2008年01月31日
東北乗り鉄の旅 その10
前日大鰐へやって来て温泉宿に一泊、日が変わって11月24日になりました。

宿を出てJRの大鰐温泉駅へ向かいます。
前にも書きましたが、JRが大鰐温泉駅、弘南鉄道が大鰐駅です。
元々はどちらも大鰐駅だったのですが、JRになってしばらくしてから大鰐温泉駅へ改称されました。

大鰐温泉の駅前にはピンクのワニがスキー板を持って待っています。
地元の大鰐町にはスキーリゾート施設などもあったので、スキー客を呼び込もうとしています。
スキーリゾート自体は色々問題があったようで、かなり縮小されているみたいですけど…。

大鰐温泉駅の1番線ホームの様子です。
このホームは駅舎に面しているので、改札を抜けるとそのままホームに出られる構造となっています。
ホームの幅も広くとられてゆったりした感じになっています。
1番線は奥羽本線の下り用として使用していました。
宿を出てJRの大鰐温泉駅へ向かいます。
前にも書きましたが、JRが大鰐温泉駅、弘南鉄道が大鰐駅です。
元々はどちらも大鰐駅だったのですが、JRになってしばらくしてから大鰐温泉駅へ改称されました。
大鰐温泉の駅前にはピンクのワニがスキー板を持って待っています。
地元の大鰐町にはスキーリゾート施設などもあったので、スキー客を呼び込もうとしています。
スキーリゾート自体は色々問題があったようで、かなり縮小されているみたいですけど…。
大鰐温泉駅の1番線ホームの様子です。
このホームは駅舎に面しているので、改札を抜けるとそのままホームに出られる構造となっています。
ホームの幅も広くとられてゆったりした感じになっています。
1番線は奥羽本線の下り用として使用していました。
2008年01月30日
東北乗り鉄の旅 その9
弘前中央駅から乗車した電車は30分ほど掛けて終点の大鰐駅に到着しました。

乗った時にはまだ空は見えたのですが、大鰐駅に着いた時にはすっかり真っ暗になっていました。
JRと一緒になっている大鰐駅は、JR側には跨線橋で渡っていきます。

乗車してきた電車は、そのまま折り返して中央弘前行きになりました。

跨線橋を渡っていくと弘南鉄道大鰐駅出口に着きます。
写真は昨年10月14日のブログの駅舎をホーム側から撮影しています。
さらに右側にはJRの駅舎が並んで建っているのです。
私達はこちらの出口の方が宿に近かったので跨線橋を渡ってきましたが、弘南鉄道のホーム側にはもう一つ出口があるので、線路の反対側に用事がある人は跨線橋を渡る必要がありません。
駅の向こう側で弘南鉄道を利用するなら、駅の前後にある遠い踏切まで行かなくて済むので便利でしょう。
でもJRを利用する場合は、JRの駅舎しか出入口がありませんので、遠回りをするか、弘南鉄道の入場券を買う必要があります。
乗った時にはまだ空は見えたのですが、大鰐駅に着いた時にはすっかり真っ暗になっていました。
JRと一緒になっている大鰐駅は、JR側には跨線橋で渡っていきます。
乗車してきた電車は、そのまま折り返して中央弘前行きになりました。
跨線橋を渡っていくと弘南鉄道大鰐駅出口に着きます。
写真は昨年10月14日のブログの駅舎をホーム側から撮影しています。
さらに右側にはJRの駅舎が並んで建っているのです。
私達はこちらの出口の方が宿に近かったので跨線橋を渡ってきましたが、弘南鉄道のホーム側にはもう一つ出口があるので、線路の反対側に用事がある人は跨線橋を渡る必要がありません。
駅の向こう側で弘南鉄道を利用するなら、駅の前後にある遠い踏切まで行かなくて済むので便利でしょう。
でもJRを利用する場合は、JRの駅舎しか出入口がありませんので、遠回りをするか、弘南鉄道の入場券を買う必要があります。
2008年01月29日
東北乗り鉄の旅 その8
JR弘前駅からは、弘南鉄道大鰐線の弘前中央駅まで歩いて移動しました。
雪道を歩くこと約20分で到着します。

中央弘前駅に着いたのは列車が発車する1分前、あえて急ぐ旅ではなかったので、1本見送ることにして発車の様子を見ていました。
改札口では女性の駅員さんが改札をしていましたが、列車に乗らない私たちを見て不思議に思っていたことでしょう。
なにぶんにも列車間隔が長いので、次の列車は45分後なのですから。

切符は2台の自動券売機と窓口での販売になっています。
駅の待合室にはストーブが置かれており、列車待ちで暖を採ることが出来ます。
食堂もあり結構メニューがありそうでしたが、JR弘前駅でそば屋に寄ってしまったので味は不明です。
反対側では前回来た時にたい焼きを買った店も入っています。

列車の発車間近になるとやっと改札が始められます。
ホームは少し高い位置にあり、階段を3段ほど上がる形となります。
ホームには東急からやって来た7000系電車が待っていました。
雪道を歩くこと約20分で到着します。
中央弘前駅に着いたのは列車が発車する1分前、あえて急ぐ旅ではなかったので、1本見送ることにして発車の様子を見ていました。
改札口では女性の駅員さんが改札をしていましたが、列車に乗らない私たちを見て不思議に思っていたことでしょう。
なにぶんにも列車間隔が長いので、次の列車は45分後なのですから。
切符は2台の自動券売機と窓口での販売になっています。
駅の待合室にはストーブが置かれており、列車待ちで暖を採ることが出来ます。
食堂もあり結構メニューがありそうでしたが、JR弘前駅でそば屋に寄ってしまったので味は不明です。
反対側では前回来た時にたい焼きを買った店も入っています。
列車の発車間近になるとやっと改札が始められます。
ホームは少し高い位置にあり、階段を3段ほど上がる形となります。
ホームには東急からやって来た7000系電車が待っていました。
2008年01月28日
東北乗り鉄の旅 その7
特急かもしかを弘前駅で下車しました。
この駅は9月の青森・秋田撮影旅行でも来ていましたが、その時は夕方になってしまったのでちゃんと撮影していないので構内の撮影は初めてです。

弘前駅の電留線には701系が待機していました。
この日は田沢湖線でも標準軌仕様の701系を見ていますが、帯の色が変わっただけにしか見えないので、個人的には特徴のないつまらない電車と感じます。

