2008年03月31日
鹿島鉄道廃線から1年 その1
今日、3月31日の運行を持って三木鉄道、島原鉄道島原外港~加津佐間が廃止となります。
毎年この時期になるとローカル線の廃止が行われ、興味のある線路が消えてしまっています。
一年前は、鹿島鉄道の最終日に立ち会って最後の乗車をしていました。
今回は茨城交通湊線の撮影後、約1年経った鹿島鉄道を少しだけ見てきた時の話です。

旧鉾田駅には昨年の6月にもやって来ています。
すでにその時点では駅舎が解体された後で、線路とホームだけが残された状態でしたが、今回もその状態は変わっていません。
変わっていたのは、車両が留置されている場所、今回キハ601は鉾田駅の車止めがあった線路終端部に留置されていました。

鹿島鉄道がおこなっていた、レンタ&サイクルの看板も残っていました。
ちょうど駅舎から構内踏切を渡ると正面にあった看板でした。

残っているホームから見たキハ601です。
現役時代だとこの位置まで車両が入ることは、よほどの時でないとありませんでした。
毎年この時期になるとローカル線の廃止が行われ、興味のある線路が消えてしまっています。
一年前は、鹿島鉄道の最終日に立ち会って最後の乗車をしていました。
今回は茨城交通湊線の撮影後、約1年経った鹿島鉄道を少しだけ見てきた時の話です。
旧鉾田駅には昨年の6月にもやって来ています。
すでにその時点では駅舎が解体された後で、線路とホームだけが残された状態でしたが、今回もその状態は変わっていません。
変わっていたのは、車両が留置されている場所、今回キハ601は鉾田駅の車止めがあった線路終端部に留置されていました。
鹿島鉄道がおこなっていた、レンタ&サイクルの看板も残っていました。
ちょうど駅舎から構内踏切を渡ると正面にあった看板でした。
残っているホームから見たキハ601です。
現役時代だとこの位置まで車両が入ることは、よほどの時でないとありませんでした。
2008年03月30日
茨城交通湊線へ行ってみた その11
那珂湊駅からはキハ2004に乗って金上駅にやって来ました。
(仮設住宅氏は勝田駅に行きました)
ワンマン運転のために乗車扉が限定されているので、駅のホームには大きな乗車口を示す看板が立っています。
雨が降ってきたのでじっくりとは撮影できませんでしたが、駅の様子を撮影しています。
金上駅は以前は交換可能駅であり、島式ホームになっていました。
すでに片側の線路は剥がされ、棒線化されており、ホームの上に駅舎があります。
ホームの駅舎内には自動券売機があったようですが、その部分はシャッターが閉じられていました。
夏の海水浴列車などに対応していた、6両編成の停車位置表示がまだ残っていました。
今後、使われる可能性は無いと思われる物です。
ホームから見て線路の向こう側には倉庫が建っています。
昔は側線が延びていて、貨物の積み卸しがされていたのでしょう。
勝田で折り返して来たキハ2004に乗り、平磯駅まで戻ったところで茨城交通湊線の撮影は終了としました。
その後は、鹿島鉄道の廃線跡の様子を見に旧鉾田駅に向かいます。
2008年03月29日
2008年03月29日
2008年03月28日
茨城交通湊線へ行ってみた その9
2008年03月27日
2008年03月26日
蘇我駅の2081列車
2008年03月26日
2008年03月25日
2008年03月24日
茨城交通湊線へ行ってみた その5
昼食後は磯崎駅へ向かいます。

磯崎駅駅舎に掲げられている看板には、磯崎駅の上に茨城交通の文字がありました。
当然、この表示も3月一杯で消えてしまう運命にあります。

自動券売機にも茨城交通の文字があります。
全駅ではないにしろ色んな駅を回ってみましたが、意外と茨城交通の表示は使われていないよう木がします。
もっとも気動車の塗色が、バスと同じく茨城交通カラーを纏っている車両があるので、それらがどうなるのかが気になります。

