2007年12月31日
たまにはELも撮ったりするのです
2007年最後の撮影は、12月23日に武蔵野線で貨物列車を撮影したのが最後となりました。
この日は珍しく、仮設住宅さんやDさんと休みが合ったため引退間近のEF65 1001号機を撮影することになったのです。
みんなと秋葉原で合流した後、隅田川貨物駅から田端に向かう田端貨物線で撮影するつもりで西日暮里駅で降りて、撮影ポイントに向かいました。
撮影ポイントには先客が2名のみ、D氏はこの場所で2名しかいないのはおかしいと、メールのやりとりと貨物時刻表をにらめっこ。
結局、武蔵野線経由でこの場所は通らないことが判明して移動です。

せっかく来たので田端貨物線の田端側に停車していたEF65 1090を撮影です。
何処で撮影するかを考えながら移動して、武蔵野線の東川口~南越谷間で撮影することに決定。
南越谷駅から歩くこと10分ちょっとで目指す撮影ポイント。
すっかり三脚の列が並んでおり、みんな気合いが入っています。

お目当ての機関車が来るまでに貨物列車は2本通過していきました。
最初に通ったのが、写真のEF64 51+EF64 52のコンテナ列車、EF64は地元には来ないので久しぶりの撮影です。

次に来たのは、EF65 528牽引のタキの群れ。
こちらはいつも地元で見ている車両達でした。

お目当てのEF65 1001がやってきました。
しかし、後ろに続くコンテナ車はスカスカ状態で何とも締まりません。
写真の方もタイミングを外して機関車に電柱に掛かっているのと、正面に影が入っているものとなり今年最後の撮影は失敗で終わりました。
2007年のブログもこれで最後です。
また来年もよろしくお願いします。
この日は珍しく、仮設住宅さんやDさんと休みが合ったため引退間近のEF65 1001号機を撮影することになったのです。
みんなと秋葉原で合流した後、隅田川貨物駅から田端に向かう田端貨物線で撮影するつもりで西日暮里駅で降りて、撮影ポイントに向かいました。
撮影ポイントには先客が2名のみ、D氏はこの場所で2名しかいないのはおかしいと、メールのやりとりと貨物時刻表をにらめっこ。
結局、武蔵野線経由でこの場所は通らないことが判明して移動です。

せっかく来たので田端貨物線の田端側に停車していたEF65 1090を撮影です。
何処で撮影するかを考えながら移動して、武蔵野線の東川口~南越谷間で撮影することに決定。
南越谷駅から歩くこと10分ちょっとで目指す撮影ポイント。
すっかり三脚の列が並んでおり、みんな気合いが入っています。

お目当ての機関車が来るまでに貨物列車は2本通過していきました。
最初に通ったのが、写真のEF64 51+EF64 52のコンテナ列車、EF64は地元には来ないので久しぶりの撮影です。

次に来たのは、EF65 528牽引のタキの群れ。
こちらはいつも地元で見ている車両達でした。

お目当てのEF65 1001がやってきました。
しかし、後ろに続くコンテナ車はスカスカ状態で何とも締まりません。
写真の方もタイミングを外して機関車に電柱に掛かっているのと、正面に影が入っているものとなり今年最後の撮影は失敗で終わりました。
2007年のブログもこれで最後です。
また来年もよろしくお願いします。
2007年12月30日
小湊鉄道2007 その39
今日は撮影していなかった飯給駅を撮りに行こうと思っていたのですけど、ちょっと前から引きずっている体調不良のため、体力温存で家にこもっていました。
そんなわけで『小湊鉄道2007』のネタには飯給駅が登場しないで終わることが決定しました。
それで今日は養老渓谷駅なのですが、ここの駅もついでに撮った数枚しかないので細かいところの紹介は不可能だったりします。
今回の写真は10月3日の撮影です。

養老渓谷駅駅舎です。
この駅も開業以来の木造駅舎を大切に使っています。
里見駅が無人化されてからは、上総牛久より奥では唯一の有人駅となっています。

駅舎の前は野菜の直売所になっており、新鮮な野菜を売っています。
夕方だったので、この撮影後、店じまいとなりました。

旧貨物ホームにもまだ線路が残っており、トロッコが留置されていました。
この駅にも駅舎前のホームの他に、島式ホームを持っていましたが、すでに営業運転では使用していません。
しかし、こちらのホームを挟む2本の線路は、お客を乗せた車両が走ることがあるのです。
それはたまに小湊鉄道で企画する、軌道自転車や軌道バイクの体験乗車イベントです。
片側を軌道バイク、反対側を軌道自転車が走るのです。
距離は短いですけど、乗ってみたいと思う人が乗りにやってきます。
そんなわけで『小湊鉄道2007』のネタには飯給駅が登場しないで終わることが決定しました。
それで今日は養老渓谷駅なのですが、ここの駅もついでに撮った数枚しかないので細かいところの紹介は不可能だったりします。
今回の写真は10月3日の撮影です。