青森方ではDE15 1536号機が雪に備えて待機中でした。
一度で良いので雪を掻いているところを見てみたいものです。

弘前・青森と八戸の間を結ぶ特急つがる用の車両としてE751系が使われています。
こちらの車両は新しくて設備も良くて乗っていても快適そうです。
この弘前まで乗ってきた古い485系と特急料金が同じなのはどうなのかな?
そう感じてしまう今日この頃です。
この駅は9月の青森・秋田撮影旅行でも来ていましたが、その時は夕方になってしまったのでちゃんと撮影していないので構内の撮影は初めてです。
弘前駅の電留線には701系が待機していました。
この日は田沢湖線でも標準軌仕様の701系を見ていますが、帯の色が変わっただけにしか見えないので、個人的には特徴のないつまらない電車と感じます。
青森方ではDE15 1536号機が雪に備えて待機中でした。
一度で良いので雪を掻いているところを見てみたいものです。
弘前・青森と八戸の間を結ぶ特急つがる用の車両としてE751系が使われています。
こちらの車両は新しくて設備も良くて乗っていても快適そうです。
この弘前まで乗ってきた古い485系と特急料金が同じなのはどうなのかな?
そう感じてしまう今日この頃です。
2008年01月27日
東北乗り鉄の旅 その6
昨年の11月23日に撮影したJR鷹ノ巣駅駅舎です。
今年の1月16日にも旧よねしろ色のキハ58を撮影するために鷹ノ巣駅に立ち寄っていますが、この時は駅の外に出ていないので駅舎は見ていません。
鷹ノ巣駅前の様子です。
今年度は早くから雪が降っていたので、駅前広場はシャーベット状になっていました。
鷹ノ巣駅からは特急かもしかで移動しました。
秋田車両センター所属の485系3両編成で運行されています。
ヘッドマークが『かもしか』ではなく『えぞしか』じゃないかと指摘された話が前にありましたが、結局そのまま使っていたんですね。
隣には乗車してきた秋田内陸縦貫鉄道の車両が、折り返しの出発待ちで止まっています。
2008年01月26日
東北乗り鉄の旅 その5
東北乗り鉄の旅の話をやっと再開です。

カラフルに塗り替えられた秋田内陸線の車両の中で、少し残っているオリジナルカラーのAN8800形と交換しました。
駅は阿仁前田だったような気がします。
1989年か1990年に角館~阿仁前田間は乗車しているので、ここから先は初乗車と言うことになります。
もっとも窓が曇って景色は全然見れません…。
昔来た時は真冬だったため、駅舎の屋根の雪と地面の雪が繋がっており、かなりの豪雪地帯を走る線というイメージがあります。

2時間掛けて終点の鷹巣駅に到着しました。
こちらの駅もJRとの接続駅となっていますが、JRは鷹ノ巣駅ですが、秋田内陸線は開業時に鷹巣駅と表示変更されています。
駅名標の上に秋田縦貫内陸鉄道のマークが付いていて、別会社を主張しています。

鷹巣駅は角館駅と違ってJRの構内と繋がっています。
秋田内陸線は行き止まり式の1線だけの使用となっており、ホームの反対側は奥羽本線の上り線が使用しています。

駅舎の方はJRと別の建物があり、JRの駅舎と並んでいます。
秋田内陸縦貫鉄道の駅舎はログハウス風となっています。

カラフルに塗り替えられた秋田内陸線の車両の中で、少し残っているオリジナルカラーのAN8800形と交換しました。
駅は阿仁前田だったような気がします。
1989年か1990年に角館~阿仁前田間は乗車しているので、ここから先は初乗車と言うことになります。
もっとも窓が曇って景色は全然見れません…。
昔来た時は真冬だったため、駅舎の屋根の雪と地面の雪が繋がっており、かなりの豪雪地帯を走る線というイメージがあります。

2時間掛けて終点の鷹巣駅に到着しました。
こちらの駅もJRとの接続駅となっていますが、JRは鷹ノ巣駅ですが、秋田内陸線は開業時に鷹巣駅と表示変更されています。
駅名標の上に秋田縦貫内陸鉄道のマークが付いていて、別会社を主張しています。

鷹巣駅は角館駅と違ってJRの構内と繋がっています。
秋田内陸線は行き止まり式の1線だけの使用となっており、ホームの反対側は奥羽本線の上り線が使用しています。
駅舎の方はJRと別の建物があり、JRの駅舎と並んでいます。
秋田内陸縦貫鉄道の駅舎はログハウス風となっています。
2008年01月25日
銚子電鉄の旅 その19

改めてデハ801の写真です。
この車両はいかにも旧型電車らしいスタイルをしているので、好きな車両です。

デハ702と駅の様子です。
デハ702は昨年の7月に青と水色の塗色に変更されています。
こちらから見る運転台は2枚窓、昨日のブログの反対側運転台は3枚窓となっています。
車両達のバックに見えるタンク群は、ヤマサ醤油の工場のタンクになります。
以前はこの駅からもヤマサ工場に専用線が分岐しており、当時デキ3は専用線の上にいることが多かったような記憶があります。

仲ノ町~銚子間にある踏切をデハ1002が通過していきました。
この写真で銚子電鉄の撮影は終了です。
銚子駅からは普通電車のクロスシートで、貰った濡れ煎餅をつまみに軽く飲みながら帰ろうと思っていたのですが、やって来たのはオールロングシートの211系だったため、1時間後の特急しおさいに変更、駅前で飲んでから帰りました。
さすがにロングシートで飲むのは気が引けてしまいますから。
今回は、前半の天気が悪く十分な撮影が出来なかったので、改めて撮影に行くつもりです。
2008年01月24日
銚子電鉄の旅 その18

デキ3の後ろにはデハ301がいました。
この車両は営業運転からは引退しましたが、架線点検車として残っています。
前歴は、現在の鶴見鉄道の前身であった鶴見臨港鉄道で使用されていたモハ110形のモハ115で、新潟鐵工所で1930年に製造されています。
昨年の4月に静岡鉄道に行った時の長沼車庫にいた、クモハ20が同型車になります。
残念ながらクモハ20は解体されてしまいましたので、こちらは何とか生き延びてもらいたいです。
唯一塗装の赤い部分に金の枠が入った、銚子電鉄の新塗装を維持している車両となっています。

留置されているデハ801の横をデハ1001が走り去っていきます。
デハ801も製造から50年以上が経過している古豪なのですが、他の車両がもっと古いので、銚子電鉄では中堅かもしれません。
正面の貫通扉は塞がれているので使用できなくなっています。
前歴は伊予鉄道からやって来た車両です。

こちらはデハ701、後ろの青色の車両は同型車のデハ702です。
近江鉄道からやって来た車両ですが、製造時には電動貨車であったという変わった経歴を持っています。
1928年の製造なので80年が経とうとしている骨董品です。
上のデハ801もそうですが、元々製造時は両運転台車だったのを片側運転台に改造して、再び両運転台か改造が行われているため、前後の前面形状が全く違っています。
明日のブログでは反対側の正面を写した写真を出す予定です。
2008年01月23日
銚子電鉄の旅 その17
仲ノ町車庫におじゃまさせていただきました。

仲ノ町車庫構内の様子です
左からデキ3、デハ301、デハ701が止まっています。
どの車両も長い経歴を持った車両達です。

銚子電鉄唯一の電気機関車であったデキ3です。
1922年製ですので86歳となりますが、すでに本線での運転はしなくなっています。
この車庫構内での動態保存となっているようです。

