2007年07月31日
北陸撮影旅行 その20
立山砂防専用軌道の撮影を楽しんだ後は、本日の宿がある富山駅前に向かいます。
宿に向かう途中で、富山地鉄の電車と併走となり、途中の駅で停車している間に先行し岩峅寺駅で待ち受けて撮影することが出来ました。
岩峅寺駅は立山線と不二越・上滝線の分岐駅でもあり、両線のホームがカーブをしながら二またに分かれています。

立山線の上下列車が岩峅寺駅で列車交換となりました。
左の列車が富山行きで、車と併走していた列車です。

岩峅寺駅の駅舎は昔からの駅舎を使用しており、味があります。

立山選側のホームには一部だけ屋根があります。
駅名標など各所に古い歴史を感じさせる物を使用しており、良い雰囲気が出ています。
構内の配線と言い、建物と言い、模型化すると楽しめそうな情景が展開している駅でした。
宿に向かう途中で、富山地鉄の電車と併走となり、途中の駅で停車している間に先行し岩峅寺駅で待ち受けて撮影することが出来ました。
岩峅寺駅は立山線と不二越・上滝線の分岐駅でもあり、両線のホームがカーブをしながら二またに分かれています。

立山線の上下列車が岩峅寺駅で列車交換となりました。
左の列車が富山行きで、車と併走していた列車です。

岩峅寺駅の駅舎は昔からの駅舎を使用しており、味があります。

立山選側のホームには一部だけ屋根があります。
駅名標など各所に古い歴史を感じさせる物を使用しており、良い雰囲気が出ています。
構内の配線と言い、建物と言い、模型化すると楽しめそうな情景が展開している駅でした。
2007年07月30日
北陸撮影旅行 その19
ヤードで無蓋車を切り離し、人車から乗員を降ろしたトロッコが車庫前に戻ってきました。

車庫前に来るとすぐに人車は機関車から切り離されます。

切り離された人車は人力で車庫に入庫となります。

身軽になった機関車は隣の線路に入り車庫に向かいます。

人車と機関車ともに車庫に入庫しました。

車庫前に来るとすぐに人車は機関車から切り離されます。

切り離された人車は人力で車庫に入庫となります。

身軽になった機関車は隣の線路に入り車庫に向かいます。

人車と機関車ともに車庫に入庫しました。
2007年07月29日
北陸撮影旅行 その18

2段目のスイッチバックから1段目のスイッチバックに向かって降りてくるトロッコです。
無蓋車を先頭に人車、機関車と続いています。
この場所は立山カルデラ砂防博物館のすぐ裏側です。

左にカーブを切りながら1段目のスイッチバックに入るトロッコです。
右に延びる2本の線路の内、奥側がショートカットの線路です。
手前側の線路は、作業用の車両が良く留置されている行き止まりの線路です。

1段目のスイッチバックで向きを変えたトロッコは、踏切を渡ってヤードに向かいます。
立山砂防専用軌道で踏切警報機と遮断機がある第一種踏切はこの場所だけだと思われます。
2007年07月28日
北陸撮影旅行 その17
再び一段目のスイッチバックに戻ってきました。
一段目のスイッチバックには、スイッチバックをショートカットする形で線路が接続されており、三角線の形となっています。
このショートカット線を通ることにより編成の向きが逆になります。


降りてくる機関車が一段目のスイッチバックに向かう時は、ボンネット側を前に向けているのが標準のようですが、たまに逆向きになっている編成もあります。
丁度逆を向いた編成が降りてきたので、スイッチバックをしないで急なカーブを曲がってきました。

目の前を通り過ぎると千寿ヶ原のヤードに向かって真っ直ぐに下っていきます。
踏切上から後追いで撮影しています。
一段目のスイッチバックには、スイッチバックをショートカットする形で線路が接続されており、三角線の形となっています。
このショートカット線を通ることにより編成の向きが逆になります。


降りてくる機関車が一段目のスイッチバックに向かう時は、ボンネット側を前に向けているのが標準のようですが、たまに逆向きになっている編成もあります。
丁度逆を向いた編成が降りてきたので、スイッチバックをしないで急なカーブを曲がってきました。

目の前を通り過ぎると千寿ヶ原のヤードに向かって真っ直ぐに下っていきます。
踏切上から後追いで撮影しています。
2007年07月27日
北陸撮影旅行 その16
他の場所からも山の中腹を走るトロッコが撮影できるのではないかと思い、常願寺川の横を上流側に向かいます。
訓練線に平行している道です。

撮影場所を探している時にお客さんと遭遇しました。
カモシカがいる場所は訓練線上です。

たぶん線路が敷かれている場所だろうと見当を付けて待っていると、小さくトロッコの音が聞こえてきました。
ちょっと間を開けて崖の上にトロッコが姿を見せました。
乗車しているとかなりの絶景だと想像できます。

崖の上を行くトロッコのアップです。
こちらは2枚目の写真の後に来たトロッコです。
訓練線に平行している道です。

撮影場所を探している時にお客さんと遭遇しました。
カモシカがいる場所は訓練線上です。

たぶん線路が敷かれている場所だろうと見当を付けて待っていると、小さくトロッコの音が聞こえてきました。
ちょっと間を開けて崖の上にトロッコが姿を見せました。
乗車しているとかなりの絶景だと想像できます。