養老渓谷駅駅舎です。
この駅も開業以来の木造駅舎を大切に使っています。
里見駅が無人化されてからは、上総牛久より奥では唯一の有人駅となっています。

駅舎の前は野菜の直売所になっており、新鮮な野菜を売っています。
夕方だったので、この撮影後、店じまいとなりました。

旧貨物ホームにもまだ線路が残っており、トロッコが留置されていました。
この駅にも駅舎前のホームの他に、島式ホームを持っていましたが、すでに営業運転では使用していません。
しかし、こちらのホームを挟む2本の線路は、お客を乗せた車両が走ることがあるのです。
それはたまに小湊鉄道で企画する、軌道自転車や軌道バイクの体験乗車イベントです。
片側を軌道バイク、反対側を軌道自転車が走るのです。
距離は短いですけど、乗ってみたいと思う人が乗りにやってきます。
2007年12月29日
小湊鉄道2007 その38
今日もしつこく上総鶴舞の話。
この駅は魅力があるので、どうしても写真が多くなってしまいます。
そんな理由でしつこく話が続いてしまったのでした。

島式ホーム側から見た駅舎です。

駅舎の内部には『昔』の雰囲気が漂っています。
無人駅になっていますが、駅事務室もそのまま残されています。

上総鶴舞駅の駅舎です。
この駅は関東の駅百選に選ばれているため、休日などは見学に訪れる人がやってきます。
でも、バイクや車で訪れる人がほとんどです。
鉄道での来訪は、やはり列車本数が少ないのがネックになっているようです。

駅舎に掲げられている駅名の看板です。
夏の夜などは、隣の白熱灯で照らされて良い雰囲気になります。
この駅は魅力があるので、どうしても写真が多くなってしまいます。
そんな理由でしつこく話が続いてしまったのでした。

島式ホーム側から見た駅舎です。

駅舎の内部には『昔』の雰囲気が漂っています。
無人駅になっていますが、駅事務室もそのまま残されています。

上総鶴舞駅の駅舎です。
この駅は関東の駅百選に選ばれているため、休日などは見学に訪れる人がやってきます。
でも、バイクや車で訪れる人がほとんどです。
鉄道での来訪は、やはり列車本数が少ないのがネックになっているようです。

駅舎に掲げられている駅名の看板です。
夏の夜などは、隣の白熱灯で照らされて良い雰囲気になります。
2007年12月28日
小湊鉄道2007 その37
今日もまたまた上総鶴舞駅の話。

使用していない島式ホームに接する線路の様子、両側に木々があって何か良い感じの線路です。

駅舎と島式ホームを挟んで反対側には、色々な資材を仕舞っている倉庫代わりの建物があります。
さらにこの前には小湊鉄道で電気事業を行っていた時の、鶴舞発電所の跡を偲ぶ記念碑もあります。
この建物を発電所の建物と紹介している記事もありますが、構造的に見ても違うと思われますがどうなんでしょう。

建物を正面から見たところです。
写真を撮った時は夏だったので、草が伸びていて分かりませんが、建物から真っ直ぐにレールが敷かれており、トロッコで中の資材を運び出せるようになっています。
ここからトロッコで運び出した後は、人力で90度転向して本当の線路にトロッコを載せ替え、本線に向かって運び出すのです。

使用していない島式ホームに接する線路の様子、両側に木々があって何か良い感じの線路です。

駅舎と島式ホームを挟んで反対側には、色々な資材を仕舞っている倉庫代わりの建物があります。
さらにこの前には小湊鉄道で電気事業を行っていた時の、鶴舞発電所の跡を偲ぶ記念碑もあります。
この建物を発電所の建物と紹介している記事もありますが、構造的に見ても違うと思われますがどうなんでしょう。

建物を正面から見たところです。
写真を撮った時は夏だったので、草が伸びていて分かりませんが、建物から真っ直ぐにレールが敷かれており、トロッコで中の資材を運び出せるようになっています。
ここからトロッコで運び出した後は、人力で90度転向して本当の線路にトロッコを載せ替え、本線に向かって運び出すのです。
2007年12月27日
小湊鉄道2007 その36
今日も上総鶴舞駅の話です。

この駅はカーブの途中に位置しており、五井方から来ると右に90度以上方向が変わります。
写真は駅舎前から上総中野方面を見た写真です。
この駅の配線には直線がありません。

ホームの向かいには、今は使用されていない島式ホームが残されています。
そのホームの上には木が植えてありますが、ずいぶん前の大風の影響で傾いたまま植わっています。

上総鶴舞駅の駅名標です。
小湊鉄道標準と言える、木製手書きの駅名標です。

この駅はカーブの途中に位置しており、五井方から来ると右に90度以上方向が変わります。
写真は駅舎前から上総中野方面を見た写真です。
この駅の配線には直線がありません。

ホームの向かいには、今は使用されていない島式ホームが残されています。
そのホームの上には木が植えてありますが、ずいぶん前の大風の影響で傾いたまま植わっています。

上総鶴舞駅の駅名標です。
小湊鉄道標準と言える、木製手書きの駅名標です。
2007年12月26日
小湊鉄道2007 その35
2007年も残すところ残り6日。
小湊鉄道の駅でブログに載せていない駅は、上総鶴舞駅、高滝駅、飯給駅、養老渓谷駅の4駅です。
タイトルに小湊鉄道2007と付けてしまったばっかりに、今年中に載せなきゃ駄目な気がして集中的に載せています。
でも良く考えたら、飯給駅だけ行くのを忘れていました。
今年中は無理かな~。
この間、東北や武蔵野線のEF65の撮影も行っていたのですが、そちらの話はすっかり後回となっています。
とりあえず今日は上総鶴舞駅の話、9月3日に撮影しています。

五井方から見た上総鶴舞駅の構内の様子です。
左の線が本線、右の2線は営業運転では使用しておらず、写真のところまでで線路は途切れています。
左側には貨物ホーム跡があり物品置き場になっています。