デキ3のフロントを横から見たところです。
検査標記を見ると昨年の4月で検査期限切れになっていました。
銚子電鉄もこの車両の検査費用までは出せないでしょう。

仲ノ町車庫構内の様子です
左からデキ3、デハ301、デハ701が止まっています。
どの車両も長い経歴を持った車両達です。

銚子電鉄唯一の電気機関車であったデキ3です。
1922年製ですので86歳となりますが、すでに本線での運転はしなくなっています。
この車庫構内での動態保存となっているようです。

デキ3のフロントを横から見たところです。
検査標記を見ると昨年の4月で検査期限切れになっていました。
銚子電鉄もこの車両の検査費用までは出せないでしょう。
2008年01月22日
銚子電鉄の旅 その16
仲ノ町駅にやって来ました。
すでに太陽は沈みかけて暗くなってきています。

夕方になって仲ノ町駅の駅名標にも灯りが点りました。

仲の町駅の敷地には桃太郎電鉄のキャラクターのボンビーと猿の石像が建っています。
他の駅にもボンビーと犬、ボンビーとキジの像があるようです。
笠上黒生駅の上りホーム場にもどちらかの像があったのですが、大雨が降っていたので確認はしていません。
もう一体の像は全く未確認です。

仲ノ町駅は小さな木造の駅ですが、車両基地もある銚子電鉄の主要駅になっています。
すでに太陽は沈みかけて暗くなってきています。

夕方になって仲ノ町駅の駅名標にも灯りが点りました。

仲の町駅の敷地には桃太郎電鉄のキャラクターのボンビーと猿の石像が建っています。
他の駅にもボンビーと犬、ボンビーとキジの像があるようです。
笠上黒生駅の上りホーム場にもどちらかの像があったのですが、大雨が降っていたので確認はしていません。
もう一体の像は全く未確認です。

仲ノ町駅は小さな木造の駅ですが、車両基地もある銚子電鉄の主要駅になっています。
2008年01月21日
銚子電鉄の旅 その15
次にやって来たのは犬吠駅です。

犬吠駅の駅前広場でには電車の車体を利用した、「電車レストランかふぇ・ど・えがお」が営業しています。
2両の車両があり、銚子電鉄で廃車になったデハ501と相模鉄道からのデハ2022が使用されています。
デハ501の方は車体を切断して短くなっています。
以前は道路の反対側の今は駐車場がある辺りに車両があった気がしますが、昔の写真が出て来ないので不明です。

ホームと駅前広場の間には壁があり、その前には車輪を埋め込んだオブジェなどもあります。

駅舎と広場の様子です。
駅舎はポルトガルの建築様式を採っています。
駅舎の壁の濃い灰色と薄い灰色部分は、濃い灰色部分にはタイルが貼ってあり、薄い灰色部分はタイルが剥がれ落ちているのでした。
補修するだけの余力がないのですね。
ここまでの3枚の写真は昨年10月13日に行った時の物です。
ブログに上げるのを忘れていたのでした。

犬吠駅で弧廻り手形に付いてきた濡れ煎餅引換券を使ったら、正月だったので3枚もらえました。
鉄子の旅銚電応援BOXの広告に使われていた、外川駅のミニジオラマは、改札券切符売り場に置いてありました。
正月なので1000個限定で銚電新春セットというのが販売されていました。
中身は濡れ煎餅と佃煮と犬吠埼駅の限定入場券が入ったもので、増収に協力と言うことで購入しています。
ここの駅の売店には銚電グッズがありますので、立ち寄った際には購入してみてはどうでしょうか。

犬吠駅の駅前広場でには電車の車体を利用した、「電車レストランかふぇ・ど・えがお」が営業しています。
2両の車両があり、銚子電鉄で廃車になったデハ501と相模鉄道からのデハ2022が使用されています。
デハ501の方は車体を切断して短くなっています。
以前は道路の反対側の今は駐車場がある辺りに車両があった気がしますが、昔の写真が出て来ないので不明です。

ホームと駅前広場の間には壁があり、その前には車輪を埋め込んだオブジェなどもあります。

駅舎と広場の様子です。
駅舎はポルトガルの建築様式を採っています。
駅舎の壁の濃い灰色と薄い灰色部分は、濃い灰色部分にはタイルが貼ってあり、薄い灰色部分はタイルが剥がれ落ちているのでした。
補修するだけの余力がないのですね。
ここまでの3枚の写真は昨年10月13日に行った時の物です。
ブログに上げるのを忘れていたのでした。

犬吠駅で弧廻り手形に付いてきた濡れ煎餅引換券を使ったら、正月だったので3枚もらえました。
鉄子の旅銚電応援BOXの広告に使われていた、外川駅のミニジオラマは、改札券切符売り場に置いてありました。
正月なので1000個限定で銚電新春セットというのが販売されていました。
中身は濡れ煎餅と佃煮と犬吠埼駅の限定入場券が入ったもので、増収に協力と言うことで購入しています。
ここの駅の売店には銚電グッズがありますので、立ち寄った際には購入してみてはどうでしょうか。
2008年01月20日
銚子電鉄の旅 その14
再び銚子電鉄の話に戻りました。

廃線跡探索を終え、再び銚子電鉄まで戻ってきました。
ここは観音駅、銚子側から見たところです。
片面1線の駅です。

今度は外川側から見たところ。
こちら側にスイス風の駅舎があります。

この駅には入ってすぐに直営のたい焼き屋があります。
どっちかと言えば、たい焼き屋に駅が併設されているような感じで、写真には写っていませんが、駅前の看板もたい焼きの文字の方が大きいのでした。
写真の真ん中では仮設住宅氏がたい焼きを食べています。

廃線跡探索を終え、再び銚子電鉄まで戻ってきました。
ここは観音駅、銚子側から見たところです。
片面1線の駅です。

今度は外川側から見たところ。
こちら側にスイス風の駅舎があります。

この駅には入ってすぐに直営のたい焼き屋があります。
どっちかと言えば、たい焼き屋に駅が併設されているような感じで、写真には写っていませんが、駅前の看板もたい焼きの文字の方が大きいのでした。
写真の真ん中では仮設住宅氏がたい焼きを食べています。
2008年01月19日
2008秋田撮影行 その1
今日の朝、上野着のあけぼので戻ってきました。
初日の宿はネット環境が有ったためブログの更新が出来ましたが、2泊目の宿はネット環境どころか携帯電話も圏外なので、更新は無理でした。
撮影中の3日間は良い方に天気予報が外れて、晴れている状態で撮れたのが多かったので、楽しい撮影行になりました。

15日の夜に上野発のあけぼので秋田県までやって来て最初に降り立ったのが、鷹ノ巣駅。
花輪線から奥羽本線に直通する快速列車が、旧急行よねしろ用のキハ58アコモ改善車で運転されているので、その列車を撮影するためです。
降りたホームの反対側には、キハ111+キハ112の2両編成が停車していました。
これは、秋田内陸縦貫鉄道の列車を受けて大館駅に向かう、鷹ノ巣駅始発の列車です。
全区間電化区間内の運転ですが、花輪線の間合いの車両を使用して気動車での運転です。