崖の上を行くトロッコのアップです。
こちらは2枚目の写真の後に来たトロッコです。
2007年07月26日
北陸撮影旅行 その15

走って戻った甲斐があって、千寿ヶ原のヤード手前の1段目のスイッチバックを折り返すトロッコを撮影することが出来ました。

1段目のスイッチバックを折り返してヤードに向かうトロッコ。

遠くで見えたときには気が付きませんでしたが、次の編成が続いて降りてきていました。

2編成目はホッパ車を2両連ねていました。
2007年07月25日
北陸撮影旅行 その14

後10分ほどで列車が来る時間になった時、ふと右の立山砂防の軌道が気になったので視線をずらすと、トロッコが降りてくるのが目に入りました。
予想より早い時間にトロッコが降りて来たのでした。

アップにすると無蓋車を4両牽引しているのが分かりました。

降りてきたトロッコは立山ケーブルの線路のすぐ近くまで行って、スイッチバックしていることが分かりました。
この後、トロッコの写真を近くで撮るため、猛ダッシュで立山カルデラ砂防博物館の裏手まで走ることになりました。
朝から撮影していて疲れているはずなのに、この時はすっかり忘れてましたね。
2007年07月24日
北陸撮影旅行 その13
14時頃に立山駅周辺に到着していましたが、機関車が山から降りてくるのは、前回は16時前だったので時間があります。
D氏とG氏は立山カルデラ砂防博物館を見学に行きました。
私と仮設住宅氏は昨年に見ていたので、辺りを見ていることにしました。

富山地方鉄道の立山駅はメインのロータリーから駅に入ると、階段を下りたところに切符売り場と改札口があり、その向こうに2線分のホームがあり、地下駅みたいな印象です。

ロータリーから一段低い場所にある富山地方鉄道の立山駅を見たところです。
2両編成では先頭部分しか日が当たりません。
別に行動していた仮設住宅氏より、立山砂防の構内に停まっていた編成が山を上がって行ったと聞きました。
動くと思っていなかったので油断していました。

15時16分発の富山地鉄の電車を昨年と同じ鉄橋で撮影しようと待っていると、立山ケーブルのケーブルカーが山を上がっていきました。
D氏とG氏は立山カルデラ砂防博物館を見学に行きました。
私と仮設住宅氏は昨年に見ていたので、辺りを見ていることにしました。

富山地方鉄道の立山駅はメインのロータリーから駅に入ると、階段を下りたところに切符売り場と改札口があり、その向こうに2線分のホームがあり、地下駅みたいな印象です。

ロータリーから一段低い場所にある富山地方鉄道の立山駅を見たところです。
2両編成では先頭部分しか日が当たりません。
別に行動していた仮設住宅氏より、立山砂防の構内に停まっていた編成が山を上がって行ったと聞きました。
動くと思っていなかったので油断していました。

15時16分発の富山地鉄の電車を昨年と同じ鉄橋で撮影しようと待っていると、立山ケーブルのケーブルカーが山を上がっていきました。
2007年07月23日
北陸撮影旅行 その12
遅い昼食を食べた後、立山駅にやってきました。
体験乗車が出来なくても、立山砂防専用軌道の機関車だけは見ようと言うことになったからです。

立山砂防事務所の構内の終端からの写真です。
こちら側には作業用の無蓋車などが置かれています。
機関車と人車の編成が1編成だけ停車していました。

上の写真と全く反対側の機関庫前です。
8線に分岐しており、人車や機関車はシャッターの向こうに仕舞われます。

写真の3本の線路の内、中央の線路が本線になっています。
奥に見える構内に向けて下り勾配になっています。
右側に機関庫があるのですが、本線に対しては高低差があり、スイッチバックの形となっています。
体験乗車が出来なくても、立山砂防専用軌道の機関車だけは見ようと言うことになったからです。

立山砂防事務所の構内の終端からの写真です。
こちら側には作業用の無蓋車などが置かれています。
機関車と人車の編成が1編成だけ停車していました。

上の写真と全く反対側の機関庫前です。
8線に分岐しており、人車や機関車はシャッターの向こうに仕舞われます。

写真の3本の線路の内、中央の線路が本線になっています。
奥に見える構内に向けて下り勾配になっています。
右側に機関庫があるのですが、本線に対しては高低差があり、スイッチバックの形となっています。
2007年07月22日
北陸撮影旅行 その11
速星駅からは廃村探索をしようという話も出ましたが、大雨が降った後だけに却下となり、立山駅に向かうことになりました。
その途中で富山地方鉄道上滝線の大山寺駅にぷらっと立ち寄ってみました。

大山寺駅の構造は少し変わっており、ホームの半分がコンクリートで囲われています。
写真を見れば分かるように、地平より高い位置に線路があります。
これは、駅の岩峅寺駅側(下り方)に常願寺川があり、大きなトラス橋が掛かっている関係で、築堤に上がるために高くなっているのでした。

まもなく電車がやってきました。
上滝線の終点でもある隣の岩峅寺駅行きの普通電車です。
10030系のモハ10046+モハ10045の2連でした。

以前この常願寺川は大雨が降ると、土砂が大量に流れる暴れ川であり、洪水などの被害が起こっていました。
そのために砂防ダムを建設することにより被害を押さえることになり、その砂防ダムのために立山砂防事務所のトロッコが出来たのです。
その途中で富山地方鉄道上滝線の大山寺駅にぷらっと立ち寄ってみました。

