2007年09月30日
青森・秋田撮影旅行 その18
津軽飯詰駅の続きです。

駅には無蓋車が2両停まっていました。
写真は島式のホームに上がって撮影しています。
もっとも島式のホームになっていますが、無人化と同時に交換も止めてしまったので、写真側は使用していないのでした。
この2両のトムは先に書いている『緊急保全整備事業』のため、バラストをこの駅から運ぶ用途に使用中の様です。

ホームから見た駅舎はこんな感じです。

五所川原方向を見るとポイント部分にはスノーシェッドがあります。
その先には交換を止めた時に使用を停止した腕木信号機が支柱だけ残っていました。
反対方向の津軽中里方面にもスノーシェッドと腕木信号機の支柱があります。
ホームには駅員用と思われる時刻表があり、まだ交換列車があった時代のままになっていました。

駅には無蓋車が2両停まっていました。
写真は島式のホームに上がって撮影しています。
もっとも島式のホームになっていますが、無人化と同時に交換も止めてしまったので、写真側は使用していないのでした。
この2両のトムは先に書いている『緊急保全整備事業』のため、バラストをこの駅から運ぶ用途に使用中の様です。

ホームから見た駅舎はこんな感じです。

五所川原方向を見るとポイント部分にはスノーシェッドがあります。
その先には交換を止めた時に使用を停止した腕木信号機が支柱だけ残っていました。
反対方向の津軽中里方面にもスノーシェッドと腕木信号機の支柱があります。
ホームには駅員用と思われる時刻表があり、まだ交換列車があった時代のままになっていました。
2007年09月29日
青森・秋田撮影旅行 その17
津軽鉄道の撮影が当初の予想より時間が掛かっていました。
次に行きたい場所もあったので、とりあえず津軽飯詰駅まで戻ります。
一駅津軽中里よりの毘沙門駅は、朝に寄った時に写真を撮っていなかったのですが、パスとなりました。

津軽飯詰駅はちゃんとした駅舎がありました。

駅舎内には待合室があります。
駅は2004年の11月に無人化されたので、駅員はいません。

改札の柵の脇を覗くと転轍テコがありました。
次に行きたい場所もあったので、とりあえず津軽飯詰駅まで戻ります。
一駅津軽中里よりの毘沙門駅は、朝に寄った時に写真を撮っていなかったのですが、パスとなりました。

津軽飯詰駅はちゃんとした駅舎がありました。

駅舎内には待合室があります。
駅は2004年の11月に無人化されたので、駅員はいません。

改札の柵の脇を覗くと転轍テコがありました。
2007年09月28日
青森・秋田撮影旅行 その16
津軽中里駅を後にして津軽森林鉄道の機関車が保存展示されている場所へ向かいました。
展示場所は、中泊町総合文化センターパルナス内にある中泊町博物館の中でした。
ちなみに入場料は200円です。

今回ここに立ち寄った目的である津軽森林鉄道の機関車です。
協三工業製のこの機関車は、博物館の入り口すぐの受付後ろに展示されていました。
その前には津軽森林鉄道で使用していたBaldwin製蒸気機関車(明治40年製造)模型と青森型木造運材台車模型が展示されています。

機関車が目的でしたが、中の展示の中にも津軽鉄道にまつわる展示物がありましたので見物してきました。
写真に写っているのは、駅の体験コーナーとなっており、出札口を模しています。
窓から見えている顔は仮設住宅氏です。

こちらが裏側になります。帽子やら旗やらカンテラなどがあり、駅員の体験ができるのでした。
右に切符収納箱があり、切符を模した紙を一人一枚引き抜いて日付印時期に通して入鋏体験ができるようにもなっています。
切符を模した物は記念品として持ち帰られるようになっています。
その切符を模した物、はちゃんと津軽半島環状鉄道線 中里博物館から250円区間と記入され、地紋も入っているなど裏も表も本物そっくりの凝った作りになっています。
実は家に帰ってから気が付いたのですが、本物そっくりに感じたので津軽鉄道の入場券と比較してみたところ、津軽鉄道の地紋そのままでした。
要するに本物の紙片を使用して作られていたものだったのです。
これはこれで良い記念品となりました。
展示場所は、中泊町総合文化センターパルナス内にある中泊町博物館の中でした。
ちなみに入場料は200円です。

今回ここに立ち寄った目的である津軽森林鉄道の機関車です。
協三工業製のこの機関車は、博物館の入り口すぐの受付後ろに展示されていました。
その前には津軽森林鉄道で使用していたBaldwin製蒸気機関車(明治40年製造)模型と青森型木造運材台車模型が展示されています。

機関車が目的でしたが、中の展示の中にも津軽鉄道にまつわる展示物がありましたので見物してきました。
写真に写っているのは、駅の体験コーナーとなっており、出札口を模しています。
窓から見えている顔は仮設住宅氏です。

こちらが裏側になります。帽子やら旗やらカンテラなどがあり、駅員の体験ができるのでした。
右に切符収納箱があり、切符を模した紙を一人一枚引き抜いて日付印時期に通して入鋏体験ができるようにもなっています。
切符を模した物は記念品として持ち帰られるようになっています。
その切符を模した物、はちゃんと津軽半島環状鉄道線 中里博物館から250円区間と記入され、地紋も入っているなど裏も表も本物そっくりの凝った作りになっています。
実は家に帰ってから気が付いたのですが、本物そっくりに感じたので津軽鉄道の入場券と比較してみたところ、津軽鉄道の地紋そのままでした。
要するに本物の紙片を使用して作られていたものだったのです。
これはこれで良い記念品となりました。
2007年09月27日
青森・秋田撮影旅行 その15
津軽中里駅の続きです。

錆付いた線路を辿って機関庫へ向かうと機関庫の前に転車台がありました。
蒸気機関車の時代には当たり前の設備が、長い年月を経てもまだ残っているのはうれしい限りです。
この時は広角レンズがなかったので、全体の写真は仮設住宅氏に任せてしまったので、全体の写真はありません。
代わりに回転部分の車輪を載せておきます。