磯崎駅のホームで勝田側を向いて撮った写真です。
この風景も急に変わるとは思いませんが、昨年のブログで書いたように昔の姿とは大きく変わってしまっています。
普段からの何気ない記録が大切なものになるのでしょう。
磯崎駅駅舎に掲げられている看板には、磯崎駅の上に茨城交通の文字がありました。
当然、この表示も3月一杯で消えてしまう運命にあります。
自動券売機にも茨城交通の文字があります。
全駅ではないにしろ色んな駅を回ってみましたが、意外と茨城交通の表示は使われていないよう木がします。
もっとも気動車の塗色が、バスと同じく茨城交通カラーを纏っている車両があるので、それらがどうなるのかが気になります。
磯崎駅のホームで勝田側を向いて撮った写真です。
この風景も急に変わるとは思いませんが、昨年のブログで書いたように昔の姿とは大きく変わってしまっています。
普段からの何気ない記録が大切なものになるのでしょう。
2008年03月23日
蘇我駅17時10分
写真は3月23日17時10分撮影、奥が改正前の1092列車に相当する列車、手前が4098列車に相当する列車です。
EF65 1041の横に千葉貨物駅からやって来た京葉臨海鉄道のKD60 4が並びました。
KD60 4号機は最近投入された新車であり、これが初めての撮影となりました。
新型に入ったと言うことは、旧型が廃車になるということになります。
そういえば最近KD55 101を見掛けていないので、入れ替わりで廃車になってしまうのかもしれません。
そうなるととうとうエンジン換装機も廃車が発生です。
この機関車は旅客列車と被ってしまったので、じっくりは見れなかったので、細かい観察はまたの機会に持ち越しとなりました。
ちなみに今日の17時台のJRの牽引機は、EF65 1041の次がEF65 1063、その次がEF210-119でした。
2008年03月23日
2008年03月22日
2008年03月21日
2008年03月20日
茨城交通湊線へ行ってみた その2
まずは朝の二連運用の撮影をします。
中根駅から歩いて常陸那珂道路をくぐって1キロほど那珂湊よりで撮影です。
田んぼの中を木々をバックにやってくる写真になりました。
常陸那珂道路がなかった頃はアングルを気にしなくて済んだので楽だったのですがね。
同じ場所で勝田行きの旧型気動車によるニ連を撮影。
前からキハ222+キハ2004です。
勝田からの戻りを、金上~中根間で撮影。
田んぼもまだ水を張る前の状態です。
この列車が那珂湊駅に着くと片方の車両が切り離されて、単行での運用になります。
私は7月に来た時にキハ2004(準急色)を撮影していたので、キハ222が撮影したい、仮設住宅氏は逆にキハ2004が撮りたいのでした。
前回に来た時のことを覚えていれば、どちらの車両が切り離されるのか分かるのですが、すっかり忘れています。
2008年03月19日
2008年03月19日
2008年03月18日
2008年03月18日
2008年03月17日
2008年03月17日
2008秋田撮影行 その19
小坂鉄道撮影後は、レンタカーを返却しに弘前に向かいます。
車を返した後は弘前駅のコインロッカーにカメラ以外の物を入れて、やって来た特急かもしかで大鰐温泉駅へ移動しました。

目的は弘南鉄道のラッセル車のキ105と電機のED221でした。
夕方遅くなっており、暗くなり掛かっていましたが、何とか撮影は出来ました。
近づいての撮影は出来ないため、中途半端な写真ですが、撮れただけよしとします。
駅の外の駐車場付近から撮影しています。

撮影中に大鰐線の7000系電車が到着したのでついでに撮影。
大鰐線は6000系が撮りたいのですが、3度の訪問で日が落ちた状態で一度見ただけでまだ撮影できていないのです。
4度目の訪問が何時になることやら。

JRのホームの橋から撮影したED221とキ105です。
弘前中央駅に向かってしか雪掻きが出来ないので、冬になると大鰐駅構内で待機しています。
右側に曲がっていく線路が大鰐線です。
車を返した後は弘前駅のコインロッカーにカメラ以外の物を入れて、やって来た特急かもしかで大鰐温泉駅へ移動しました。
目的は弘南鉄道のラッセル車のキ105と電機のED221でした。
夕方遅くなっており、暗くなり掛かっていましたが、何とか撮影は出来ました。
近づいての撮影は出来ないため、中途半端な写真ですが、撮れただけよしとします。
駅の外の駐車場付近から撮影しています。
撮影中に大鰐線の7000系電車が到着したのでついでに撮影。
大鰐線は6000系が撮りたいのですが、3度の訪問で日が落ちた状態で一度見ただけでまだ撮影できていないのです。
4度目の訪問が何時になることやら。
JRのホームの橋から撮影したED221とキ105です。
弘前中央駅に向かってしか雪掻きが出来ないので、冬になると大鰐駅構内で待機しています。
右側に曲がっていく線路が大鰐線です。
2008年03月16日
房総は春になりました 久留里線編
久留里線に3月8日から土・日を中心に風っこくるり号が走っています。
ちょうど入っていた予定が無くなったので、昼前から撮影に出掛けました。

