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終わり近い鹿島鉄道へ その17

 次にやってきたのは八木蒔駅。
 田んぼの中の小川高校下駅とはうって変わり、切り通しの中のカーブした上、勾配の途中の駅です。
八木蒔駅の様子
 写真は八木蒔駅の様子。
 鉾田の方を向いて撮影しています。

八木蒔駅時刻表と待合室
 ホームの上の時刻表と待合室です。
 ここの時刻表は、他の駅にもありましたが、漢数字の縦書きとなっており、現代では、珍しい物になっています。
 鹿島参宮鉄道時代の書き方が、そのまま踏襲されたようです。

八木蒔駅通過人
 この駅の撮影中には列車は来ませんでしたが、畑に行くおばちゃんが通過していきました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:02 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その16

 次に来たのは小川高校下駅です。
 この駅は1988年4月1日に開業した新しい駅であり、名前の通り近くにある小川高校の通学の便を図るために開設されました。
小川高校下駅全景
 ホームの裏側には、かしてつ応援団が描いた「未来へ走れ鹿島鉄道」のイラストがあります。
 昔はただのコンクリートの壁でしたのでカラフルになっています。

小川高校下駅から石岡方面
 写真は石岡方向を見ています。
 隣の駅である常陸小川駅が見えます。
 駅間は700mと近いです。
 以前はホームの屋根の手前側の柱の前に自動販売機がありました。
 でもかなりいたずらされて荒廃した駅だった記憶があります。
 久しぶりに寄った今回は、時刻表共々撤去されてしまっていました。

小川高校下駅から鉾田方面
 今度は反対側の鉾田方向です。
 この駅の周りは田んぼしかありません。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 18:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その15

 600m移動してやってきたのは新高浜駅。
 東京駅の京葉線ホームから地上のホームへ移動する方が、よっぽど時間掛かります。
新高浜駅の様子①
 新高浜駅も直線上にホームがあるだけのシンプルな駅でした。

新高浜駅から石岡方面
 写真は駅から石岡方面を見たところです。

新高浜駅のホームの上
 ホームの上には屋根のある部分にイスがあるだけでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その14

 次に寄った駅は玉里駅です。
 この駅は相対式のホームを持つ交換駅です。
 早朝と深夜帯は区間列車がこの駅と石岡との間を結んでいます。
玉里駅の下りホーム待合室
 写真は下りホーム上にある待合室の内部です。

玉里駅のキハ601
 先ほど東田中駅で撮影したキハ601が石岡駅で折り返してきました。
 この駅と東田中駅の間は1.1キロ、反対側の新高浜駅までは更に短く0.6キロとなっています。
 石岡駅から新高浜駅までは駅間距離が短く、直線区間の駅は隣の駅に停車中の列車が分かります。

玉里駅の様子
 玉里駅の様子を石岡の方を向いて撮影しています。
 この駅は1988年の開業ですが、それ以前の1971年に玉里信号場として設置されています。
 昔は現在と違って駅が少なく駅間距離も長かったのでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その13

 次は東田中駅に寄ります。
 この駅は直線上にホームがあるだけの単純な駅でした。
東田中駅

東田中駅から石岡方面
 写真は石岡方面を見たところ。
 左のフェンスの向こうは運動公園になっています。
 このフェンス沿いに桜の木が植えてあり、春になると桜と絡めて撮影が出来ました。
 今年は桜の開花が早そうなので廃止前に撮れるかもしれませんね。

東田中駅とキハ601
 東田中駅に上り石岡行きのキハ601が到着します。
 運動公園からの撮影です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その12

 次にやってきたのは石岡南台駅。
 この駅の開設は1989年6月16日。住宅都市整備公団による宅地開発として南台ニュータウンが出来、その玄関口として作られています。
 鹿島鉄道では一番新しい駅でした。
 線路は位置は対向式ホームを持つ交換可能駅です。
石岡南台駅
 この駅は最初から無人駅として開設しているので駅舎はありませんが、ニュータウンの玄関口として近代的なデザインをしています。

石岡南台駅下りホーム待合室
 写真は下りホームの駅名標と待合室です。

石岡南台駅のKR-505
 下りホームに停車中のKR-505です。
 この駅のすぐ後ろに立派な家が建っています。

 この石岡南台駅が出来たことにより、乗車人数は増えたのですが、石岡までの距離が近いため、収入はそんなに多くならなかったのです。
 もう少し遠くにニュータウンができていれば違った結果が出ていたかもしれませんね。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その11

