2008年02月29日
2008秋田撮影行 その2
今日の話は、かなり間が開いてしまった、1月19日のブログの続きです。
鷹ノ巣駅で元よねしろ用のキハ58を撮影した後は、大館駅までやって来ました。

大館駅に降りると、反対側のホームには701系電車が停車していました。

ホームから秋田方面を見た写真です。
左側に見えるホームの向こう側にはJR貨物の駅が見えています。
この撮影行の主目的の小坂鉄道もこの駅から分岐しているのですが、駅は別の場所にあるのでした。

大館駅の駅名標と鷹ノ巣から乗車してきたキハ112です。
この後、鷹ノ巣駅のコインロッカーに荷物を預けて列車の撮影に向かうつもりだったのですか、鞄が大きくてロッカーに入らないので、大誤算となりました。
上野駅のコインロッカーには入ったので、油断していました。
荷物を持ったままでは行動が縛られてしまうので、今日の宿として予約していたビジネスホテルまで行って預ける羽目になりました。
おかげで少し時間をロスしています。
鷹ノ巣駅で元よねしろ用のキハ58を撮影した後は、大館駅までやって来ました。
大館駅に降りると、反対側のホームには701系電車が停車していました。
ホームから秋田方面を見た写真です。
左側に見えるホームの向こう側にはJR貨物の駅が見えています。
この撮影行の主目的の小坂鉄道もこの駅から分岐しているのですが、駅は別の場所にあるのでした。
大館駅の駅名標と鷹ノ巣から乗車してきたキハ112です。
この後、鷹ノ巣駅のコインロッカーに荷物を預けて列車の撮影に向かうつもりだったのですか、鞄が大きくてロッカーに入らないので、大誤算となりました。
上野駅のコインロッカーには入ったので、油断していました。
荷物を持ったままでは行動が縛られてしまうので、今日の宿として予約していたビジネスホテルまで行って預ける羽目になりました。
おかげで少し時間をロスしています。
2008年02月29日
2008年02月28日
東北乗り鉄の旅 その33
宮古駅から2時間ほど掛けて18時に盛岡駅に到着です。
宮古で満員になったままだったので、椅子に座れなかった人はずっと立ったままで大分疲れた様子で降りていきました。
とりあえず座れて良かったけど、朝から列車に乗り続けているので、体が痛くなっていました。
盛岡駅の駅名標です。
こちらは、JR東日本といわて銀河鉄道との接続駅となります。
朝、金田一温泉駅で乗車した列車は9時23分発の盛岡行きでしたので、二戸で降りずに乗車していれば、盛岡駅に10時54分着だったのです。
いかに遠回りしてきたかが分かります。
ここまで8時間半、でもまだ千葉まで4時間以上乗るのでした。
盛岡駅の構内には、お役ご免となったキハ58達が並んでいました。
今回最終日の行程に山田線を組み込んだのは、まだ旧型気動車に乗れる可能性があると思ったからでした。
計画を立てた後に、前日が旧型気動車の最終日だと知りましたが、宿の関係で行程が変更できなかったのです。
山田線の車内でも、地元の乗客が前日は写真を撮りに多くの人が来ていたことをしゃべっていたのが聞こえていたので、非常に残念でなりません。
この後は、盛岡駅で買い込んだ駅弁を食べながら新幹線で東京へ、そして千葉まで戻りました。
これで東北乗り鉄の旅の話は終了となりました。
2008年02月27日
2008年02月27日
東北乗り鉄の旅 その32
宮古でやっと遅い昼食にありつけました。
駅前の食堂で食べた海鮮丼(だったかな?)が味は濃い目でしたけど美味しかったので満足です。

写真は宮古駅駅舎です。
三陸鉄道の駅とはちょっ間を開けて並んでいました。
ここでの列車の接続は悪く、昼食後に町を散歩してきても余ってしまうほどです。

釜石方面から山田線の列車が到着しました。
山田線自体は盛岡~釜石での路線なのですが、宮古駅を越えて直通する列車がなく、釜石側と盛岡側では別の路線みたいな感じです。
釜石側は釜石線と関連が強いようで、直通列車が存在しています。

列車の発車時刻が近くなるまでは改札を行わないので、改札前で並んでじっと待っていました。
おかげで構内をじっくり観察する間もなく乗り込む羽目になりました。
盛岡まで乗車する列車はキハ110による単行列車、三陸鉄道とは違い、乗客が多くて立ち客が出ていました。
釜石方面に向かう列車が4・5両の編成だったのでギャップが激しいのです。
ほとんど途中駅での下車はなかったので、立ち客は終点盛岡まで立ちっぱなしになっていました。
ただでさえバスの人気が高いのに、これではさらに客が逃げると感じました。
私も分かっていたら、三連休パスがあってもバスに乗っていたと思います。
駅前の食堂で食べた海鮮丼(だったかな?)が味は濃い目でしたけど美味しかったので満足です。
写真は宮古駅駅舎です。
三陸鉄道の駅とはちょっ間を開けて並んでいました。
ここでの列車の接続は悪く、昼食後に町を散歩してきても余ってしまうほどです。
釜石方面から山田線の列車が到着しました。
山田線自体は盛岡~釜石での路線なのですが、宮古駅を越えて直通する列車がなく、釜石側と盛岡側では別の路線みたいな感じです。
釜石側は釜石線と関連が強いようで、直通列車が存在しています。
列車の発車時刻が近くなるまでは改札を行わないので、改札前で並んでじっと待っていました。
おかげで構内をじっくり観察する間もなく乗り込む羽目になりました。
盛岡まで乗車する列車はキハ110による単行列車、三陸鉄道とは違い、乗客が多くて立ち客が出ていました。
釜石方面に向かう列車が4・5両の編成だったのでギャップが激しいのです。
ほとんど途中駅での下車はなかったので、立ち客は終点盛岡まで立ちっぱなしになっていました。
ただでさえバスの人気が高いのに、これではさらに客が逃げると感じました。
私も分かっていたら、三連休パスがあってもバスに乗っていたと思います。
2008年02月26日
2008年02月26日
東北乗り鉄の旅 その31
北リアス線を乗り通して宮古駅に到着しました。
世話になった36-209は、1時間以上後の久慈行きの列車として折り返すようです。
三鉄宮古駅の駅舎内の様子です。
左側が切符売り場になっており、写真に写っていない部分に売店があります。
売店のレジも切符売り場が兼ねており、お土産の南部煎餅と三鉄赤字せんべいと記念の貢献入場券を一緒に購入しています。(さすがに切符と商品は別精算していました)
ここで買った三鉄赤字せんべい、あまりにもネーミングがストレートだったので、増収に寄与するために思わず買ってしまいました。
駅舎の外に出て外観を撮影です。
久慈駅とは違い、JRの構内とは直接繋がっておらず、別になっている駅舎を一旦出ての乗り換えとなります。
2008年02月25日
東北乗り鉄の旅 その30
久慈駅から宮古駅までの三陸鉄道北リアス線には1時間半の乗車となります。
乗車した車両の車内にはジュースの自動販売機があり、短い乗り継ぎ時間だったので助かります。
乗っている36-200形はジュースの自動販売機があるのですが、付いていない車両は36-100形になり、自動販売機の有無で形式が変えてあるようです。