途中で撮影をしながらとりあえず上総亀山へ行ってみました。
木更津からの風っこくるり号は、定期列車の後部にビューコースター風っこを増結した4両編成で上総亀山駅にやってきます。
到着後、風っこだけ切り離され隣のホームに転線、残った車両は定期列車の木更津行きとして折り返します。
乗ってきたお客さんにゆっくり観光してもらうため、帰りの風っこくるり号は5時間弱後になっており、その間に次の定期列車がやって来て折り返していきます。
定期列車の方も折り返すまで時間があるので、かなり長い間、この並びが続きました。

帰りの風っこを撮影するまでの間に定期列車の撮影をしています。
平山~上総松丘間に菜の花が咲いていたので、絡めて撮影してみました。
やって来た車両は、キハ30 62+キハ38 1の2両編成、行きの風っこくるり号に連結されていた車両です。

上りの風っこくるり号がやって来ました。
先ほど撮影した車両の後部に風っこが連結されて4両編成になっています。
久しぶりに見る久留里線の長い編成と、初めて見るヘッドマークの付いたキハ38でした。
ビューコースターが先頭では知る姿も見てみたいのですが、理由があって後部に連結されているようです。
ちょうど入っていた予定が無くなったので、昼前から撮影に出掛けました。
途中で撮影をしながらとりあえず上総亀山へ行ってみました。
木更津からの風っこくるり号は、定期列車の後部にビューコースター風っこを増結した4両編成で上総亀山駅にやってきます。
到着後、風っこだけ切り離され隣のホームに転線、残った車両は定期列車の木更津行きとして折り返します。
乗ってきたお客さんにゆっくり観光してもらうため、帰りの風っこくるり号は5時間弱後になっており、その間に次の定期列車がやって来て折り返していきます。
定期列車の方も折り返すまで時間があるので、かなり長い間、この並びが続きました。
帰りの風っこを撮影するまでの間に定期列車の撮影をしています。
平山~上総松丘間に菜の花が咲いていたので、絡めて撮影してみました。
やって来た車両は、キハ30 62+キハ38 1の2両編成、行きの風っこくるり号に連結されていた車両です。
上りの風っこくるり号がやって来ました。
先ほど撮影した車両の後部に風っこが連結されて4両編成になっています。
久しぶりに見る久留里線の長い編成と、初めて見るヘッドマークの付いたキハ38でした。
ビューコースターが先頭では知る姿も見てみたいのですが、理由があって後部に連結されているようです。
2008年03月16日
2008秋田撮影行 その18
郷土館の見学後、再び小坂鉄道の撮影に戻り、茂内駅の腕木信号機を絡めての撮影を行いました。
正面がちに列車を狙う形にして水準器で水平を保ったつもりですが何か違和感が?
同行の二人にバックの木と信号機傾いているかと尋ねたら、左に傾いているとの返事。
それを信じて撮影はしてみた物のやっぱり違和感があります…。
本当はもう少し手前でもシャッターを切るはずだったのですが、寒さでバッテリーが弱って切れなくなりました。
ついつい欲張って、補機の切り離し作業から撮影してしまったのが原因です。
とっさに持っていたカメラに切り替えて撮影した54列車。
DD131を先頭にした重連です。
横を通り過ぎたタンク車の列が小坂へ向かって走り去ります。
これが小坂鉄道の撮影最後のカットとなりました。
もう二度と撮影できない光景なのが寂しいです。
2008年03月15日
2008年03月15日
2008秋田撮影行 その17
郷土館の他の展示車両のキハ2101です。
小坂鉄道の旅客営業時代に活躍したキハ2100形のうち1両がここに展示されていました。
見ての通り塗装はぼろぼろで、ちょうど補修作業の途中です。
補修前はもっと酷い状態だったようですね。
雪が降る中での補修作業は大変な苦労があると思います。
11号SLと同じく秋田県の有形文化財に指定されている貴賓車のハ1です。
この車両の履歴については、二通りの話があり、片方は汽車会社で1907年に製造されたロハ1で、1908年に当時の皇太子(大正天皇)が乗車するために用意された車両。
もう一方は、二・三等客車として日本車輌で1916年に製造され、貴賓客車に改造して1921年に秩父宮・高松宮両殿下が小坂鉱山を見学された際に使用したと言う説。
後者の説で紹介されていることが多いのですが、私には分からないので両方載せておきます。
真相はどっちなのでしょうか?
軌道巡回車も展示されています。
こんな車輌まで展示されているところがなかなかマニアック。
これに乗って走ったら気持ちいいでしょうね。
2008年03月14日
2008年03月13日
2008年03月13日
2008年03月12日
2008年03月12日
2008秋田撮影行 その14
大館から小坂へ戻る51列車は清風荘近くで撮影することにして再び車で移動します。
一旦は現地に着いたのですが、喉が渇いてしまいました。
時間があったのでジュースを買いに出掛けたのですが、この近辺には自動販売機すらありません。
かなり大館方向に走ったところの踏切で、カメラを構えている人がいました。
次の51列車を撮影するにしては反対向きに構えています。
いつの間にか先ほど撮影した52列車を追い抜いてしまったようです。
折角なのでジュースは後回しにして52列車を撮影です。

