2006年11月30日
日立電鉄廃線跡探索 その15
13駅目は小沢駅です。
この駅は片面ホームの駅でした。

この駅も線路跡まで草が生い茂っていました。

ホームのすぐ裏に倉庫がありました。
昔はこの前まで線路が引かれて、貨物の積み出しをしていたのでしょうか?調べてないのでちょっと不明です。
この駅は片面ホームの駅でした。

この駅も線路跡まで草が生い茂っていました。

ホームのすぐ裏に倉庫がありました。
昔はこの前まで線路が引かれて、貨物の積み出しをしていたのでしょうか?調べてないのでちょっと不明です。
2006年11月29日
日立電鉄廃線跡探索 その14
12駅目は常陸岡田駅です。
この駅は対向式ホームの交換可能駅でした。また、変電所も隣接して存在しました。

空き地にホームだけが取り残されている常陸岡田駅の様子です。

駅から常北太田方面を見たところです。右の建物が岡田変電所の跡です。

岡田変電所も夕日を浴びて建物だけが建っていました。電線類を完全に取り払われていました。
写真を見てもらえば分かりますが、すっかり夕方になっいます。
日が沈む前に残り2駅の写真を撮るためダッシュです。
この駅は対向式ホームの交換可能駅でした。また、変電所も隣接して存在しました。

空き地にホームだけが取り残されている常陸岡田駅の様子です。

駅から常北太田方面を見たところです。右の建物が岡田変電所の跡です。

岡田変電所も夕日を浴びて建物だけが建っていました。電線類を完全に取り払われていました。
写真を見てもらえば分かりますが、すっかり夕方になっいます。
日が沈む前に残り2駅の写真を撮るためダッシュです。
2006年11月28日
日立電鉄廃線跡探索 その13
11駅目は川中子駅です。
この駅はホーム片面の駅でした。

行った時には駐車場だった敷地を含めて草むらになりつつあるところでした。

ホームの脇には自転車置き場が残っていました。
もう利用者がいないのは寂しいものです。
この駅はホーム片面の駅でした。

行った時には駐車場だった敷地を含めて草むらになりつつあるところでした。

ホームの脇には自転車置き場が残っていました。
もう利用者がいないのは寂しいものです。
2006年11月27日
日立電鉄廃線跡探索 その12
大橋駅を出て次駅の川中子駅までの間には、有名な橋梁がありました。
この橋梁は畑の中にあり特に川を越える目的のためではありません。
この橋梁の付近は湿地帯のため地盤が軟弱であり、そのまま線路を敷設することが出来ず、苦肉の策として橋梁としたものでした。
橋梁としてしまったため道路との交差部は踏切には出来なくなり、その分道路との交差部分を高くしてありました。

道路との交差部だった地点の様子です。
鉄橋は右の2階建ての家の2階部分の前から、左の家の後ろを通っていました。

交差部分より大橋側の状態です。
写真で言えば、右から左に向かって上り勾配の橋があったのですが、すっかり消えていました。
(本当は廃止半年前にも写真を撮っているので、比較写真を載せようと思ったのですが、行方不明になってしまいました)

道路との交差部分から大橋方面を見たところです。すっかり整地が進んでしまっています。現役当時は橋脚があったので向こう側が見えることはありませんでした。
この橋梁は畑の中にあり特に川を越える目的のためではありません。
この橋梁の付近は湿地帯のため地盤が軟弱であり、そのまま線路を敷設することが出来ず、苦肉の策として橋梁としたものでした。
橋梁としてしまったため道路との交差部は踏切には出来なくなり、その分道路との交差部分を高くしてありました。

道路との交差部だった地点の様子です。
鉄橋は右の2階建ての家の2階部分の前から、左の家の後ろを通っていました。

交差部分より大橋側の状態です。
写真で言えば、右から左に向かって上り勾配の橋があったのですが、すっかり消えていました。
(本当は廃止半年前にも写真を撮っているので、比較写真を載せようと思ったのですが、行方不明になってしまいました)

