2008年富山撮影旅行 その11
ホーム近くで列車の入線を撮影していたら、そのまま乗車してくださいとのことだったので、先頭車の一番前列のシートに座ることが出来ました。
後ろ向きのシートから体をひねって、牽引機を撮影します。
この機関車の愛称はGREENカルデラでした。
この人車には空調がないので、前後の窓と谷側のドアは開けっ放しで、ドア間にロープを張ったまま走ります。
反対の山側のドアだけはしっかり閉められていましたが、それには重要な理由がありました。
その理由とは、谷の上からの落石が直接車内に飛び込むのを防ぐためなのでした。
軌道はそんな場所を通っているのです。
機関車と人車の連結部分です。
空気管とジャンパ線が結ばれており、連結器の他にも分離事故防止のための鎖が機関車に渡されていました。
列車は走り出し、水谷橋を渡ると山の斜面にへばり付いて走るようになります。
掛け側から後方を見ると、白岩ダムが遠くに見えます。
前にも書きましたが、白岩ダムは副ダムまで入れてトータルで108メートルなので、列車が走っている場所から下の川まではそれ以上高さがある事になります。
2008年07月27日
2008年富山撮影旅行 その10
前々日の自動連結器の小型版みたいなのは、自動連結器の一種のウィリソン式連結器のようですね。
どこかで写真を見た覚えがあるなと辿っていったら、越後交通栃尾線や大谷鉱山で使っていた連結器と同じみたいなので。

水谷平の草むらにも、今は使われなくなったレールが残っていました。
現在残っている線路とは繋がっていませんので、二度と使われることがないだろう線路です。

乗車するトロッコ列車をホームに着けるため、機関車が動き出しました。
側面には60-10-14の文字が書かれています。
この番号は国土交通省の建設機械に付けられた番号だと思われ、最初の数字は配備された年を示しています。
そんなわけでこの機関車は昭和60年度の配備となります。
次の10はわかりません。
機関車も人車も貨車も10なので、地域の番号か用途を示しているのかな?
最後の番号も分かりませんが、配備されていった順番で振られているのかと思えば、190なんて番号が存在するので、違うみたいです。
現在立山砂防軌道で動いている機関車は9両あるみたいで、55-10-45、56-10-21、57-10-28、60-10-14、62-10-94、2-10-190、4-10-201、6-10-15、12-10-8の番号が付いています。
ついでにモーターカーは4両、55-10-64、3-10-101、4-10-45、12-10-2です。

乗車するトロッコ列車が推進でホームに入ってきます。
前後に体験学習会列車と表示されていました。
どこかで写真を見た覚えがあるなと辿っていったら、越後交通栃尾線や大谷鉱山で使っていた連結器と同じみたいなので。
水谷平の草むらにも、今は使われなくなったレールが残っていました。
現在残っている線路とは繋がっていませんので、二度と使われることがないだろう線路です。
乗車するトロッコ列車をホームに着けるため、機関車が動き出しました。
側面には60-10-14の文字が書かれています。
この番号は国土交通省の建設機械に付けられた番号だと思われ、最初の数字は配備された年を示しています。
そんなわけでこの機関車は昭和60年度の配備となります。
次の10はわかりません。
機関車も人車も貨車も10なので、地域の番号か用途を示しているのかな?
最後の番号も分かりませんが、配備されていった順番で振られているのかと思えば、190なんて番号が存在するので、違うみたいです。
現在立山砂防軌道で動いている機関車は9両あるみたいで、55-10-45、56-10-21、57-10-28、60-10-14、62-10-94、2-10-190、4-10-201、6-10-15、12-10-8の番号が付いています。
ついでにモーターカーは4両、55-10-64、3-10-101、4-10-45、12-10-2です。
乗車するトロッコ列車が推進でホームに入ってきます。
前後に体験学習会列車と表示されていました。
2008年07月26日
2008年07月25日
2008年富山撮影旅行 その8
2008年07月24日
今日の千葉機関区
今日7月24日9時半頃の千葉機関区です。
前日の朝と夜は、特徴のある機関車がいましたが、今日は地味な機関車だけでした。

この時にいたのは、EF210が1両と写真のEF65 1046。

それともう1両、検修庫内にEF65 1036がいたので3両だけでした。
この写真を撮影した後、2両のEF65は入れ替わり、EF65 1046が検修庫に入りました。
前日の朝と夜は、特徴のある機関車がいましたが、今日は地味な機関車だけでした。

この時にいたのは、EF210が1両と写真のEF65 1046。

それともう1両、検修庫内にEF65 1036がいたので3両だけでした。
この写真を撮影した後、2両のEF65は入れ替わり、EF65 1046が検修庫に入りました。
2008年07月24日
2008年07月23日
2008年07月22日
2008年富山撮影旅行 その5
水谷平には滝があるとのことで、列車が出発するまでの間で見物することになりました。