貨物ホームには、枕木は残っていますがレールは撤去されています。

ホームの様子です。
このホームの向かい側には、使用されなくなった島式ホームがあります。
小湊鉄道の駅でブログに載せていない駅は、上総鶴舞駅、高滝駅、飯給駅、養老渓谷駅の4駅です。
タイトルに小湊鉄道2007と付けてしまったばっかりに、今年中に載せなきゃ駄目な気がして集中的に載せています。
でも良く考えたら、飯給駅だけ行くのを忘れていました。
今年中は無理かな~。
この間、東北や武蔵野線のEF65の撮影も行っていたのですが、そちらの話はすっかり後回となっています。
とりあえず今日は上総鶴舞駅の話、9月3日に撮影しています。

五井方から見た上総鶴舞駅の構内の様子です。
左の線が本線、右の2線は営業運転では使用しておらず、写真のところまでで線路は途切れています。
左側には貨物ホーム跡があり物品置き場になっています。

貨物ホームには、枕木は残っていますがレールは撤去されています。

ホームの様子です。
このホームの向かい側には、使用されなくなった島式ホームがあります。
2007年12月25日
小湊鉄道2007 その34
今日も上総大久保駅です。

上総大久保駅の五井方面の様子です。
この付近は撮影ポイントが多くあり楽しめます。

こちらは反対側の上総中野方面の様子です。
山の中に線路は進んでいきます。

上総大久保駅駅名標です。
ここも『かづさ』の表記になっています。

上総大久保駅の五井方面の様子です。
この付近は撮影ポイントが多くあり楽しめます。

こちらは反対側の上総中野方面の様子です。
山の中に線路は進んでいきます。

上総大久保駅駅名標です。
ここも『かづさ』の表記になっています。
2007年12月24日
小湊鉄道2007 その33
今度は11月18日の上総大久保駅の様子です。

上総大久保駅も1面1線の構造で、ホームの上には待合室だけがあります。
この駅自体の開設は、小湊鉄道の最終開業区間である月崎~上総中野間が開業した1928年5月に設置されています。
周囲を見ていると、当初はちゃんとした駅舎があったのではないかと思われる感じがします。

ここの待合室もトタンの壁とトタンの屋根で出来ている簡単な構造です。
上総久保駅の待合室に比べると倍くらいの大きさがある気がします。
待合い室内にはトトロなどのイラストが描かれているのは、近くに白鳥小学校があるからだと思われます。

ここもトタンの駅舎に木製の立派な看板が取り付けられているのでした。

上総大久保駅も1面1線の構造で、ホームの上には待合室だけがあります。
この駅自体の開設は、小湊鉄道の最終開業区間である月崎~上総中野間が開業した1928年5月に設置されています。
周囲を見ていると、当初はちゃんとした駅舎があったのではないかと思われる感じがします。

ここの待合室もトタンの壁とトタンの屋根で出来ている簡単な構造です。
上総久保駅の待合室に比べると倍くらいの大きさがある気がします。
待合い室内にはトトロなどのイラストが描かれているのは、近くに白鳥小学校があるからだと思われます。

ここもトタンの駅舎に木製の立派な看板が取り付けられているのでした。
2007年12月23日
小湊鉄道2007 その32
今日の話も上総久保駅です。

上総久保駅ホーム上の小さな待合室です。
壁も屋根もトタン板で出来ています。

トタンで出来た待合室にもちゃんと駅名の看板が掲げられています。
ここの物も他の駅と同じく木製の立派な看板です。

五井方から見た駅の様子です。

上総久保駅ホーム上の小さな待合室です。
壁も屋根もトタン板で出来ています。

トタンで出来た待合室にもちゃんと駅名の看板が掲げられています。
ここの物も他の駅と同じく木製の立派な看板です。

五井方から見た駅の様子です。
2007年12月22日
小湊鉄道2007 その31
今日も上総久保駅の続きです。

この駅の駅名標は木製ですが、他の駅と違い細長い横長の物となっています。
ちょっと前までは、他の駅と同じタイプの物だったはずです。
木の地肌に直接黒のペンキで文字が書かれており、ローマ字が大きく目立ちます。
駅名標の後ろ側を見た時に下に白い板が落ちていました。
何気に拾ってめくってみると…

そこには『かずさくぼ』の文字が書かれていました。
ただ単に駅名標の上の部分が壊れたのか壊されたかして、そのままの状態で修理された事が分かりました。

いたずらで壊されたのでなければ良いのですけどね。

この駅の駅名標は木製ですが、他の駅と違い細長い横長の物となっています。
ちょっと前までは、他の駅と同じタイプの物だったはずです。
木の地肌に直接黒のペンキで文字が書かれており、ローマ字が大きく目立ちます。
駅名標の後ろ側を見た時に下に白い板が落ちていました。
何気に拾ってめくってみると…

そこには『かずさくぼ』の文字が書かれていました。
ただ単に駅名標の上の部分が壊れたのか壊されたかして、そのままの状態で修理された事が分かりました。

いたずらで壊されたのでなければ良いのですけどね。
2007年12月21日
小湊鉄道2007 その30
今日は上総久保駅の紹介です。
写真は10月3日に撮影しています。