道路との交差部分から大橋方面を見たところです。すっかり整地が進んでしまっています。現役当時は橋脚があったので向こう側が見えることはありませんでした。
2006年11月26日
日立電鉄廃線跡探索 その11
10駅目は大橋駅です。
この駅は対向式のホームの行き違い駅でした。

ホームの手前に道路が通っており、構内踏切を兼ねた形となっていました。

行った時には上下ホームの間は砂利置き場となっていました。
この駅は対向式のホームの行き違い駅でした。

ホームの手前に道路が通っており、構内踏切を兼ねた形となっていました。

行った時には上下ホームの間は砂利置き場となっていました。
2006年11月25日
日立電鉄廃線跡探索 その10
9駅目は茂宮駅です。
線路跡に平行する道路を走っていると着きました。
この駅の手前には小さなガーター橋があり線路は残っていました。
ここも片側ホームの駅でした。ホームは線路に沿って曲がっています。

上の写真が久慈浜側から見たホームの様子です。

こちらは反対側の常北太田側から撮った写真です。
この駅を出た線路は、平行してきた道路と交差して田んぼの中を進むようになります。
線路跡に平行する道路を走っていると着きました。
この駅の手前には小さなガーター橋があり線路は残っていました。
ここも片側ホームの駅でした。ホームは線路に沿って曲がっています。

上の写真が久慈浜側から見たホームの様子です。

こちらは反対側の常北太田側から撮った写真です。
この駅を出た線路は、平行してきた道路と交差して田んぼの中を進むようになります。
2006年11月24日
日立電鉄廃線跡探索 その9
8駅目は南高野駅です。
この駅は片面だけのホームを持つ簡単な構造の駅でした。
この駅もホームが残っていました。

写真は常北太田側から久慈浜方向を見ています。
ちなみにこの南高野駅と久慈浜との間には、日立電鉄唯一のトンネルがありました。
今回はトンネルに寄っている時間が無かったので、また別の機会に行ってきたいと思います。

こちらの写真は、ホームの上から常北太田方向を見たものです。
次駅までは道路と平行して、真っ直ぐに近い形で線路は進んでいたのでした。
この駅は片面だけのホームを持つ簡単な構造の駅でした。
この駅もホームが残っていました。

写真は常北太田側から久慈浜方向を見ています。
ちなみにこの南高野駅と久慈浜との間には、日立電鉄唯一のトンネルがありました。
今回はトンネルに寄っている時間が無かったので、また別の機会に行ってきたいと思います。

こちらの写真は、ホームの上から常北太田方向を見たものです。
次駅までは道路と平行して、真っ直ぐに近い形で線路は進んでいたのでした。
2006年11月23日
日立電鉄廃線跡探索 その8
久慈浜駅の続きです。
この駅には留置された電車や保線用の無蓋車などがいたのですが、やはり線路も含めて消えてしまっています。

駅舎の後ろを見ると、駅のホームも検修庫の建物も残っていました。

無蓋車が留置されていた脇には、解体された車両の残骸が積まれていました。保線用の車両のものと思われます。

検修庫の反対側にはモーターカーが残っていました。
今回の探索でレール残っていたのを見たのはここが初めて。モーターカーが乗っている部分の短いレールでした。
このモーターカーはどこかの引き取り手を持っているのでしょうか?
この駅には留置された電車や保線用の無蓋車などがいたのですが、やはり線路も含めて消えてしまっています。

駅舎の後ろを見ると、駅のホームも検修庫の建物も残っていました。

無蓋車が留置されていた脇には、解体された車両の残骸が積まれていました。保線用の車両のものと思われます。

検修庫の反対側にはモーターカーが残っていました。
今回の探索でレール残っていたのを見たのはここが初めて。モーターカーが乗っている部分の短いレールでした。
このモーターカーはどこかの引き取り手を持っているのでしょうか?
2006年11月22日
日立電鉄廃線跡探索 その7
7駅目は久慈浜駅です。(本当はこの駅から撮影開始だったのですけどね)