 今日は鹿島鉄道ネタの続きです。
 次に寄ったのは機関区のある石岡駅、JR常磐線との接続駅です。
 駅舎自体はJRと共用しており鹿島鉄道単独ではありません。
 一日乗車券などは、鹿島鉄道のホーム上で販売しています。

 車両に目を向けると、ここの石岡機関区には色々な車両達がいます。
 近年の塗装変更でかなりカラフルです。
鹿島鉄道の保線用動車
 構内には赤く塗られた機関車が2両います。
 写真の方は機関車扱いではなく実際は保線用の機械扱いとなっていたと思います。
 昔は玉造町駅の側線で良く見掛けた気がします。
石岡機関区①

石岡機関区②

石岡機関区③
 石岡機関区の様子です。
 駅の上に架かる陸橋の上から手軽に撮影可能です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

小湊鉄道ぶらり撮影 その1

 今日は小湊鉄道の撮影に出掛けました。
 今回も例によって仮設住宅氏との撮影行です。
 スタートは五井駅11時発の列車の撮影からとなりましたが、途中の話は鹿島鉄道のネタが終わった後にしておきます。
 で、今日はあまり撮れない珍しいモノが撮れたのでそちらのネタだけ上げておきます。

 小湊鉄道の保線業務に軌道バイクを使用していることは、レイルマガジンに載ったりしているので結構知られた話だと思います。
 上総中野~養老渓谷間で上り列車を撮影した後、高滝方面に向かって車を走らせている時でした。線路で言えば養老渓谷~上総大久保間です。
 上総牛久より奥の区間は列車の本数が少なく、牛久より五井方での撮影に切り替えるつもりでの移動中でした。ふと脇を走る線路を見た時、軌道バイクが結構なスピードで併走しているのが見えてしまいました。それも単独ではなくトロッコを2両ぐらい牽いています。
 ちょっとペースを上げて時間を稼いだところで、カメラを構えます。

 軌道バイクは結構速いスピードで走っていたようでしたが、カメラを構えている場所までやってきません。
 どこかで保線作業をしているようです。

 15分程経つとやっとやってきました、軌道バイクとトロッコの編成です。下り勾配を結構速いペースで降りてきました。列車より速く感じました。

小湊鉄道の軌道バイク①
 私の撮影した前からの写真は顔が分かってしまうので、代わりに仮設住宅氏の少し遠い写真です。
 ちなみに私の写真はみんなカメラ目線になっており、仕事中とはいえ楽しそうでした。
 1枚目の写真を良く見るとみんな右を見ていますが、そこで私が写真撮っていたのです。

小湊鉄道の軌道バイク②
 通過した先は鉄橋があります。
 写真を見ると分かりますが、後ろにも軌道バイクが連結されています。
 軌道バイク+トロッコ+トロッコ+軌道バイクの4連でした。
 何度か軌道バイクは見掛けたことはありましたが、こんな見事な編成は初めてです。

小湊鉄道の軌道バイク③
 最後にもう1枚仮設住宅氏の写真です。
 橋を渡っていくところです。
 橋を渡り終えると軌道バイクを止めて作業を開始しました。

 この後の話もあるのですが、また後日と言うことで。
小湊鐵道 | 投稿者 kd55-101 23:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その10

 次にやってきたのは四箇村駅です。
 石岡方面に向かう道路がすぐ横を通っています。
 行き違い駅ではないので構造は単純です。
四箇村駅の駅名標と待合室
 ホーム上には駅名標と時刻表、待合室があるだけです。

四箇村駅の周囲
 少し離れたところから見た四箇村駅。
 奥が石岡方面です。

キハ601とお地蔵様
 駅脇の踏切には列車の運行を見守り続けたお地蔵様がありました。
 やってきた列車はキハ601。
 こちらの車両は1936年川崎車両で製造されたキハ0729が前身です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 19:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その9