駅に着いてから10分ほどで、雪煙を舞上げながら目的のキハ58がやって来ました。
撮影ポイントが分かっていれば、途中駅で降りて歩いても良かったのですが、あけぼのに乗車してから考えたので駅撮りなのでした。

鷹ノ巣駅を発車するキハ58の3連です。
この花輪線からの直通快速も次のダイヤ改正で、花輪線、奥羽本線で別の列車に分けられて消滅することになっています。
先頭はキハ58 23でした。
東北旅行の話も銚子の話も終わってないのに、違う話をしてしまいました。
明日は、銚子の話に戻します。
初日の宿はネット環境が有ったためブログの更新が出来ましたが、2泊目の宿はネット環境どころか携帯電話も圏外なので、更新は無理でした。
撮影中の3日間は良い方に天気予報が外れて、晴れている状態で撮れたのが多かったので、楽しい撮影行になりました。

15日の夜に上野発のあけぼので秋田県までやって来て最初に降り立ったのが、鷹ノ巣駅。
花輪線から奥羽本線に直通する快速列車が、旧急行よねしろ用のキハ58アコモ改善車で運転されているので、その列車を撮影するためです。
降りたホームの反対側には、キハ111+キハ112の2両編成が停車していました。
これは、秋田内陸縦貫鉄道の列車を受けて大館駅に向かう、鷹ノ巣駅始発の列車です。
全区間電化区間内の運転ですが、花輪線の間合いの車両を使用して気動車での運転です。

駅に着いてから10分ほどで、雪煙を舞上げながら目的のキハ58がやって来ました。
撮影ポイントが分かっていれば、途中駅で降りて歩いても良かったのですが、あけぼのに乗車してから考えたので駅撮りなのでした。

鷹ノ巣駅を発車するキハ58の3連です。
この花輪線からの直通快速も次のダイヤ改正で、花輪線、奥羽本線で別の列車に分けられて消滅することになっています。
先頭はキハ58 23でした。
東北旅行の話も銚子の話も終わってないのに、違う話をしてしまいました。
明日は、銚子の話に戻します。
2008年01月17日
銚子電鉄の旅 その13
本日も小坂鉄道の撮影です。
天気も雪時々曇りの予報で最高気温も氷点下のようです。
では今日も本題は銚子の話と言うことで。
新生駅の跡まで辿ってきたので、さらに銚子漁港の市場まで延びていた線路跡を歩いてみます。

市場までの線路がどこから出ていたのか分からなかったので、すぐ近くのガソリンスタンドの方に伺ったところ場所が判明しました。
何もないよとおっしゃっていましたが、それは承知なのです。
写真は線路が道路を横切っていた場所です。
線路の跡には建物が建っています。

上の写真から後ろを振り向くと、道路の間に砂利のスペースが緩く右にカーブしながら続いています。
こちら側は完全に廃線跡らしい光景で、無料駐車場と化していました。

先まで歩いていくと、一旦線路の跡は分からなくなりますが、すぐに市場が見える場所に出ますので、再び見当が付きます。
写真の道路左側の車が駐車しているところが線路の跡です。
ちょっと前までレールは残っていたそうです。

ホーム部分も線路が無くなって駐車場となっています。
観光客が買い物をしたり食事をしたりするために車を止めるのにちょうど良いようです。
天気も雪時々曇りの予報で最高気温も氷点下のようです。
では今日も本題は銚子の話と言うことで。
新生駅の跡まで辿ってきたので、さらに銚子漁港の市場まで延びていた線路跡を歩いてみます。

市場までの線路がどこから出ていたのか分からなかったので、すぐ近くのガソリンスタンドの方に伺ったところ場所が判明しました。
何もないよとおっしゃっていましたが、それは承知なのです。
写真は線路が道路を横切っていた場所です。
線路の跡には建物が建っています。

上の写真から後ろを振り向くと、道路の間に砂利のスペースが緩く右にカーブしながら続いています。
こちら側は完全に廃線跡らしい光景で、無料駐車場と化していました。

先まで歩いていくと、一旦線路の跡は分からなくなりますが、すぐに市場が見える場所に出ますので、再び見当が付きます。
写真の道路左側の車が駐車しているところが線路の跡です。
ちょっと前までレールは残っていたそうです。

ホーム部分も線路が無くなって駐車場となっています。
観光客が買い物をしたり食事をしたりするために車を止めるのにちょうど良いようです。
2008年01月16日
銚子電鉄の旅 その12
本日は秋田県の大館市にいます。
9月に撮影し損ねた小坂鉄道を撮影するために来ているのです。
はっきり言って初日は撮影ほとんど失敗している感じ…。
細かい内容はまたそのうち報告します。
ここからまた銚子電鉄の話です。
昼食後は、新生駅までの廃線区間を辿ってみました。
1978年の廃止ですので30年が経とうとしているので、途中の痕跡は分かりません。
道路が何となく線路を思わせるカーブとなっていますがはっきりしません。
そのまま道なりに歩くと、公園に行き着きました。

この公園の案内板を見たところ、ここが新生駅跡地であることが確認できました。
公園の名前は中央みどり公園です。

中央みどり公園が新生駅の跡地だとは分かったのですが、どんな配線になっていたかとかの資料がなかったので、適当に撮影した写真です。

銚子駅の方を見た写真です。
9月に撮影し損ねた小坂鉄道を撮影するために来ているのです。
はっきり言って初日は撮影ほとんど失敗している感じ…。
細かい内容はまたそのうち報告します。
ここからまた銚子電鉄の話です。
昼食後は、新生駅までの廃線区間を辿ってみました。
1978年の廃止ですので30年が経とうとしているので、途中の痕跡は分かりません。
道路が何となく線路を思わせるカーブとなっていますがはっきりしません。
そのまま道なりに歩くと、公園に行き着きました。

この公園の案内板を見たところ、ここが新生駅跡地であることが確認できました。
公園の名前は中央みどり公園です。

中央みどり公園が新生駅の跡地だとは分かったのですが、どんな配線になっていたかとかの資料がなかったので、適当に撮影した写真です。

銚子駅の方を見た写真です。
2008年01月15日
銚子電鉄の旅 その11
銚子の駅前のコンビニで傘を購入、そのまま駅前で昼食を食べていると、天気は急激に回復、すっかり晴れてしまいました。
ご飯を先に食べていれば、無駄な傘は買わなくて済んだのですが…。

銚子駅の構内外れにある踏切から駅構内の様子を見てみました。
成田線廻りの113系と銚子電鉄の2連が見えています。
犬吠駅から銚子駅まで団体客があったようで1両増結されていたのでした。