北リアス線に入ってからも海が見える場所はありますが、八戸線に区間に比べると高い位置から見る場所が多くなりました。
鉄建公団で造られた線路だったはずなので、海岸線を縫う線形ではなくなっている感じは受けます。
写真は野田玉川~堀内間の橋梁上からの車窓です。
こり橋梁上では、景色を楽しんでもらうために、橋梁上で停車してサービスしています。

橋梁上で停車しているときの車内です。
みんな橋梁から下を眺めていました。
この先途中までは海が見えていたのですが、だんだん山の中を走るようになり、トンネルも多くなります。
位置は忘れましたが、長いトンネルがあり、トンネル内にイルミネーションが輝いています。
でも一瞬で通過してしまいました。

途中、田野畑~島越間(たぶん)で車窓に三陸鉄道の車両もどきが見えました。
正体は、水門の機器室を車両に見立てて塗装した物です。
乗車した車両の車内にはジュースの自動販売機があり、短い乗り継ぎ時間だったので助かります。
乗っている36-200形はジュースの自動販売機があるのですが、付いていない車両は36-100形になり、自動販売機の有無で形式が変えてあるようです。
北リアス線に入ってからも海が見える場所はありますが、八戸線に区間に比べると高い位置から見る場所が多くなりました。
鉄建公団で造られた線路だったはずなので、海岸線を縫う線形ではなくなっている感じは受けます。
写真は野田玉川~堀内間の橋梁上からの車窓です。
こり橋梁上では、景色を楽しんでもらうために、橋梁上で停車してサービスしています。
橋梁上で停車しているときの車内です。
みんな橋梁から下を眺めていました。
この先途中までは海が見えていたのですが、だんだん山の中を走るようになり、トンネルも多くなります。
位置は忘れましたが、長いトンネルがあり、トンネル内にイルミネーションが輝いています。
でも一瞬で通過してしまいました。
途中、田野畑~島越間(たぶん)で車窓に三陸鉄道の車両もどきが見えました。
正体は、水門の機器室を車両に見立てて塗装した物です。
2008年02月24日
東北乗り鉄の旅 その29
約2時間の八戸線列車の旅も、終点の久慈駅に到着したので終わりです。
景色が良かったため、飽きずに乗車できました。

久慈駅では改札を出なくても三陸鉄道に乗り換えできる構造となっており、乗り換えのために跨線橋に上がります。

跨線橋を渡り三陸鉄道のホームに行くとここから乗車する列車が待ちかまえていました。
ここからは三陸鉄道の36-200形の36-209にお世話になるようです。
この駅でお昼になったので昼食を食べたいところですが、乗り継ぎ時間が10分ちょいとなのでここでは見送ることに。
ご飯を食べて後の列車にすると今日の内に家にたどり着けないのです。
ローカル線の旅は良いのですが、現実には本数の少なさで行動はかなりの制約を受けてしまいますね。

三陸鉄道のホームと八戸線ホームです。
ホームの位置はお互いにずれて設置されていました。

三陸鉄道久慈駅の駅名標です。
下に書かれている「不思議の国の北リアス」は何のことかなと思っていたら、久慈広域観光のキャッチフレーズだそうです。
観光客誘致のために色々やっているようでした。
景色が良かったため、飽きずに乗車できました。
久慈駅では改札を出なくても三陸鉄道に乗り換えできる構造となっており、乗り換えのために跨線橋に上がります。
跨線橋を渡り三陸鉄道のホームに行くとここから乗車する列車が待ちかまえていました。
ここからは三陸鉄道の36-200形の36-209にお世話になるようです。
この駅でお昼になったので昼食を食べたいところですが、乗り継ぎ時間が10分ちょいとなのでここでは見送ることに。
ご飯を食べて後の列車にすると今日の内に家にたどり着けないのです。
ローカル線の旅は良いのですが、現実には本数の少なさで行動はかなりの制約を受けてしまいますね。
三陸鉄道のホームと八戸線ホームです。
ホームの位置はお互いにずれて設置されていました。
三陸鉄道久慈駅の駅名標です。
下に書かれている「不思議の国の北リアス」は何のことかなと思っていたら、久慈広域観光のキャッチフレーズだそうです。
観光客誘致のために色々やっているようでした。
2008年02月23日
東北乗り鉄の旅 その28
乗車した列車は八戸から出た辺りでは、結構な乗車があり車内は賑わっていましたが、先に進むにつれてローカル線らしい車内の空き具合になっていきました。
おかげでゆったり車窓を眺めることが出来ます。