上総久保駅は田んぼの中の小さな駅ですが、大きなイチョウがかなり目立ちます。
ここも有名な撮影ポイントで、黄色くなったイチョウと列車を絡められます。

夕方になり駅の灯りがともったところに下り列車がやってきました。(10月3日のブログと同じ列車です)
この小さな駅での乗降は無しでした。

上総中野側から見た駅の様子です。
1面1線の構造で、ホームの上に待合室があるだけの簡単な造りの駅です。
写真は10月3日に撮影しています。

上総久保駅は田んぼの中の小さな駅ですが、大きなイチョウがかなり目立ちます。
ここも有名な撮影ポイントで、黄色くなったイチョウと列車を絡められます。

夕方になり駅の灯りがともったところに下り列車がやってきました。(10月3日のブログと同じ列車です)
この小さな駅での乗降は無しでした。

上総中野側から見た駅の様子です。
1面1線の構造で、ホームの上に待合室があるだけの簡単な造りの駅です。
2007年12月20日
小湊鉄道2007 その29
今日も月崎駅の続きなのです。

月崎駅の駅舎をホーム側から見たところです。
左の建物はお手洗い。
元の駅事務室は待合室に改造されています。

電飾用のコードが配された状態の月崎駅駅舎です。
平常より少しだけお洒落になっています。

よく観察すると駅舎入り口屋根には飾りも付いていました。

月崎駅の駅舎をホーム側から見たところです。
左の建物はお手洗い。
元の駅事務室は待合室に改造されています。

電飾用のコードが配された状態の月崎駅駅舎です。
平常より少しだけお洒落になっています。

よく観察すると駅舎入り口屋根には飾りも付いていました。
2007年12月19日
小湊鉄道2007 その28
月崎駅の続きです。

月崎駅にも貨物ホームの跡があります。
現役時代は2本のホームが引き込まれていたようです。

駅舎の前から五井方向を見た様子です。
右側が営業では使用されていない線路と島式ホームです。

保線用具を仕舞っている倉庫です。
この駅からトロッコに保線用器具を積んで、他の駅から来た軌道バイクに連結して保線作業に向かう事もあります。

月崎駅にも貨物ホームの跡があります。
現役時代は2本のホームが引き込まれていたようです。

駅舎の前から五井方向を見た様子です。
右側が営業では使用されていない線路と島式ホームです。

保線用具を仕舞っている倉庫です。
この駅からトロッコに保線用器具を積んで、他の駅から来た軌道バイクに連結して保線作業に向かう事もあります。
2007年12月18日
小湊鉄道2007 その27
今日は普段の月崎駅を紹介です。

月崎駅は駅舎に面するホームだけ使用の交換不能駅ですが、昔はさらに島式ホームを持つ2面3線の駅でした。
駅舎から一番遠い線路は今では草に埋もれており、知らない人に廃線跡の写真といっても信じてもらえそうな状態です。

ホームを挟んだ隣の線路も営業運転には使用していないので、バラストも無くなっています。

駅構内の様子です。
左側の線路が現役の線路となっており、道床の厚さが違います。
今回の写真は全て五井方から上総中野方面を見ています。

月崎駅は駅舎に面するホームだけ使用の交換不能駅ですが、昔はさらに島式ホームを持つ2面3線の駅でした。
駅舎から一番遠い線路は今では草に埋もれており、知らない人に廃線跡の写真といっても信じてもらえそうな状態です。

ホームを挟んだ隣の線路も営業運転には使用していないので、バラストも無くなっています。

駅構内の様子です。
左側の線路が現役の線路となっており、道床の厚さが違います。
今回の写真は全て五井方から上総中野方面を見ています。
2007年12月17日
小湊鉄道2007 その26
本日、12月17日の月崎駅の様子です。

実は今、月崎駅は夕方からイルミネーションが輝いています。

駅名の看板のあたりのアップです。
ジュースの販売機の灯りがかなりまぶしく、白くなってしまいます。

電飾に彩られた月崎駅に列車が到着しました。
でも、列車に乗ったままでは一部のイルミネーションしか見えないので、列車を降りて表に出る必要があります。
せっかく列車を降りたのなら少し歩いてみましょう。
駅前の道路を左に歩いていきますと、右に矢印のイルミネーションが見えてきます。
その矢印に沿ってしばらく歩いていきます。
この道は、紅葉の時期の昼間は良い散策コースですが、ちょっと夜は暗いです。
暗い道を歩いていくと小さな建物とドラム缶を利用した焚き火が見えてきます。
やって来た場所は市原市民の森と言う場所です。

ここ市原市民の森ではこの時期になると、夕方から夜間に掛けてイルミネーションが点灯されています。
今年は2年目と言うことです。
市原市からの嘱託という形で運営されているとのことでしたが、ほとんどボランティアに近い形のようです。
小湊鐵道を盛り上げる取り組みもされているようで、飯給駅の菜の花を植えたり、桜の面倒をみたりもしているようです。
月崎駅の電飾もこのために行われるようになったのでした。

ここでは、焼き芋や甘酒を売っています。
寒い中での焼き芋はまた格別です。
皆さんも小湊鐵道で月崎まで行ってみましょう。
(車でも行けますけどね)

実は今、月崎駅は夕方からイルミネーションが輝いています。

駅名の看板のあたりのアップです。
ジュースの販売機の灯りがかなりまぶしく、白くなってしまいます。

電飾に彩られた月崎駅に列車が到着しました。
でも、列車に乗ったままでは一部のイルミネーションしか見えないので、列車を降りて表に出る必要があります。
せっかく列車を降りたのなら少し歩いてみましょう。
駅前の道路を左に歩いていきますと、右に矢印のイルミネーションが見えてきます。
その矢印に沿ってしばらく歩いていきます。
この道は、紅葉の時期の昼間は良い散策コースですが、ちょっと夜は暗いです。
暗い道を歩いていくと小さな建物とドラム缶を利用した焚き火が見えてきます。
やって来た場所は市原市民の森と言う場所です。