JRの線路と銚子電鉄の線路は繋がっています。
実際は繋がっているのではなく、JRの線路の上を銚子電鉄の車両が走っているのです。

銚子駅を発車した列車が仲ノ町駅に向かってやってきました。
写真の左側の線路に入るとやっと銚子電鉄の線路になります。
右側の線路は廃止になった新生貨物駅に繋がっていた線路だっので、ここまでJRの線路の上と言うことなのでした。
以前はこの辺りにJRと銚子電鉄の境界標があったと思ったのですが、今回は見落としたのか分かりませんでした。
ご飯を先に食べていれば、無駄な傘は買わなくて済んだのですが…。

銚子駅の構内外れにある踏切から駅構内の様子を見てみました。
成田線廻りの113系と銚子電鉄の2連が見えています。
犬吠駅から銚子駅まで団体客があったようで1両増結されていたのでした。

JRの線路と銚子電鉄の線路は繋がっています。
実際は繋がっているのではなく、JRの線路の上を銚子電鉄の車両が走っているのです。

銚子駅を発車した列車が仲ノ町駅に向かってやってきました。
写真の左側の線路に入るとやっと銚子電鉄の線路になります。
右側の線路は廃止になった新生貨物駅に繋がっていた線路だっので、ここまでJRの線路の上と言うことなのでした。
以前はこの辺りにJRと銚子電鉄の境界標があったと思ったのですが、今回は見落としたのか分かりませんでした。
2008年01月14日
銚子電鉄の旅 その10
笠上黒生駅から乗車したのは、銚子電鉄応援号のデハ1002です。
桃太郎電鉄仕様のデハ1001の方の車内は、桃太郎電鉄などの広告が多く車内に掲出されていました。
デハ1002の方はと言うと、

ドアに注意のステッカーが鉄子の旅のイラストが入ったものになっていました。

網棚の上の広告枠を見ると、鉄子の旅がずらっと並んで読めるようになっています。
(内容は銚子電鉄応援BOXに入っていたおまけの漫画です)
なかなか徹底しています。

="0" alt="JR銚子駅駅舎" />
JR銚子駅の駅舎です。
旧海軍の飛行機格納庫を転用したと言われるこの駅舎、近年リニューアルされていますが、やはり一風変わった感じは変わりません。
桃太郎電鉄仕様のデハ1001の方の車内は、桃太郎電鉄などの広告が多く車内に掲出されていました。
デハ1002の方はと言うと、

ドアに注意のステッカーが鉄子の旅のイラストが入ったものになっていました。

網棚の上の広告枠を見ると、鉄子の旅がずらっと並んで読めるようになっています。
(内容は銚子電鉄応援BOXに入っていたおまけの漫画です)
なかなか徹底しています。

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JR銚子駅の駅舎です。
旧海軍の飛行機格納庫を転用したと言われるこの駅舎、近年リニューアルされていますが、やはり一風変わった感じは変わりません。
2008年01月13日
銚子電鉄の旅 その9

笠上黒生駅の切符売り場です。
この駅は無人ではなく有人駅になっており、硬券の入場券も売っていました。
銚子電鉄では有人の駅で入場券を扱っており、裏面の柄が違う物が2種類がありますので、立ち寄った際は記念に購入してあげてください。

笠上黒生駅の駅舎はこぢんまりとした建物が、下りホーム側に建っています。
内部の切符売り場の後ろ側には、銚子電鉄の濡れ煎餅工場があり、濡れ煎餅を製造しています。
できあがった物は、電車を利用して犬吠駅や外川駅に運ばれたりもするのです。

上りホームを駅舎前から見たところです。
唯一列車交換を行っているこの駅は対向式ホームになっており、お互いの先頭運転席が並ぶようにずれて停車し、運転手同士で通票を交換しています。
ホーム自体も新しく綺麗になっており、ホームの向こう側に物置のデハ101が置かれています。
2008年01月12日
銚子電鉄の旅 その8
サーバーの不調はまだ若干残っている感じですが、とりあえずブログが更新できるようになったので、カテゴリーを整理してみました。
一応北から並べてみましたけど、すっきりしたかな?
さて本題の銚子電鉄の話です。
西海鹿島駅からさらに歩いて笠上黒生駅までやって来ました。

歩いている途中から雨粒の数が多くなり、笠上黒生駅に着いた時には完全に雨となっていました。
この駅には側線がありそこにはデハ101が廃車になった後、物置として置かれいます。

物置となってから時間が経っているので、痛みが進行しており、ビューゲルも上部が取れて無くなっています。
このままだとそのうち廃物置になりそうです。

雨がかなり降ってきたため、銚子駅に戻って傘の調達と昼飯を食べることにしました。
列車まで時間があるので、駅舎内の撮影をしていると、パンフレットを置いてあるテーブルの下に、昔使用していたヘッドマークが置いてあるのに仮設住宅氏が気が付きました。
ずいぶん無造作に置かれているのです。
そういえばちょっと前までヘッドマークが付いていたなと思い出しました。
銚子電鉄の車両が現在の塗色に変更された時は、あまり趣味が良いとは感じませんでしたが、今回見た時にはそんなに違和感がありませんでした。
たぶん色が褪せたのと、ヘッドマークを付けなくなったのと、金の縁取りが無くなったからでしょう。
一応北から並べてみましたけど、すっきりしたかな?
さて本題の銚子電鉄の話です。
西海鹿島駅からさらに歩いて笠上黒生駅までやって来ました。

歩いている途中から雨粒の数が多くなり、笠上黒生駅に着いた時には完全に雨となっていました。
この駅には側線がありそこにはデハ101が廃車になった後、物置として置かれいます。

物置となってから時間が経っているので、痛みが進行しており、ビューゲルも上部が取れて無くなっています。
このままだとそのうち廃物置になりそうです。

雨がかなり降ってきたため、銚子駅に戻って傘の調達と昼飯を食べることにしました。
列車まで時間があるので、駅舎内の撮影をしていると、パンフレットを置いてあるテーブルの下に、昔使用していたヘッドマークが置いてあるのに仮設住宅氏が気が付きました。
ずいぶん無造作に置かれているのです。
そういえばちょっと前までヘッドマークが付いていたなと思い出しました。
銚子電鉄の車両が現在の塗色に変更された時は、あまり趣味が良いとは感じませんでしたが、今回見た時にはそんなに違和感がありませんでした。
たぶん色が褪せたのと、ヘッドマークを付けなくなったのと、金の縁取りが無くなったからでしょう。
2008年01月11日
銚子電鉄の旅 その7
西海鹿島駅の写真をちょっとだけ。

西海鹿島駅の駅名標です。

西海鹿島駅の様子です。
片面ホーム1線の無人駅で、目の前にはキャベツ畑が広がっています。
ちなみに右側が外川、左側が銚子方面にです。

西海鹿島駅の駅名標です。

西海鹿島駅の様子です。
片面ホーム1線の無人駅で、目の前にはキャベツ畑が広がっています。
ちなみに右側が外川、左側が銚子方面にです。
2008年01月10日
銚子電鉄の旅 その6