この駅も駅舎は残っていました。でもいたずら書きされていました。

駅前のバス停を見ると立ち入り禁止の黄色いテープが貼られていました。一瞬もう代行バスが駄目になってしまったのかと思ったのですが、他の位置から見ると違いました。

他の位置から見ると駅舎の前に立っていた踏切警報機が傾いており、フェンスに引っかかった状態で止まっていたのでした。
確かにこれでは危険です。
代行バスは日立電鉄交通サービス(株)の運行のようです。

この駅も駅舎は残っていました。でもいたずら書きされていました。

駅前のバス停を見ると立ち入り禁止の黄色いテープが貼られていました。一瞬もう代行バスが駄目になってしまったのかと思ったのですが、他の位置から見ると違いました。

他の位置から見ると駅舎の前に立っていた踏切警報機が傾いており、フェンスに引っかかった状態で止まっていたのでした。
確かにこれでは危険です。
代行バスは日立電鉄交通サービス(株)の運行のようです。
2006年11月21日
日立電鉄廃線跡探索 その6
今度は大甕駅にやってきました。
この駅はJR常磐線との乗換駅でした。JRとは構内の跨線橋で結ばれており、駅から出なくても乗り換えが出来るようになっていました。

この駅の状況は、線路が剥がされただけで、跨線橋やホームがそのままとなっていました。

JR側から跨線橋を通って階段を下りると、日立電鉄の改札所がありました。
その部分もホームの上に残っています。

JR側のホームには出口と日立電鉄乗り換えの案内がありましたが、日立電鉄の上にテープで×印がされていました。
この駅はJR常磐線との乗換駅でした。JRとは構内の跨線橋で結ばれており、駅から出なくても乗り換えが出来るようになっていました。

この駅の状況は、線路が剥がされただけで、跨線橋やホームがそのままとなっていました。

JR側から跨線橋を通って階段を下りると、日立電鉄の改札所がありました。
その部分もホームの上に残っています。

JR側のホームには出口と日立電鉄乗り換えの案内がありましたが、日立電鉄の上にテープで×印がされていました。
2006年11月20日
日立電鉄廃線跡探索 その5
5駅目は水木駅です。
この駅は島式ホームで行き違いが可能な駅でした。
隣りに電鉄プラザというスーパーがあったのですが、こちらも廃業となっていました。
水木駅の状況は線路が剥がされてはいたものの、駅舎とホームは健在でした。

写真は駅舎の改札口です。ここから構内踏切を渡って島式のホームに渡るようになっていました。

ホームの改札側から階段でホームに上がる形です。
この駅は島式ホームで行き違いが可能な駅でした。
隣りに電鉄プラザというスーパーがあったのですが、こちらも廃業となっていました。
水木駅の状況は線路が剥がされてはいたものの、駅舎とホームは健在でした。

写真は駅舎の改札口です。ここから構内踏切を渡って島式のホームに渡るようになっていました。

ホームの改札側から階段でホームに上がる形です。
2006年11月19日
東武ファンフェスタに行ってきました
本日は東武のファンフェスタに行って人混みに揉まれてきました。
天気予報は曇りで昼頃から雨となっているので、とっとと撮って撤収するつもりで出掛けました。
今日のファンフェスタのために、北千住からと柏から臨時列車が2本走ることになっており、北千住発は元急行両毛号用だった1800系が使われる事になっていました。
この車両はまともに撮影したことがなかったので、途中駅で撮影することも考えたのですが、家を出るのが早朝になってしまうので断念。北千住から乗車体験することにしました。
今回も仮設住宅さんと一緒に行くことになり、北千住で待ち合わせすることになっていました。
南栗橋から回送される1800系は、北千住駅では直接折り返しが出来ないため、牛田との間の留置線を使うだろうと予想をしていたらやはりその通りで赤い車両が止まっていました。
直前の踏切にはやはりカメラを持った人々が写真を撮っていました。
半蔵門線を使って先に北千住駅に着いた私の目に入ったのは、1800系の臨時列車を待つ長い列。見ているうちにも延びていきます。
一人だけだったら前の方に並べたのですが、並んでいるより反対ホームからの撮影で十分と方針変換。到着する他の列車を撮影しながら1800系の入線を待ちます。
仮設住宅さんと合流して9時11分になると浅草側から1800系が入選してきます。隣にはスペーシアが同時進入してきます。これはやはり東武鉄道のファンサービスなのかな?