ここ市原市民の森ではこの時期になると、夕方から夜間に掛けてイルミネーションが点灯されています。
今年は2年目と言うことです。
市原市からの嘱託という形で運営されているとのことでしたが、ほとんどボランティアに近い形のようです。
小湊鐵道を盛り上げる取り組みもされているようで、飯給駅の菜の花を植えたり、桜の面倒をみたりもしているようです。
月崎駅の電飾もこのために行われるようになったのでした。

ここでは、焼き芋や甘酒を売っています。
寒い中での焼き芋はまた格別です。
皆さんも小湊鐵道で月崎まで行ってみましょう。
(車でも行けますけどね)
2007年12月16日
小湊鉄道2007 その25

神社前で撮影した列車は養老渓谷行きでしたので、折り返しは月崎駅付近で撮るつもりで移動します。
月崎駅まで来ると列車がまだ停車中だっので、先行しての撮影が出来ると判断、さらに上総大久保駅まで移動しました。
車を止めるとすぐに踏切が鳴りだし列車がやってきました。
いつもの2両編成だと先頭車両は影にならないのですが、懐石料理列車は料理を食べる車両を増結しているため、ホームより前一両分がはみ出して停車しました。
そのため、先頭車両だけ日陰に入ってしまいました。

折り返しの列車は最初の予定通りに月崎駅で撮影します。
ここのホームは3両編成でも足りているようです。
3連のキハ200も滅多に見られないので貴重です。
(平日朝に3連運用があるけど昼間は無いのです)
ハイキングの季節にはたまに4連も見られることがあります。
2007年12月15日
小湊鉄道2007 その24
今度は里見駅近くの神社のイチョウを見に行ってみました。

こちらもイチョウは散ってしまっていました。
でもここで下り列車を撮影することにして列車を待ちます。

後追いで神社を入れて撮影するつもりで列車を待っていると、ヘッドマークを付けた列車がやってきました。
ちょうど『懐石料理列車』の日だったようで、とりあえず撮影。

神社の前を列車が走り去っていきます。
イチョウは散っても、神社の横側が紅葉しているので綺麗でした。

こちらもイチョウは散ってしまっていました。
でもここで下り列車を撮影することにして列車を待ちます。

後追いで神社を入れて撮影するつもりで列車を待っていると、ヘッドマークを付けた列車がやってきました。
ちょうど『懐石料理列車』の日だったようで、とりあえず撮影。

神社の前を列車が走り去っていきます。
イチョウは散っても、神社の横側が紅葉しているので綺麗でした。
2007年12月14日
小湊鉄道2007 その23
12月6日、2週間ぶりに小湊鐵道の撮影に出掛けました。
今年こそ撮影したかった上総鶴舞駅のイチョウは…

完全な丸坊主にはなっていませんが見事に葉が散っていました。
1週間早ければまだ葉っぱがあったはずなのですが、東北地方へ出掛けていたので、撮影できなかったのでした。
また来年~。

散った葉っぱで出来た黄色い絨毯と上総鶴舞駅の駅舎です。

上総中野方のに移動して列車を撮影します。
天気は曇ってしまいましたが、紅葉している木々が…。
緑の間に紅葉している赤い葉でなくて、茶色の枯れ葉をバックに上り列車がやって来ました。
この付近は紅葉の時期を過ぎていたのでした。
今年こそ撮影したかった上総鶴舞駅のイチョウは…

完全な丸坊主にはなっていませんが見事に葉が散っていました。
1週間早ければまだ葉っぱがあったはずなのですが、東北地方へ出掛けていたので、撮影できなかったのでした。
また来年~。

散った葉っぱで出来た黄色い絨毯と上総鶴舞駅の駅舎です。

上総中野方のに移動して列車を撮影します。
天気は曇ってしまいましたが、紅葉している木々が…。
緑の間に紅葉している赤い葉でなくて、茶色の枯れ葉をバックに上り列車がやって来ました。
この付近は紅葉の時期を過ぎていたのでした。
2007年12月13日
小湊鉄道2007 その22
今日もしつこく里見駅の続きです。

島式ホーム側から現役のホームを見たところです。
奥が上総中野方面、左側には貨物ホームの跡も残っています。

島式ホームに渡るための構内踏切も使われていません。
手前が使用していない線路、奥が現役の線路となっいます。

上総中野方面を見たところです。
島式ホームに続く線路は分岐機が残っているため、まだ使用するのは可能に見えました。
ちなみに反対側の五井方も分岐器が残っています。
写真の先を少し進むと、撮影ポイントのイチョウのある神社があるのです。

島式ホーム側から現役のホームを見たところです。
奥が上総中野方面、左側には貨物ホームの跡も残っています。

島式ホームに渡るための構内踏切も使われていません。
手前が使用していない線路、奥が現役の線路となっいます。

上総中野方面を見たところです。
島式ホームに続く線路は分岐機が残っているため、まだ使用するのは可能に見えました。
ちなみに反対側の五井方も分岐器が残っています。
写真の先を少し進むと、撮影ポイントのイチョウのある神社があるのです。
2007年12月12日
小湊鉄道2007 その21
里見駅の続きです。