西海鹿島駅で停車中の列車を撮影した後、駅の様子を撮影するため駅脇の踏切を渡ります。
ふと、隣の笠上黒生駅方向を見ると列車が停車していました。
笠上黒生駅の場内信号機が赤になっており待ちとなっているのです。

信号が青になり列車は笠上黒生駅構内に入って行きました。
交換のために外川行きの列車が待っているのが見えています。
見たとおりでここも駅間がかなり短いのです。

西海鹿島駅に停車中のデハ1002です。
この駅で気がついたのは、銚子電鉄の各駅にあるジュースの自動販売機の事です。
写真で見て分かるように赤いコカ・コーラの自動販売機が必ずあります。
特に無人駅に設置してある販売機は、ジュースの見本の上部に電光掲示板が付いており、銚子電鉄の列車の運休などがあった場合は、運行情報が流れるようになっているのでした。
(一部の有人駅のも電光掲示板が付いています)
良いアイデアですね。
2008年01月09日
銚子電鉄の旅 その5
撮影場所に海鹿島駅を選んだのは、2駅銚子側に戻った笠上黒生駅で上下列車の交換があり、デハ1002がすぐやって来るからでした。
当初は西海鹿島駅との間で撮影するつもりでしたが、反対側の君ヶ浜での撮影としました。
ここで撮影したのが、5日のブログの最初の写真です。
周囲はキャベツ畑になっています。

外川からの折り返し列車も近い場所で撮影しています。
坂を上って木々の間から抜け出たところの撮影です。
光量が不足して暗い写真になってしまいました。

次の列車も同じ場所で反対を向いて撮影です。
この後、すぐ20パーミルの下り勾配になります。

海鹿島駅まで戻って駅の撮影をした後、さらに西海鹿島駅まで歩きます。
銚子電鉄の駅間は短いので、歩いても時間は多くは掛かりません。
でも線路に平行する道は無いのでまっすぐ行くことは出来ないのです。
写真は海鹿島~西海鹿島間での撮影、西海鹿島駅に到着する直前です。
ここもキャベツ畑が広がっていました。
当初は西海鹿島駅との間で撮影するつもりでしたが、反対側の君ヶ浜での撮影としました。
ここで撮影したのが、5日のブログの最初の写真です。
周囲はキャベツ畑になっています。

外川からの折り返し列車も近い場所で撮影しています。
坂を上って木々の間から抜け出たところの撮影です。
光量が不足して暗い写真になってしまいました。

次の列車も同じ場所で反対を向いて撮影です。
この後、すぐ20パーミルの下り勾配になります。

海鹿島駅まで戻って駅の撮影をした後、さらに西海鹿島駅まで歩きます。
銚子電鉄の駅間は短いので、歩いても時間は多くは掛かりません。
でも線路に平行する道は無いのでまっすぐ行くことは出来ないのです。
写真は海鹿島~西海鹿島間での撮影、西海鹿島駅に到着する直前です。
ここもキャベツ畑が広がっていました。
2008年01月08日
銚子電鉄の旅 その4
外川駅まで乗ってきたデハ1001に再び乗車して、今度はデハ1002の走行写真を撮影するため海鹿島駅で下車します。

海鹿島駅は無人駅ですが、有人だった頃の駅舎がそのまま使われています。
この駅が関東では一番東に位置する駅らしいです。

駅の外川寄りには踏切があり、そこから見た駅の様子です。
ホーム1面1線の駅となっています。

駅舎内の待合室から今は使われていない改札口を見たところです。
海が近いために改札の柵は錆びて欠けてしまっています。
一見すると写真の左側がホームに見えますが、そちらは駅の表になります。
ちゃんと駅舎をを持つ小さな駅だと、駅舎内の待合室は改札口を入る前にありますが、この駅の構造だと改札を通らないと待合室に入れないのです。
今は無人駅なので関係ありませんが、珍しい部類に入るのではないでしょうか?

海鹿島駅は無人駅ですが、有人だった頃の駅舎がそのまま使われています。
この駅が関東では一番東に位置する駅らしいです。

駅の外川寄りには踏切があり、そこから見た駅の様子です。
ホーム1面1線の駅となっています。

駅舎内の待合室から今は使われていない改札口を見たところです。
海が近いために改札の柵は錆びて欠けてしまっています。
一見すると写真の左側がホームに見えますが、そちらは駅の表になります。
ちゃんと駅舎をを持つ小さな駅だと、駅舎内の待合室は改札口を入る前にありますが、この駅の構造だと改札を通らないと待合室に入れないのです。
今は無人駅なので関係ありませんが、珍しい部類に入るのではないでしょうか?
2008年01月07日
銚子電鉄の旅 その3

外川駅の改札口の様子です。
改札口の柵は水道管を組んだ物のようです。

この駅はホームは一面でその他に機回し線があります。
機回し線にはトロッコ車両であるユ101「澪つくし」が留置されていました。
トロッコ列車を運転する時には、トロッコを牽引してきた電車が機回し線を通って、反対側の先頭に付きます。

この駅は『レトロ調』ではなく『レトロ』な駅です。
1923(大正12)年の開設以来の駅舎が補修を受けながら使われています。
2008年01月06日
銚子電鉄の旅 その2
銚子に行った当日の天気予報は、前日見た時には9時頃から晴れの予報、当日の朝だと日中は曇りの予報でしたが、現地に向かう特急の窓には水滴が所々で付く状態。
銚子についてもポツリポツリと生憎の雨、どんよりと曇った状態の空なのが残念です。

特急を降りると、10分の接続で銚子電鉄の列車がありました。
乗車となる車両はデハ1000形のデハ1001です。
この車両はゲームの桃太郎電鉄の広告車となっていて、サイドにはキャラクターが描かれていますが、正面から見ると青一色に見えます。
車内に入り、車掌さんから銚子電鉄の一日乗車券である弧廻手形を買い求めます。
620円で一日乗り歩くにはお得で、銚子ポートタワーと地球の丸く見える丘展望館の割引券と濡れ煎餅の1枚引換券も付いています。

まずは終点の外川駅まで乗り通してみました。
木造の外川駅の駅舎と乗車してきたデハ1001です。

写真は駅舎内の待合室から出札口を見たところです。
この駅で降りて線路の延長方向に坂を下っていくと外川の漁港に出るのですが、そちらちに観光に行く人はいないようです。
その漁港の近くまで線路が延長され魚の輸送もしていたこともあったと聞いていますが、痕跡はないようです。

待合室の長いすは木製のもあります。
醤油の街の銚子らしく、看板はヒゲタ醤油の物になっていました。
銚子についてもポツリポツリと生憎の雨、どんよりと曇った状態の空なのが残念です。

特急を降りると、10分の接続で銚子電鉄の列車がありました。
乗車となる車両はデハ1000形のデハ1001です。
この車両はゲームの桃太郎電鉄の広告車となっていて、サイドにはキャラクターが描かれていますが、正面から見ると青一色に見えます。
車内に入り、車掌さんから銚子電鉄の一日乗車券である弧廻手形を買い求めます。
620円で一日乗り歩くにはお得で、銚子ポートタワーと地球の丸く見える丘展望館の割引券と濡れ煎餅の1枚引換券も付いています。