やって来た52列車が鉄橋を渡ります。
対岸では地元の人が道の雪掻きしていました。

この地点からだと、大館樹海ドームに向かって線路は真っ直ぐ延びています。
この大館樹海ドームの至近に旅客営業時代は岱野駅があり、駅舎とホームも残っていました。
ちょうどここに自動販売機があったので、飲み物にやっとありつけました。

鉄橋に付いていた銘板を見ると、同和鉱業(株)小坂鉄道 1962 日本車輌製造(株)製の文字が見えました。
この鉄道が762ミリから1067ミリに改軌した年が1962年なのでその時に掛けられた物のようです。
一旦は現地に着いたのですが、喉が渇いてしまいました。
時間があったのでジュースを買いに出掛けたのですが、この近辺には自動販売機すらありません。
かなり大館方向に走ったところの踏切で、カメラを構えている人がいました。
次の51列車を撮影するにしては反対向きに構えています。
いつの間にか先ほど撮影した52列車を追い抜いてしまったようです。
折角なのでジュースは後回しにして52列車を撮影です。
やって来た52列車が鉄橋を渡ります。
対岸では地元の人が道の雪掻きしていました。
この地点からだと、大館樹海ドームに向かって線路は真っ直ぐ延びています。
この大館樹海ドームの至近に旅客営業時代は岱野駅があり、駅舎とホームも残っていました。
ちょうどここに自動販売機があったので、飲み物にやっとありつけました。
鉄橋に付いていた銘板を見ると、同和鉱業(株)小坂鉄道 1962 日本車輌製造(株)製の文字が見えました。
この鉄道が762ミリから1067ミリに改軌した年が1962年なのでその時に掛けられた物のようです。
2008年03月11日
2008秋田撮影行 その13
モーターカーラッセルの撮影後、再び52列車の撮影のため大館方向に向かって車を走らせました。
途中に小さなドライブインがあったので、その周囲で撮影することにしました。
当初は近くの撮影ポイントと紹介されている場所で撮るつもりでしたが、ドライブインのすぐ後ろを線路が通っていたので、様子を伺うつもりで10分ほど掛けて雪を踏み固めて、藪を開いて線路際に出てみました。
この場所からだと、小坂側も茂内側もS字カーブとなっており、そのままここで撮影となりました。
茂内で切り離された補機が小坂に戻って来るので、前日三重連の54列車を撮影した付近で待ちます。
山をバックにDD132が戻ってきました。
荷物がないので身軽ですが、とばさずにゆったりと帰って行きました。
2008年03月10日
2008秋田撮影行 その12
三日目は列車が走る前に小坂駅の周辺を見に行きました。
その時に撮影した小坂駅の出発信号機です。
小坂駅の周辺には観光客を集めるために、歴史のある建造物などがあるのですが、さすがに早い時間帯だと開館していないので外から眺めるだけでした。
この日のキ100形ラッセル車は検修庫の中に入っていたので、見ることが出来ません。
朝一番の52列車を撮影するため、茂内方面に戻っている途中、線路の上にモーターカーラッセルがあるのを偶然発見しました。
こちらが向かう方向と逆に小坂へ向かっているようでしたので、先で反転して途中で待ちかまえて撮影です。
9月に機関車がやって来なかった踏切で撮影することが出来ました。
キ100形ではなくモーターカーラッセルなのがちょっと残念ですが、意外な物が撮影できてラッキーです。
ラッセル車で雪をかき分けているのが分かります。
この後しばらくしてから気がついたのですが、前日のJRの撮影時に通った踏切からは、線路の上に雪が乗っていましたが、その後、一番列車が走る前には雪が掻かれていたのでした。
もしかすると前日もモーターカーラッセルが来ていたのかもしれません。
2008年03月09日
2008年03月08日
2008秋田撮影行 その10
編集長敬白を見ると小坂鉄道は実質終了したようです。
少し前から終わるだろうと言われていたので、撮影に行ったのですがやっぱり無くなったのは残念ですね。
小坂から大館まで運ばれたタンク車は、奥羽本線の貨物列車となって秋田港へ運ばれます。
そちらの様子も撮影するため、大縦駅の秋田側の隣駅の下川沿駅との間で撮影することにしました。