反対ホームには浅草方面行きの列車が来ないので、編成全部を入れての撮影が出来ました。
ここで1800系が撮影できたので、自分の中では今日の目的は達成したような感じになってしまいましたが、一応ファンフェスタの会場に向かいました。
南栗橋の駅に到着すると、会場に向かう人々で階段から詰まってしまい中々改札を抜けられません。
やっとの思いで駅の外に出て会場の南栗橋工場まで歩きます。会場までは無料のシャトルバスが出ているのですが、20分の徒歩を選択しました。
そのまますんなり工場の中に入れるかと思いきや、結構手前から行列に並ぶ羽目になりました。
ここの工場は新しい設備でとてもすっきりしています。個人的には油がべったり付いた機械がごちゃごちゃ並ぶ工場の方が好きなのであまり興味を引かれませんでした。
11時40分から車両の撮影会が始まりました。一斉に写真を撮りに行くため車両の前は人の山。中々写真を撮れません。
車両の並べ方にも多少問題があるようで、先頭の位置が揃っていませんでした。先頭が揃って入れは正面に行かなくても列車の並んだ写真が撮影できるのですが、ずれているため目的の車両の正面に行かないと隠れてしまう車両が出るのです。
これでは効率が悪くなるのは当然でした。

人が多いので人混みを撮影して、早々と撮影は諦め撤収することになりました。
工場の脇の留置車両を撮影しながら工場の裏側から帰ることにしました。
実は裏側からは距離があるけど人のいない並び写真が撮れるのでした。
人はいないけど、フェンスと鉄条網が写りますけどね。

ちなみにこの写真は仮設住宅さんが撮影したものです。身長の低い私ではフェンスがクリアできなかったのでした。
天気予報は曇りで昼頃から雨となっているので、とっとと撮って撤収するつもりで出掛けました。
今日のファンフェスタのために、北千住からと柏から臨時列車が2本走ることになっており、北千住発は元急行両毛号用だった1800系が使われる事になっていました。
この車両はまともに撮影したことがなかったので、途中駅で撮影することも考えたのですが、家を出るのが早朝になってしまうので断念。北千住から乗車体験することにしました。
今回も仮設住宅さんと一緒に行くことになり、北千住で待ち合わせすることになっていました。
南栗橋から回送される1800系は、北千住駅では直接折り返しが出来ないため、牛田との間の留置線を使うだろうと予想をしていたらやはりその通りで赤い車両が止まっていました。
直前の踏切にはやはりカメラを持った人々が写真を撮っていました。
半蔵門線を使って先に北千住駅に着いた私の目に入ったのは、1800系の臨時列車を待つ長い列。見ているうちにも延びていきます。
一人だけだったら前の方に並べたのですが、並んでいるより反対ホームからの撮影で十分と方針変換。到着する他の列車を撮影しながら1800系の入線を待ちます。
仮設住宅さんと合流して9時11分になると浅草側から1800系が入選してきます。隣にはスペーシアが同時進入してきます。これはやはり東武鉄道のファンサービスなのかな?