まずは終点の外川駅まで乗り通してみました。
木造の外川駅の駅舎と乗車してきたデハ1001です。

写真は駅舎内の待合室から出札口を見たところです。
この駅で降りて線路の延長方向に坂を下っていくと外川の漁港に出るのですが、そちらちに観光に行く人はいないようです。
その漁港の近くまで線路が延長され魚の輸送もしていたこともあったと聞いていますが、痕跡はないようです。

待合室の長いすは木製のもあります。
醤油の街の銚子らしく、看板はヒゲタ醤油の物になっていました。
2008年01月05日
銚子電鉄の旅 その1
仮設住宅氏と話をしているうちに、銚子電鉄に撮影に行こうとの話になったので、本日、銚子電鉄へ出掛けてきました。
一番の目的は、小学館の鉄子の旅の銚子電鉄応援の企画でデハ1000形1002が菊池直恵さん考案の塗装に変更されており、その車両を撮影するためでした。

海鹿島~君ヶ浜間を行く目的のデハ1002。
結構目立って昔の車両らしい塗装であり、個人的には好感が持てます。

話は前後して、今日の行程は姉ヶ崎から千葉に出て、特急しおさいで銚子に向かったのですが、私の乗車した内房線の電車に続行して、成田臨のニューなのはながやって来ていました。
本当は211系を撮るつもりだったのですが、なのはなが被ってしまった写真です。

乗車してきた特急しおさいは、銚子駅からの折り返しは、普通列車として折り返し途中駅から特急になる運用でした。
ローカル区間の合理化で車両運用を効率化した結果ですが、特急の価値が下がってしまうようであまり好きではないのです。

銚子駅の銚子電鉄乗り場は、JRの2番・3番ホームの先端にあります。
土曜日だと言うこともあり、遊びに来ている人が多いみたいでした。
以前は風車が付いていたのですが、羽の部分が無くなってしまっています。

銚子駅ホームにある銚子電鉄の時刻表です。
30分に1本程度は列車があるようです、
一番の目的は、小学館の鉄子の旅の銚子電鉄応援の企画でデハ1000形1002が菊池直恵さん考案の塗装に変更されており、その車両を撮影するためでした。

海鹿島~君ヶ浜間を行く目的のデハ1002。
結構目立って昔の車両らしい塗装であり、個人的には好感が持てます。

話は前後して、今日の行程は姉ヶ崎から千葉に出て、特急しおさいで銚子に向かったのですが、私の乗車した内房線の電車に続行して、成田臨のニューなのはながやって来ていました。
本当は211系を撮るつもりだったのですが、なのはなが被ってしまった写真です。

乗車してきた特急しおさいは、銚子駅からの折り返しは、普通列車として折り返し途中駅から特急になる運用でした。
ローカル区間の合理化で車両運用を効率化した結果ですが、特急の価値が下がってしまうようであまり好きではないのです。

銚子駅の銚子電鉄乗り場は、JRの2番・3番ホームの先端にあります。
土曜日だと言うこともあり、遊びに来ている人が多いみたいでした。
以前は風車が付いていたのですが、羽の部分が無くなってしまっています。

銚子駅ホームにある銚子電鉄の時刻表です。
30分に1本程度は列車があるようです、
2008年01月04日
東北乗り鉄の旅 その4

車内から見た急行もりよし2号の最初の停車駅である西明寺駅です。
山に向かっていく路線なので、だんだん積雪量が増えてくるのですが、この辺りは、まだ地面に雪が被った程度で所々地面が見えています。

角館から19.2㎞の松葉駅まで来ると、かなり雪が増えてきています。

左通駅では、試運転中のAN8900形とすれ違いました。
こちらは乗車しているAN8900形と違い、パノラマタイプの車両なのです。

比立内駅で列車交換のために待ち時間があるので、車外に出て撮影タイム、ホームにいるのは運転士さんと車掌さんです。
この急行もりよし号に乗ってすごいと思ったことは、1両単行の列車なのにちゃんと車内販売が回ってきたことです。

特徴のある駅舎の阿仁合駅です。
もっとも窓が曇ってしまっているのでしっかりとは撮影できていません。
窓を開けられれば問題なかったのですが、AN8900形の窓は固定窓なのでした。
もっとも開けられても寒いので他のお客からひんしゅく買います。
乗車している車両は途中から異音が発生し始めたので、この駅でしばらく検査、走行には影響がないということで少し遅れて発車です。
この駅は車両基地があるこの鉄道の主要駅でもあります。
2008年01月03日
東北乗り鉄の旅 その3

角館駅では列車の入れ替え作業が開始されました。
この作業が終わるまでは入鋏が行われずホームへは入れません。

まずは急行もりよし1号で到着した3両編成が、本線上を遠くまで引き上げます。
ポイントを切り替え、検修庫のAN8807が本線上に出て来ました。

再びポイントが切り替えられ、AN8807がホームに入ります。
急行もりよしの3両編成は、前2両と後ろ1両に分割されます。
再びポイントが切り替えられ、前2両が検修庫に入ります。

最後にポイントがまた切り替えられ、残った1両がホームに進入し、先に入った車両の後方に縦列の形で停車します。
ここで入れ替え作業が終了し、入鋏が開始され、みんな1両しかない車両の席を求めて早足で乗車します。
てっきり私は急行は2両編成だと思っていたので、1両でちょっとびっくり。
昔見た時のもりよし号が2両だったので勝手にそう思っていただけですが…。
ちなみに車両はAN8900形のAN8905です。
AN8900形のなかで唯一先頭がパノラマタイプになっていない予備車や増結がメインの車両です。
2008年01月02日
東北乗り鉄の旅 その2
ここ角館駅からは秋田内陸縦貫鉄道を乗り通します。
乗車する予定の急行もりよし2号まで1時間半あったので、駅前のレストランで稲庭うどんを食べたりしながら時間調整です。

内陸線の角館駅ホームの隣には1線分の検修庫があり、AN8800形のAN8807が留置されていました。
AN8800形は内陸線が全線開通する前年の1988年に投入された車両です。
投入当初は白地に赤いラインとアクセントが入った塗色でしたが、この車両は青色ベースの塗色となっています。
他の車両も違う色に変更が行われ、1両だけが昔の塗色のまま残されています。

次の下りこまち号がやってきてAN8007号と並びます。
本当はこの列車の指定席を取るつもりだったのです。

ぬかるんだ雪道を鷹巣側に少し歩き、急行もりよし1号を撮影しました。
2両編成で来ると思っていたら3両編成です。
先頭は唯一のAN2000形のAN2001でした。

通り過ぎた列車を後追いで撮影。
前からAN2000形、AN8800形、AN8900形の全て違う形式で組まれています。
この列車が折り返して乗車するもりよし2号になるので、撮影後は駅に戻りました。