滝に向かう途中で、止めてあった人車の横を通ったので撮影しておきます。
水谷側の車両から『う-3』『う-2』『う-1』と書かれていたので、『う』が編成の識別記号になっているのかもしれません。
水谷にいた他の車両は残念ながら確認できませんでした。

水谷の滝までは直線距離はないのですが、高低差がかなりあり、かなり汗を掻きました。

苦労して上がった甲斐があって、綺麗な滝を見ることが出来ました。
場所が狭いため、みんなで交代しながら見物しています。

砂防工事軌道の水谷橋です。
この橋を渡ると、軌道は断崖にへばり付いて進むようになり別世界の入り口です。

橋のたもとに軌道運行時刻表が掲出されていました。
工事のために線路上を歩く必要があるので、掲出されているのだと思います。
実際写真の物は、軌道運行計画書であって所属機関車や運転士などが網羅されている物ですが、何時に何処を運転するという形にはなっていないので、表題の時刻表とは別の物です。
滝に向かう途中で、止めてあった人車の横を通ったので撮影しておきます。
水谷側の車両から『う-3』『う-2』『う-1』と書かれていたので、『う』が編成の識別記号になっているのかもしれません。
水谷にいた他の車両は残念ながら確認できませんでした。

水谷の滝までは直線距離はないのですが、高低差がかなりあり、かなり汗を掻きました。

苦労して上がった甲斐があって、綺麗な滝を見ることが出来ました。
場所が狭いため、みんなで交代しながら見物しています。
砂防工事軌道の水谷橋です。
この橋を渡ると、軌道は断崖にへばり付いて進むようになり別世界の入り口です。
橋のたもとに軌道運行時刻表が掲出されていました。
工事のために線路上を歩く必要があるので、掲出されているのだと思います。
実際写真の物は、軌道運行計画書であって所属機関車や運転士などが網羅されている物ですが、何時に何処を運転するという形にはなっていないので、表題の時刻表とは別の物です。
2008年07月21日
今日の千葉機関区
今日7月21日も千葉機関区を覗いてきました。
時間は14時頃です。

EF65 1138です。
構内にはEF65が4両、EF210が2両止まっていました。

EF65 1089です。

EF210-10のこちらの前面は、ヘッドライト下の色が半分変わっていました。

前面貫通路の黄色いEF65 1127です。
何度か見掛けてはいましたが、撮影したのは今回が初めてです。

残りの2両はEF65 1119とEF210-112です。
今日は多くの人が撮影に来ていました。
時間は14時頃です。

EF65 1138です。
構内にはEF65が4両、EF210が2両止まっていました。

EF65 1089です。

EF210-10のこちらの前面は、ヘッドライト下の色が半分変わっていました。

前面貫通路の黄色いEF65 1127です。
何度か見掛けてはいましたが、撮影したのは今回が初めてです。

残りの2両はEF65 1119とEF210-112です。
今日は多くの人が撮影に来ていました。
2008年07月21日
2008年07月20日
今日の蘇我駅
今日、7月20日夕方の蘇我駅です。

4098列車の牽引機は、蘇我まではKD55 201、蘇我からはEF65 1040でした。

1092列車の牽引機は、蘇我まではKD60 3、蘇我からはEF65 1088が牽引機でした。
今日は千葉で職場の飲み会があったため、時間調整で立ち寄って撮影をしています。
帰りも3063列車を撮影していますが、酔っぱらって撮ったので、車両ナンバーも分からないほどにぶれまくっていたのでした。

4098列車の牽引機は、蘇我まではKD55 201、蘇我からはEF65 1040でした。

1092列車の牽引機は、蘇我まではKD60 3、蘇我からはEF65 1088が牽引機でした。
今日は千葉で職場の飲み会があったため、時間調整で立ち寄って撮影をしています。
帰りも3063列車を撮影していますが、酔っぱらって撮ったので、車両ナンバーも分からないほどにぶれまくっていたのでした。
2008年07月20日
2008年富山撮影旅行 その3

白岩砂防ダムの上部に架かる橋からの景色です。
白岩でバスは終了となり、トロッコを先に体験してきた、第二斑の人達と交代しました。

白岩には上流で湧いている温泉が引き込まれた、天涯の湯があり足湯もありました。
ここで時間があったので足湯に入ったのですが、太陽に照らされ続けている周りの岩が熱せられており、中のお湯より座っている岩の方が熱かったのです。

バスが橋を渡った時にトンネルが見えていました。
新しそうなのと古そうなのが並んで見えています。
古そうなのはあからさまに断面が小さく、まるでトロッコ用のトンネルです。
ちょうど水谷平に向かう方向にあるので、昔、水谷から先に軌道が延びていた時の物かもしれないのでちょっと期待です。

水谷平へ向かうため歩き始めると、すぐにあった橋にはレールが残っていました。
橋の前後にはありません。

先ほど見えていたトンネルに向かって歩くと、全部で3つの橋があり、その全てにレールが残っていました。
写真は2つ目の橋です。
先ほど見えた古い方のトンネルはやはりトロッコ用の物でした。
工事用の車両が通るために前後に信号機が取り付けられています。
名称は白岩トンネル、345メートルの長さです。