大山寺駅の構造は少し変わっており、ホームの半分がコンクリートで囲われています。
写真を見れば分かるように、地平より高い位置に線路があります。
これは、駅の岩峅寺駅側(下り方)に常願寺川があり、大きなトラス橋が掛かっている関係で、築堤に上がるために高くなっているのでした。

まもなく電車がやってきました。
上滝線の終点でもある隣の岩峅寺駅行きの普通電車です。
10030系のモハ10046+モハ10045の2連でした。

以前この常願寺川は大雨が降ると、土砂が大量に流れる暴れ川であり、洪水などの被害が起こっていました。
そのために砂防ダムを建設することにより被害を押さえることになり、その砂防ダムのために立山砂防事務所のトロッコが出来たのです。
2007年07月21日
北陸撮影旅行 その10
今回は速星駅の側線で活躍しているスイッチャーの紹介です。

速星駅の側線で待っていたのは、日産化学工業の赤いスイッチャーでした。
日立の銘板、251と言う番号、日産化学のマークが付いています。
251と言う番号は25t機から来ていると思われ、もう1両252がいるようですが今回は確認できませんでした。

スイッチャーはコンテナ車の前に連結されており、JRからの8862列車からのタンク車が側線に置かれると、構内の入れ替えを開始します。

スイッチャーはコンテナ車を移動して先ほど3番線の先に停車したDE10 1676の後ろに持って行きます。
この時点では一定の距離を置いて後ろに置いただけでした。
スイッチャーは右へ左へと構内を走り回り、最後に到着したタンク車に連結します。
連結後は推進運転で工場に向かったと思ったら、タンクだけ突放します。
突放後スイッチャーは、左に分岐して工場内に消えていきました。

工場の脇には多くのタンク車が停まっています。
そのうちの1両、日産化学工業の工場をバックにしたタキ10754です。
タキ10700形式は35t積希硝酸専用のタンク車なのです。

速星駅の側線で待っていたのは、日産化学工業の赤いスイッチャーでした。
日立の銘板、251と言う番号、日産化学のマークが付いています。
251と言う番号は25t機から来ていると思われ、もう1両252がいるようですが今回は確認できませんでした。

スイッチャーはコンテナ車の前に連結されており、JRからの8862列車からのタンク車が側線に置かれると、構内の入れ替えを開始します。

スイッチャーはコンテナ車を移動して先ほど3番線の先に停車したDE10 1676の後ろに持って行きます。
この時点では一定の距離を置いて後ろに置いただけでした。
スイッチャーは右へ左へと構内を走り回り、最後に到着したタンク車に連結します。
連結後は推進運転で工場に向かったと思ったら、タンクだけ突放します。
突放後スイッチャーは、左に分岐して工場内に消えていきました。

工場の脇には多くのタンク車が停まっています。
そのうちの1両、日産化学工業の工場をバックにしたタキ10754です。
タキ10700形式は35t積希硝酸専用のタンク車なのです。
2007年07月20日
北陸撮影旅行 その9
次の撮影場所として来たのは高山本線速星駅。
駅からすぐの場所に日産化学工業富山工場があり、駅から専用線で結ばれており、スイッチャーが活躍しています。
昨年訪れた時はスイッチャーを見掛けたのですが、車を停めている間に工場に入ってしまったので、再挑戦となります。
今回はちゃんとスイッチャーが側線に止まっているのが見え入場券を買ってホームに入りました。

スイッチャーを撮影に反対ホームに向かうと富山方から列車が入ってきました。
8862列車の到着でした。
写真の左に見えているのが日産化学工業の工場になります。

8862列車はDE10 1676が牽引して来ましたが、貨車は2両だけでした。
富山方面ホームである2番線に進入してきます。

2番線に入った列車は停車せずに高山方に抜けて行き、側線への分岐ポイントの先まで行ってやっと停止、そのまま推進運転で駅舎の反対側に広がっている側線に入ります。

側線に入った後はタンク車2両を置いて機関車だけ高山方に引き上げました。
今度は3番線に進入してホームの富山方の少し先で停車となりました。
駅からすぐの場所に日産化学工業富山工場があり、駅から専用線で結ばれており、スイッチャーが活躍しています。
昨年訪れた時はスイッチャーを見掛けたのですが、車を停めている間に工場に入ってしまったので、再挑戦となります。
今回はちゃんとスイッチャーが側線に止まっているのが見え入場券を買ってホームに入りました。

スイッチャーを撮影に反対ホームに向かうと富山方から列車が入ってきました。
8862列車の到着でした。
写真の左に見えているのが日産化学工業の工場になります。

8862列車はDE10 1676が牽引して来ましたが、貨車は2両だけでした。
富山方面ホームである2番線に進入してきます。

2番線に入った列車は停車せずに高山方に抜けて行き、側線への分岐ポイントの先まで行ってやっと停止、そのまま推進運転で駅舎の反対側に広がっている側線に入ります。

側線に入った後はタンク車2両を置いて機関車だけ高山方に引き上げました。
今度は3番線に進入してホームの富山方の少し先で停車となりました。
2007年07月19日
北陸撮影旅行 その8
昨年二塚に来た時のブログに書いたのですが、推進運転で駅にコンテナを運ぶ時に信号を切り替えるために列車の前を係員が走ると書きました。
信号を切り替えた後は、その次の踏切まで行って踏切の通行が無いように番をするのでした。
二塚から列車が戻ってくる時も踏切で番をしており、スイッチャーが踏切で徐行すると、機関車に飛び乗って行くのです。
そして次の信号でスイッチを操作して、交差する道路の信号を赤にして進みます。