 次にやってきたのは常陸小川駅。
 鹿島鉄道の中でも主要駅であるこの駅は、交換可能駅であり、石岡~常陸小川間の区間列車の折り返しも行われます。
 駅の構内は貨物ホームも残っており貨物輸送が行われていた証拠になっています。
 下の写真を見てもらえば分かると思いますが、多くの側線を持った駅です。
常陸小川駅のDD901
 その貨物ホームの隣の線には、廃車となったDD901号ディーゼル機関車が留置保存されています。
 貨物ホーム橋にはシャロン式の連結器が往時の貨車留置のために付けられています。
 今回行った時には鹿島鉄道全体で鉄道敷地内での撮影を禁止としており、貨物ホームへの立ち入りもロープが張られていました。
 この時は入場券を買ったこともあってか、貨物ホームに入って撮影して良いよとのことでしたが、逆光なのでまともな写真になりませんでした。

常陸小川駅改札口
 昔の風景を残す改札口。
 最近は自動改札ばかりだから貴重なのですが、ここの役目も後わずか。

常陸小川駅駅舎
 旧小川町の中心の常陸小川駅の駅舎。
 それなりに人の姿を見掛けていますので、もっと人がいないローカル線もあるのに無理なのかな~と思いました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その8

 桃浦駅を出て隣の小川高校下駅との間で撮影を行いました。
霞ヶ浦をバックに進むKR-505
 霞ヶ浦をバックに進むKR-505の上り列車です。
 時間は昼前、完全な逆光となってます。
 もっと早い時間だと逆光にはならないみたいですね。

小川高校下~桃浦間のキハ432
 1枚目の反対側から撮影したキハ432。
 この車両は加越能鉄道キハ126で、1957年11月に東急車輌で新製されています
 1972年9月に加越能鉄道が廃止されたのに伴って関東鉄道が購入し、1973年3月に鉾田線用として僚機キハ431と入線しています。
 現在の塗色になったのは、近年の2002年で朱色とクリームの通称「金太郎塗り」になりました。

小川高校下~桃浦間のキハ432 その2
 2枚目の写真の少し桃浦駅側で、仮設住宅氏が撮影した写真も載せておきます。
 ちなみに列車は下りの鉾田行きです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その7

 次に寄ったのは桃浦駅、この駅は島式ホームを持つ交換可能駅です。
桃浦駅駅舎
 小さな木造の駅舎が建っております。
 駅舎の正面から向こうを見ると霞ヶ浦が望めます。

桃浦駅の駅名標
 桃浦駅の駅名標です。

桃浦駅を発車したKR-502
 桃浦駅を発車する下り列車のKR-502です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その6

 玉造町駅を後にして、再び浜駅との間で列車を待ちます。
 やってきた鉾田行きはキハ714。元夕張鉄道のキハ251でした。
、夕張鉄道の旅客営業廃止に伴い、関東鉄道時代の1976年に譲り受けています。
キハ714の鉾田行き
 浜~玉造町間の田んぼの中でパチリ。

 鉾田駅で折り返して来た同車も撮影しています。
国道の鉾田側からのキハ714
 鹿島鉄道を跨ぐ国道の鉾田側での撮影です。

 列車が通り過ぎた後、国道反対側で仮設住宅氏が撮影していたので、また写真を借用します。
霞ヶ浦に向かっていくキハ714
 この車両だけワンマン改造されていないため、車掌が乗務しています。
 その関係で、運転されるのは平日朝方1往復だけだったような気がします。ちょっとうろ覚えです。
 写真を見ると車掌さんが運転席に座っているため、こっちに進んでいるように見えますが、向こう側に向かっているのです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

今度はオユ10 2555

 1月に数少ない郵便車の保存車、オユ10 2565を能登中島駅で撮影しましたが、今日は他の車両のオユ10 2555を撮影することが出来ました。
オユ10 2555
 この車両があるのは国立にある郵政公社の研修所の敷地です。

 この車両も能登中島駅にあった車両と同様に、東京(隅田川駅)を出発して東北本線、青函連絡船、函館本線経由で根室までの往復をしており、最後の方は隅田川駅から東北本線、奥羽本線経由で秋田までの運用に就いていました。
 1985年3月に福島~秋田間の鉄道郵便輸送が廃止されて役目から退いています。
 この場所に来たのは1986年11月、永久に保存されるために運ばれて保存されています。
オユ10 2555の所属標記
 東京北鉄道管理局隅田川客貨車区の標記もしっかり残っています。

 廃車後22年が経っていますが、状態は良いようです。
 能登中島駅の車両はボランティアによる補修が行われているようですが、保存方法の差が大きいようです。
オユ10 2555の周囲の状態
 何故かというとこちらには大きな屋根が就いているので、雨の影響が少ないのでした。
 でも車両全体の写真を撮るには周囲に木もありすっきりした写真は不可能でした。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 21:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その5