暗くて長い白岩トンネルを抜けるため、体験学習会のトロッココーには懐中電灯を用意することになっていたのでした。
トンネルを抜けた場所にある立山砂防事務所水谷出張所の前には、広がっていた線路がアスファルトで埋められて一部が残っていました。
建物自体は線路が無くなってからの建てられたようで、線路は建物の部分にもあったようです。
2008年07月19日
2008年富山撮影旅行 その2

1969年に登山道が流され、1973年に閉鎖となった立山温泉の跡地です。
建物は焼却してしまって、浴場の跡が残っています。
近くの草の中に、金庫の残骸や釜やトロッコの車輪が眠っているのを、仮設住宅氏が見つけてきました。
この場所に休憩所があり昼食を食べています。
ここでボランティアのKさんは、以前立山砂防事務所で働いていた方で、色々な昔話を聞かせていただきました。
トンボの大群の中をトロッコ列車が通り抜けた話とか、体験した人でないと分からない話でした。

昼食後、バスで移動再開しました。
調査の時ボーリングをした時に、1本から水が湧き出したそうです。
地下42メートルからの癒しの水は天涯の水と呼ばれています。
今は立派な水飲み場になっていますが、以前はボーリングした時の管そのままから水が出ていたそうです。

白岩下流展望台へ移動してきました。
写真は白岩砂防ダムの副ダム7基のうちの1基目~5基目が写っています。
主ダムから7基めまで合わせた落差は108メートルあり、日本一になるそうです。
ここも登録有形文化財となっています。
展望台の対岸には工事専用軌道の終点もある、水谷平が見えます。
元々はもっと広い場所だったのですが、毎年3メートルずつ側面が削られていって、今の広さになっているそうです。
その後、斜面の植生などの対策が進められ、浸食は抑えられているそうです。

上の写真を原寸で見ると、真ん中にトロッコがあるのが分かります。

体験学習会参加者の皆さんが説明を聞きながら、それぞれの視点で見学しています。
対岸を水谷へ向かうトロッコ列車がやってきました。

上の写真のアップです。
さすがに望遠レンズではないので、この大きさが限界でした。
2008年07月18日
2008年富山撮影旅行 その1
7月16日・17日に富山に鉄分補充のため撮影旅行に行ってきました。
昨年のリベンジで、立山カルデラ砂防体験学習会のトロッココースに3人で申し込んだところ、運良く抽選に当たりました。
昨年は台風のために中止になっていたので、毎日北陸の天気をチェックする日々が続き、今年は大丈夫だと思っていたら、一人行けなくなってしまいました。
乗車日の前日である15日になり、一緒に行く予定だったD氏が会社のサーバーが死亡したため、業務が止まって休み返上となってしまったのです。
ツキが無いですね。
今回も一緒の仮設住宅氏とD氏の分も写真撮ってきましたので、公開です。
途中までは鉄分がありませんので、興味のない人は読み飛ばしてください。

立山には早めに到着して、車の中で仮眠したり、朝食食べたり、近辺を散歩したりして時間を潰していました。
朝の立山駅前の様子です。

体験学習会の集合場所に向かう時に撮影した、トロッコ車庫前の様子です。
8時半から受付を開始、博物館内で簡単な説明と出発までの間に簡単に展示物の説明を受けます。

出発時間になり、各自ヘルメットを受け取ってバスに乗り込みます。
今回、1斑の参加者は16名でした。

バスで移動しながら砂防に関する施設などを見て行きます。
最初に寄ったのは、登録有形文化財に指定されている本宮砂防えん堤です。
1937年に作られた砂防用のダムで、高さ22メートル、貯砂量500万立方メートルと日本最大の規模を誇っているそうです。
富山地鉄の有峰口駅の近くになります。

有峰林道小見線を走って有峰記念館までやって来ました。
ここはトイレ休憩がメインでついでに有峰ダムが見える場所です。
有峰ダムは140メートルの高さを持つ、重力式のダムで、バスの車窓からは少し見えたのですが、この場所からは湖側しか見えないので、ちょっとつまらないのでした。

跡津川断層真川大露頭、立山火山の柱状節理をバスの車内から見学し、六九谷展望台へやって来ました。
工事現場の中の扱いなので、全員がヘルメットを着用しています。
ここからは立山カルデラ全体を見ることが出来ます。
残念ながら、上部は雲がかかって見えませんでした。