踏切で減速したスイッチャーに踏切監視の人が乗り込んだ直後の写真です。

工場内の配線から前5両を持って右側に進み、スイッチバックして左億にコンテナを押し込んでいるスイッチャーが見えています。

後ろ半分のコンテナを牽引するスイッチャーを待っていると、再び緑のスイッチャーが現れました。
昨年は赤いスイッチャーが出てきたので期待していたのでちょっと残念です。
工場前でスイッチャーを見ている時に仮設住宅氏が前回との違いに気が付きました。
それは、工場の名前が変わっていることでした。

昨年の写真をお見せします。(仮設住宅氏撮影)
この時は二塚工場でしたが、今回は高岡工場になっているのでした。
この赤いスイッチャーはJRのマークが入っているので、たまたまここに貸し出されていたのかもしれません。
二塚のスイッチャーの撮影が終わり次の撮影場所へ向かいます。
信号を切り替えた後は、その次の踏切まで行って踏切の通行が無いように番をするのでした。
二塚から列車が戻ってくる時も踏切で番をしており、スイッチャーが踏切で徐行すると、機関車に飛び乗って行くのです。
そして次の信号でスイッチを操作して、交差する道路の信号を赤にして進みます。

踏切で減速したスイッチャーに踏切監視の人が乗り込んだ直後の写真です。

工場内の配線から前5両を持って右側に進み、スイッチバックして左億にコンテナを押し込んでいるスイッチャーが見えています。

後ろ半分のコンテナを牽引するスイッチャーを待っていると、再び緑のスイッチャーが現れました。
昨年は赤いスイッチャーが出てきたので期待していたのでちょっと残念です。
工場前でスイッチャーを見ている時に仮設住宅氏が前回との違いに気が付きました。
それは、工場の名前が変わっていることでした。

昨年の写真をお見せします。(仮設住宅氏撮影)
この時は二塚工場でしたが、今回は高岡工場になっているのでした。
この赤いスイッチャーはJRのマークが入っているので、たまたまここに貸し出されていたのかもしれません。
二塚のスイッチャーの撮影が終わり次の撮影場所へ向かいます。
2007年07月18日
北陸撮影旅行 その7

二塚駅に3081列車が到着しました。
向こう側に見えているコンテナ車は、中越製紙の工場からスイッチャーが持ってきたコンテナ車です。

3081列車から牽引機のDE10 1035が切り離され、そのまま本線上を前進します。
踏切を越えた先の専用線側にはスイッチャーが迎えに来ています。

スイッチャーの横まで来ると、DE10は停車します。

専用線側にポイントが切り替えられ、スイッチャーはコンテナに向かい連結しますす。
連結が完了すると、工場に向けて発車となるのです。
2007年07月17日
北陸撮影旅行 その6
越中大門から再び高岡駅に戻りました。
雨が予想されていたので、レンタカーを借りて2日間行動することにしたのです。
レンタカーを借りて最初に向かったのは、城端線での隣の駅である二塚から分かれている中越パルプ二塚専用線です。
昨年に引き続きの撮影のため、大体の運転時間は分かっていましたが、駅の横を通った時にはまだ出てきていませんでした。
工場まで覗きに行くと、丁度出てくるところだったので、慌てて線路に平行する道路を走って先で待ち構えることになりました。

列車の進行が遅いので撮影できた、工場から駅へコンテナ車を送り込む推進運転のスイッチャー。

駅にコンテナを置いて単機で戻ってきたスイッチャー。
この踏切で踏切を切り替える人を拾っています。

中越製紙の工場に向かうスイッチャー。
一旦工場に戻って、JR貨物の列車が到着したら再び迎えに出てきます。
送り込みを遅くすれば1度で済むと思うけど、何か理由があるのでしょう。
雨が予想されていたので、レンタカーを借りて2日間行動することにしたのです。
レンタカーを借りて最初に向かったのは、城端線での隣の駅である二塚から分かれている中越パルプ二塚専用線です。
昨年に引き続きの撮影のため、大体の運転時間は分かっていましたが、駅の横を通った時にはまだ出てきていませんでした。
工場まで覗きに行くと、丁度出てくるところだったので、慌てて線路に平行する道路を走って先で待ち構えることになりました。

列車の進行が遅いので撮影できた、工場から駅へコンテナ車を送り込む推進運転のスイッチャー。

駅にコンテナを置いて単機で戻ってきたスイッチャー。
この踏切で踏切を切り替える人を拾っています。

中越製紙の工場に向かうスイッチャー。
一旦工場に戻って、JR貨物の列車が到着したら再び迎えに出てきます。
送り込みを遅くすれば1度で済むと思うけど、何か理由があるのでしょう。
2007年07月16日
北陸撮影旅行 その5

8時29分にスイッチャーが再び出てきました。
ちなみにトワイライトエクスプレスが通過したのは8時24分です。

残りの6両のタンク車を牽いて工場へスイッチャーが向かいます。
今度はサンダーバードがやって来ていました。

タンク車がデンカセメントの工場に入っていきます。
先の7両の隣の線に入っていきました。
越中大門駅に来てからスイッチャーが動き出すまで時間があったので、やって来る列車をずっと撮影していました。
おまけの写真なのですが、補完ホームページに載せてみました。車種が多くて北陸本線は楽しいです。姉崎機関区北陸撮影旅行のページ
2007年07月15日
北陸撮影旅行 その4
今回は、デンカセメント専用線のスイッチャーの話を続けるつもりでしたが、今回も同行した仮設住宅氏よりトワイライトエクスプレスを見せてと、電話が来たので越中大門駅で撮影した列車の一部を乗せることにします。
ちなみにこの旅行は私と仮設住宅氏、D氏、G氏の4人、鹿島鉄道の最終日の5人のうちの4人です。
私以外の3人は工場手前の踏切付近から撮影していました。

419系は何回か撮影していますが、今回も全部食パン顔の編成でした。
いつになったらオリジナル先頭車が撮影できるのでしょうか?