津軽中里駅の駅舎正面です。
スーパーと同居しているというより、スーパーの一角に駅があるというのが正しい表現かもしれません。
この駅で硬券の入場券のセットを購入しました。
津軽鉄道では記念用の切符やバッチなど細かいものも販売しており、増収に頑張っています。
硬券の入場券も有人の駅では販売しており、立ち寄った記念に購入するのに手頃です。
基本的に切符全体が硬券を使用しているこの鉄道では、下車客から回収した使用済み切符を10枚セットにして100円で販売していました。
鉄道ファンの心をくすぐるなかなか良い増収策だと思いました。
何でこんな事を感じるのかというと、地元の小湊鐵道で記念の硬券入場券セットを販売していますが、子供のこづかいではちょっと買えないな、有人各駅で記念入場券を売ればもっと買う人多くなるのではないかと思っていたからです。

ホームに出て機関庫を見てみます。
木造の機関庫だと言うことが分かります。
機関庫の前の転車台は草が多くてはっきりしませんが、ちゃんと存在しているのでした。

錆付いた線路を辿って機関庫へ向かうと機関庫の前に転車台がありました。
蒸気機関車の時代には当たり前の設備が、長い年月を経てもまだ残っているのはうれしい限りです。
この時は広角レンズがなかったので、全体の写真は仮設住宅氏に任せてしまったので、全体の写真はありません。
代わりに回転部分の車輪を載せておきます。

津軽中里駅の駅舎正面です。
スーパーと同居しているというより、スーパーの一角に駅があるというのが正しい表現かもしれません。
この駅で硬券の入場券のセットを購入しました。
津軽鉄道では記念用の切符やバッチなど細かいものも販売しており、増収に頑張っています。
硬券の入場券も有人の駅では販売しており、立ち寄った記念に購入するのに手頃です。
基本的に切符全体が硬券を使用しているこの鉄道では、下車客から回収した使用済み切符を10枚セットにして100円で販売していました。
鉄道ファンの心をくすぐるなかなか良い増収策だと思いました。
何でこんな事を感じるのかというと、地元の小湊鐵道で記念の硬券入場券セットを販売していますが、子供のこづかいではちょっと買えないな、有人各駅で記念入場券を売ればもっと買う人多くなるのではないかと思っていたからです。

ホームに出て機関庫を見てみます。
木造の機関庫だと言うことが分かります。
機関庫の前の転車台は草が多くてはっきりしませんが、ちゃんと存在しているのでした。
2007年09月26日
青森・秋田撮影旅行 その14
終点の津軽中里駅に到着しました。

終着駅のこの駅は片面ホームの駅でした。
列車の右側の白い建物が駅になっており、スーパーと同居しています。
スーパーの部分は以前は生協だったためCOOPの文字が薄く残っています。
ホームと接していない側の線路は、客車列車の着回し線として使用されています。
また、左側の建物は機関庫でした。

津軽鉄道の終端部です。
手前の線路がホームからの延長線の線路、その隣が着回し線、着回し線から分岐しているのが、機関庫に続く線路です。
終端部は機関車を折り返せるギリギリまでしか長さが無く、その先は崖で行き手を遮られていました。

機関庫へ続く線路は普段は使用していないのか、全く使用していないのかは分かりませんが、レールは錆びて草が伸びていました。

終着駅のこの駅は片面ホームの駅でした。
列車の右側の白い建物が駅になっており、スーパーと同居しています。
スーパーの部分は以前は生協だったためCOOPの文字が薄く残っています。
ホームと接していない側の線路は、客車列車の着回し線として使用されています。
また、左側の建物は機関庫でした。

津軽鉄道の終端部です。
手前の線路がホームからの延長線の線路、その隣が着回し線、着回し線から分岐しているのが、機関庫に続く線路です。
終端部は機関車を折り返せるギリギリまでしか長さが無く、その先は崖で行き手を遮られていました。

機関庫へ続く線路は普段は使用していないのか、全く使用していないのかは分かりませんが、レールは錆びて草が伸びていました。
2007年09月25日
青森・秋田撮影旅行 その13
先述の駅に備えられている沿線ガイドの拡大版が、深郷田駅に張り出されていました。
その中に津軽森林鉄道の機関車が展示されている施設があることが書かれていました。
そちらにも立ち寄ることにして、とりあえず終点の津軽中里駅に向かいます。

津軽中里駅の手前に鉄橋が見えたので、列車を撮影するために立ち寄りました。
いざ列車が来た時は、タイミングを外して後ろが切れてしまったので失敗です。
違う角度から撮影していた仮設住宅氏も、単行だと思っていたらしく、2連で来たために失敗、この鉄橋を渡る写真は無しとなりました。

鉄橋を渡り終わった列車は、築堤を下って津軽中里駅に向け走り去っていきました。
最初からこっち向いて撮影しておけば良かったのです。
その中に津軽森林鉄道の機関車が展示されている施設があることが書かれていました。
そちらにも立ち寄ることにして、とりあえず終点の津軽中里駅に向かいます。

津軽中里駅の手前に鉄橋が見えたので、列車を撮影するために立ち寄りました。
いざ列車が来た時は、タイミングを外して後ろが切れてしまったので失敗です。
違う角度から撮影していた仮設住宅氏も、単行だと思っていたらしく、2連で来たために失敗、この鉄橋を渡る写真は無しとなりました。

鉄橋を渡り終わった列車は、築堤を下って津軽中里駅に向け走り去っていきました。
最初からこっち向いて撮影しておけば良かったのです。
2007年09月24日
青森・秋田撮影旅行 その12
次は深郷田駅に立ち寄ります。
読みは『ふこうだ』です。

この駅は片面ホームの上に待合室の単純な駅です。
19キロのキロポストがありました。

深郷田駅を五所川原よりの踏切から見たところです。
ホームの真ん中部分が嵩上げされており、沈下した部分を補修した感じを受けます。
ホームの上はかなり激しく波打っていました。
この駅といい、傾いている川倉駅といい、何でこんな状態になっているのでしょうか?