 今度は玉造町駅に移動しました。
 玉造町駅は、数少ない有人駅となっている主要駅です。
玉造町駅駅舎

 駅舎の中には様々なポスターやチラシが貼られ増収に努力していたのが伺えました。
 バス路線図もありましたが、かなり年季の入った物です。
玉造町駅のバス路線図
 関東鉄道バス路線図となっており、霞ヶ浦を中心とした路線が掲出されていました。
 どう考えても現行路線では無いと思われます。いつ頃の物なのでしょうか?
 現JRの鹿島線もまだ載っていないのです。

玉造町駅ホーム待合室
 この駅は交換駅であり島式ホームがあります。
 写真はそのホーム場の待合室と駅名標を撮影したものです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その4

 私は次の列車も同じ地点での撮影を選択、仮設住宅氏は玉造町駅での列車交換を撮るというのでしばらく別行動となります。

 30分ほどして下り列車がやってきました。
 縦位置で何枚か撮るつもりで構えていました。
 列車がフレームインして1枚目を撮影、続けて次のシャッターを押しましたが、反応が無い。
 冷えていたのでバッテリーの電池が切れてしまったのでした。
霞ヶ浦バックのKR-501 その1
 極端に冷えていなかったので油断していましたね。失敗失敗。

霞ヶ浦バックのKR-501 その2
 急遽もう一台のカメラで撮影したのを載せて誤魔化しておきましょう。
 ちなみに車両は最初に鉾田駅で撮影したKR-501、紫帯です。

 5分ほどで上り列車がやってきました。
 今度は赤い帯のKR-502でした。
霞ヶ浦バックのKR-502

 正面を良く見ると線が入っています。
 これは電飾のようですので、何かの機会に点灯させたのでしょう。
 反対側にも違う柄の電飾が付いていました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 11:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その3

 次に行った場所は浜~玉造町間です。
 この区間には霞ヶ浦をバックに撮影が出来るポイントがあります。
 ちなみにここは午前中が順光です。
霞ヶ浦をバックのキハ602
 この地点に最初にやってきた列車はキハ600形のキハ602でした。
 上りの石岡行きのため後追いで撮影です。

 キハ600形は国鉄のキハ07(キハ42500)が元になっています。
 更新改造により前面の形は大きく変わっていますが、下回りや屋根上などは原形を保っているようです。
 写真のキハ602は昭和12年(1937年)鉄道省大宮工場製なので車歴は70年にもなります。

霞ヶ浦バックのキハ602仮設住宅氏撮影
 もう1枚仮設住宅氏が撮影した写真も載せておきましょう。

 この車両は前にヘッドマークを付けていたようで、マークをがあった縁の部分が汚れて跡が付いてました。
 正面アップの写真にははっきり写ってしまってます。
 きれいな状態で撮りたかったかも。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その2

 2本目の列車を見送った後もしばらく鉾田駅で撮影をしていました。
 まだこの時期ではこの時間帯は暗いため、走行写真を撮るには条件が悪いからです。
 3本目の列車までは駅の施設を撮影しながら時間調整です。

鉾田駅の改札口
 鉾田駅の改札口の上には手書きの着発時刻表が掲出されています。
 都会では見ることの出来ないものて、味があります。

 そうこうしているうちに6時26分に列車が到着しました。
 今度の列車もKR500形。青帯のKR-505でした。


鉾田駅 青帯のKR-505

 ちなみにこの列車から鉾田駅の駅員さんが降りてきて、7時からの窓口の準備を始めていました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

神奈川臨海鉄道本牧線再訪 その5

 神奈川臨海鉄道本牧線の終点は、横浜本牧駅から先に進んだ本牧埠頭にあります。
 その名もずばり本牧埠頭駅です。
本牧埠頭駅
 この駅はコンテナ扱いを主業務としています。
 
 本牧埠頭駅に入る線路は交通量の多い太い道路を直前に横断して駅に入ります。
本牧埠頭駅直前の踏切

 手前の横浜本牧駅までの列車はそれなりの本数がありますが、本牧埠頭駅までだと、やってくる列車は1日2本しかありません、
道路を横断して本牧埠頭駅に入る列車
 現在は午前と午後に1往復ずつの設定となっているようで、写真の列車は午後の列車です。
 先ほど横浜本牧駅で待機していたDD5517号機が牽引していました。
神奈川臨海鉄道 | 投稿者 kd55-101 19:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その1