北陸本線には多くの特急列車が走っており、何本も通過していきました。
これは683系先頭の列車です。

交流電化の北陸本線には気動車も乗り入れてきます。
この列車は城端線から乗り入れてくる富山行きです。
平日は2本の列車が乗り入れており、1本目は3両編成、写真は2本目で4両編成です。

この日のトワイライトエクスプレスです。
EF81 104を先頭に走り過ぎていきました。
ちなみにこの旅行は私と仮設住宅氏、D氏、G氏の4人、鹿島鉄道の最終日の5人のうちの4人です。
私以外の3人は工場手前の踏切付近から撮影していました。

419系は何回か撮影していますが、今回も全部食パン顔の編成でした。
いつになったらオリジナル先頭車が撮影できるのでしょうか?

北陸本線には多くの特急列車が走っており、何本も通過していきました。
これは683系先頭の列車です。

交流電化の北陸本線には気動車も乗り入れてきます。
この列車は城端線から乗り入れてくる富山行きです。
平日は2本の列車が乗り入れており、1本目は3両編成、写真は2本目で4両編成です。

この日のトワイライトエクスプレスです。
EF81 104を先頭に走り過ぎていきました。
2007年07月14日
北陸撮影旅行 その3
ホームの上を係員の方が貨車に向かって歩いていきました。

しばらくするとスイッチャーに人が乗り込み動き出します。

貨車に連結するべく走ってきます。
スイッチャーは黄色一色でナンバーはDB1501と書かれています。

前半分の7両を牽引して工場へ戻って行きます。
丁度トワイライトエクスプレスがやってきました。
この後、トワイライトを撮るかスイッチャーを撮るか迷ってしまい、結局トワイライトエクスプレスを撮影しています。

しばらくするとスイッチャーに人が乗り込み動き出します。

貨車に連結するべく走ってきます。
スイッチャーは黄色一色でナンバーはDB1501と書かれています。

前半分の7両を牽引して工場へ戻って行きます。
丁度トワイライトエクスプレスがやってきました。
この後、トワイライトを撮るかスイッチャーを撮るか迷ってしまい、結局トワイライトエクスプレスを撮影しています。
2007年07月13日
北陸撮影旅行 その2
デンカセメントの工場は富山方面に向かい左側にあります。
工場の手前の踏切からスイッチャーを見ることが出来ました。
若干距離があるので、望遠レンズが必要となります。

デンカセメントの工場の様子。

工場内のスイッチャーのアップです。
光が当たっていないのでよく分かりません。

行き交う北陸本線の列車を撮影しているうちに雨が降り出しましたが、撮影は続行します。
7時46分に中線に停車していた貨物列車の編成が、上りの高岡駅方面に発車します。
そのまま本線上を進んで停止、ポイントが切り替わって上り線から下り線の向こうにある側線に推進運転で入ってきました。
工場の手前の踏切からスイッチャーを見ることが出来ました。
若干距離があるので、望遠レンズが必要となります。

デンカセメントの工場の様子。

工場内のスイッチャーのアップです。
光が当たっていないのでよく分かりません。

行き交う北陸本線の列車を撮影しているうちに雨が降り出しましたが、撮影は続行します。
7時46分に中線に停車していた貨物列車の編成が、上りの高岡駅方面に発車します。
そのまま本線上を進んで停止、ポイントが切り替わって上り線から下り線の向こうにある側線に推進運転で入ってきました。
2007年07月12日
北陸撮影旅行 その1
昨年の6月に立山砂防専用軌道を見た時に、体験乗車があるとブログに書きましたが、ダメ元で申し込んだところ抽選に当たりトロッコに乗車できることになったのです。
そんな訳で仕事を休んで立山に向かうことになりましたが、7月2日に土砂が崩れてしまったので実施を心配していたところ、前日の最終確認で中止が決定してしまいました。
折角休みも取って切符を買っていたので、目的地を変更して寝台特急北陸に乗り込みました。
特急北陸を高岡駅まで乗り、一駅戻って越中大門に行きます。
この駅からはデンカセメントへの引き込み線が延びており、JRからのタンク車を工場までスイッチャーが移動するのです。

6時58分に富山方からEF81 503牽引の貨物列車が中線に到着します。

牽引されてきたのは全て電気化学工業所有のタンク車13両。
タキ12200が12両とタキ1900が1両が連なっていました。

駅の跨線橋から見るとこんな感じです。
そんな訳で仕事を休んで立山に向かうことになりましたが、7月2日に土砂が崩れてしまったので実施を心配していたところ、前日の最終確認で中止が決定してしまいました。
折角休みも取って切符を買っていたので、目的地を変更して寝台特急北陸に乗り込みました。
特急北陸を高岡駅まで乗り、一駅戻って越中大門に行きます。
この駅からはデンカセメントへの引き込み線が延びており、JRからのタンク車を工場までスイッチャーが移動するのです。