隣の駅はの終点の津軽中里駅です。
深郷田駅から津軽中里寄りに少し移動した場所で列車を待ちます。
光が差したり陰ったりの中、曇った時に列車はやってきました。
この列車は津軽21形の単行列車でした。
読みは『ふこうだ』です。

この駅は片面ホームの上に待合室の単純な駅です。
19キロのキロポストがありました。

深郷田駅を五所川原よりの踏切から見たところです。
ホームの真ん中部分が嵩上げされており、沈下した部分を補修した感じを受けます。
ホームの上はかなり激しく波打っていました。
この駅といい、傾いている川倉駅といい、何でこんな状態になっているのでしょうか?

隣の駅はの終点の津軽中里駅です。
深郷田駅から津軽中里寄りに少し移動した場所で列車を待ちます。
光が差したり陰ったりの中、曇った時に列車はやってきました。
この列車は津軽21形の単行列車でした。
2007年09月23日
青森・秋田撮影旅行 その11
再び一駅移動して大沢内駅にやってきました。

大沢内駅は現在は無人駅ですが、有人だった時代の駅舎がそのまま残っています。
写真はホームから駅舎を見たところです。
看板にある猿賀様への近道とは、目の神様である猿賀神社があるための表示です。
津軽鉄道の何カ所かの駅には、沿線の観光地や散策スポットが書かれたチラシが置かれており、簡単な散歩などに重宝します。

上の写真の位置から津軽中里方向を向くと車止めがありました。
草が生えているためレールは隠れて見えませんが、ちゃんと貨物側線があります。
本線側は片面ホームになっており行き違いは出来ませんが、以前は交換駅でした。
駅の前後でカーブしているのが名残です。

駅舎はL字型に建っています。
駅名の看板は無くなってしまったようで、表側には駅名の表示がありませんでした。

大沢内駅は現在は無人駅ですが、有人だった時代の駅舎がそのまま残っています。
写真はホームから駅舎を見たところです。
看板にある猿賀様への近道とは、目の神様である猿賀神社があるための表示です。
津軽鉄道の何カ所かの駅には、沿線の観光地や散策スポットが書かれたチラシが置かれており、簡単な散歩などに重宝します。

上の写真の位置から津軽中里方向を向くと車止めがありました。
草が生えているためレールは隠れて見えませんが、ちゃんと貨物側線があります。
本線側は片面ホームになっており行き違いは出来ませんが、以前は交換駅でした。
駅の前後でカーブしているのが名残です。

駅舎はL字型に建っています。
駅名の看板は無くなってしまったようで、表側には駅名の表示がありませんでした。
2007年09月22日
青森・秋田撮影旅行 その10
川倉駅近辺で上下列車を撮影することになり、上り列車は川倉駅で撮影です。

駅直前のカーブを曲がって、津軽五所川原行きの列車がやってきました。
この列車は2連です。

到着した列車は津軽21形104+101でした。
この駅での乗降はありません。

川倉駅から芦野公園側に移動すると、バックに岩木山が入ります。
下り列車がカーブした築堤を下ってくるところを撮影しています。

駅直前のカーブを曲がって、津軽五所川原行きの列車がやってきました。
この列車は2連です。

到着した列車は津軽21形104+101でした。
この駅での乗降はありません。

川倉駅から芦野公園側に移動すると、バックに岩木山が入ります。
下り列車がカーブした築堤を下ってくるところを撮影しています。
2007年09月21日
青森・秋田撮影旅行 その9
次は川倉駅にやってきました。

この駅の周囲には田んぼが広がっています。
写真で見て分かるようにホーム上の待合室は傾いています。
ホームも波打っており、柵も傾いていました。

待合い室内にはピンク電話がありました。
壁に貼られているお願いの表示には、『緊急時または列車に遅れがある場合この電話に連絡致します』と書かれています。
列車の遅れに対してこういう対応をしている会社は初めてです。
有線電話よりもしかすると珍しいのでは?
普段慣れ親しんでいることは、その場所でしか通用しないと感じました。

津軽中里方面を見ると、田んぼの真っただ中を線路が延びているのが見えます。
駅名標は枠だけになって行方不明になってます。

この駅の周囲には田んぼが広がっています。
写真で見て分かるようにホーム上の待合室は傾いています。
ホームも波打っており、柵も傾いていました。

待合い室内にはピンク電話がありました。
壁に貼られているお願いの表示には、『緊急時または列車に遅れがある場合この電話に連絡致します』と書かれています。
列車の遅れに対してこういう対応をしている会社は初めてです。
有線電話よりもしかすると珍しいのでは?
普段慣れ親しんでいることは、その場所でしか通用しないと感じました。

津軽中里方面を見ると、田んぼの真っただ中を線路が延びているのが見えます。
駅名標は枠だけになって行方不明になってます。
2007年09月20日
青森・秋田撮影旅行 その8
芦野公園駅の続きです。

芦野公園駅のホームを津軽中里側に歩くと木造の建物がありました。

この建物には喫茶『駅舎』の看板が掲出されています。
看板の通りこの建物は旧駅舎なのです。
ホームからの階段もそのまま残っているので、ホームから喫茶店に直接入ることが出来ます。

旧駅舎の表側です。
太宰治のゆかりの駅舎と言うことなので、観光名所の一つとして活用していくことになっており、地元NPO法人・かなぎ元気倶楽部が今年の6月28日に開店しています。
喫茶店内部は駅としての構造を残し、レトロな雰囲気になっているそうです。

芦野公園駅のホームを津軽中里側に歩くと木造の建物がありました。

この建物には喫茶『駅舎』の看板が掲出されています。
看板の通りこの建物は旧駅舎なのです。
ホームからの階段もそのまま残っているので、ホームから喫茶店に直接入ることが出来ます。