えん堤も長く使っていると、損耗するので、すぐ下流に新たなえん堤を建設中です。
大自然の力を押さえるために、常に工事が続けられている状態です。

安政大地震の時に湯川を堰き止めて多数の池が形成されました。
そのうちの一つである泥鰌池です。

みんなで泥鰌池を見たり写真を撮っている中、一部の人は上に向けて写真を撮っていました。

クリックして拡大すると分かりますが、泥鰌池の上部には横に線が入っています。
説明をしていただいたボランティアのKさんによると、手押しのトロッコが通っていたそうで、インクラインで荷物を上げていたとのことでした。
昨年のリベンジで、立山カルデラ砂防体験学習会のトロッココースに3人で申し込んだところ、運良く抽選に当たりました。
昨年は台風のために中止になっていたので、毎日北陸の天気をチェックする日々が続き、今年は大丈夫だと思っていたら、一人行けなくなってしまいました。
乗車日の前日である15日になり、一緒に行く予定だったD氏が会社のサーバーが死亡したため、業務が止まって休み返上となってしまったのです。
ツキが無いですね。
今回も一緒の仮設住宅氏とD氏の分も写真撮ってきましたので、公開です。
途中までは鉄分がありませんので、興味のない人は読み飛ばしてください。

立山には早めに到着して、車の中で仮眠したり、朝食食べたり、近辺を散歩したりして時間を潰していました。
朝の立山駅前の様子です。

体験学習会の集合場所に向かう時に撮影した、トロッコ車庫前の様子です。
8時半から受付を開始、博物館内で簡単な説明と出発までの間に簡単に展示物の説明を受けます。

出発時間になり、各自ヘルメットを受け取ってバスに乗り込みます。
今回、1斑の参加者は16名でした。

バスで移動しながら砂防に関する施設などを見て行きます。
最初に寄ったのは、登録有形文化財に指定されている本宮砂防えん堤です。
1937年に作られた砂防用のダムで、高さ22メートル、貯砂量500万立方メートルと日本最大の規模を誇っているそうです。
富山地鉄の有峰口駅の近くになります。

有峰林道小見線を走って有峰記念館までやって来ました。
ここはトイレ休憩がメインでついでに有峰ダムが見える場所です。
有峰ダムは140メートルの高さを持つ、重力式のダムで、バスの車窓からは少し見えたのですが、この場所からは湖側しか見えないので、ちょっとつまらないのでした。

跡津川断層真川大露頭、立山火山の柱状節理をバスの車内から見学し、六九谷展望台へやって来ました。
工事現場の中の扱いなので、全員がヘルメットを着用しています。
ここからは立山カルデラ全体を見ることが出来ます。
残念ながら、上部は雲がかかって見えませんでした。

えん堤も長く使っていると、損耗するので、すぐ下流に新たなえん堤を建設中です。
大自然の力を押さえるために、常に工事が続けられている状態です。

安政大地震の時に湯川を堰き止めて多数の池が形成されました。
そのうちの一つである泥鰌池です。

みんなで泥鰌池を見たり写真を撮っている中、一部の人は上に向けて写真を撮っていました。
クリックして拡大すると分かりますが、泥鰌池の上部には横に線が入っています。
説明をしていただいたボランティアのKさんによると、手押しのトロッコが通っていたそうで、インクラインで荷物を上げていたとのことでした。
2008年07月18日
1996年の飯山線撮影 その7
本日2時半頃に富山から戻って来ました。
猛暑にめげず多くの写真を撮ってきましたので、今晩辺りから少しずつ整理してブログに上げていく予定です。
とりあえず、1996年の飯山線ネタ続きです。

信濃平駅の待合室は廃車となった車掌車を利用した物でした。
ストーブの火は焚かれていなかったのですが、雪をしのぐ事が出来てとりあえず一休みしています。
車掌車の車体を利用した駅は、「ダルマ駅へいこう」と言う、本の影響で少し注目を浴びているようですね。

信濃平駅のホームの様子です。
飯山線の駅には、こういうタイプのホーム屋根が多いようです。

長野行きの162Dがやって来ました。
先ほど撮影した161Dの折り返しなので、キハ58 710+キハ28 2103の2両編成です。
この列車に乗車して長野方面へ移動します。
猛暑にめげず多くの写真を撮ってきましたので、今晩辺りから少しずつ整理してブログに上げていく予定です。
とりあえず、1996年の飯山線ネタ続きです。
信濃平駅の待合室は廃車となった車掌車を利用した物でした。
ストーブの火は焚かれていなかったのですが、雪をしのぐ事が出来てとりあえず一休みしています。
車掌車の車体を利用した駅は、「ダルマ駅へいこう」と言う、本の影響で少し注目を浴びているようですね。
信濃平駅のホームの様子です。
飯山線の駅には、こういうタイプのホーム屋根が多いようです。
長野行きの162Dがやって来ました。
先ほど撮影した161Dの折り返しなので、キハ58 710+キハ28 2103の2両編成です。
この列車に乗車して長野方面へ移動します。
2008年07月15日
今日の千葉機関区
今日7月15日10時前の千葉機関区の様子です。

EF65 1048がいました。
表にいたのはEF65が2両とEF210が1両、検修庫の中は見ていません。

EF65 1094とEF210-135です。
今から富山へ撮影に出掛けます。
18日に戻ってからブログにアップしていく予定です。
一緒に行けなくなってしまったDさん、がんばって撮ってくるからね~。