6時58分に富山方からEF81 503牽引の貨物列車が中線に到着します。

牽引されてきたのは全て電気化学工業所有のタンク車13両。
タキ12200が12両とタキ1900が1両が連なっていました。

駅の跨線橋から見るとこんな感じです。
2007年07月11日
廃止後の鹿島鉄道鉾田駅
茨城交通撮影からの帰り道は廃線となった鹿島鉄道の鉾田駅に立ち寄りました。
廃止後の様子を見るのと、まだたい焼き屋が営業していると聞いていたのでたい焼きを買うためです。

現地に着くと鉾田駅の駅舎はすっかり消えて砂利だけが広がっていました。
鹿島鉄道自体が取り壊すと言っていたのですが、やはり関東の駅百選に選ばれるだけの特徴を持っていたので、もったいない気がしました。

ホームは残っていました。
その向こうには気動車が留置されています。

留置されているのは3両。
最終日の全線最終列車として乗車したキハ431とKR-505及びキハ601です。
いたずら防止対策として防犯カメラが目を光らせていました。

ホーム側から見た駅舎のあった方向です。
駅舎は6月9日から解体工事に入って取り壊されています。
もっとも備品や旧材などを再利用し駅舎を復元して、留置されている車両3両と共に保存施設となる計画があるようなので、うまく復活を期待します。
廃止後の様子を見るのと、まだたい焼き屋が営業していると聞いていたのでたい焼きを買うためです。

現地に着くと鉾田駅の駅舎はすっかり消えて砂利だけが広がっていました。
鹿島鉄道自体が取り壊すと言っていたのですが、やはり関東の駅百選に選ばれるだけの特徴を持っていたので、もったいない気がしました。

ホームは残っていました。
その向こうには気動車が留置されています。

留置されているのは3両。
最終日の全線最終列車として乗車したキハ431とKR-505及びキハ601です。
いたずら防止対策として防犯カメラが目を光らせていました。

ホーム側から見た駅舎のあった方向です。
駅舎は6月9日から解体工事に入って取り壊されています。
もっとも備品や旧材などを再利用し駅舎を復元して、留置されている車両3両と共に保存施設となる計画があるようなので、うまく復活を期待します。
2007年07月10日
水戸駅へキハE130系を見に行く
勝田駅の隣の水戸駅に今度は行ってみました。
水郡線に導入された新型気動車のキハE130系が見たかったからです。

常磐線の上り電車を降り、鹿島臨海鉄道のホームを見たらフレッシュひたちがホームの上にありました。
キヨスクの店舗が電車の形をしているのです。
本では見たことがありましたが、実物を見ると結構芸が細かいことがよく分かります。
ATSの表示とか車両ナンバーなどちゃんと表示されています。

反対側を見ると、貫通路部もドアになっています。
車号はクハE653-1になっています。

お目当ての水郡線ホームに行ってみると、目的のキハE130系では無く、キハ110系の2両編成が止まっていました。
全部を置き換えたわけではないので、この列車は違ったのでした。
キハ111-116+キハ112-116でした。

次の列車の到着を待っていると、今度はキハE130系がやってきました。
キハ110系比べるとカラフルな塗色です。
キハE132-1+キハE131-1の編成でした。
もっとも新型気動車は良いのですが、押し出されたキハ110系で東北の国鉄型気動車が一部廃車となったのがちょっと残念です。
まあ仕方がないことですけどね。
今日はこの後、夜行特急北陸に乗って富山券・福井券を鉄道仲間と乗ったり撮ったりしてきます。
報告は明日か明後日以降です。
水郡線に導入された新型気動車のキハE130系が見たかったからです。

常磐線の上り電車を降り、鹿島臨海鉄道のホームを見たらフレッシュひたちがホームの上にありました。
キヨスクの店舗が電車の形をしているのです。
本では見たことがありましたが、実物を見ると結構芸が細かいことがよく分かります。
ATSの表示とか車両ナンバーなどちゃんと表示されています。

反対側を見ると、貫通路部もドアになっています。
車号はクハE653-1になっています。

お目当ての水郡線ホームに行ってみると、目的のキハE130系では無く、キハ110系の2両編成が止まっていました。
全部を置き換えたわけではないので、この列車は違ったのでした。
キハ111-116+キハ112-116でした。

次の列車の到着を待っていると、今度はキハE130系がやってきました。
キハ110系比べるとカラフルな塗色です。
キハE132-1+キハE131-1の編成でした。
もっとも新型気動車は良いのですが、押し出されたキハ110系で東北の国鉄型気動車が一部廃車となったのがちょっと残念です。
まあ仕方がないことですけどね。
今日はこの後、夜行特急北陸に乗って富山券・福井券を鉄道仲間と乗ったり撮ったりしてきます。
報告は明日か明後日以降です。
2007年07月09日
勝田駅の日立製作所水戸工場専用線ホーム跡
勝田駅からは少し離れた場所の日立製作所水戸工場へ専用線が延びています。
それが日立製作所水戸工場専用線であり、4.4㎞あるそうです。
以前は、その専用線を利用して従業員の通勤輸送のために専用列車が走っていました。
廃止になったのは14年前の1993年8月頃であり、その後勝田駅は橋上駅舎に改築されていますが、まだ名残が残っていました。