旧駅舎の表側です。
太宰治のゆかりの駅舎と言うことなので、観光名所の一つとして活用していくことになっており、地元NPO法人・かなぎ元気倶楽部が今年の6月28日に開店しています。
喫茶店内部は駅としての構造を残し、レトロな雰囲気になっているそうです。
2007年09月19日
青森・秋田撮影旅行 その7
金木駅で上下の交換列車があるので交換風景を撮影しようかと思っていましたが、待ち時間が長いのと、天気が良い内に走行風景を数多く撮るために別の場所に移動することになりました。
金木駅はもう少しじっくり後で撮影するつもりでしたが、結局戻ってくることはなかったのでした。
次は芦野公園駅にやってきました。
名前の通り芦野公園の乗降のためにある駅です。
芦野公園は桜の名所であり、桜の季節には多くの人出で賑わいます。
玄関口であるこの駅自体にも桜が咲くので、桜と列車を絡めた撮影地として有名でもあります。

芦野公園駅のホームを津軽五所川原側から見たところです。
この線路の両側に桜が咲くのでした。
以前はホームの反対側に、昔ストーブ列車の客車として活躍したオハ311が保存されていました。
保存と言っても近年は木々が伸びまくっており、車体も痛みが進みブルーシートを被せた放置状態だったようです。
運良く大宮の鉄道博物館に展示されることになったので、これからはきれいな状態で見られることになりました。

芦野公園駅の駅名標です。
近年活躍している有名な方の書いた駅名標ですが、名前が思い出せない…。
昨年の5月に津軽鉄道サポーターズクラブによって寄贈されています。

駅舎内には食堂などが入って営業しています。
バックに見える森が芦野公園です。
金木駅はもう少しじっくり後で撮影するつもりでしたが、結局戻ってくることはなかったのでした。
次は芦野公園駅にやってきました。
名前の通り芦野公園の乗降のためにある駅です。
芦野公園は桜の名所であり、桜の季節には多くの人出で賑わいます。
玄関口であるこの駅自体にも桜が咲くので、桜と列車を絡めた撮影地として有名でもあります。

芦野公園駅のホームを津軽五所川原側から見たところです。
この線路の両側に桜が咲くのでした。
以前はホームの反対側に、昔ストーブ列車の客車として活躍したオハ311が保存されていました。
保存と言っても近年は木々が伸びまくっており、車体も痛みが進みブルーシートを被せた放置状態だったようです。
運良く大宮の鉄道博物館に展示されることになったので、これからはきれいな状態で見られることになりました。

芦野公園駅の駅名標です。
近年活躍している有名な方の書いた駅名標ですが、名前が思い出せない…。
昨年の5月に津軽鉄道サポーターズクラブによって寄贈されています。

駅舎内には食堂などが入って営業しています。
バックに見える森が芦野公園です。
2007年09月18日
青森・秋田撮影旅行 その6
次は金木駅にやって来ました。

金木の駅は今まで見てきた駅と違い新しい駅舎になっています。
新しい駅舎になったのは理由があります。

金木駅の駅名看板を見ると分かるように、有名な太宰治のふるさとの玄関口になっているのです。
街としても観光に力を入れているため、駅舎も新しくなっているのでした。
駅から徒歩で5分ほどの場所に、太宰治記念館の斜陽館(太宰の生家)があります。
駅に向かう途中で、斜陽館の前を通ったけれども観光は一切無しです。

金木駅は交換可能駅であり腕木信号機もあります。
構内には木造有蓋車も留置されていました。

金木の駅は今まで見てきた駅と違い新しい駅舎になっています。
新しい駅舎になったのは理由があります。

金木駅の駅名看板を見ると分かるように、有名な太宰治のふるさとの玄関口になっているのです。
街としても観光に力を入れているため、駅舎も新しくなっているのでした。
駅から徒歩で5分ほどの場所に、太宰治記念館の斜陽館(太宰の生家)があります。
駅に向かう途中で、斜陽館の前を通ったけれども観光は一切無しです。

金木駅は交換可能駅であり腕木信号機もあります。
構内には木造有蓋車も留置されていました。
2007年09月17日
青森・秋田撮影旅行 その5
嘉瀬駅の続きです。

駅舎内の待合室の様子です。
この駅の開業は1930年なので、そのままの駅舎を使用していれば77年を経ている事になります。
約3年前に無人駅になっています。
旧駅事務室は、この時はコスモ元気ランドという健康器具の体験治療に使用されていました。

駅舎内待合室から改札口を見ると、改札の手前に引き戸、改札を過ぎてまた引き戸となっており、冬の厳しさが想像される構造となっています。

嘉瀬駅の駅舎です。
良く見ると駅舎前の電話ボックスがかさ上げされていました。
雪への対策だと思われます。

駅舎内の待合室の様子です。
この駅の開業は1930年なので、そのままの駅舎を使用していれば77年を経ている事になります。
約3年前に無人駅になっています。
旧駅事務室は、この時はコスモ元気ランドという健康器具の体験治療に使用されていました。

駅舎内待合室から改札口を見ると、改札の手前に引き戸、改札を過ぎてまた引き戸となっており、冬の厳しさが想像される構造となっています。

嘉瀬駅の駅舎です。
良く見ると駅舎前の電話ボックスがかさ上げされていました。
雪への対策だと思われます。
2007年09月16日
青森・秋田撮影旅行 その4
今度は嘉瀬駅です。

嘉瀬駅の駅舎をホーム側から撮影しています。
扉が二重になっていたりと、雪国の駅としての構造が見られます。

嘉瀬駅の使用していない線路には、2000年に廃車となったキハ22028が留置されています。
この車両はSMAPの香取慎吾が何かの番組でイラストを描いた車両でしたが、津軽21形が増備されて廃車となっています。
残念ながら車両の状態は良いとは言えません。

嘉瀬駅に津軽五所川原行きの列車が到着しました。
乗り込む人は高齢の人がほとんどであり、車を運転できない人達にとっては重要な足となっています。

嘉瀬駅の駅舎をホーム側から撮影しています。
扉が二重になっていたりと、雪国の駅としての構造が見られます。

嘉瀬駅の使用していない線路には、2000年に廃車となったキハ22028が留置されています。
この車両はSMAPの香取慎吾が何かの番組でイラストを描いた車両でしたが、津軽21形が増備されて廃車となっています。
残念ながら車両の状態は良いとは言えません。