現役のホームから五井方を見たところです。
右には側線があり、左には使用停止の島式ホームがあります。

使用を停止した島式ホームの上から五井方を見た写真です。
昔は左側からさらに砂利採取線が分岐していたのでした。
砂利輸送のためなのか、里見駅には側線が広がっていました。
この写真の反対側が広い敷地になっています。

島式ホームに残る駅名標の一つです。
ベースの白い塗装は剥げ、さとみの3文字だけがかろうじて残っていました。

現役のホームから五井方を見たところです。
右には側線があり、左には使用停止の島式ホームがあります。

使用を停止した島式ホームの上から五井方を見た写真です。
昔は左側からさらに砂利採取線が分岐していたのでした。
砂利輸送のためなのか、里見駅には側線が広がっていました。
この写真の反対側が広い敷地になっています。

島式ホームに残る駅名標の一つです。
ベースの白い塗装は剥げ、さとみの3文字だけがかろうじて残っていました。
2007年12月11日
小湊鉄道2007 その20
久しぶりの小湊鐵道の駅紹介は里見駅です。
撮影は11月18日です。

里見駅の駅舎です。
やはりこの駅も、小湊鐵道標準スタイルの駅舎です。
でも各駅全く同じではなく、微妙に違いが生じています。
里見駅は、駅名の看板の取り付け位置が違っていました。

駅舎入り口から改札口を見たところです。
5年前の2002年に無人駅となりました。

この駅は今は列車交換が出来ませんが、1998年までは交換可能駅でした。
上総牛久~上総中野間の列車本数削減により、交換列車がなくなったため反対側のホームは使用を停止しています。
銀杏の木がある大山祇神社(たぶん)より先に、それまで使用されていた場内信号機の柱だけが残っています。
撮影は11月18日です。

里見駅の駅舎です。
やはりこの駅も、小湊鐵道標準スタイルの駅舎です。
でも各駅全く同じではなく、微妙に違いが生じています。
里見駅は、駅名の看板の取り付け位置が違っていました。

駅舎入り口から改札口を見たところです。
5年前の2002年に無人駅となりました。

この駅は今は列車交換が出来ませんが、1998年までは交換可能駅でした。
上総牛久~上総中野間の列車本数削減により、交換列車がなくなったため反対側のホームは使用を停止しています。
銀杏の木がある大山祇神社(たぶん)より先に、それまで使用されていた場内信号機の柱だけが残っています。
2007年12月10日
小湊鉄道2007 その19

養老渓谷~上総中野間に移動して上り、下りの2本の列車を撮影しました。
写真は五井行きの上り列車を、築堤下の柿の木と一緒に写したものです。
沿線には探すと柿の木がいっぱいあるのでした。

再び上総大久保~養老渓谷間に戻り、角度を変えて撮影してみたところです。
この区間は山間を行くため、冬は早く影になってしまい、15時台の列車がギリギリ日が当たります。

養老渓谷駅で折り返した列車が戻ってきた時には、鉄橋の上だけが日が当たっていました。
この日の列車の撮影は終了です。
2007年12月09日
小湊鉄道2007 その18
上総大久保~養老渓谷間にやって来ました。

しばらく待っていると、定時より若干遅れた列車が木々の間から抜け出てきました。
養老渓谷行きのこの列車は、キハ210+キハ214でした。

木々の間を抜け出た列車はすぐに鉄橋を渡ります。
周りの木々も色づいて来ていました。

養老渓谷駅で折り返してくる列車は、近くの柿の木を入れて撮影してみました。
隣にも柿の木があるのですが、そちらは実がほとんど無くなっていました。

しばらく待っていると、定時より若干遅れた列車が木々の間から抜け出てきました。
養老渓谷行きのこの列車は、キハ210+キハ214でした。

木々の間を抜け出た列車はすぐに鉄橋を渡ります。
周りの木々も色づいて来ていました。

養老渓谷駅で折り返してくる列車は、近くの柿の木を入れて撮影してみました。
隣にも柿の木があるのですが、そちらは実がほとんど無くなっていました。
2007年12月08日
小湊鉄道2007 その17
やっと11月19日付けのブログの続きです。
まずは11月17日の馬立駅の様子から。

馬立駅に五井行きの列車がやってきました。
車掌さんがホームに下りて集札しています。
この列車の運転士さんは女性の方でした。
2連でやってきたキハ200形の先頭車両はキハ204です。
キハ204だけ違うベンチレーターを載せているので、正面から見ても車両が特定できます。

上総鶴舞駅に五井駅の列車が到着しました。
この駅に来た目的は、画面左に見える大きなイチョウの木が黄色くなっているのかの確認でした。
この時点ではここのイチョウはまだまだ緑色でした。
この日は晴れの予報が外れて曇天になってしまったので、この後の列車を撮影して引き上げました。

翌18日は朝から見事に晴れました。
写真は、月崎をキハ208+キハ201の五井行きが発車したところです。
この辺りは木々に色がつき始めた頃でした。
まずは11月17日の馬立駅の様子から。

馬立駅に五井行きの列車がやってきました。
車掌さんがホームに下りて集札しています。
この列車の運転士さんは女性の方でした。
2連でやってきたキハ200形の先頭車両はキハ204です。
キハ204だけ違うベンチレーターを載せているので、正面から見ても車両が特定できます。

上総鶴舞駅に五井駅の列車が到着しました。
この駅に来た目的は、画面左に見える大きなイチョウの木が黄色くなっているのかの確認でした。
この時点ではここのイチョウはまだまだ緑色でした。
この日は晴れの予報が外れて曇天になってしまったので、この後の列車を撮影して引き上げました。