以前この辺りには来たことはありますが、車での移動だったので八戸線に乗車したのは初めてです。
予想していたより海がよく見えるので旅の気分に浸れます。
写真は鮫~陸奥白浜間からの海です。

陸中八木付近に来ると本当にすぐ海でした。

間もなく到着した陸中八木駅の向こうは漁港でした。
この駅はJRで一番最後まで腕木信号機を使用していた駅として名前は知っていました。
撤去されてからもう2年経ってしまっています。
まだほんの一部の鉄道で残っていますが、そろそろ絶滅してしまいそうです。
車両の動態保存があるなら、こういう施設も動く状態で保存してもらいたいものです。
おかげでゆったり車窓を眺めることが出来ます。
以前この辺りには来たことはありますが、車での移動だったので八戸線に乗車したのは初めてです。
予想していたより海がよく見えるので旅の気分に浸れます。
写真は鮫~陸奥白浜間からの海です。
陸中八木付近に来ると本当にすぐ海でした。
間もなく到着した陸中八木駅の向こうは漁港でした。
この駅はJRで一番最後まで腕木信号機を使用していた駅として名前は知っていました。
撤去されてからもう2年経ってしまっています。
まだほんの一部の鉄道で残っていますが、そろそろ絶滅してしまいそうです。
車両の動態保存があるなら、こういう施設も動く状態で保存してもらいたいものです。
2008年02月22日
東北乗り鉄の旅 その27
金田一温泉駅8分間だけいわて銀河鉄道に乗車して二戸駅に移動です。

二戸駅では貨物列車の待避があり中線側に止まります。
三セクになったといってもJRの貨物列車はそのまま走っており、上り2本が通過していきました。
二戸駅からは、はやて1号に乗車して八戸駅に向かい八戸線の列車に乗り継ぎます。

八戸線のホームで待っていたのは、ジョイフルトレインのうみねこでした。
東北新幹線八戸開業時に八戸線の活性化策として、キハ48を改造して投入した車両です。
正面から見ると首都圏色に見えてしまいます。

向かいのホームからも撮影してみました。
横から見ると外観が派手ですが、車体はオリジナルのままのようです。
実際改造したと言っても、車内をリクライニングシートに変更とかの小改造しかされていません。
せっかくのシート交換も窓のピッチと合わないので、一部の座席は外が見づらいのでした。
乗車したシートは不調で、リクライニングしてもすぐ元に戻ってしまうので、昔の簡易リクライニングシートを思い出してしまいました。
ストッパーの部分が不調だったのですが、しばらく乗っていたら調子が良くなって止まるようになりました。
何か所かのシートが同じ症状だったようです。
二戸駅では貨物列車の待避があり中線側に止まります。
三セクになったといってもJRの貨物列車はそのまま走っており、上り2本が通過していきました。
二戸駅からは、はやて1号に乗車して八戸駅に向かい八戸線の列車に乗り継ぎます。
八戸線のホームで待っていたのは、ジョイフルトレインのうみねこでした。
東北新幹線八戸開業時に八戸線の活性化策として、キハ48を改造して投入した車両です。
正面から見ると首都圏色に見えてしまいます。
向かいのホームからも撮影してみました。
横から見ると外観が派手ですが、車体はオリジナルのままのようです。
実際改造したと言っても、車内をリクライニングシートに変更とかの小改造しかされていません。
せっかくのシート交換も窓のピッチと合わないので、一部の座席は外が見づらいのでした。
乗車したシートは不調で、リクライニングしてもすぐ元に戻ってしまうので、昔の簡易リクライニングシートを思い出してしまいました。
ストッパーの部分が不調だったのですが、しばらく乗っていたら調子が良くなって止まるようになりました。
何か所かのシートが同じ症状だったようです。
2008年02月21日
今日の京葉臨海鉄道
姉崎機関区支区に京葉臨海鉄道の写真を増やしたのですが、2007年はあまり撮影しなかったことに気がつきました。
最近は近場の写真を撮る回数を増やそうと思っていたので、今日は京葉臨海鉄道の北袖分岐周辺に行ってみました。

北袖分岐~椎津の間に堤防から撮影出来る場所があり、釣りをしている人の先で撮影してみました。
船が停泊している時なら一緒に絡めて撮影できるのですが、今日は停泊していなく残念です。

国道16号線の代宿インターの陸橋から京葉久保田発の上りコンテナ列車を撮影です。
夕方なので逆光なのですが、気にせずに撮影しています。
この陸橋の反対側で下り列車を撮影することは可能ですが、そちらには歩道がないため、大型トラックが頻繁に通る道のため、あまり撮影する気になりません。

上の写真のコンテナ列車は北袖分岐に到着すると、コンテナ車を置いて機関車だけが北袖に向かいます。
北袖には富士石油袖ヶ浦製油所があり、石油類が発送されるのでタンク車を取りに向かうのです。

北袖からタンク車を牽いて機関車が戻ってきました。
今日はタキか4両です。
この後、北袖分岐に置いてきたコンテナ車を、機関車とタンク車の間に連結し直して、千葉貨物に向かって行きました。
最近は近場の写真を撮る回数を増やそうと思っていたので、今日は京葉臨海鉄道の北袖分岐周辺に行ってみました。
北袖分岐~椎津の間に堤防から撮影出来る場所があり、釣りをしている人の先で撮影してみました。
船が停泊している時なら一緒に絡めて撮影できるのですが、今日は停泊していなく残念です。
国道16号線の代宿インターの陸橋から京葉久保田発の上りコンテナ列車を撮影です。
夕方なので逆光なのですが、気にせずに撮影しています。
この陸橋の反対側で下り列車を撮影することは可能ですが、そちらには歩道がないため、大型トラックが頻繁に通る道のため、あまり撮影する気になりません。
上の写真のコンテナ列車は北袖分岐に到着すると、コンテナ車を置いて機関車だけが北袖に向かいます。
北袖には富士石油袖ヶ浦製油所があり、石油類が発送されるのでタンク車を取りに向かうのです。
北袖からタンク車を牽いて機関車が戻ってきました。
今日はタキか4両です。
この後、北袖分岐に置いてきたコンテナ車を、機関車とタンク車の間に連結し直して、千葉貨物に向かって行きました。
2008年02月20日
東北乗り鉄の旅 その26
やっと三日目、11月25日になりました。
金田一温泉には座敷童が出る旅館があると言われていますが、今回の宿では無かったようで、現れてくれませんでした。