嘉瀬駅に津軽五所川原行きの列車が到着しました。
乗り込む人は高齢の人がほとんどであり、車を運転できない人達にとっては重要な足となっています。
2007年09月15日
青森・秋田撮影旅行 その3
小坂鉄道撮影後は津軽鉄道の起点である五所川原に向かいました。
五所川原にあるビジネスホテルを今夜の宿と決め、荷物を置いて駅まで食べ物屋を探しながら街を見て歩きます。
残念ながら最近の地方都市の傾向そのままにシャッターが閉まった店が多いようです。
五所川原駅はJR五能線の駅舎に隣接して津軽鉄道の駅舎がありました。
駅舎は別になって改札も別ですが、ホームに渡る跨線橋は共用しており乗り換えは改札を出なくても大丈夫な構造です。
隣りに建つ本社の入っている建物と合わせて、渋さを醸し出していました。
翌日は、まず走行写真を撮ろうと言うことになり津軽鉄道沿線に向かいます。
特に撮影ポイントを調べて来たわけではないので、地図を見ながら毘沙門駅付近に行ってみることになり、車を走らせます。
津軽飯詰~毘沙門間の風景が良さそうだったので、最初の撮影地点として選んでみました。

撮影地点に選んだ風景です。
田んぼの中を線路は築堤で進んできて、右に岩木山も見えています。
この位置で撮影できればベストなのですが、間違いなく列車に轢かれる位置なので、実際の撮影場所は一段下がった場所からとなっています。
線路の左側には通信回線用の木製電柱が並んでいます。
もっと回線があれば『はえたたき』と呼べる代物になるのにななどと思いつつ列車を待ちます。
もっとも『はえたたき』もすっかり死語となって久しいですが…。

撮影地点の線路を見るとバラストは新しくなっており、枕木も木製とPCとが交互になっていました。
全線がこうなっているかというとそうではなく、毘沙門駅の構内は木製の枕木の横にPC枕木が置かれており、交換準備をしてある状態でした。
今津軽鉄道では、国からの指導の元に『緊急保全整備事業』を2ヶ年計画で行っており、現在は津軽五所川原駅から芦野公園駅の間で工事が進められているのでした。
古い木製枕木の方がローカル線らしさが出て良いのですが、安全のためには仕方がないことです。
折角線路が新しくなり、使用車両もまだ新しいのでスピードアップでもして旅客増を目指してもらいたいです。

しばらくして列車がやってきました。
津軽21形の2両編成が岩木山を横目に走ります。
五所川原にあるビジネスホテルを今夜の宿と決め、荷物を置いて駅まで食べ物屋を探しながら街を見て歩きます。
残念ながら最近の地方都市の傾向そのままにシャッターが閉まった店が多いようです。
五所川原駅はJR五能線の駅舎に隣接して津軽鉄道の駅舎がありました。
駅舎は別になって改札も別ですが、ホームに渡る跨線橋は共用しており乗り換えは改札を出なくても大丈夫な構造です。
隣りに建つ本社の入っている建物と合わせて、渋さを醸し出していました。
翌日は、まず走行写真を撮ろうと言うことになり津軽鉄道沿線に向かいます。
特に撮影ポイントを調べて来たわけではないので、地図を見ながら毘沙門駅付近に行ってみることになり、車を走らせます。
津軽飯詰~毘沙門間の風景が良さそうだったので、最初の撮影地点として選んでみました。

撮影地点に選んだ風景です。
田んぼの中を線路は築堤で進んできて、右に岩木山も見えています。
この位置で撮影できればベストなのですが、間違いなく列車に轢かれる位置なので、実際の撮影場所は一段下がった場所からとなっています。
線路の左側には通信回線用の木製電柱が並んでいます。
もっと回線があれば『はえたたき』と呼べる代物になるのにななどと思いつつ列車を待ちます。
もっとも『はえたたき』もすっかり死語となって久しいですが…。

撮影地点の線路を見るとバラストは新しくなっており、枕木も木製とPCとが交互になっていました。
全線がこうなっているかというとそうではなく、毘沙門駅の構内は木製の枕木の横にPC枕木が置かれており、交換準備をしてある状態でした。
今津軽鉄道では、国からの指導の元に『緊急保全整備事業』を2ヶ年計画で行っており、現在は津軽五所川原駅から芦野公園駅の間で工事が進められているのでした。
古い木製枕木の方がローカル線らしさが出て良いのですが、安全のためには仕方がないことです。
折角線路が新しくなり、使用車両もまだ新しいのでスピードアップでもして旅客増を目指してもらいたいです。

しばらくして列車がやってきました。
津軽21形の2両編成が岩木山を横目に走ります。
2007年09月14日
青森・秋田撮影旅行 その2
小坂駅に到着しました。

小坂駅に隣接して機関庫があり、車両の整備などもしています。
その隅っこに、有蓋車の車体だけが2両倉庫代わりに置かれていました。
写真はそのうちの小さい方で、車体の大きさからナロー時代の貨車かもしれません。
良く見ると機関庫の壁とくっついていました。

機関庫からDD133が顔を出しています。
他にも2両の機関車やタンク車などが見えました。
やはりこの日は列車の運転が無い日だったようです。

小坂駅の駅舎です。
旅客営業をしていた時代の駅舎がそのまま残っていました。
残念ながら構内には立ち入り出来ないのですが、きれいな状態の駅舎を見られただけで満足しました。
良く見ると右側に緑色に塗られたラッセル車がいるのです。
この後、雨が激しくなってきたので撤収。
小坂インターに向かう途中にあったサークルKで、仮設住宅氏は1/150のダイキャスト製バスモデルを買っていました。
ヘッポコ出戻りモデラーさんのブログより後になって発売に気が付いたので、既にどこに行っても全く売っていない状態。
地方に期待していたら11個だけ残っていて、全部ではないがゲット出来たのでした。