貨物列車を待っている間は寒いので車の中で待機していました。
すると、この時間帯には列車がないはずなのに踏切が鳴り始めました。
やって来たのは、大幅に遅れた日本海3号でした。
トワイライト色のEF81 113が牽引機ですが、今日もヘッドマークが雪で見えない状態です。
この時は貨物列車の撮影用に長いレンズを付けていたため、いきなり来たため機関車しか写せなかったのでした。

目的の8096列車が若干遅れてやって来ました。
機関車の後ろにはコンテナ車、更にその後ろに小坂鉄道から引き継いだタンク車が連結されています。

牽引機はED75 140でした。
この前にED75を撮影したのは、まだ昭和だった気がするので、随分と久しぶりです。
少し前から終わるだろうと言われていたので、撮影に行ったのですがやっぱり無くなったのは残念ですね。
小坂から大館まで運ばれたタンク車は、奥羽本線の貨物列車となって秋田港へ運ばれます。
そちらの様子も撮影するため、大縦駅の秋田側の隣駅の下川沿駅との間で撮影することにしました。
貨物列車を待っている間は寒いので車の中で待機していました。
すると、この時間帯には列車がないはずなのに踏切が鳴り始めました。
やって来たのは、大幅に遅れた日本海3号でした。
トワイライト色のEF81 113が牽引機ですが、今日もヘッドマークが雪で見えない状態です。
この時は貨物列車の撮影用に長いレンズを付けていたため、いきなり来たため機関車しか写せなかったのでした。
目的の8096列車が若干遅れてやって来ました。
機関車の後ろにはコンテナ車、更にその後ろに小坂鉄道から引き継いだタンク車が連結されています。
牽引機はED75 140でした。
この前にED75を撮影したのは、まだ昭和だった気がするので、随分と久しぶりです。
2008年03月07日
茨城交通湊線へ行ってみた その1
今年の4月に『茨城交通』から『ひたちなか海浜鐵道』になる湊線を見に行ってきました。
本当は昨日と今日の連休で、寝台急行銀河を使って三木鉄道に行き、500系のぞみで帰ってくるはずだったのですが、他の用事が入ったり無くなったりで銀河の切符が確保できず、挙げ句の果てに前日の夕方に用事が入ってしまったので、連休も潰れてしまったのです。
せめて一日だけでもと仮設住宅氏と茨城交通に行くことにしたのです。
鉄道ホビダスの今日の一枚を毎日見ていて、久しぶりに行きたくなったのも事実です。
茨城交通の平日運用では、新型と旧型の気動車が交互に運転されています。
そのうち、朝にはそれぞれ2連での運用があります。
今日は、新型は3710-01+3710-02、旧型はキハ2004(旧国鉄準急色)+キハ222(旧気動車標準色)でした。
中根駅を3710形2連が勝田駅に向けて発車していきました。
会社変更を目前にしていますが、今のところ特に変わることなく運転されているようです。
2008年03月07日
2008秋田撮影行 その9
あけぼのの撮影後、宿に戻る途中小坂線の踏切を通りました。
列車の運行がない夜のうちに線路に雪が積もっています。
ラッセルが運転されるほどではないのがちょっと残念。
宿から重い荷物を持って前日のショッピングセンター付近で撮影することにしました。
雪対策で重装備となっているため、荷物が重くて更に雪道なので、撮影地点までで疲れてしまいました。
大館行きの52列車が樹海ドームの横をやって来るところを撮影しました。
前日に引き続き露出が…。
一緒に撮影していた仮設住宅氏とポジションを変え、雪の中を小坂側にしばらく歩いたところで、小坂へ戻る51列車を待ちます。
前日は単機だったので、橋は貨車の牽引があるのかなと思っていたら、また単機でした。
機関車はDD131でした。
仮設住宅氏の方へ戻るとすでにD氏がレンタカーでやって来ていました。
やっと重い荷物から開放、やはり車は便利で楽です。
2008年03月06日
2008年03月06日
2008秋田撮影行 その8
大館のビジネスホテルで2日目の朝を迎えました。
小坂鉄道の1番列車は11時近いので、チェックアウト前にJRの撮影に出掛けます。
とりあえず朝食を食べてから大館駅の秋田側に行ってみました。