 本日は、今年3月末で廃止が決定してしまった鹿島鉄道の記録を残すために、撮影に出掛けました。
 今回も仮設住宅氏と一緒に出掛けております。
 鹿島鉄道は、地元の小湊鉄道を除けば一番多く撮影に出掛けた地方私鉄なだけに、今回の廃止決定は残念でなりません。

 撮影の開始は鉾田駅からとなりました。
 鉾田駅の駅舎は特徴のある形をしています。
 これも過去の物となってしまうのです。
鉾田駅入り口
 この駅には立ち食いそば屋があります。
 ここまで来るとうどんを食べることが多いのですが、早朝だったためまだ営業時間前で、朝食はお預けです。

 駅には鉾田発の2番列車が止まっていました。
 軽快気動車のKR500形です。
鉾田駅のKR-501
 止まっていたのはKR-501でした。
 KR500形は4両あり、全車帯の色を違う色に変更したので、帯の色で車両が特定できます。
 501は紫色の帯を巻いています。
 鹿島鉄道で色と形で区別が出来ないのは、600形の2両だけとなっています。

かしてつを救えの前のKR-501
 百里基地へのジェット燃料の輸送の収入が大きかった鹿島鉄道では、パイプラインの老朽化の影響から貨物輸送の廃止が大きな痛手となり収支が悪化したのです。。
 地元の鹿島鉄道のサポーターによる運動があり、存続のために努力してきたのですが、とうとう終わりが来てしまったのでした。
 鉾田駅にも大きなサポーターによる幕が張り出されています。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

神奈川臨海鉄道本牧線再訪 その4

 国際埠頭から横浜本牧液まで戻ってきました。
 国際埠頭の線路は横浜本牧駅から出てすぐに4車線の道路を横切っています。

国際埠頭線道路を横切る
 ここには車道を遮断する遮断機は付いていません。踏切用の信号機を使用していたようです。

踏切から横浜本牧駅構内を見る
 上の写真と反対側を見ると、そのまま横浜本牧駅の構内に続いています。
 右にある遮断機は歩行者を止めるためだけのものでしたが、遮断竿は撤去されていました。
 国際埠頭方面から来ると踏切の手前に信号機がありますが、廃線となっている今でも赤を点灯し続けていました。

国際埠頭線の0キロポスト
 横浜本牧駅の構内には国際埠頭への線路に対する0キロポストも残っています。
神奈川臨海鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

神奈川臨海鉄道本牧線再訪 その3

 しばらく行くと、海と平行するようになります。と言っても、堤防があるので海は見えませんが。
国際埠頭に向かう線路
 この直線のずっと先が終点の国際埠頭。

2キロ地点
 2キロ地点のキロポストからの風景。
 振り向くと埋め立て地に作られた埠頭に向かう橋が架けられていました。

国際埠頭駅
 終端だった国際埠頭駅の様子。

 国際埠頭への線路は国際埠頭からの輸入された工業用塩の輸送用に残っていました。
 ここから塩の輸送をしてい頃は、無蓋車を使用していたのでしすが、2000年4月に無蓋車の老朽化などの理由によりコンテナ輸送に変更、その結果列車が走らなくなってしまったようです。

 ここの線の正式名称は分かりません。
 国際埠頭の直前までは神奈川臨海鉄道の所有、国際埠頭は国際埠頭株式会社の所有になっています。
神奈川臨海鉄道 | 投稿者 kd55-101 00:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

神奈川臨海鉄道本牧線再訪 その2

 横浜本牧駅構内を撮影した跨線橋の先にも線路があります。
 こちらの線路は横浜本牧駅の構内から分岐して国際埠頭まで続いている線路です。
 前回来たときは休止状態かと思っていたのですが、残念ながら2005年の7月に廃止となっていたようです。
踏切に残る列車時刻
 工場から道路に出る踏切2カ所には列車通過予定時刻が残されたままでした。

草が生えている線路
 列車が走っていないので草が伸びてしまっている場所も見られました。

線路は直線で続く
 線路は三菱重工の敷地に沿って海に向かって真っ直ぐ進んでいきます。

使用中止の踏切警報機
 あちこちに残る踏切警報機は、使用中止の表示をぶら下げて立っていました。
神奈川臨海鉄道 | 投稿者 kd55-101 07:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