勝田駅の改札を抜け左手側の階段を下り、駅舎の外に出ます。
今度は右手に行くと、日立製作所水戸工場への通勤列車用のホームが残っています。

ホームの向こうは電留線が数本並んでおり、その先に常磐線のホームがあります。

橋上のコンコースはガラス張りなので上から見てもホームの跡が分かります。
錆びた線路も残っているのが分かります。
それが日立製作所水戸工場専用線であり、4.4㎞あるそうです。
以前は、その専用線を利用して従業員の通勤輸送のために専用列車が走っていました。
廃止になったのは14年前の1993年8月頃であり、その後勝田駅は橋上駅舎に改築されていますが、まだ名残が残っていました。

勝田駅の改札を抜け左手側の階段を下り、駅舎の外に出ます。
今度は右手に行くと、日立製作所水戸工場への通勤列車用のホームが残っています。

ホームの向こうは電留線が数本並んでおり、その先に常磐線のホームがあります。

橋上のコンコースはガラス張りなので上から見てもホームの跡が分かります。
錆びた線路も残っているのが分かります。
2007年07月08日
茨城交通湊線へ その11

乗車したキハ2004のシートです。
排気管が屋根に抜けている部分のシートなので、背面のシートとの間に幅があります。

車内の様子です。
床は木製で、四角いエンジンの点検蓋が見えています。

勝田駅の茨城交通乗り場です。
1番線を茨城交通のホームが名乗っており、柵を挟んだ反対側が常磐線の上り方面ホームとなっています。
降車時は、左に見える小屋で精算して精算済み券を受け取り、橋上のJRの改札口から駅の外に出ます。
2007年07月07日
茨城交通湊線へ その10

中根駅の那珂湊側で撮影したキハ3710-01です。
この区間も田んぼを走っていたのですが、高速道路が出来て線路を横切るようになってしまいました。

乗降は無しでした。

列車に乗車するために中根駅で待っていると、キハ2004が到着しました。
この列車に乗って勝田まで行きます。
2007年07月06日
茨城交通湊線へ その9
今度は中根駅の周辺に移動しました。

金上~中根間の中根駅寄りは田んぼの中を列車が走ります。
中根駅の周りの地域は景観を保全する地区に指定されているのでした。

中根駅は1931年7月に開業しているので76年の歴史があるのですが、片面ホームのシンプルな作りでとてもそうは思えません。
昔はちゃんとした駅舎があったのでしょうが、今はただの無人駅です。
周囲には人家らしきは一見見えませんが、踏切から坂を上がっていくと集落があるのです。
田んぼの中を15分ほど歩くと中根温泉という温泉があります。

ホームには乗車口の案内が出ています。
この駅には下り用の一カ所と上り用の単行列車と2連用の二カ所の計三カ所にあります。

金上~中根間の中根駅寄りは田んぼの中を列車が走ります。
中根駅の周りの地域は景観を保全する地区に指定されているのでした。

中根駅は1931年7月に開業しているので76年の歴史があるのですが、片面ホームのシンプルな作りでとてもそうは思えません。
昔はちゃんとした駅舎があったのでしょうが、今はただの無人駅です。
周囲には人家らしきは一見見えませんが、踏切から坂を上がっていくと集落があるのです。
田んぼの中を15分ほど歩くと中根温泉という温泉があります。

ホームには乗車口の案内が出ています。
この駅には下り用の一カ所と上り用の単行列車と2連用の二カ所の計三カ所にあります。
2007年07月05日
茨城交通湊線へ その8
那珂湊駅は湊線のほぼ中間にあり、唯一の交換可能駅となっています。
始発終着の列車以外は、この駅で交換となるようにダイヤが組まれています。

阿字ヶ浦方からキハ2004が到着します。
昼間は単行の2列車が往復するだけなので、やってくる車両がいつまでも一緒です。
旧国鉄準急色のキハ2004が運転されていたから良かったものの、茨城交通色だけの日に行っていたら、早々に退散していたと思います。

上り列車は駅舎前の1番線に入ります。
構内には先ほどのケキ102や旧国鉄気動車色のキハ222、国鉄一般色のキハ205も見えています。
この後、3番線に下り列車が入るのです。

下り列車も既に見飽きた感のあるキハ3710-01です。
阿字ヶ浦駅に向けて発車していきました。
始発終着の列車以外は、この駅で交換となるようにダイヤが組まれています。

阿字ヶ浦方からキハ2004が到着します。
昼間は単行の2列車が往復するだけなので、やってくる車両がいつまでも一緒です。
旧国鉄準急色のキハ2004が運転されていたから良かったものの、茨城交通色だけの日に行っていたら、早々に退散していたと思います。

上り列車は駅舎前の1番線に入ります。
構内には先ほどのケキ102や旧国鉄気動車色のキハ222、国鉄一般色のキハ205も見えています。
この後、3番線に下り列車が入るのです。

下り列車も既に見飽きた感のあるキハ3710-01です。
阿字ヶ浦駅に向けて発車していきました。
2007年07月04日
茨城交通湊線へ その7
今度は那珂湊駅へやってきました。

那珂湊駅の勝田側から構内を覗いた様子です。
那珂湊駅に隣接して那珂湊機関区が左側にあるので、構内には多くの気動車が止まっています。
何両かは既に廃車となった車両です。

下りホームの反対側に中線があり、ディーゼル機関車のケキ102が止まっていました。
この車両は2005年5月に廃車となった、湊線最後の機関車です。
茨城交通のホームページを見ると、売りに出されているのですが、未だに売れていないようです。