いわて銀河鉄道金田一温泉駅の駅舎は、国鉄時代から引き継がれたコンクリート造りでした。
前日下車した時は日が落ちてしまっていたので、じっくり観察しています。

駅舎内には、いわて銀河鉄道開業5周年を祝した畑が飾られていました。
時の経つのは早いものだと感じます。

待合室から見た切符売り場です。
この駅には自動券売機がないので、窓口で切符を買います。
貢献の入場券が有るか訪ねてみたら有りました。
一応は新しい鉄道なので貢献の入場券があるとは思いませんでしたので意外な気がしました。
11月の岩手はさすがに寒いので、待合室のストーブはありがたい物です。
金田一温泉には座敷童が出る旅館があると言われていますが、今回の宿では無かったようで、現れてくれませんでした。
いわて銀河鉄道金田一温泉駅の駅舎は、国鉄時代から引き継がれたコンクリート造りでした。
前日下車した時は日が落ちてしまっていたので、じっくり観察しています。
駅舎内には、いわて銀河鉄道開業5周年を祝した畑が飾られていました。
時の経つのは早いものだと感じます。
待合室から見た切符売り場です。
この駅には自動券売機がないので、窓口で切符を買います。
貢献の入場券が有るか訪ねてみたら有りました。
一応は新しい鉄道なので貢献の入場券があるとは思いませんでしたので意外な気がしました。
11月の岩手はさすがに寒いので、待合室のストーブはありがたい物です。
2008年02月19日
蘇我駅の8966列車
2008年02月19日
東北乗り鉄の旅 その25
三沢駅からはスーパー白鳥に乗って八戸駅に向かいます。
やって来たのはJR北海道から乗り入れてきている789系電車でした。
新しい特急電車だけに静かな車内で居心地が良かったのですが、八戸駅までは30分掛からないので、すぐ下車となりました。
何かもったいない気分で下車しています。

写真は、八戸駅に到着したスーパー白鳥の789系です。
この駅で先輩と合流することにしていましたが、ほっぽっといて駅構内で写真を撮っていました。
先輩も八戸で美味しい物が食べられたようで、お互いに満足できたようです。

八戸線用の気動車と八戸駅の駅名標です。
JR東日本の東北本線はこの駅までで、ここから先は青い森鉄道になることが、駅名標の色に表れていました。

JRから切り離された青い森鉄道は、一旦駅舎の外に出ることもなくそのまま乗り換えることが出来ます。
写真のようにJRとホームの反対側で乗り換えが出来る列車もありました。
ここから青い森鉄道のホームで待っていた列車は、いわて銀河鉄道のIGR7000系電車で、またまた間のあるJR701系そのものなので、ちょっとつまらないのでした。
この日最後の列車として金田一温泉駅まで乗車しています。
やって来たのはJR北海道から乗り入れてきている789系電車でした。
新しい特急電車だけに静かな車内で居心地が良かったのですが、八戸駅までは30分掛からないので、すぐ下車となりました。
何かもったいない気分で下車しています。
写真は、八戸駅に到着したスーパー白鳥の789系です。
この駅で先輩と合流することにしていましたが、ほっぽっといて駅構内で写真を撮っていました。
先輩も八戸で美味しい物が食べられたようで、お互いに満足できたようです。
八戸線用の気動車と八戸駅の駅名標です。
JR東日本の東北本線はこの駅までで、ここから先は青い森鉄道になることが、駅名標の色に表れていました。
JRから切り離された青い森鉄道は、一旦駅舎の外に出ることもなくそのまま乗り換えることが出来ます。
写真のようにJRとホームの反対側で乗り換えが出来る列車もありました。
ここから青い森鉄道のホームで待っていた列車は、いわて銀河鉄道のIGR7000系電車で、またまた間のあるJR701系そのものなので、ちょっとつまらないのでした。
この日最後の列車として金田一温泉駅まで乗車しています。
2008年02月18日
東北乗り鉄の旅 その24
再び列車に乗って起点である三沢駅へ戻ってきました。

駅舎内切符売り場周辺の様子です。
長い時間を経た雰囲気がかなり漂っていました。
十和田市駅とここ三沢駅には硬券の入場券を売っていましたので、どちらの駅でも記念に購入しています。
十和田観光電鉄では、鉄道関係のグッズも色々種類があり、増収に努力していました。

行きの三沢駅の時にも書いていますが、十和田観光電鉄の三沢駅駅舎は縦に長いのです。
写真には写っていませんが、JR側から来ると左側に入り口があり、右側にホームがあります。