翌18日は朝から見事に晴れました。
写真は、月崎をキハ208+キハ201の五井行きが発車したところです。
この辺りは木々に色がつき始めた頃でした。
2007年12月07日
福島臨海鉄道再訪 その14
今回は列車の写真です。

福島臨海鉄道は常磐線とアンダークロスして泉駅では山側に入ります。
写真の場所は、常磐線とのアンダークロスの手前となり、林の脇を線路が通っています。
列車は54列車で、コンテナ車を連ねた編成です。

54列車の帰りの55列車は単機で戻ってきました。
撮影場所は午前中に撮影した陸橋近くの踏切脇です。
踏切脇の家がガーデニングに凝っているようで、家の敷地を飛び出して線路際までガーデニングされていたので、線路際まで花が咲いているのです。

今度は56列車、だいぶ夕方の光線になってきています。
宮下駅を発車して場内信号機の横を泉駅に向かっていきます。
今回の福島臨海鉄道の撮影は、この列車の撮影が最後となりました。
11月9日の水没する貨車の話は、東邦亜鉛小名浜精錬所の敷地内にあります。
脇の道路が高くなっているので、構内を見ることが出来ます。
貨車は検査切れのタキ5450形とタキ4000形の6両でした。

福島臨海鉄道は常磐線とアンダークロスして泉駅では山側に入ります。
写真の場所は、常磐線とのアンダークロスの手前となり、林の脇を線路が通っています。
列車は54列車で、コンテナ車を連ねた編成です。

54列車の帰りの55列車は単機で戻ってきました。
撮影場所は午前中に撮影した陸橋近くの踏切脇です。
踏切脇の家がガーデニングに凝っているようで、家の敷地を飛び出して線路際までガーデニングされていたので、線路際まで花が咲いているのです。

今度は56列車、だいぶ夕方の光線になってきています。
宮下駅を発車して場内信号機の横を泉駅に向かっていきます。
今回の福島臨海鉄道の撮影は、この列車の撮影が最後となりました。
11月9日の水没する貨車の話は、東邦亜鉛小名浜精錬所の敷地内にあります。
脇の道路が高くなっているので、構内を見ることが出来ます。
貨車は検査切れのタキ5450形とタキ4000形の6両でした。
2007年12月06日
福島臨海鉄道再訪 その13
宮下駅に留置されている貨車3種の写真です。
3両とも検査切れとなっている車両です。
金網越しでの撮影なのでちょっと見づらいですが、そのまま載せてしまいました。

写真はホキ2500形のホキ2532です。
ホキ2500形式は、石灰石の35t積みとして製造された車両で、この車両は1967年製の初期形になります。
元々赤3号に塗られた車両ですが、色が褪せて錆止め塗装のようになっており、番号も消えていました。
JRからは1999年には形式消滅しています。

タ2000形のタ2001です。
10t積みのアルコール専用車として全3両が改造により製造されました。
タ2001は、1941年にタム200形から改造車両のようです。
貨物鉄道博物館にタ2001が収蔵予定になっているので、そのうちに輸送されるのでしょう。

最後はホキ3500形ホキ3508です。
30t積みのセメント専用車として製造された車両です。
こちらは、1997年に形式消滅しました。
保存が決まっているタ2001以外の車両は今後どうなるのでしょうか?
やはり貨車といえど貴重な車両であるので、保存されるのを期待しています。
3両とも検査切れとなっている車両です。
金網越しでの撮影なのでちょっと見づらいですが、そのまま載せてしまいました。

写真はホキ2500形のホキ2532です。
ホキ2500形式は、石灰石の35t積みとして製造された車両で、この車両は1967年製の初期形になります。
元々赤3号に塗られた車両ですが、色が褪せて錆止め塗装のようになっており、番号も消えていました。
JRからは1999年には形式消滅しています。

タ2000形のタ2001です。
10t積みのアルコール専用車として全3両が改造により製造されました。
タ2001は、1941年にタム200形から改造車両のようです。
貨物鉄道博物館にタ2001が収蔵予定になっているので、そのうちに輸送されるのでしょう。

最後はホキ3500形ホキ3508です。
30t積みのセメント専用車として製造された車両です。
こちらは、1997年に形式消滅しました。
保存が決まっているタ2001以外の車両は今後どうなるのでしょうか?
やはり貨車といえど貴重な車両であるので、保存されるのを期待しています。
2007年12月05日
福島臨海鉄道再訪 その12

朝方撮影していた泉側の踏切にやってきました。
真ん中にいたホッパ車を、左側にの他の貨車の前に持って行ったところでした。
朝の写真と比べると、貨車の位置が変化しているのが分かります。

連結して長くなった貨車群を牽引して機関車がやってきます。
この日の入れ替え担当は、DD561でした。

目の前を通過した機関車は踏切上で制動を掛けて停車します。
すぐにポイントが切り替えられ、推進運転で他の線に転線されました。
この踏切は、入れ替えを行っている間は、何度も遮断機が下りますが、交通量が多くないので渋滞にはなりません。
行ったり来たりしながら入れ替えをしている機関車を見るのは、楽しい物です。
2007年12月04日
福島臨海鉄道再訪 その11
小名浜駅の様子の続きです。

今でこそ終点の小名浜駅ですが、40年ほど前までは栄町駅まで線路は延びていました、
そちら側から覗いた構内の様子です。
カーブしている線の手前側の線路が、小名浜駅の駅舎前を通っているので、この線路が栄町まで行っていたのかもしれません。