EF65 1048がいました。
表にいたのはEF65が2両とEF210が1両、検修庫の中は見ていません。

EF65 1094とEF210-135です。
今から富山へ撮影に出掛けます。
18日に戻ってからブログにアップしていく予定です。
一緒に行けなくなってしまったDさん、がんばって撮ってくるからね~。
2008年07月15日
1996年の飯山線撮影 その6
1996年2月21日、野沢温泉の朝は大雪が降っていました。
この日は写真撮影ではなくちゃんとスキーをするつもりでしたが、視界不良でスキーする気がみんな起きません。
結局、一日ゆっくりと宿で飲んで過ごすことになったのですが、じっとしていられない私だけ大雪の中の撮影に出掛けました。

前日は戸狩野沢温泉駅から十日町方向に歩いたので、今日は長野方向に歩き出します。
次駅の信濃平駅に向かう途中、長野行きの130Dがやって来ました。
この場所は夏は田んぼだったと思いましたが、冬は真っ白な雪原です。
線路の近くに行きたくても、行ける状況ではありません。
列車の方はキハ52+キハ58×2の3両編成でした。

途中の踏切脇で撮影できる場所があったので、戸狩野沢温泉行きの131Dを撮影します。
キハ28 2103+キハ58 710の2連でした。

雪の中、撮影場所を探したながら歩き回って、やっと信濃平駅が見えました。
駅間は3.7キロでしたが、大雪の中で歩くのはさすがにしんどく、駅が見えた時はかなりほっとしました。
この日は写真撮影ではなくちゃんとスキーをするつもりでしたが、視界不良でスキーする気がみんな起きません。
結局、一日ゆっくりと宿で飲んで過ごすことになったのですが、じっとしていられない私だけ大雪の中の撮影に出掛けました。
前日は戸狩野沢温泉駅から十日町方向に歩いたので、今日は長野方向に歩き出します。
次駅の信濃平駅に向かう途中、長野行きの130Dがやって来ました。
この場所は夏は田んぼだったと思いましたが、冬は真っ白な雪原です。
線路の近くに行きたくても、行ける状況ではありません。
列車の方はキハ52+キハ58×2の3両編成でした。
途中の踏切脇で撮影できる場所があったので、戸狩野沢温泉行きの131Dを撮影します。
キハ28 2103+キハ58 710の2連でした。
雪の中、撮影場所を探したながら歩き回って、やっと信濃平駅が見えました。
駅間は3.7キロでしたが、大雪の中で歩くのはさすがにしんどく、駅が見えた時はかなりほっとしました。
2008年07月14日
1996年の飯山線撮影 その5
戸狩野沢温泉駅から野沢温泉までのバスは、列車のダイヤに接続して運転されています。
駅でじっくり列車を撮影しているとバスも出発してしまいました。
次のバスまでの時間を、駅近辺の探索です。

線路に沿って長野側に歩いていくと、除雪装置付きのモーターカーが走ってきました。
踏切に差し掛かっても、車両では無いため遮断竿は降りていません。

除雪装置付きモーターカーは、構内の除雪をするために転線が必要となり、踏切まで出てきたのです。
しばらく構内を除雪していました。

乗車してきたキハ52 117は、次の長野からの列車を受けて再び十日町方面に行くために待機中です。
この角度からだと分かりませんが、足回りにはかなり雪が付着していました。
駅でじっくり列車を撮影しているとバスも出発してしまいました。
次のバスまでの時間を、駅近辺の探索です。
線路に沿って長野側に歩いていくと、除雪装置付きのモーターカーが走ってきました。
踏切に差し掛かっても、車両では無いため遮断竿は降りていません。
除雪装置付きモーターカーは、構内の除雪をするために転線が必要となり、踏切まで出てきたのです。
しばらく構内を除雪していました。
乗車してきたキハ52 117は、次の長野からの列車を受けて再び十日町方面に行くために待機中です。
この角度からだと分かりませんが、足回りにはかなり雪が付着していました。
2008年07月13日
今日の千葉機関区
今日7月13日も千葉機関区を用事の前に見てきました。
12時30分頃の様子です。

行った時は機関区構内に3両止まっていましたが、ちょうどEF65 1068がやって来たので、4両になりました。
時間的には、5973レを牽引してきたのだと思いますが、土・日運休のスジなので、正確なところは分かりません。
この写真を撮影すると、パンタは下ろされました。

検修庫の前の2両は奥がEF65 1084で手前がEF65 1045です。

残りの1両は検修庫の中のEF65 1094です。
12時30分頃の様子です。

行った時は機関区構内に3両止まっていましたが、ちょうどEF65 1068がやって来たので、4両になりました。
時間的には、5973レを牽引してきたのだと思いますが、土・日運休のスジなので、正確なところは分かりません。
この写真を撮影すると、パンタは下ろされました。

検修庫の前の2両は奥がEF65 1084で手前がEF65 1045です。

残りの1両は検修庫の中のEF65 1094です。
2008年07月13日
2008年07月12日
今日の千葉機関区
今日、7月12日12時30分頃の千葉機関区構内の機関車見たまんまです。