上の写真の位置から左を向くと、JR三沢駅の駅舎があります。
十和田観光電鉄の駅とは違い近代的な橋上駅舎となっていました。
駅舎内切符売り場周辺の様子です。
長い時間を経た雰囲気がかなり漂っていました。
十和田市駅とここ三沢駅には硬券の入場券を売っていましたので、どちらの駅でも記念に購入しています。
十和田観光電鉄では、鉄道関係のグッズも色々種類があり、増収に努力していました。
行きの三沢駅の時にも書いていますが、十和田観光電鉄の三沢駅駅舎は縦に長いのです。
写真には写っていませんが、JR側から来ると左側に入り口があり、右側にホームがあります。
上の写真の位置から左を向くと、JR三沢駅の駅舎があります。
十和田観光電鉄の駅とは違い近代的な橋上駅舎となっていました。
2008年02月17日
東北乗り鉄の旅 その23
並んでいる留置車両達の最後の紹介は、電気機関車のED400形ED402です。
貨物列車があった頃は主力機関車でしたが、1986年に貨物列車が廃止となってからは、工事列車などの事業用として活躍しています。
1962年に川崎車両で製造されており、前日紹介した木造無蓋車も一緒に製造されて十和田観光電鉄に来ています。
改めて並んでいる留置車両達です。
この編成のまま走らせれば、なかなか楽しそうです。
七百車両区の検修庫の前にも機関車が止まっていました。
こちらはED300形ED301です。
1951年に日立製作所で製造されており、ED402が導入されるまでの主力機です。
その後予備機となって、現在まで残っています。
ED402もそうですが、少し大きめのスノープロウが取り付けられており、除雪機を持っていないこの鉄道の除雪にも当たっています。
2008年02月16日
東北乗り鉄の旅 その22
留置されている機関車、旧型車を見ていきます。
写真は無蓋車のトラ300形のトラ302です。
となりのトラ301とこの車両だけが、十和田観光電鉄で車籍がある貨車です。
事業用の車両として残されています。
動態保存車として残されているモハ3400形モハ3401です。
1955年に十和田観光電鉄が自社発注車として導入した車両です。
すっきりした好ましいスタイルをしていると思います。
こちらも動態保存車として残されている、モハ3600形モハ3603です。
こちらの車両も東急から写ってきた車両です。
以前はモハ3401と同じ十和田観光電鉄色に塗られていましたが、鉄道線80周年記念と旧型電車引退の際に、旧東急時代のグリーンに塗り直されました。
十和田観光電鉄では、旧型電車を貸し切り列車として貸し出してもくれます。
乗車出来る列車だけでなく、撮影用に走らせることも可能なようで、この場合1時間1万円だそうです。
2008年02月15日
2008年02月14日
東北乗り鉄の旅 その20
七百駅にある車両基地(七百車両区)は駅に隣接する形となっており、ホームの横の電留線には7200系モハ7200形の2両編成が留置されていました。
この車両は元東急の7200系電車を両運転台に改造したしており、前後で顔つきが違っています。
2両が譲渡されてきており、走行機器の違いから車両ナンバーは、百の位の番号変えられています。(モハ7204とモハ7305)
一の位はモハ7700形のモハ7701から順番に振ってあります。
(モハ、クハでそれぞれ1番から順になっています)
オリジナルの運転台は、横から見るとくの字におり曲がっていますが、改造側はのっぺりとした切り妻です。
のっぺり顔は2両とも三沢方面を向いています。
留置されている2両は連結された状態だったので、オリジナルと改造運転台が向き合って連結されているのが見られました。
貫通幌が何故か真っ直ぐ付いていません。
2008年02月13日
東北乗り鉄の旅 その19
十和田市駅の立ち食いそば屋で軽く食事をして、次の電車に乗車します。
次に向かうのは、十和田観光電鉄の車両基地がある七百駅です。
ここまで一緒に行動していた先輩も、さすがに付き合い切れないと判断したようで『じゃ先に八戸行ってる』と言い残して消えていきました。

七百駅はこの鉄道で唯一の行き違い可能駅であり、両端の駅を出た列車がここで交換するダイヤが組まれています。
右がここまで乗ってきた三沢行き、左が交換となった十和田市行きです。
写真に写っているおばちゃんと少し会話をしたのですが、話しぶりからするとこの駅に電車の写真を撮りに来るのは珍しくないようです。

ホームの十和田市寄りで、十和田市へ向かっていく列車と構内に留置している車両を撮影しました。
機関車と旧型の電車2両と無蓋車が並んでいました。

七百駅の駅舎をホーム側から見たところです。
この駅は無人駅ですが、有人だった頃の駅舎を使用しています。
次に向かうのは、十和田観光電鉄の車両基地がある七百駅です。
ここまで一緒に行動していた先輩も、さすがに付き合い切れないと判断したようで『じゃ先に八戸行ってる』と言い残して消えていきました。
七百駅はこの鉄道で唯一の行き違い可能駅であり、両端の駅を出た列車がここで交換するダイヤが組まれています。
右がここまで乗ってきた三沢行き、左が交換となった十和田市行きです。
写真に写っているおばちゃんと少し会話をしたのですが、話しぶりからするとこの駅に電車の写真を撮りに来るのは珍しくないようです。
ホームの十和田市寄りで、十和田市へ向かっていく列車と構内に留置している車両を撮影しました。
機関車と旧型の電車2両と無蓋車が並んでいました。
七百駅の駅舎をホーム側から見たところです。
この駅は無人駅ですが、有人だった頃の駅舎を使用しています。
2008年02月12日
東北乗り鉄の旅 その18
三沢駅から26分間列車に揺られると終点の十和田市駅に着きました。
全線で14.7㎞しかない路線なので、全線乗車するのに時間は多く掛かりません。

十和田市駅のホームからは階段を渡り、道路を越えたビルの2階部分に改札口があります。
このビルにはバスターミナルの機能もあり、そっちがメインとなっている感じを受けました。