小坂駅に隣接して機関庫があり、車両の整備などもしています。
その隅っこに、有蓋車の車体だけが2両倉庫代わりに置かれていました。
写真はそのうちの小さい方で、車体の大きさからナロー時代の貨車かもしれません。
良く見ると機関庫の壁とくっついていました。

機関庫からDD133が顔を出しています。
他にも2両の機関車やタンク車などが見えました。
やはりこの日は列車の運転が無い日だったようです。

小坂駅の駅舎です。
旅客営業をしていた時代の駅舎がそのまま残っていました。
残念ながら構内には立ち入り出来ないのですが、きれいな状態の駅舎を見られただけで満足しました。
良く見ると右側に緑色に塗られたラッセル車がいるのです。
この後、雨が激しくなってきたので撤収。
小坂インターに向かう途中にあったサークルKで、仮設住宅氏は1/150のダイキャスト製バスモデルを買っていました。
ヘッポコ出戻りモデラーさんのブログより後になって発売に気が付いたので、既にどこに行っても全く売っていない状態。
地方に期待していたら11個だけ残っていて、全部ではないがゲット出来たのでした。
2007年09月13日
青森・秋田撮影旅行 その1
今週の月曜日から水曜日まで青森・秋田方面へ撮影旅行に行ってきました。
本当は土曜日から5連休だったのですが、土曜日・日曜日に休日出勤することになり、休みが短縮されての出発です。
メインの目的地は津軽鉄道に設定、さすがに車で青森県は遠い…。
途中のPAで、秋田県の小坂鉄道の時刻を見ていると午後の3重連に間に合いそうな感じ、ちょっと下見を兼ねて寄り道です。
撮影ポイントは、旅客営業をしている頃に仮設住宅氏が来ていたので、小坂~茂内間の小坂寄りに決定して列車を待ちます。

撮影場所は松木沢踏切の脇、すぐ近くには東北自動車が走っています。

踏切より望遠で撮るとこんな感じです。
小阪駅を出た列車は小坂の町の外周を半周して高度を稼ぎます。
勾配がきついために茂内までの区間は、ディーゼル機関車三重連で越えて行くのです。

踏切の反対側を望遠で見るとこっちはこんな感じ。
こちらにはトンネルが口を開けて待っています。
普通は会社が休みの翌日である月曜日に列車を待ちましたが、案の定やってきませんでした。
しばらく粘った後、確認のために小阪駅を覗きに行きます。
本当は土曜日から5連休だったのですが、土曜日・日曜日に休日出勤することになり、休みが短縮されての出発です。
メインの目的地は津軽鉄道に設定、さすがに車で青森県は遠い…。
途中のPAで、秋田県の小坂鉄道の時刻を見ていると午後の3重連に間に合いそうな感じ、ちょっと下見を兼ねて寄り道です。
撮影ポイントは、旅客営業をしている頃に仮設住宅氏が来ていたので、小坂~茂内間の小坂寄りに決定して列車を待ちます。

撮影場所は松木沢踏切の脇、すぐ近くには東北自動車が走っています。

踏切より望遠で撮るとこんな感じです。
小阪駅を出た列車は小坂の町の外周を半周して高度を稼ぎます。
勾配がきついために茂内までの区間は、ディーゼル機関車三重連で越えて行くのです。

踏切の反対側を望遠で見るとこっちはこんな感じ。
こちらにはトンネルが口を開けて待っています。
普通は会社が休みの翌日である月曜日に列車を待ちましたが、案の定やってきませんでした。
しばらく粘った後、確認のために小阪駅を覗きに行きます。
2007年09月12日
小湊鉄道2007 その16
今度は光風台駅です。
ここからの撮影は9月3日です。

光風台駅は光風台団地の建設に伴って建設された駅であり、1976年12月に開業した小湊鉄道で一番新しい駅です。
そのため昔からの木造駅舎の他の駅とは違い、近代的な姿をしています。

改札口はこんな感じです。
先の跨線橋階段を上がってホームに向かいます。
五井駅以外では、跨線橋があるのはこの駅だけです。

駅前広場には、最近出来た時間貸しの駐車場と、自社のバス乗り場があります。

おまけの話です。
小湊鉄道ではバス路線も持っています。
ふと停車しているバスを見た時、最近色んな会社のバスが分社化したりしている中で小湊鉄道は頑張っているなと思いながら、バスサイドの会社標記を何気なく目で追っていました。
『小湊鐵道』と書いてあるつもりで見ていると何かがおかしい、人文字ずつ追っていくと、『小』『鐵』『湊』『道』となっていました。
そう『湊』と『鐵』の文字が入れ違っていたのです。
ちょっと間抜けなこのバス、まだ運用されているのかな?
ここからの撮影は9月3日です。

光風台駅は光風台団地の建設に伴って建設された駅であり、1976年12月に開業した小湊鉄道で一番新しい駅です。
そのため昔からの木造駅舎の他の駅とは違い、近代的な姿をしています。

改札口はこんな感じです。
先の跨線橋階段を上がってホームに向かいます。
五井駅以外では、跨線橋があるのはこの駅だけです。

駅前広場には、最近出来た時間貸しの駐車場と、自社のバス乗り場があります。

おまけの話です。
小湊鉄道ではバス路線も持っています。
ふと停車しているバスを見た時、最近色んな会社のバスが分社化したりしている中で小湊鉄道は頑張っているなと思いながら、バスサイドの会社標記を何気なく目で追っていました。
『小湊鐵道』と書いてあるつもりで見ていると何かがおかしい、人文字ずつ追っていくと、『小』『鐵』『湊』『道』となっていました。
そう『湊』と『鐵』の文字が入れ違っていたのです。
ちょっと間抜けなこのバス、まだ運用されているのかな?
2007年09月11日
小湊鉄道2007 その15
五井駅の続きです。

五井駅の東西自由通路から見た五井機関区の様子です。
多数のキハ200形が休んでいます。
左端の色あせている車両は、休車中のキハ209です。
小湊鐵道にはキハ200形は14両在籍していますので、13両が稼働していることになります。
その後ろの庫内には、キハ5800形のキハ5800が保管されています。