神奈川臨海鉄道本牧線再訪 その1

 2月1日、京浜急行の撮影の後は神奈川臨海鉄道本牧線を再訪しました。
 横浜本牧駅に着くとカーラックコンテナを積んだコキ車とDD5517号機の編成が出発を待っていました。
 現物を初めて見たカーラックコンテナは、乗用車が上下に2弾積みできる設計のため結構大きく見えます。
DD5517とカーラックコンテナ
 京浜急行の撮影に時間を掛けてしまったので、高速道路の陰が半分掛かってしまっています。

 少し根岸寄りに行くと、本牧線と平行する産業道路、本牧線、反対側の敷地、道路を跨ぐ長い跨線橋があり、ここは柵も低く本牧貨物駅を見渡すことが出来ます。
横浜本牧駅の様子

 ここ本牧線で使用している機関車は神奈川臨海鉄道の横浜機関区の所属となっています。千鳥線などに使用している機関車は塩浜機関区所属です。
 横浜本牧駅の構内に横浜機関区の車庫があるのですが、ここにはC58が保管されています。国立の鉄道学園にいた車両であり、経緯は知りませんがここで保管されているようです。
待機中のDD5517
 写真は待機中のDD5517号機。
 カーラックコンテナを根岸駅まで運んで戻ってきた後でした。
神奈川臨海鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

京急の3原色

 今回は記事タイトル通りのネタです。

 京浜急行と言えば基本的に赤色ですが。その他の色の車両もいるわけです。
 2月1日に神奈川県内に用事があり、帰りに京浜急行の写真を撮ったのです。
赤い京急車 新1000形
 この時は単に来る電車を撮影していました。
 場所は能美台~金沢文庫間です。

 何本か撮っていたら、派手な色をした車両がやってきました。
黄色い京急車
 黄色の事業用の配給車がやってきたのです。
 自分の中のイメージでは、事業用の車両はゆっくり目に走ってくる感じがしていたのですが、列車密度の高い線を走るだけあってかなり速いスピードでカーブを曲がっていきました。

赤と黄色の京急車すれ違い
 次のカーブで対向列車とすれ違ったので、そちらの写真も出しておきます。

 赤色と黄色の次は青色の車両です。
青い京急車 京成高砂にて
 こちらの青色の車両は「ブルースカイトレイン」と銘打って青く塗って走らせている車両です。
 こちらは以前から走っているので、知っている方も多いと思います。
 前は2100形を青く塗っていたと記憶してますが、写真の車両は600形でした。
 何編成かあるのでしょうか?
 こちらの写真だけ1月27日の撮影です。
 東京メトロ5000系さようなら撮影会の後は、京成高砂で撮影をしていたのでした。

 この日、京急品川駅で脱線事故が起きたため、運用がめちゃくちゃになっていた日なので、この車両は津田沼方から来て、高砂で車庫に入ってしまいました。
 同じ日は京浜東北線でも人身事故があって列車が乱れていたので、色々と予定が狂ってしまいました。
京浜急行電鉄 | 投稿者 kd55-101 20:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

栃原金山1999

 新ネタが残り僅かになってきたので、昔撮った写真を載せて置きます。
 今日は1999年の11月に茨城県の栃原金山に行った時の写真です。

 この時も仮設住宅氏と行動を共にしています。
 栃原金山に行くのが目的だったのかどうかは記憶が定かではないのですが、茨城交通茨城線の廃線跡を辿った後に向かったのは記憶しています。
 実はこの頃の私は廃線跡には今ほどの興味が無く、メモ帳代わりのデジカメだけしか持って行かずにほとんど撮影をしていません。
 写真の方は廃線大好きな仮設住宅氏が撮っていたのですが、フイルムが終わったか何かして最後の方だけ私のデジカメで撮ったような気がします。

 当時の栃原金山は日本で唯一現役の金山として有名でした。
 また、観光金山としての営業もしていたので、現役の鉱山に立ち入ることが出来たのでした。

 入り口の事務所には、栃原金山のトロッコを紹介したレイルマガジンのコピーなどがあって見せてもらった記憶があります。
 また入り口の駐車場にも、バッテリーロコとトロッコが展示してありました。