今日は4両の機関車が止まっていました。
一番蘇我駅寄りにいたのが、EF65 1067でした。
3色塗装の赤ナンバー機です。

検修庫前には2両が止まっており、手前がEF65 1044、奥がEF65 1051でした。

検修庫の中にも国鉄特急色を纏ったEF65 1041が止まっていました。

今日は4両の機関車が止まっていました。
一番蘇我駅寄りにいたのが、EF65 1067でした。
3色塗装の赤ナンバー機です。

検修庫前には2両が止まっており、手前がEF65 1044、奥がEF65 1051でした。

検修庫の中にも国鉄特急色を纏ったEF65 1041が止まっていました。
2008年07月12日
2008年07月11日
2008年07月11日
1996年の飯山線撮影 その2
列車が来るまでに別の場所を探す時間が無いので、踏切の脇から撮影することにしました。
線路の両脇は雪の壁になっており、車体の上部しか写せなかったのです。
長野方向から来た飯山線は、戸狩野沢温泉駅を過ぎると山間部に入っていくため、急に積雪量が増えていきます。
その分、雪の壁も高くなっており、線路際での撮影はほぼ不可能なのでした。
列車の方は、キハ28 2364を先頭にした2両編成です。
良い撮影ポイントが見つからないまま、上境駅まで来てしまいました。
駅近くの商店にあった自動販売機で、温かい飲み物を買って一息ついたのを覚えています。
現在は無人駅化されて駅舎も建て替えられています。
線路側から見た上境駅駅舎です。
昔は交換可能駅だったので、駅舎とホームの間にも線路があったようです。
沿線の駅は除雪道具が必需品なのです。
2008年07月10日
今日の千葉機関区
今日、7月10日12時30分頃の千葉機関区構内の機関車見たまんまです。

この時間帯には5両の機関車が構内におり、蘇我駅側でパンタを上げていたのが、写真のEF65 1051でした。

1051号機の隣には1061号機が止まっています。
こちらは正面のナンバープレートが青い車両です。

機関区の検修庫前側には3両の機関車が止まっていました。
そのうち写真が撮りやすい位置にいたのが、ナンバープレートが赤いEF65 1087です。
左に停まっているのがEF65 1043、後ろにいるのが、EF210-129です。

この時間帯には5両の機関車が構内におり、蘇我駅側でパンタを上げていたのが、写真のEF65 1051でした。

1051号機の隣には1061号機が止まっています。
こちらは正面のナンバープレートが青い車両です。

機関区の検修庫前側には3両の機関車が止まっていました。
そのうち写真が撮りやすい位置にいたのが、ナンバープレートが赤いEF65 1087です。
左に停まっているのがEF65 1043、後ろにいるのが、EF210-129です。
2008年07月10日
1996年の飯山線撮影 その1
今回のつなぎネタは1996年の飯山線撮影の話です。
1996年2月20日、職場の仲間9人で長野県野沢温泉にスキーに向かいました。
この頃はまだシーズンに2・3回のスキーに出掛けており、スキー人口も多かった頃です。
この日は夜中に千葉を出発して、朝、野沢のスキー場に到着して滑り始めています。
朝早かったのもあり、11時にはスキー場を引き上げて先輩の知り合いのペンションでまったりすることになりました。
天気も良かったため、一人だけカメラを持って飯山線の撮影に出掛けます。
野沢温泉のバス乗り場からバスに乗車し、戸狩野沢温泉駅に駅に出ています。

長野側の踏切から駅を見ると、線路の両側にラッセルされた雪が積み上がっており、生の雪国の鉄道を見られて嬉しかったのを覚えています。

戸狩野沢温泉駅の様子です。
スキー場の入口に当たる駅だけに、列車から降りてきた人がバスやタクシーでスキー場に向かっていきました。
駅舎の左側に移っているのは飯山線色のキハ58です。

何となく線路に沿って十日町方面に歩き始めました。
とりあえず歩いていれば良い撮影地が見つかるかもと深い考えは持っていなかったのでした。
十日町方面行きの列車がやってくる時間が近くなったので、途中の踏切から線路の様子を覗いた時の写真です。
線路がクネクネとうねりながら上ってきていました。
後方に架かるトラス橋は、千曲川に架かる道路橋の柏尾橋です。
1996年2月20日、職場の仲間9人で長野県野沢温泉にスキーに向かいました。
この頃はまだシーズンに2・3回のスキーに出掛けており、スキー人口も多かった頃です。
この日は夜中に千葉を出発して、朝、野沢のスキー場に到着して滑り始めています。
朝早かったのもあり、11時にはスキー場を引き上げて先輩の知り合いのペンションでまったりすることになりました。
天気も良かったため、一人だけカメラを持って飯山線の撮影に出掛けます。
野沢温泉のバス乗り場からバスに乗車し、戸狩野沢温泉駅に駅に出ています。
長野側の踏切から駅を見ると、線路の両側にラッセルされた雪が積み上がっており、生の雪国の鉄道を見られて嬉しかったのを覚えています。
戸狩野沢温泉駅の様子です。
スキー場の入口に当たる駅だけに、列車から降りてきた人がバスやタクシーでスキー場に向かっていきました。
駅舎の左側に移っているのは飯山線色のキハ58です。
何となく線路に沿って十日町方面に歩き始めました。
とりあえず歩いていれば良い撮影地が見つかるかもと深い考えは持っていなかったのでした。
十日町方面行きの列車がやってくる時間が近くなったので、途中の踏切から線路の様子を覗いた時の写真です。
線路がクネクネとうねりながら上ってきていました。
後方に架かるトラス橋は、千曲川に架かる道路橋の柏尾橋です。
2008年07月09日
総武本線と成田線 その3