しばらく歩いていくと、大館駅の1㎞ほど秋田寄りで、花輪線が奥羽本線をオーバークロスしている場所に出ました。
奥羽本線の踏切が鳴り始めたのでカメラを構えると、701系電車が雪を巻き上げながらやって来ました。
この辺りの雪は乾いたパウダースノーなので、走行風で雪がかなり舞い上がります。

今度は花輪線側で列車を待っていると、前日に鷹ノ巣駅で撮影した花輪・奥羽本線直通の快速がやってきました。
奥羽本線をオーバークロスした線路が、カーブしながら大館駅構内に向けて下っていく場所での撮影です。
天気も良く行く辺りばったりの撮影でうまく撮影できて満足です。
車両は前日と同じものが使用されていました。
この後、大館駅で進行方向を変え、奥羽本線を秋田に向かうところも撮影したのですが、そちらは場所を失敗して変な写真になっています。

この後にあけぼのがやってくるので、前日、日本海3号を撮影した場所の近くの線路際に行ってみることにしました。
欲を出して他の撮影場所を探して歩いていたら、予想より時間が掛かってしまい、あけぼののやってくる時刻になってしまいました。
雪がなければ走っていけるのですが、15㎝以上積もっているので、思ったように進めず、手前で撮影した結果の写真です。
この列車に仲間のD氏が乗っており、弘前まで行ってレンタカーで戻ってきて合流することになっています。
小坂鉄道の1番列車は11時近いので、チェックアウト前にJRの撮影に出掛けます。
とりあえず朝食を食べてから大館駅の秋田側に行ってみました。
しばらく歩いていくと、大館駅の1㎞ほど秋田寄りで、花輪線が奥羽本線をオーバークロスしている場所に出ました。
奥羽本線の踏切が鳴り始めたのでカメラを構えると、701系電車が雪を巻き上げながらやって来ました。
この辺りの雪は乾いたパウダースノーなので、走行風で雪がかなり舞い上がります。
今度は花輪線側で列車を待っていると、前日に鷹ノ巣駅で撮影した花輪・奥羽本線直通の快速がやってきました。
奥羽本線をオーバークロスした線路が、カーブしながら大館駅構内に向けて下っていく場所での撮影です。
天気も良く行く辺りばったりの撮影でうまく撮影できて満足です。
車両は前日と同じものが使用されていました。
この後、大館駅で進行方向を変え、奥羽本線を秋田に向かうところも撮影したのですが、そちらは場所を失敗して変な写真になっています。
この後にあけぼのがやってくるので、前日、日本海3号を撮影した場所の近くの線路際に行ってみることにしました。
欲を出して他の撮影場所を探して歩いていたら、予想より時間が掛かってしまい、あけぼののやってくる時刻になってしまいました。
雪がなければ走っていけるのですが、15㎝以上積もっているので、思ったように進めず、手前で撮影した結果の写真です。
この列車に仲間のD氏が乗っており、弘前まで行ってレンタカーで戻ってきて合流することになっています。
2008年03月05日
2008年03月05日
2008秋田撮影行 その7
小坂発の54列車が予定通りに三重廉でやってきました。
でも列車が来た時には太陽が隠れてしまったので残念です。
撮影は茂内駅の小坂寄りにある鉄橋で、小坂側の場内信号機も見えます。
54列車は5分の停車時間で先頭の機関車を切り離し、その機関車は単機で小坂駅に戻っていきます。
写真は重連になった列車が発車したところです。
列車は出発信号機の横を抜け、下り勾配を大館駅に向かって走り去っていきました。
列車の撮影後は、再びバスで大館町まで戻らなくてはなりません。
来た時とは変えて茂内駅正面の道をバスが走る道(樹海ロード)まで出ました。
近辺を見回すと小さなバスの待合室があり、停留所の名前は水沢となっていました。
時刻を見ると列車の発着と同じ時間に1本行ったばかりであり、次のバスは1時間半ほど先になっていました。
辺りに喫茶店でもあれば待ってもいられるのですが、そんな物はありませんので、暇つぶしを兼ねてしばらく歩きバスに乗ったのは、40分ほど歩いたところのバス停からとなりました。
小坂鉄道の撮影はバスでの撮影は非常に効率が悪いということです。
2008年03月04日
2008秋田撮影行 その6
51列車を撮影した付近に大きなショッピングセンターが有り、 そこから小坂行きのバスがあるので、茂内駅まで移動することにしました。
バスは1時間半に1本位の感じです。
ショッピングセンター内には食べ物屋があるので、バス待ちの間にご飯が食べられました。
いざ茂内駅に行くとなりましたが、降りるバス停の名前が分かりませんので、9月に車で走った記憶を頼りに、景色を見つつバス停を判断することにしました。
降りたバス停は雪沢学校前という停留所です。
停留所の近くに立派な小学校があり、記憶ではここで曲がって茂内駅行けたはずと降車ボタンを押しました。
この停留所は小学校の登下校時くらいしか乗降がないようで、停留所の案内も直前、油断していた運転手さんは慌てて停車していました。