自由通路からは小湊鉄道のホームに停まっている車両も眺めることが出来ます。
出発を待っているのはキハ214です。

五井駅の東口の様子です。
アクアライン経由で羽田空港に向かうバスが停車中です。
橋上駅舎化する前はこちら側には出口がなく、小湊鐵道側は完全に裏だったので、ずいぶん発展しています。

五井駅の東西自由通路から見た五井機関区の様子です。
多数のキハ200形が休んでいます。
左端の色あせている車両は、休車中のキハ209です。
小湊鐵道にはキハ200形は14両在籍していますので、13両が稼働していることになります。
その後ろの庫内には、キハ5800形のキハ5800が保管されています。

自由通路からは小湊鉄道のホームに停まっている車両も眺めることが出来ます。
出発を待っているのはキハ214です。

五井駅の東口の様子です。
アクアライン経由で羽田空港に向かうバスが停車中です。
橋上駅舎化する前はこちら側には出口がなく、小湊鐵道側は完全に裏だったので、ずいぶん発展しています。
2007年09月10日
小湊鉄道2007 その14
今度は始発駅の五井駅です。
この駅の撮影は9月2日です。

千葉寄りから撮影した五井駅の全景です。
真ん中のホームが小湊鉄道のホーム、右側のホームはJR内房線のホームです。

小湊鉄道側をアップにするとこんな感じです。

小湊鉄道のホームで出発を待っているキハ200形です。
JRの下り快速を受けて発車していきました。
この駅の撮影は9月2日です。

千葉寄りから撮影した五井駅の全景です。
真ん中のホームが小湊鉄道のホーム、右側のホームはJR内房線のホームです。

小湊鉄道側をアップにするとこんな感じです。

小湊鉄道のホームで出発を待っているキハ200形です。
JRの下り快速を受けて発車していきました。
2007年09月09日
小湊鉄道2007 その13
上総川間駅の続きです。

上総川間駅の五井方面を見たところです。

上総川間駅から五井方面は下り勾配になり、当然勾配標もありました。
勾配は9.09‰、細かい数字です。
他の場所にも小数点以下2桁を使った勾配標があります。
ヤード・ポンド法からメートル法に切り替わった時の名残だと思います。

駅舎というよりは待合室です。

上総川間駅の五井方面を見たところです。

上総川間駅から五井方面は下り勾配になり、当然勾配標もありました。
勾配は9.09‰、細かい数字です。
他の場所にも小数点以下2桁を使った勾配標があります。
ヤード・ポンド法からメートル法に切り替わった時の名残だと思います。

駅舎というよりは待合室です。
2007年09月08日
小湊鉄道2007 その12
馬立駅の次は、上総牛久駅を飛ばして上総川間駅に行きました。

この駅は完全に田んぼの真ん中にあります。
写真は右側が上総中野方面になります。
丁度稲刈りが始まったばかりの頃で、駅の向こう側の田んぼは、稲刈りの真っ最中でした。
駅前広場?側からの撮影です。
駅前には商店も民家もありません。
写真の左側も田んぼ。

この駅名標にはちょつと違和感がありましたが、写真を撮った時には原因が分かりませんでした。
家に戻ってから他の駅の駅名標と見比べてやっと原因が分かりました。
「かずさ」が「かづさ」になっていたのです。
20年ほど前の古い写真を見るとやはり「かづさ」です。
上総村上駅や上総三又駅は昔から「かずさ」です。
昔の写真だと上総久保駅、上総大久保駅も「かづさ」の標記、何で駅によって標記が違うのでしょうかね?

この駅は完全に田んぼの真ん中にあります。
写真は右側が上総中野方面になります。
丁度稲刈りが始まったばかりの頃で、駅の向こう側の田んぼは、稲刈りの真っ最中でした。
駅前広場?側からの撮影です。駅前には商店も民家もありません。
写真の左側も田んぼ。

この駅名標にはちょつと違和感がありましたが、写真を撮った時には原因が分かりませんでした。
家に戻ってから他の駅の駅名標と見比べてやっと原因が分かりました。
「かずさ」が「かづさ」になっていたのです。
20年ほど前の古い写真を見るとやはり「かづさ」です。
上総村上駅や上総三又駅は昔から「かずさ」です。
昔の写真だと上総久保駅、上総大久保駅も「かづさ」の標記、何で駅によって標記が違うのでしょうかね?
2007年09月07日
小湊鉄道2007 その11
馬立駅の続きです。

馬立駅の方面案内の看板は、木製の立派な物が柱に付いています。

馬立駅の駅名標です。
もう少し早い時期だとひまわりと並んだ絵になったのですが、さすがに8月の終わりだとひまわりは終わっていました。

この駅にも貨物ホームがあります。
ホーム上には倉庫があって、保線関係の備品が置かれています。
小湊鉄道には貨物ホームが残っている駅が多くあり、倉庫もかなり残っています。

馬立駅の方面案内の看板は、木製の立派な物が柱に付いています。

馬立駅の駅名標です。
もう少し早い時期だとひまわりと並んだ絵になったのですが、さすがに8月の終わりだとひまわりは終わっていました。

この駅にも貨物ホームがあります。
ホーム上には倉庫があって、保線関係の備品が置かれています。
小湊鉄道には貨物ホームが残っている駅が多くあり、倉庫もかなり残っています。
2007年09月06日
小湊鉄道2007 その10
光風台駅を飛ばして馬立駅までやってきました。

駅に着くと丁度五井行きの列車が到着するところでした。
駅舎自体の構造はここも小湊鉄道標準と言える木造駅舎です。

駅舎内から改札越しに見えた光景です。
改札があって、列車がいて、駅名標があって、看板があって、その先に緑の田んぼが見えます。
この駅も模型にしたら楽しいだろうと思う駅です。

ホームに出て改札を見たところです。
やはり木製の改札の柵が目を引きます。

駅に着くと丁度五井行きの列車が到着するところでした。
駅舎自体の構造はここも小湊鉄道標準と言える木造駅舎です。

駅舎内から改札越しに見えた光景です。
改札があって、列車がいて、駅名標があって、看板があって、その先に緑の田んぼが見えます。
この駅も模型にしたら楽しいだろうと思う駅です。