反対ホームには浅草方面行きの列車が来ないので、編成全部を入れての撮影が出来ました。
ここで1800系が撮影できたので、自分の中では今日の目的は達成したような感じになってしまいましたが、一応ファンフェスタの会場に向かいました。
南栗橋の駅に到着すると、会場に向かう人々で階段から詰まってしまい中々改札を抜けられません。
やっとの思いで駅の外に出て会場の南栗橋工場まで歩きます。会場までは無料のシャトルバスが出ているのですが、20分の徒歩を選択しました。
そのまますんなり工場の中に入れるかと思いきや、結構手前から行列に並ぶ羽目になりました。
ここの工場は新しい設備でとてもすっきりしています。個人的には油がべったり付いた機械がごちゃごちゃ並ぶ工場の方が好きなのであまり興味を引かれませんでした。
11時40分から車両の撮影会が始まりました。一斉に写真を撮りに行くため車両の前は人の山。中々写真を撮れません。
車両の並べ方にも多少問題があるようで、先頭の位置が揃っていませんでした。先頭が揃って入れは正面に行かなくても列車の並んだ写真が撮影できるのですが、ずれているため目的の車両の正面に行かないと隠れてしまう車両が出るのです。
これでは効率が悪くなるのは当然でした。

人が多いので人混みを撮影して、早々と撮影は諦め撤収することになりました。
工場の脇の留置車両を撮影しながら工場の裏側から帰ることにしました。
実は裏側からは距離があるけど人のいない並び写真が撮れるのでした。
人はいないけど、フェンスと鉄条網が写りますけどね。

ちなみにこの写真は仮設住宅さんが撮影したものです。身長の低い私ではフェンスがクリアできなかったのでした。
2006年11月18日
日立電鉄廃線跡探索 その4
4駅目は大沼駅です。

この駅は対向式のホームの駅で、まだホームは残っていました。

駅舎の方は取り壊した直後のようで、コンクリートの土台や廃材が残っている状態でした。

この駅は対向式のホームの駅で、まだホームは残っていました。

駅舎の方は取り壊した直後のようで、コンクリートの土台や廃材が残っている状態でした。
2006年11月17日
日立電鉄廃線跡探索 その3
次は河原子駅です。
この駅は谷になっている部分に駅が作られているので、高い位置に線路と駅があります。
この駅はまだ駅舎が残っていました。

易者は階段を上っていったところにあります。

駅舎の内部はと言うと、解体作業の途中のようで内張が剥がされていました。

ホームもまだ残っていますが、しっかり線路は無くなっています。
写真は大甕方向を見たところです。
この駅は谷になっている部分に駅が作られているので、高い位置に線路と駅があります。
この駅はまだ駅舎が残っていました。

易者は階段を上っていったところにあります。

駅舎の内部はと言うと、解体作業の途中のようで内張が剥がされていました。

ホームもまだ残っていますが、しっかり線路は無くなっています。
写真は大甕方向を見たところです。
2006年11月16日
日立電鉄廃線跡探索 その2
鮎川駅の一つ隣の桜川駅まで来ました。
この駅は関東の駅百選に選ばれていた駅でした。名前に桜が付いているように、春になると桜に囲まれるので百選に選ばれていたのでした。
行った時にはここもすでに駅舎もホームもなく、ショベルカーが整地をしている最中でした。

写真は大甕側から鮎川駅側を眺めたものです。

下の写真は桜川のすぐ近くにある踏切からの線路跡の様子です。
この駅は関東の駅百選に選ばれていた駅でした。名前に桜が付いているように、春になると桜に囲まれるので百選に選ばれていたのでした。
行った時にはここもすでに駅舎もホームもなく、ショベルカーが整地をしている最中でした。