道路を跨いでいる通路から線路の終端部分を見ています。
線路は右カーブして途切れていますが、以前は少し先まで延びていて、移転前の旧駅はそちらにあったようです。

十和田市駅の改札口です。
はっきり言って列車の発着がないと閑散としています。
駅舎自体にショッピングセンターが併設されていたのですが、撤退してしまっているので、2階部分はテナントはほとんど利用されていません。
1階には立ち食いそば屋などがあり、バスターミナルもあるのでそれなりに人はいるので、余計寂しく感じるのかもしれません。
全線で14.7㎞しかない路線なので、全線乗車するのに時間は多く掛かりません。
十和田市駅のホームからは階段を渡り、道路を越えたビルの2階部分に改札口があります。
このビルにはバスターミナルの機能もあり、そっちがメインとなっている感じを受けました。
道路を跨いでいる通路から線路の終端部分を見ています。
線路は右カーブして途切れていますが、以前は少し先まで延びていて、移転前の旧駅はそちらにあったようです。
十和田市駅の改札口です。
はっきり言って列車の発着がないと閑散としています。
駅舎自体にショッピングセンターが併設されていたのですが、撤退してしまっているので、2階部分はテナントはほとんど利用されていません。
1階には立ち食いそば屋などがあり、バスターミナルもあるのでそれなりに人はいるので、余計寂しく感じるのかもしれません。
2008年02月11日
ついでの中央本線撮影
昨日から1泊2日で山梨県石和で親戚の集まりがありました。
その行き帰りのついでに、中央本線の列車を久しぶりに撮影してきました。
記憶が確かなら、ちゃんと中央本線の列車を撮影したのは。前回は小淵沢の辺りで撮影しており、その頃は小海線にキハ58がまだ走っていたので、15年くらい昔かな?
その前になると身延線に旧型国電が走っていたので、25年くらいの昔です。
中央本線はかなり乗ってるのに、ほとんど写真を撮っていないので、今思えば非常にもったいないことをしてしまったようです。
昔の話はどうでも良いので今日の写真です。

今日メインの撮影場所にしたのは、山梨市駅のホーム甲府よりからです。
甲府10時36分発の貨物列車があったような記憶があったので、その列車まで撮影しようと思っていましたがやって来ません。
今、貨物時刻表をみたら、臨時のスジでした。
写真は回送のEH200-1と高速で通過していったスーパーあずさです。

JR東日本では結構新形式が投入されていますが、中央本線の普通列車にはいまだに国鉄型である115系が活躍しています。
スカ色と信州色の115系の並びもそのうち過去の物となるのでしょう。

上りのあずさがやって来ました。
E257系はどうにも昆虫のイメージが強い車両です。
2時間ほどこの駅で撮影していましたが、183系や185系も姿を見せていたので、なかなか楽しめました。
でもこの日は3本来た貨物列車を3本とも撮り損ねたので、今度は貨物列車メインで撮りに来たいと思います。
その行き帰りのついでに、中央本線の列車を久しぶりに撮影してきました。
記憶が確かなら、ちゃんと中央本線の列車を撮影したのは。前回は小淵沢の辺りで撮影しており、その頃は小海線にキハ58がまだ走っていたので、15年くらい昔かな?
その前になると身延線に旧型国電が走っていたので、25年くらいの昔です。
中央本線はかなり乗ってるのに、ほとんど写真を撮っていないので、今思えば非常にもったいないことをしてしまったようです。
昔の話はどうでも良いので今日の写真です。
今日メインの撮影場所にしたのは、山梨市駅のホーム甲府よりからです。
甲府10時36分発の貨物列車があったような記憶があったので、その列車まで撮影しようと思っていましたがやって来ません。
今、貨物時刻表をみたら、臨時のスジでした。
写真は回送のEH200-1と高速で通過していったスーパーあずさです。
JR東日本では結構新形式が投入されていますが、中央本線の普通列車にはいまだに国鉄型である115系が活躍しています。
スカ色と信州色の115系の並びもそのうち過去の物となるのでしょう。
上りのあずさがやって来ました。
E257系はどうにも昆虫のイメージが強い車両です。
2時間ほどこの駅で撮影していましたが、183系や185系も姿を見せていたので、なかなか楽しめました。
でもこの日は3本来た貨物列車を3本とも撮り損ねたので、今度は貨物列車メインで撮りに来たいと思います。
2008年02月10日
東北乗り鉄の旅 その17
三沢駅では列車が駅舎ギリギリで止まっているので、車両の先頭部を入れると手持ちのレンズでは全体が取れなかったのです。
列車の発車時間が迫っていると勝手に思いこんでいたので、十和田市側からは撮影していないのでした。
ホームから改札口を見たところです。
駅員さんは改札の柵から離れた扉の前で改札していました。
電車が到着の時は、柵のところで切符を受け取ったり、無人駅から乗車の人からはお金を受け取ったりしています。
柵のところには、ワンマン車でよく見られる運賃箱が置かれており、受け取ったお金はこの中に入れるようです。
運賃箱は小さな手押し台車に乗っているので、列車が来ない時は駅事務室に仕舞われていると思われました。
2008年02月09日
東北乗り鉄の旅 その16
特急つがるを三沢駅で下車し、駅舎を出てちょっとだけ八戸側に歩くと、次の目的である十和田観光鉄道の三沢駅がありました。
駅舎を入っていくと、食堂、切符売り場、改札口の順に並んでおり、入り口からは奥に長い形になっています。
終点の十和田市までの切符を買って、ホームに行くと7700系電車が待っていました。
元は東急の7700系で、4両編成の両先頭車を利用して2連(モハ7700形+クハ7900形)を組んで使用しており、3編成が存在しています。
車両の側面にはサボが取り付けられており、表示は2段で十和田市←→三沢が上段に入り、下段はとわだし 2007 みさわになっていました。
下段真ん中の2007は、やはり2007年という意味なのでしょうか?
ちょっと意味が分かりませんでした。
2008年02月08日
東北乗り鉄の旅 その15
再び電車で移動のため青森駅に戻りました。

特急つがる16号に乗車のためにホームで待っていると、485系3000番台が入線してきました。
E751系に乗車してみたかったので、ちょっと残念です。

485系3000番台は北陸本線でも見ていますが、正面のカラーが変えられています。
大幅にリニューアル改造されているので、オリジナルの先頭とはイメージがずいぶん違って見えます。