1992年5月に廃車となったケハ601の廃車体が、構内の外れで倉庫として残っています。
さすがステンレス車体だけあってそのままの状態であり、倉庫として申し分ないようです。
日本初のステンレス車体の気動車だけに、最近の車両と明らかに違う作りとなっています。

那珂湊駅の勝田側から構内を覗いた様子です。
那珂湊駅に隣接して那珂湊機関区が左側にあるので、構内には多くの気動車が止まっています。
何両かは既に廃車となった車両です。

下りホームの反対側に中線があり、ディーゼル機関車のケキ102が止まっていました。
この車両は2005年5月に廃車となった、湊線最後の機関車です。
茨城交通のホームページを見ると、売りに出されているのですが、未だに売れていないようです。

1992年5月に廃車となったケハ601の廃車体が、構内の外れで倉庫として残っています。
さすがステンレス車体だけあってそのままの状態であり、倉庫として申し分ないようです。
日本初のステンレス車体の気動車だけに、最近の車両と明らかに違う作りとなっています。
2007年07月03日
茨城交通湊線へ その6

もう1両の留置車はキハ201、1999年の3月に廃車となった車両です。
元は国鉄のキハ20421であり、鹿島臨海鉄道のキハ2002を歴て入線しています。

鹿島臨海鉄道時代におでこにあった前照灯を正面窓下に移設していますので、オリジナルのキハ20形とは違った顔付きになっています。

こちらの車両も錆が進行しており、塗装が一部剥げています。
ナンバー部分を良く見ると1の下に2の跡が見えます。
鹿島臨海鉄道時代のキハ2002の2かどうかは分かりません。
2007年07月02日
茨城交通湊線へ その5
阿字ヶ浦駅の構内には廃車となった車両が第二のお務めに就いています。
阿字ヶ浦へ列車でやってくる海水浴客のために廃車となった車両を更衣室として使用しているのです。
(以前あった階段がないので、近年もやっているのか分かりません。未確認です。)

構内には2両が留置されています。
そのうちの1両はキハ221です。
元羽幌炭鉱鉄道からきた3両のうちの1両です。
旧羽幌炭鉱鉄道色に塗り替えられており、イベント等で活躍しました。
1998年に廃車されて現在に至ります。
残念ながら状態は写真で見たとおり悲惨な物となっています。
運転台ののガラス部分が板張りになっており、この車両の特徴である旋回窓が無くなっています。

ナンバー部分のアップです。
錆がかなり酷いです。
ナンバーの上に、羽幌炭鉱鉄道の文字が入っていたのですが全く分かりません。
(反対側はちゃんと残っています)

反対側の運転台にはちゃんとガラスが残り旋回窓が残っています。
阿字ヶ浦へ列車でやってくる海水浴客のために廃車となった車両を更衣室として使用しているのです。
(以前あった階段がないので、近年もやっているのか分かりません。未確認です。)

構内には2両が留置されています。
そのうちの1両はキハ221です。
元羽幌炭鉱鉄道からきた3両のうちの1両です。
旧羽幌炭鉱鉄道色に塗り替えられており、イベント等で活躍しました。
1998年に廃車されて現在に至ります。
残念ながら状態は写真で見たとおり悲惨な物となっています。
運転台ののガラス部分が板張りになっており、この車両の特徴である旋回窓が無くなっています。

ナンバー部分のアップです。
錆がかなり酷いです。
ナンバーの上に、羽幌炭鉱鉄道の文字が入っていたのですが全く分かりません。
(反対側はちゃんと残っています)

反対側の運転台にはちゃんとガラスが残り旋回窓が残っています。
2007年07月01日
茨城交通湊線へ その4
終点の阿字ヶ浦駅までやってきました。

この駅には蒸気機関車時代の遺構である給水塔が残っています。
写真のキハ3710-01の左に見えているコンクリート製の構造物がそうです。

この駅まで国鉄時代からJRになっても上野発の直通列車が走っていました。
キハ28・58系5連程度で編成された臨時DC急行のあじかうら号がそうです。
1980年代まで多くの海水浴客を乗せてやってきていたのですが、車の普及や常磐線のダイヤ構成などの理由から現在ではなくなってしまいました。
各駅のホームは当時のままなので長編成対応となっています。
キハ28・58系の5連+茨城交通車の6連が走ったことがありますので、6連までは対応しているのでしょう。

駅舎を出ると正面に阿字ヶ浦海水浴場への案内看板があります。
下り坂を下りていくと5分ほどで海に出ます。
海水浴シーズンは臨時の改札口を設けてお客を捌いていました。

この駅には蒸気機関車時代の遺構である給水塔が残っています。
写真のキハ3710-01の左に見えているコンクリート製の構造物がそうです。

この駅まで国鉄時代からJRになっても上野発の直通列車が走っていました。
キハ28・58系5連程度で編成された臨時DC急行のあじかうら号がそうです。
1980年代まで多くの海水浴客を乗せてやってきていたのですが、車の普及や常磐線のダイヤ構成などの理由から現在ではなくなってしまいました。
各駅のホームは当時のままなので長編成対応となっています。
キハ28・58系の5連+茨城交通車の6連が走ったことがありますので、6連までは対応しているのでしょう。

駅舎を出ると正面に阿字ヶ浦海水浴場への案内看板があります。
下り坂を下りていくと5分ほどで海に出ます。
海水浴シーズンは臨時の改札口を設けてお客を捌いていました。