写真は大甕側から鮎川駅側を眺めたものです。

下の写真は桜川のすぐ近くにある踏切からの線路跡の様子です。
2006年11月15日
日立電鉄廃線跡探索 その1
先月の10月9日に日立電鉄の廃線跡を見に行きました。
当日はちょっとしたトラブルがあって日立電鉄の久慈浜駅に着いたのが昼過ぎになっていました。
早速写真撮影を開始しようとカメラを持ったところメモリーカードが入ってない。もう一台のカメラも同じく入ってません。
いつも車で出掛ける時はカメラバックを2つ持ってきており、片方には望遠レンズが入っているのですが、廃線跡の撮影だからとそちらを置いてきたのです。メモリーカードもすべてそちらに入っていたのでした。
最初は写るんですでも使おうかと思いましたが、いまさらフイルムはやめて、メモリカードを購入することにしました。
日立市の近辺なので探せば電気の量販店ぐらいあるだろうと思い車を走らせました。
結局日立市まで行って何とか購入することが出来ましたが、時間的に大ロスです。
私は遠征したときに限って、バッテリーの充電を忘れたりすることが2年に1回ぐらいあります。かなりおっちょこちょいなのです。とほほ…。
メモリーカードが手に入ったのでやっと撮影開始です。日立市まで行ってしまったので、鮎川駅跡から訪問を開始しました。

鮎川駅は日立電鉄の片方の終点駅でした。そして、駅の先に常磐線と平行する形で長い留置線があり、営団の車両に置き換わる前は踏切の先まで車両が留置されていました。
写真は留置線の踏切から鮎川駅跡を見たものです。反対側の留置線は廃止する前から使用されなくなっており、雑草が生い茂っていました。

鮎川駅の駅舎もすっかり消えてしまっていました。
ちょうど正面の白い砂利が入っているところに駅舎が建っていたのでした。

駅舎を抜けると島式のホームがあったのですが、やはり無くなっています。写真の正面に以前はあったのです。
左側に見えている踏切は常磐線のものです。
当日はちょっとしたトラブルがあって日立電鉄の久慈浜駅に着いたのが昼過ぎになっていました。
早速写真撮影を開始しようとカメラを持ったところメモリーカードが入ってない。もう一台のカメラも同じく入ってません。
いつも車で出掛ける時はカメラバックを2つ持ってきており、片方には望遠レンズが入っているのですが、廃線跡の撮影だからとそちらを置いてきたのです。メモリーカードもすべてそちらに入っていたのでした。
最初は写るんですでも使おうかと思いましたが、いまさらフイルムはやめて、メモリカードを購入することにしました。
日立市の近辺なので探せば電気の量販店ぐらいあるだろうと思い車を走らせました。
結局日立市まで行って何とか購入することが出来ましたが、時間的に大ロスです。
私は遠征したときに限って、バッテリーの充電を忘れたりすることが2年に1回ぐらいあります。かなりおっちょこちょいなのです。とほほ…。
メモリーカードが手に入ったのでやっと撮影開始です。日立市まで行ってしまったので、鮎川駅跡から訪問を開始しました。

鮎川駅は日立電鉄の片方の終点駅でした。そして、駅の先に常磐線と平行する形で長い留置線があり、営団の車両に置き換わる前は踏切の先まで車両が留置されていました。
写真は留置線の踏切から鮎川駅跡を見たものです。反対側の留置線は廃止する前から使用されなくなっており、雑草が生い茂っていました。

鮎川駅の駅舎もすっかり消えてしまっていました。
ちょうど正面の白い砂利が入っているところに駅舎が建っていたのでした。

駅舎を抜けると島式のホームがあったのですが、やはり無くなっています。写真の正面に以前はあったのです。
左側に見えている踏切は常磐線のものです。
2006年11月14日
神奈川臨海鉄道探索 その13
線路は90度向きを変えるまでカーブし続け、その先で直線に戻ります。
右側のちょっと先はずっと岸壁となっています。

写真はカーブが終わる地点です。
列車が走って来ないため、線路の上はトラックが駐車していました。

直線の先にはフェンスが待っていました。
この先に行くものは海外に行く車両と言うことになるでしょう。
フェンスの先の様子です。

フェンスの中で線路は終端となっています。これでこの線路の探索も終了となりました。
この後は撤収しました。さすがに来た道を戻ると距離があるのでバスで帰ることにします。
バス停は線路終端からもう少し歩くと、東電前というバス停があり、川崎駅行きに乗車できます。
右側のちょっと先はずっと岸壁となっています。