停留所からしばし雪道を歩くと、茂内駅の場内信号機が出迎えてくれました。
やっぱり腕木信号機は良いな~。

駅舎の周りも雪だらけで、夏とは雰囲気が違います。

小坂側にある踏切から茂内駅の構内を見たところです。
13時過ぎになると駅員の方が、除雪機で雪掻きを始めました。
次の列車が来るまで時間があったので、昔分かれていた支線の方へ歩いたり、駅の辺りをきょろきょろと見て回っていました。
この時駅前でホットのジュースを買っていたのですが、少し残った状態で歩いていたらすっかりシャーベットになっていました。
やはり氷点下は半端じゃなく寒いのですね。
バスは1時間半に1本位の感じです。
ショッピングセンター内には食べ物屋があるので、バス待ちの間にご飯が食べられました。
いざ茂内駅に行くとなりましたが、降りるバス停の名前が分かりませんので、9月に車で走った記憶を頼りに、景色を見つつバス停を判断することにしました。
降りたバス停は雪沢学校前という停留所です。
停留所の近くに立派な小学校があり、記憶ではここで曲がって茂内駅行けたはずと降車ボタンを押しました。
この停留所は小学校の登下校時くらいしか乗降がないようで、停留所の案内も直前、油断していた運転手さんは慌てて停車していました。
停留所からしばし雪道を歩くと、茂内駅の場内信号機が出迎えてくれました。
やっぱり腕木信号機は良いな~。
駅舎の周りも雪だらけで、夏とは雰囲気が違います。
小坂側にある踏切から茂内駅の構内を見たところです。
13時過ぎになると駅員の方が、除雪機で雪掻きを始めました。
次の列車が来るまで時間があったので、昔分かれていた支線の方へ歩いたり、駅の辺りをきょろきょろと見て回っていました。
この時駅前でホットのジュースを買っていたのですが、少し残った状態で歩いていたらすっかりシャーベットになっていました。
やはり氷点下は半端じゃなく寒いのですね。
2008年03月03日
蘇我駅の8966列車
2008年03月03日
2008秋田撮影行 その5
日本海3号の撮影後は、小坂鉄道の撮影のために移動します。
奥羽本線を撮影した陸橋がそのまま先にある小坂鉄道の線路も跨いでいるので、その付近で撮影するつもりでした。

撮影地点を探しているうちに列車の時刻が迫ってきました。
いったんは場所を決めたのですが、ちょっと欲を出して別の場所に移動している内に列車が来てしまいましたので、踏切を通過するところの撮影になってしまいました。
列車の方は小坂行きの52列車で、写っていない機関車の後ろには化学薬品を積載したタンク車が連なっています。

折り返しの小坂行き51列車の撮影は、さらに小坂寄りに歩くと開けた場所に出たのでそこで撮影することにしました。
写真は撮影地付近の光景で、小坂方向を向いています。
右上のドームは大館樹海ドームと呼ばれている施設です。
線路は左から正面の林とドームの間に向かって伸びています。