運転席を横から見ると485系らしさ残っているのが分かります。
横の485のロゴが格好良く見えます。
乗車すると車内も大きく手が入れられているのが分かりました。
ここまで手を加えてあると、新型の車両にひけは撮らないレベルですので、やはり前日の特急かもしかの車両と料金一緒なのは…。
特急つがる16号に乗車のためにホームで待っていると、485系3000番台が入線してきました。
E751系に乗車してみたかったので、ちょっと残念です。
485系3000番台は北陸本線でも見ていますが、正面のカラーが変えられています。
大幅にリニューアル改造されているので、オリジナルの先頭とはイメージがずいぶん違って見えます。
運転席を横から見ると485系らしさ残っているのが分かります。
横の485のロゴが格好良く見えます。
乗車すると車内も大きく手が入れられているのが分かりました。
ここまで手を加えてあると、新型の車両にひけは撮らないレベルですので、やはり前日の特急かもしかの車両と料金一緒なのは…。
2008年02月07日
東北乗り鉄の旅 その14
メモリアルシップ八甲田丸では、当時の車両甲板を公開していました。

降りたところにあったのは車掌車のヨ5000形、ヨ6794でした。
テールマークの変わりに、八甲田丸のシンボルマークが取り付けられています。

八甲田丸の車両搬入口にはレールがそのまま残っていました。
青森・函館の各港に接岸するとここが開かれ、桟橋の可動橋が接続されて車両の積み卸しが行われていたのです。
車両甲板の船首側には、連結器が床から固定されて付けられており、航行中はそこに連結された上で転動防止措置がされていました。

青函連絡船とは関係の、深い特急気動車キハ82の先頭車も展示されています。
ナンバーはキハ82 101であり、北海道の各特急で大活躍していた車両です。
ヘッドマーク部分に何も表示されていなかったのが、ちょっと残念な気がしました。
他にもDD16ディーゼル機関車や控車のヒ600形、郵便荷物車のスユニ50が展示されています。
降りたところにあったのは車掌車のヨ5000形、ヨ6794でした。
テールマークの変わりに、八甲田丸のシンボルマークが取り付けられています。
八甲田丸の車両搬入口にはレールがそのまま残っていました。
青森・函館の各港に接岸するとここが開かれ、桟橋の可動橋が接続されて車両の積み卸しが行われていたのです。
車両甲板の船首側には、連結器が床から固定されて付けられており、航行中はそこに連結された上で転動防止措置がされていました。
青函連絡船とは関係の、深い特急気動車キハ82の先頭車も展示されています。
ナンバーはキハ82 101であり、北海道の各特急で大活躍していた車両です。
ヘッドマーク部分に何も表示されていなかったのが、ちょっと残念な気がしました。
他にもDD16ディーゼル機関車や控車のヒ600形、郵便荷物車のスユニ50が展示されています。
2008年02月06日
東北乗り鉄の旅 その13
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸は、青函連絡船が廃止になった後、連絡船の記憶を後世に残すために、八甲田丸を使用して博物館にした物です。
元の青森駅の連絡線乗り場にそのまま係留されており、手前の桟橋も残っています。

桟橋越しに見た八甲田丸。

メモリアルシップ八甲田丸の入り口は元の乗船口をそのまま使用しています。
煙突には国鉄時代のJNRの表示に戻されていました。
折角なので後の行程を遅らせて、ゆっくり見学をしていきます。

内部は博物館としての展示品もありますが、当時の室内の様子をそのまま残している場所もありました。
写真はグリーン船室の椅子席です。
かなりゆったりした構造で、リクライニングの角度も深い物となっています。
網棚などの造りに国鉄特急電車に通じる物が見えます。
元の青森駅の連絡線乗り場にそのまま係留されており、手前の桟橋も残っています。
桟橋越しに見た八甲田丸。
メモリアルシップ八甲田丸の入り口は元の乗船口をそのまま使用しています。
煙突には国鉄時代のJNRの表示に戻されていました。
折角なので後の行程を遅らせて、ゆっくり見学をしていきます。
内部は博物館としての展示品もありますが、当時の室内の様子をそのまま残している場所もありました。
写真はグリーン船室の椅子席です。
かなりゆったりした構造で、リクライニングの角度も深い物となっています。
網棚などの造りに国鉄特急電車に通じる物が見えます。
2008年02月05日
久しぶりに房総も大雪 その3
上総山田駅の次の撮影地は光風台駅手前の鉄橋にしたのですが、橋の方から雪が降っているので、とてもまともな写真になりません。
撮影地までの国道でも事故があったため、列車が来るまでの時間が無くなってしまい、場所を考えている暇がなかったのが敗因です。
次の撮影地は京葉臨海鉄道と最初から決めていたのですが、国道は事故のため下りは渋滞となっていたので、あまり通りたくはない坂のあるルートを選択。
案の定こちらもFR車が坂を上れなくて立ち往生中、間を抜けてクリアできたけど、200メートルの間に4台も立ち往生していました。
普段の道路状況なら前の列車も撮影できたのですが、この日は超安全運転で行ったので、前川駅での1本のみとなりました。

京葉臨海鉄道沿線にやってくると、かなり水気が強いみぞれ交じりの雪になっており、真っ白の雪景色ではありません。
いつも雪が降ると京葉臨海鉄道の周辺を見ているのですが、山側が積もっていても、こっちはほとんど積もっていた記憶がありません。
写真は雪の前川駅にやって来た下り列車です。