総武本線のキロポストには、青色で『総』の文字が書かれています。
成田線との併走区間で区別を付けるためなのかもしれません。
『総』の文字が入った物には何か所か気が付きましたが、『成』は良く探さなかったのであるのか無いのか分かりません。
そのうち確認しようと思っています。
総武本線から分かれた成田線に沿ってしばらく行くと、S字カーブが現れます。
成田空港行きの4261Fがやって来ました。

同じ場所から成田側を見ると右にカーブしています。
やって来た久里浜行きの4508Fは、E217系の更新車でした。
微妙に違う帯を付けた更新車もだいぶ見掛けるようになってきています。

快速の後には成田エクスプレス26号がやってきました。
S字カーブで車体をくねらせながら、成田エクスプレス29号がやって来ました。
今回のネタはとりあえずここまでで終了です。
明日からは、また古いネタに行きます。
2008年07月08日
2008年07月07日
総武本線と成田線 その1
一昨日は午後から2時間ほど、総武本線と成田線の併走区間を中心に撮影をしていました。
午前中は千葉市内で会議、夕方から山武市で葬儀だったのでその間の時間潰しでした。
それにしても昨日は暑かった。
30℃を超える気温となっていたんですね。
時刻表を持って行かなかったので、列車を待つ時間がつらかったのでした。

最初の撮影は成田線の448M、211系です。
成田線と総武本線が併走になる地点での撮影です。

総武本線の355M銚子行き、こちらも211系です。

成田エクスプレス20号が併走区間に入る直前のカーブを曲がって来ます。

成田空港へ向かう成田エクスプレス23号です。
後継の車両が発表された253系は、どういう使い方をされるのでしょう?
3連が組めるので、団臨使用に回せば昔の165系みたいな使い方出来るから、183系を淘汰するんでしょうかね。

総武本線からの356Mがやって来ました。
こちらの列車は113系でした。
今日の5枚の写真は全部第2高岡踏切からの撮影です。
3日ほどこの付近の写真を紹介する予定です。
午前中は千葉市内で会議、夕方から山武市で葬儀だったのでその間の時間潰しでした。
それにしても昨日は暑かった。
30℃を超える気温となっていたんですね。
時刻表を持って行かなかったので、列車を待つ時間がつらかったのでした。

最初の撮影は成田線の448M、211系です。
成田線と総武本線が併走になる地点での撮影です。

総武本線の355M銚子行き、こちらも211系です。
成田エクスプレス20号が併走区間に入る直前のカーブを曲がって来ます。

成田空港へ向かう成田エクスプレス23号です。
後継の車両が発表された253系は、どういう使い方をされるのでしょう?
3連が組めるので、団臨使用に回せば昔の165系みたいな使い方出来るから、183系を淘汰するんでしょうかね。

総武本線からの356Mがやって来ました。
こちらの列車は113系でした。
今日の5枚の写真は全部第2高岡踏切からの撮影です。
3日ほどこの付近の写真を紹介する予定です。
2008年07月06日
1996年の茨城交通那珂湊駅
最近は遠出して撮影する暇も金銭的余裕もないので、ブログのネタが足りなくなってしまいました。
仮設住宅氏より『昔のネタをやれ』と指令が出ましたので、昔のフイルムを日々スキャンしています。
今日はその中から、1996年の茨城交通那珂湊駅の様子を紹介です。
1996年1月9日、1時間だけ茨城交通の那珂湊駅へ出掛けています。
午前中と夕方に千葉市で用事があり、その間の時間で見に行ってます。

最初に撮影したのは、茨城交通色のキハ112です。
この時点では、この車両が営業最後のキハ11形になり、その後、鉄道博物館で動態保存になるとは全く考えられませんでした。
この年に旧国鉄一般色の朱色とクリームに塗り戻されています。

勝田駅からの列車が那珂湊駅構内に進入してきました。
仕様車両はキハ223、横にはこの時点では廃車となっているキハ1103が写っています。
キハ1103は元留萠鉄道の車両でした。