小坂行きの51列車がやってきました。
少しは貨車を連ねているのかと思っていたのですが、単機でやって来ました。
この時はずっと晴天の雪の中で待っていたので、雪目になってしまい、モニターを見て露出調整をしても、明るいのか暗いのか判断が付かなくなって手前の雪が飛んでしまいました。
今回の撮影中ずっと目がおかしくなって苦労する羽目になりましたので、次回はちゃんとサングラス用意したいと思います。
奥羽本線を撮影した陸橋がそのまま先にある小坂鉄道の線路も跨いでいるので、その付近で撮影するつもりでした。
撮影地点を探しているうちに列車の時刻が迫ってきました。
いったんは場所を決めたのですが、ちょっと欲を出して別の場所に移動している内に列車が来てしまいましたので、踏切を通過するところの撮影になってしまいました。
列車の方は小坂行きの52列車で、写っていない機関車の後ろには化学薬品を積載したタンク車が連なっています。
折り返しの小坂行き51列車の撮影は、さらに小坂寄りに歩くと開けた場所に出たのでそこで撮影することにしました。
写真は撮影地付近の光景で、小坂方向を向いています。
右上のドームは大館樹海ドームと呼ばれている施設です。
線路は左から正面の林とドームの間に向かって伸びています。
小坂行きの51列車がやってきました。
少しは貨車を連ねているのかと思っていたのですが、単機でやって来ました。
この時はずっと晴天の雪の中で待っていたので、雪目になってしまい、モニターを見て露出調整をしても、明るいのか暗いのか判断が付かなくなって手前の雪が飛んでしまいました。
今回の撮影中ずっと目がおかしくなって苦労する羽目になりましたので、次回はちゃんとサングラス用意したいと思います。
2008年03月02日
2008秋田撮影行 その4
花岡線跡の築堤に沿って歩くと奥羽本線にぶつかります。
築堤の先には橋台か残っていました。
この付近の踏切からとりあえず下りの電車を撮影、さらに撮影場所を探して移動します。
撮影場所は花岡線の築堤より青森方に架かる陸橋の上からとなりました。
本当は下に降りて線路際で撮影したかったのですが、かなり遠回りしないと行き着けないので今回は見送りました。
やって来たのは4094列車、名古屋(タ)行きのコンテナ列車です。
大館駅の構内にも下りの貨物列車がやってきています。
こちらは、札幌(タ)行きの3099列車でした。
3099列車が止まっている横を、後続の日本海3号が青森に向けて発車しました。
この列車も3月の改正でなくなってしまいますので、今回撮影対象にしました。
この日の日本海3号の牽引機はEF81 108でしたが、ヘッドマークに雪が付いて見えていないので、日本海だと分からない状態になってました。
2008年03月01日
2008年03月01日
2008秋田撮影行 その3
荷物が減って身軽になったところで、写真撮影再開です。

奥羽本線の撮影をするために歩いていくと小坂鉄道の踏切を渡りました。
写真は小坂方面を見た景色です。
線路の敷地が複線分の広さがあるように見えるのは、この区間は小坂線と、花岡線が併走していた区間だからでした。
右が現役の小坂線、左側に廃線となった花岡線があり、花岡線はこの写真の真ん中あたりから左に曲がっていました。

同じ踏切から小坂駅方面を見た景色です。
この辺りを見た仮設住宅氏曰く、この辺りにあった大きなヤードもなくなってすっかり変わっているそうです。

花岡線が小坂線から分かれて左に曲がると、道路を踏切で横切ってから、築堤を上がっていく形となっていました。
この築堤はこの先の奥羽本線を乗り越すための物で、廃止後もまだ残っています。

奥羽本線の撮影をするために歩いていくと小坂鉄道の踏切を渡りました。
写真は小坂方面を見た景色です。
線路の敷地が複線分の広さがあるように見えるのは、この区間は小坂線と、花岡線が併走していた区間だからでした。
右が現役の小坂線、左側に廃線となった花岡線があり、花岡線はこの写真の真ん中あたりから左に曲がっていました。

同じ踏切から小坂駅方面を見た景色です。
この辺りを見た仮設住宅氏曰く、この辺りにあった大きなヤードもなくなってすっかり変わっているそうです。

花岡線が小坂線から分かれて左に曲がると、道路を踏切で横切ってから、築堤を上がっていく形となっていました。
この築堤はこの先の奥羽本線を乗り越すための物で、廃止後もまだ残っています。