ホームに出て改札を見たところです。
やはり木製の改札の柵が目を引きます。
2007年09月05日
小湊鉄道2007 その9
上総山田駅を後にして車を走らせて光風台駅に向かいます。
光風台駅の手前に養老川に架かる鉄橋があるのですが、ふと見ると赤い鉄橋が彩度を上げすぎた様に発色しています。

写真がその鉄橋を写したもの。
薄曇りの状態の中、橋だけが妙に明るい違和感のある写真になりました。
塗装を行ったばかりの様です。

築堤に上がり橋を見てみます。
向こう側が五井方面です。

築堤反対側の斜面で列車がやってくるのを待っていると、キハ200形2連の列車がやってきました。
この撮影場所はかなりきつい斜面であり、真っ直ぐ立てる場所ではありません。
油断していると左下に転落するとても疲れる場所です。
光風台駅の手前に養老川に架かる鉄橋があるのですが、ふと見ると赤い鉄橋が彩度を上げすぎた様に発色しています。

写真がその鉄橋を写したもの。
薄曇りの状態の中、橋だけが妙に明るい違和感のある写真になりました。
塗装を行ったばかりの様です。

築堤に上がり橋を見てみます。
向こう側が五井方面です。

築堤反対側の斜面で列車がやってくるのを待っていると、キハ200形2連の列車がやってきました。
この撮影場所はかなりきつい斜面であり、真っ直ぐ立てる場所ではありません。
油断していると左下に転落するとても疲れる場所です。
2007年09月04日
小湊鉄道2007 その8
上総山田駅続きです。

上総山田駅の切符売り場です。
こんな切符売り場が現役で使われている駅は、他の鉄道にもあるのでしょうか?
手前の木製の以下は使い込まれてピカピカです。

この駅も基本的な構造はここまでの駅と一緒です。

駅舎の横、五井方には貨物ホームが残っています。
この貨物ホームから無蓋車にバラストを積み込んで、バラスト散布をしていたと思います。

上総山田駅の切符売り場です。
こんな切符売り場が現役で使われている駅は、他の鉄道にもあるのでしょうか?
手前の木製の以下は使い込まれてピカピカです。

この駅も基本的な構造はここまでの駅と一緒です。

駅舎の横、五井方には貨物ホームが残っています。
この貨物ホームから無蓋車にバラストを積み込んで、バラスト散布をしていたと思います。
2007年09月03日
小湊鉄道2007 その7
また一駅移動して今度は上総山田駅にやってきました。

駅舎に掲出されている駅名の看板です。
昔からの駅舎にはやはり木製手書きの看板が似合います。
ここまでの駅は駅名看板だけでなく、ほとんどが木製手書きの標記になっています。
プラスチックがほとんど使用されていないのです。

改札口の様子です。
改札口を抜けるとそのままそこが五井方面行きのホームになっています。

ホームに出て上総中野方面を見ています。
反対側に見える上総中野方面行きホームの向こう側にも、1線分のスペースがあります。
どういう使い方をしていたのかは不明です。

駅舎に掲出されている駅名の看板です。
昔からの駅舎にはやはり木製手書きの看板が似合います。
ここまでの駅は駅名看板だけでなく、ほとんどが木製手書きの標記になっています。
プラスチックがほとんど使用されていないのです。

改札口の様子です。
改札口を抜けるとそのままそこが五井方面行きのホームになっています。

ホームに出て上総中野方面を見ています。
反対側に見える上総中野方面行きホームの向こう側にも、1線分のスペースがあります。
どういう使い方をしていたのかは不明です。
2007年09月02日
小湊鉄道2007 その6
上総三又駅の続きです。

こちらは五井方面を見た景色です。
やはりこちらも田んぼが広がっています。
この上総三又駅から東京駅までは60キロありません。
東京から土浦に行くより距離は近いのですが、時間は掛かります。

ホーム側から見た駅舎です。
待合室だけの駅舎に見えますが、朝のラッシュ時だけは委託の駅員が配置されます。

駅名標はペンキが剥がれていますが、文字だけは書き直してあります。

こちらは五井方面を見た景色です。
やはりこちらも田んぼが広がっています。
この上総三又駅から東京駅までは60キロありません。
東京から土浦に行くより距離は近いのですが、時間は掛かります。

ホーム側から見た駅舎です。
待合室だけの駅舎に見えますが、朝のラッシュ時だけは委託の駅員が配置されます。

駅名標はペンキが剥がれていますが、文字だけは書き直してあります。
2007年09月01日
小湊鉄道2007 その5
今度は上総三又駅です。
この駅は五井駅を出発して最初の交換が出来ない駅です。
小湊鉄道の上総牛久駅より五井側では、この駅以外は全て交換可能駅となっています。

上総三又駅の駅舎です。
ログハウス風のコンパクトな駅舎が建っています。
この駅舎自体は2年ほど前に建てられた小湊鉄道では最新の駅舎です。
新しい駅舎が建った理由は、古い駅舎が火事で焼失してしまったからなのでした。
そのうち古い駅舎の写真でも探して載せたいと思います。

駅舎の壁に付いている駅名の看板です。

ホームに出て上総中野方面を見たところです。
駅の周囲には住宅がありますが、基本的には田んぼの中です。
この駅は五井駅を出発して最初の交換が出来ない駅です。
小湊鉄道の上総牛久駅より五井側では、この駅以外は全て交換可能駅となっています。

上総三又駅の駅舎です。
ログハウス風のコンパクトな駅舎が建っています。
この駅舎自体は2年ほど前に建てられた小湊鉄道では最新の駅舎です。
新しい駅舎が建った理由は、古い駅舎が火事で焼失してしまったからなのでした。
そのうち古い駅舎の写真でも探して載せたいと思います。

駅舎の壁に付いている駅名の看板です。

ホームに出て上総中野方面を見たところです。
駅の周囲には住宅がありますが、基本的には田んぼの中です。