那珂湊駅併設の湊機関区の検修庫?内には、青クリームツートンカラーのキハ111が停まっていました。
このキハ111が、この年に青クリームに塗り替えられて、その後、リバイバルカラーが続くことになっています。
でもこの車両の最後は、阿字ヶ浦駅の海水浴用の更衣室となった後、いつの間にか解体されてしまいました。
(間違えてました。廃車後に更衣室になった後、映画「鉄道員」の撮影のために解体されたのでした。)
もう一両のキハ11形である、キハ113も佐久間レールパークで保存となっただけにちょっとだけ運に恵まれなかったのです。
(運転台だけでも映画に出られたのだから運が良いのかな?)
仮設住宅氏より『昔のネタをやれ』と指令が出ましたので、昔のフイルムを日々スキャンしています。
今日はその中から、1996年の茨城交通那珂湊駅の様子を紹介です。
1996年1月9日、1時間だけ茨城交通の那珂湊駅へ出掛けています。
午前中と夕方に千葉市で用事があり、その間の時間で見に行ってます。
最初に撮影したのは、茨城交通色のキハ112です。
この時点では、この車両が営業最後のキハ11形になり、その後、鉄道博物館で動態保存になるとは全く考えられませんでした。
この年に旧国鉄一般色の朱色とクリームに塗り戻されています。
勝田駅からの列車が那珂湊駅構内に進入してきました。
仕様車両はキハ223、横にはこの時点では廃車となっているキハ1103が写っています。
キハ1103は元留萠鉄道の車両でした。
那珂湊駅併設の湊機関区の検修庫?内には、青クリームツートンカラーのキハ111が停まっていました。
このキハ111が、この年に青クリームに塗り替えられて、その後、リバイバルカラーが続くことになっています。
でもこの車両の最後は、阿字ヶ浦駅の海水浴用の更衣室となった後、いつの間にか解体されてしまいました。
(間違えてました。廃車後に更衣室になった後、映画「鉄道員」の撮影のために解体されたのでした。)
もう一両のキハ11形である、キハ113も佐久間レールパークで保存となっただけにちょっとだけ運に恵まれなかったのです。
(運転台だけでも映画に出られたのだから運が良いのかな?)
2008年07月05日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その9
一通り撮影が終わって会場を後にします。
来た時と同じように、車両基地の入り口の踏切から構内を撮影します。
よく見ると電気機関車2両のヘッドライトが点灯していました。
近くで撮影していた時には、パンタグラフも上がっていなかったのですが、そちらも上がっていました。
3色で並んでいた1000形のうち、オレンジの編成が移動しました。
このイベントに連動して、広瀬河原駅発着の臨時列車が運転されており、帰りの第一弾としてオレンジの編成が羽生行きになるのです。
移動してからドアに踏み段を設置して客を乗せていました。
この日の秩父鉄道撮影の最後に、臨時列車の1本前で熊谷駅に行き、臨時列車の入線を撮影しました。
列車が停まった瞬間の正面のアップの写真です。
この直後、列車から降りてきたファンが先頭部に群がり押しくらまんじゅう状態になってしまいました。
秩父鉄道の1000形の塗り直しの試作は、また乗ったり撮ったりしてみたいと思いましたので、成功でしょうね。
2008年07月04日
2008年07月03日
2008年07月02日
2008年07月01日
おら東京さ行くだ その3
場所を変えて聖橋からの撮影です。

何とか総武線、中央線、丸ノ内線の電車が離合する場面を撮影することが出来ました。

秋葉原の電気街をバックに総武線の電車が走り去っていきました。

撮影を一通り終えてメディアの価格チェックや再度の模型屋巡りの後、某有名焼き肉屋に行って飲食タイムとなりました。
16時過ぎから飲み始めて写真は18時頃です。
飲んでいる間、国鉄特急色の183系(189系)2本とと旧あずさ色の189系1本が橋を渡っていきました。
この角度からは見えませんが、中央線には201系も姿を見せています。

列車が来るたびに盛り上がったりしているうちに、秋葉原電気街のイルミネーションがが一部消えていました。
気が付くと21時を過ぎており、5時間以上飲んでいたのです。
結局家に着いた時には、日付変更線を越えていました。
楽しくてもお酒はほどほどが一番ですね。
何とか総武線、中央線、丸ノ内線の電車が離合する場面を撮影することが出来ました。
秋葉原の電気街をバックに総武線の電車が走り去っていきました。
撮影を一通り終えてメディアの価格チェックや再度の模型屋巡りの後、某有名焼き肉屋に行って飲食タイムとなりました。
16時過ぎから飲み始めて写真は18時頃です。
飲んでいる間、国鉄特急色の183系(189系)2本とと旧あずさ色の189系1本が橋を渡っていきました。
この角度からは見えませんが、中央線には201系も姿を見せています。
列車が来るたびに盛り上がったりしているうちに、秋葉原電気街のイルミネーションがが一部消えていました。
気が付くと21時を過ぎており、5時間以上飲んでいたのです。
結局家に着いた時には、日付変更線を越えていました。
楽しくてもお酒はほどほどが一番ですね。