この列車は京葉久保田行きの下りコンテナ列車です。
前川駅で若干の停車時間があり停車しているところを撮影しています。
機関車はKD55 201でした。
姉崎機関区支区の京葉臨海鉄道のページ
撮影地までの国道でも事故があったため、列車が来るまでの時間が無くなってしまい、場所を考えている暇がなかったのが敗因です。
次の撮影地は京葉臨海鉄道と最初から決めていたのですが、国道は事故のため下りは渋滞となっていたので、あまり通りたくはない坂のあるルートを選択。
案の定こちらもFR車が坂を上れなくて立ち往生中、間を抜けてクリアできたけど、200メートルの間に4台も立ち往生していました。
普段の道路状況なら前の列車も撮影できたのですが、この日は超安全運転で行ったので、前川駅での1本のみとなりました。
京葉臨海鉄道沿線にやってくると、かなり水気が強いみぞれ交じりの雪になっており、真っ白の雪景色ではありません。
いつも雪が降ると京葉臨海鉄道の周辺を見ているのですが、山側が積もっていても、こっちはほとんど積もっていた記憶がありません。
写真は雪の前川駅にやって来た下り列車です。
この列車は京葉久保田行きの下りコンテナ列車です。
前川駅で若干の停車時間があり停車しているところを撮影しています。
機関車はKD55 201でした。
姉崎機関区支区の京葉臨海鉄道のページ
2008年02月04日
久しぶりに房総も大雪 その2
次の撮影地は海士有木駅にするつもりで移動を始めましたが、思ったより道路の状態が悪くなっており、対向車は横向きになってはみ出してくるし、追突事故は起きているしで、海士有木駅に入る道の状況を見て予定変更、上総山田駅で駅撮りに切り替えました。

上総山田駅も真っ白になっており、駅の外から駅名標をパチリ。
雪が凄いので、最初に付けた長いレンズを最後まで付けっぱなしにしたため、細かい駅の様子は全然撮影していません。

上り列車がやってきました。
この駅は対向式ホームになっているので、反対の下りホームの階段下から撮影しています。

少し列車は遅れているようでしたが、何事もなく到着。
最初に撮影した列車に比べるとこちらの方が着雪は少量です。
上総山田駅も真っ白になっており、駅の外から駅名標をパチリ。
雪が凄いので、最初に付けた長いレンズを最後まで付けっぱなしにしたため、細かい駅の様子は全然撮影していません。
上り列車がやってきました。
この駅は対向式ホームになっているので、反対の下りホームの階段下から撮影しています。
少し列車は遅れているようでしたが、何事もなく到着。
最初に撮影した列車に比べるとこちらの方が着雪は少量です。
2008年02月03日
久しぶりに房総も大雪 その1
関東にも雪が降る可能性があると前日の天気予報で言っていたので、少し早めに起きると雨が降っているだけでした。
また雪景色は空振りかとのんびりしているうち、ふと外を見るといつの間にか雪で真っ白に。
それもかなり降っています。
これは撮影に行くしかないと10時頃に家を出発、道路にも雪が積もっていたので、普段なら20分ぐらいで着く撮影地まで35分も掛かってしまいました。

撮影地点は海士有木~上総村上間の田んぼの中を行く区間です。
この場所からは、望遠を使えば海士有木駅の構内まで見えるのですが、さすがに今日は場内信号機の赤色がうっすらと見えるだけでした。
その視界の悪い中をキハ200形の列車がやってきました。

まるで吹雪の中です。

とても千葉県とは思えない大雪の中を列車は走っています。
雪が降っている方向に進んでいるので、見た目よりかなり視界は悪いと想像が付きます。
走り去っていった列車は、次駅の上総村上駅で下り列車と交換となり、今度はその列車を撮影する番ですが、吹雪のような雪は列車がやってくる方向から降ってきています。
どうやって撮るか考えている内に列車は来ました。

仕方なく雪の吹き込む方向に向けてカメラを向けて撮ったら、あっという間にレンズは雪で真っ白け。
レンズにワイパーが必要でした。
また雪景色は空振りかとのんびりしているうち、ふと外を見るといつの間にか雪で真っ白に。
それもかなり降っています。
これは撮影に行くしかないと10時頃に家を出発、道路にも雪が積もっていたので、普段なら20分ぐらいで着く撮影地まで35分も掛かってしまいました。
撮影地点は海士有木~上総村上間の田んぼの中を行く区間です。
この場所からは、望遠を使えば海士有木駅の構内まで見えるのですが、さすがに今日は場内信号機の赤色がうっすらと見えるだけでした。
その視界の悪い中をキハ200形の列車がやってきました。
まるで吹雪の中です。
とても千葉県とは思えない大雪の中を列車は走っています。
雪が降っている方向に進んでいるので、見た目よりかなり視界は悪いと想像が付きます。
走り去っていった列車は、次駅の上総村上駅で下り列車と交換となり、今度はその列車を撮影する番ですが、吹雪のような雪は列車がやってくる方向から降ってきています。
どうやって撮るか考えている内に列車は来ました。
仕方なく雪の吹き込む方向に向けてカメラを向けて撮ったら、あっという間にレンズは雪で真っ白け。
レンズにワイパーが必要でした。
2008年02月02日
東北乗り鉄の旅 その12
この日のトップバッターの、寝台特急あけぼのが大鰐温泉駅へ7分ほど遅れて到着しました。
あけぼのには立席特急券で青森駅まで乗車します。
ちなみに牽引機は田端運転所のEF81 57となっていました。
雪景色の車窓を見ているうちに終点の青森駅に到着しました。
幅の広いホームの上には吹き込んだ雪が白く凍り付いています。
青函連絡船の乗り換えのための跨線橋が残っており、メモリアルシップとして残されている八甲田丸を見たかったので向かってみると、入り口は板で塞がれていました。
ぱっと見ると塗装も綺麗になっていたのでてっきり使用している物と思っていたので、逆戻りして駅舎側の出口に行く羽目になってしまいました。
ここにも帯の色が違う701系が止まっていました。
帯の色から見ると青森車両センター所属の車両と思われます。