検修庫前をを道路から覗くと、入替機とDD552が停まっていました。
朝に見た時は見えなかったので、検修庫内に入っていたことになります。
入替機の方は、ボンネットの上に靴下らしき物が乗っています。
天気が良くなったので、物干し台の代わりに使っていたのでしょう。

検修庫の前から見たDD551のサイドです。
手前ではDD553が休憩中です。

今でこそ終点の小名浜駅ですが、40年ほど前までは栄町駅まで線路は延びていました、
そちら側から覗いた構内の様子です。
カーブしている線の手前側の線路が、小名浜駅の駅舎前を通っているので、この線路が栄町まで行っていたのかもしれません。

検修庫前をを道路から覗くと、入替機とDD552が停まっていました。
朝に見た時は見えなかったので、検修庫内に入っていたことになります。
入替機の方は、ボンネットの上に靴下らしき物が乗っています。
天気が良くなったので、物干し台の代わりに使っていたのでしょう。

検修庫の前から見たDD551のサイドです。
手前ではDD553が休憩中です。
2007年12月03日
福島臨海鉄道再訪 その10
埠頭本線の跡を辿った後、再び小名浜駅に戻りました。
ぐるりと駅の周囲を歩いて回ります。

駅の近くには福島臨海鉄道の本社があります。
本社の駐車場には、以前主力機として活躍したDD501の台車部分が保存されています。
このDD501は新潟鉄工所で1960年に試作器的な要素を持って製作されており、1963年までメーカーから借り入れの形で使用し、その後正式に購入されています。
1994年3月に廃車となりましたが、この鉄道の最初のディーゼル機関車だったため、台車だけが保存されたのでした。

小名浜駅の駅舎です。
旅客営業を止めても駅舎自体は残っています。

駅舎横の駐車場から構内を覗いたところです。
先の方に見える機関車は、右が朝から活躍していたDD553、左が入れ換え作業の最中のDD561です。
この日の入れ換え作業は、かなりの時間やっていました。
普段も長いのかは分かりません。
ぐるりと駅の周囲を歩いて回ります。

駅の近くには福島臨海鉄道の本社があります。
本社の駐車場には、以前主力機として活躍したDD501の台車部分が保存されています。
このDD501は新潟鉄工所で1960年に試作器的な要素を持って製作されており、1963年までメーカーから借り入れの形で使用し、その後正式に購入されています。
1994年3月に廃車となりましたが、この鉄道の最初のディーゼル機関車だったため、台車だけが保存されたのでした。

小名浜駅の駅舎です。
旅客営業を止めても駅舎自体は残っています。

駅舎横の駐車場から構内を覗いたところです。
先の方に見える機関車は、右が朝から活躍していたDD553、左が入れ換え作業の最中のDD561です。
この日の入れ換え作業は、かなりの時間やっていました。
普段も長いのかは分かりません。
2007年12月02日
福島臨海鉄道再訪 その9
福島臨海鉄道でも他の臨海鉄道と同様に、全盛期に比べると線路の規模が縮小されています。
宮下駅から現在は、泉~小名浜間の本線と東邦亜鉛の専用線しかありませんが、以前は埠頭本線や他の会社に向かっていた専用線が分岐していました。

小名浜埠頭方面に向かっていた埠頭本線の跡の様子です。
レールは既に撤去されています。
列車の運行は早い時期になくなっていたようですが、正式な廃止は2001年10月でした。
突き当たりまで行くと道路があり、その先が埠頭になっています。
左の道路の向こう側のコンクリートの壁の向こうには、工場の敷地内を走る線路が以前はありました。

埠頭本線の踏切部分にだけはレールが残っていました。

踏切先のフェンスの隙間から覗くと、勾配標は残っていますが、レールはやはりありません。
手入れされていないので、雑草が生い茂っています。
宮下駅から現在は、泉~小名浜間の本線と東邦亜鉛の専用線しかありませんが、以前は埠頭本線や他の会社に向かっていた専用線が分岐していました。

小名浜埠頭方面に向かっていた埠頭本線の跡の様子です。
レールは既に撤去されています。
列車の運行は早い時期になくなっていたようですが、正式な廃止は2001年10月でした。
突き当たりまで行くと道路があり、その先が埠頭になっています。
左の道路の向こう側のコンクリートの壁の向こうには、工場の敷地内を走る線路が以前はありました。

埠頭本線の踏切部分にだけはレールが残っていました。

踏切先のフェンスの隙間から覗くと、勾配標は残っていますが、レールはやはりありません。
手入れされていないので、雑草が生い茂っています。
2007年12月01日
福島臨海鉄道再訪 その8

宮下駅から泉駅に向けて貨物列車が発車しました。(52列車)
左側の線路から右側の本線まで、いくつもポイントを渡りながらうねうねとやってきます。
左に見える場内信号機の腕木が下がり、出発を現示していることが分かります。

場内信号機の脇を列車は進んでいきます。
この列車は泉駅でJR貨物に引き継がれ安中駅まで行きます。

泉駅からDD553が戻ってきました。(53列車)
多くの貨車を期待していたのですが、空のタンク車2両だけの牽引で機関車も力を持て余し気味です。
撮影場所は、宮下駅の場内信号機から少し泉側に架かる道路の陸橋からです。
このタンク車は宮下駅で切り離され、機関車は小名浜駅へ単機で走り去りました。