駅に戻ってホームを見ると、到着した3両編成は最後尾の車両がホームには掛かっていません。
よく見ると、かろうじて前よりのドアだけはホームに掛かっているのでそこで降車させていました。
列車からは団体客が下車してきて、駅前の観光バスに乗り換えています。
この日は団体客がいたために所定の編成に増結して3連にしたのでした。
乗車する予定の急行もりよし2号まで1時間半あったので、駅前のレストランで稲庭うどんを食べたりしながら時間調整です。

内陸線の角館駅ホームの隣には1線分の検修庫があり、AN8800形のAN8807が留置されていました。
AN8800形は内陸線が全線開通する前年の1988年に投入された車両です。
投入当初は白地に赤いラインとアクセントが入った塗色でしたが、この車両は青色ベースの塗色となっています。
他の車両も違う色に変更が行われ、1両だけが昔の塗色のまま残されています。

次の下りこまち号がやってきてAN8007号と並びます。
本当はこの列車の指定席を取るつもりだったのです。

ぬかるんだ雪道を鷹巣側に少し歩き、急行もりよし1号を撮影しました。
2両編成で来ると思っていたら3両編成です。
先頭は唯一のAN2000形のAN2001でした。

通り過ぎた列車を後追いで撮影。
前からAN2000形、AN8800形、AN8900形の全て違う形式で組まれています。
この列車が折り返して乗車するもりよし2号になるので、撮影後は駅に戻りました。

駅に戻ってホームを見ると、到着した3両編成は最後尾の車両がホームには掛かっていません。
よく見ると、かろうじて前よりのドアだけはホームに掛かっているのでそこで降車させていました。
列車からは団体客が下車してきて、駅前の観光バスに乗り換えています。
この日は団体客がいたために所定の編成に増結して3連にしたのでした。
2008年01月01日
東北乗り鉄の旅 その1
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
年が改まったところで、元旦の鉄道風景でも載せたかったのですが、仕事が続いているので撮りに行けていないのでした。
今日からは、11月の3連休で東北を回ってきた時の話です。
この時は、いつも私の巻き添えを食っている先輩と休みがあったため、またまた東北の温泉にでも行こうかという話になり、JR東日本の3連休パスを使って秋田・青森・岩手を回ることにしたのでした。
いつものことなのですが、最終的な目的地が決まったのは5日前。
青森県の大鰐温泉と岩手県の金田一温泉に泊まると言うこと。
素直に行けば良いのに、折角だからとローカル線の乗車を絡めてしまいました。

トップランナーは千葉駅4時45分発の総武線快速E217系です。
さすがに早朝だけにがらがらの電車でした。
本当は京葉線千葉みなと駅前の駐車場に車を駐車、京葉線の電車で東京まで向かうつもりでしたが、京葉線廻りだと東京駅で時間がないので炉、千葉駅まで歩いて総武線快速にしたのでした。
実は三連休を侮っていたため、秋田新幹線の指定席がほとんど埋まってしまっており、東京6時発のこまち71号しか指定席が空いていなかったのです。
地元の姉ヶ崎駅から始発に乗っても東京駅に6時は間に合わないのでこんな事になっていたりします。
計画は早く立てないと駄目と言うことですね。

第2ランナーの秋田新幹線E3系こまち71号、この列車で一気に秋田県まで進みます。
秋田新幹線はこれが初乗車でした。

こまち71号を下車したのは、角館駅。
秋田新幹線と呼んではいますが、在来線の田沢湖線なので駅も普通の駅という感じです。

角館の街は武家屋敷などが残り観光地にもなっています。
その下車駅のため、駅舎は武家屋敷風の造りをしています。

JR角館駅で下車した目的は、秋田内陸縦貫鉄道の乗車のためです。
秋田内陸縦貫鉄道の角館駅は、JRの駅の盛岡側にあります。
秋田内陸縦貫鉄道の角館側部分は、元々国鉄の角館線だったためホームも隣り合っており、柵で仕切られているだけですが、駅舎は別になっています。
新幹線が遅れた時の対策として、柵を解放して乗り換えの便を図ることもあるそうです。
こちらの駅舎の正面入り口を真っ直ぐ入っても、秋田内陸線には乗車できません。
こちらからはいる場合は、正面ドア手前右側にコインロッカーが置かれている部屋があり、その先のドアを入ると切符売り場と改札口と待合室があるのです。
寒い季節は、待合室にストーブが置かれています。
今年もよろしくお願いします。
年が改まったところで、元旦の鉄道風景でも載せたかったのですが、仕事が続いているので撮りに行けていないのでした。
今日からは、11月の3連休で東北を回ってきた時の話です。
この時は、いつも私の巻き添えを食っている先輩と休みがあったため、またまた東北の温泉にでも行こうかという話になり、JR東日本の3連休パスを使って秋田・青森・岩手を回ることにしたのでした。
いつものことなのですが、最終的な目的地が決まったのは5日前。
青森県の大鰐温泉と岩手県の金田一温泉に泊まると言うこと。
素直に行けば良いのに、折角だからとローカル線の乗車を絡めてしまいました。

トップランナーは千葉駅4時45分発の総武線快速E217系です。
さすがに早朝だけにがらがらの電車でした。
本当は京葉線千葉みなと駅前の駐車場に車を駐車、京葉線の電車で東京まで向かうつもりでしたが、京葉線廻りだと東京駅で時間がないので炉、千葉駅まで歩いて総武線快速にしたのでした。
実は三連休を侮っていたため、秋田新幹線の指定席がほとんど埋まってしまっており、東京6時発のこまち71号しか指定席が空いていなかったのです。
地元の姉ヶ崎駅から始発に乗っても東京駅に6時は間に合わないのでこんな事になっていたりします。
計画は早く立てないと駄目と言うことですね。

第2ランナーの秋田新幹線E3系こまち71号、この列車で一気に秋田県まで進みます。
秋田新幹線はこれが初乗車でした。

こまち71号を下車したのは、角館駅。
秋田新幹線と呼んではいますが、在来線の田沢湖線なので駅も普通の駅という感じです。

角館の街は武家屋敷などが残り観光地にもなっています。
その下車駅のため、駅舎は武家屋敷風の造りをしています。

JR角館駅で下車した目的は、秋田内陸縦貫鉄道の乗車のためです。
秋田内陸縦貫鉄道の角館駅は、JRの駅の盛岡側にあります。
秋田内陸縦貫鉄道の角館側部分は、元々国鉄の角館線だったためホームも隣り合っており、柵で仕切られているだけですが、駅舎は別になっています。
新幹線が遅れた時の対策として、柵を解放して乗り換えの便を図ることもあるそうです。
こちらの駅舎の正面入り口を真っ直ぐ入っても、秋田内陸線には乗車できません。
こちらからはいる場合は、正面ドア手前右側にコインロッカーが置かれている部屋があり、その先のドアを入ると切符売り場と改札口と待合室があるのです。
寒い季節は、待合室にストーブが置かれています。