栃原金山バッテリーロコ
 坑内には線路がひかれており、バッテリーロコが止まっていました。

栃原金山坑内
 ここの軌間は508ミリでした。

 現役の坑内での写真も貴重ですが、他にもっと貴重な物がありました。
 今まで話題に上がった記憶がないのですが、この鉱山には人車があったのです。
栃原金山の人車
 もっともこの人車自体は実際に鉱山で使用していたものではなく、ここで映画のロケがあった時に作られた物とのことです。
 訪問時に事務所の方に来意を伝えてあったので、金山の見学の後で見せてもらうことが出来たました。
 人車の乗り場は地上から高いところにあり、(ホッパーか何かを利用していたのか?)事務所の人は腐っているから気をつけてねと言うぐらい、ほんとに腐りかけて、木の床が抜けそうでした。
 何の映画か気になりましたが、未だに分かりません。

 線路の方は鉱石を運搬するため坑口から製錬工場まで500メートルほど続いていました。

 観光金山の料金は大人600円・小学生300円・中高校生400円で坑内まで案内してくれました。又選鉱場か鉱山事務所では砂金取り椀掛け体験が500円で出来るようになっていました。取れた砂金は瓶に詰め持ち帰れます。
 と書いてますが、これは当時の話で2003年、金価格の低下、坑内の落盤等により閉山をしてしまいました。
 正式に閉山する前にも2002年の8月から9月に掛けて見学コース等の整備のため休業しており、その後担当者と連絡がつかなくなっていたようです。

 現時点でどうなっているのかちょっと気になっている場所の一つでもあります。
森林・鉱山・作業用 | 投稿者 kd55-101 21:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

和倉温泉に行った時の小ネタ その13

 富山駅には小荷物輸送が華やかだった頃に使用されていた、小荷物用跨線橋が残っています。(このタイプもテルハと言うのかな?)
 昔は荷物車から降ろされる、また、駅で引き受けた小荷物を駅舎から他のホームに移動するのに、大きな駅には小荷物線用の昇降機などを利用した通路が設けられていたのでした。

 富山駅では現在でもこれを立派に活用していました。
 バリアフリー化の流れの中で各駅でエレベーターなどが設置されていますが、そのエレベーターをここに取り付けたのです。
 他にも車内販売のワゴンの搬送にも利用されています。
富山駅 小荷物用跨線橋

元小荷物用跨線橋内部
 エレベーターで通路に上がってみると、元々小荷物用なため天井が低く、窓も明かり取り程度に上に付いているだけでした。
 ここは3本のホームに連絡しているのですが、基本的に各ホームともエレベーターでの昇降のみです。
 この構造だと、万が一停電でも起きると、ここの通路に閉じこめられるのではないだろうか?
 気が付かなかったけどどっかに階段があるのかな??

富山駅 い鯉の広場
 一番ホーム改札口の糸魚川寄りに、憩いの場所として『い鯉の広場』があります。
 池でもあって鯉でもいるのでしょうか?確認するのを忘れました。

北越と北アルプスの山々
 跨線橋からは北アルプスの山も見ることが出来ます。
 これら富山駅の様々な物が無くなってしまうのは、やはり残念な気がしますね。

 散々富山駅で撮影した跡は、はくたか・ときの乗り継ぎで東京駅に戻りました。
 ちなみに私が撮影している2時間近くの間、同行者の先輩は駅の近所をウロウロして過ごしていたそうです。いつも済みませんです。
北陸本線 | 投稿者 kd55-101 22:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

和倉温泉に行った時の小ネタ その12

 本日は地元内房線のSLが本運転です。でも用事で県外へ行ったので撮れません。
 代わりに他の物を撮影してきましたのでまた今度。

 富山駅に戻ると419系がいました。
 前にも書いたけど、この昼夜兼用特急形の583系から改造された近郊形の419系も、新型交直流電車が製造され始めたのでいよいよ終わりが近づいてきています。
 とにかく撮影しておきます。
419系改造先頭車
 419系の先頭車には、元々の先頭車と中間車から改造された車両の2種類があります。
 この旅行中何度か419系と出会っていますが、すべて改造先頭車の方でした。ちょっと残念です。

419系側面
 419系の側面です。元々特急形だったので窓は固定でしたが、改造時に一部が開閉できるようになっています。
 見た目はあまり良くないですね。

419系ドア部分
 ドア部分だけ見ると折り戸部分など原形をとどめているのが分かります。
北陸本線 | 投稿者 kd55-101 20:51 | コメント(0)| トラックバック(0)
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