写真はカーブが終わる地点です。
列車が走って来ないため、線路の上はトラックが駐車していました。

直線の先にはフェンスが待っていました。
この先に行くものは海外に行く車両と言うことになるでしょう。
フェンスの先の様子です。

フェンスの中で線路は終端となっています。これでこの線路の探索も終了となりました。
この後は撤収しました。さすがに来た道を戻ると距離があるのでバスで帰ることにします。
バス停は線路終端からもう少し歩くと、東電前というバス停があり、川崎駅行きに乗車できます。
2006年11月13日
神奈川臨海鉄道探索 その12
ずっと歩いてくるうちに倉庫街も終わりに来ました。

端っこの方にあるかまぼこ形の倉庫は中々味のある形をしているなと思います。
写真に写っている青いトラックは、神奈川臨海鉄道の保線区のトラックでした。
この線は廃線ではないのでたまに見回りに来ているようです。

倉庫街を過ぎると3本の直線で延びてきた線路のうち1本が終了します。
他の2本の線路は道なりにカーブしていきます。

線路はどんどんカーブしていきます。
線路の右側のちょつと先には岸壁があります。
右のフェンスの向こうは税関を通る輸出・輸入の荷物の置き場兼船積み場となっているので立ち入りは出来ません。
追記です。
ホームページを久しぶりに更新しました。
更新内容は京葉臨海鉄道のページを立ち上げたのと、今までの写真をサイズの大きいものに差し替えたのです。(まだ全部ではないけど)
実は先月からムキになって写真撮りに遠征を繰り返していたら、体が動かなくなってしまいました。
3日間出掛けるつもりの連休を体力の回復に当てたため何とか復活したところです。
その間の暇つぶしでホームページが更新できたのでした。
これからはほどほどで行きたいと思います。
ホームページの方もしょぽい写真ですけどお暇な方はどうぞ。http://park.geocities.jp/kd55_101/

端っこの方にあるかまぼこ形の倉庫は中々味のある形をしているなと思います。
写真に写っている青いトラックは、神奈川臨海鉄道の保線区のトラックでした。
この線は廃線ではないのでたまに見回りに来ているようです。

倉庫街を過ぎると3本の直線で延びてきた線路のうち1本が終了します。
他の2本の線路は道なりにカーブしていきます。

線路はどんどんカーブしていきます。
線路の右側のちょつと先には岸壁があります。
右のフェンスの向こうは税関を通る輸出・輸入の荷物の置き場兼船積み場となっているので立ち入りは出来ません。
追記です。
ホームページを久しぶりに更新しました。
更新内容は京葉臨海鉄道のページを立ち上げたのと、今までの写真をサイズの大きいものに差し替えたのです。(まだ全部ではないけど)
実は先月からムキになって写真撮りに遠征を繰り返していたら、体が動かなくなってしまいました。
3日間出掛けるつもりの連休を体力の回復に当てたため何とか復活したところです。
その間の暇つぶしでホームページが更新できたのでした。
これからはほどほどで行きたいと思います。
ホームページの方もしょぽい写真ですけどお暇な方はどうぞ。http://park.geocities.jp/kd55_101/
2006年11月12日
神奈川臨海鉄道探索 その11
他の倉庫に続く線路を見てみます。

分かれて倉庫に向かう途中に木が生えています。
近くまで行くと転轍機のある囲いから生えています。

転轍機の囲いを見るとコンクリで増設されてすっかり立派な花壇と化していました。
ちゃんとスコップもあったので誰かが手入れをしているようです。
木が繁ってよく見えませんが、転轍機も一緒に植わっています。

この線の終端の倉庫の線路はやはり使われていないようです。

分かれて倉庫に向かう途中に木が生えています。
近くまで行くと転轍機のある囲いから生えています。

転轍機の囲いを見るとコンクリで増設されてすっかり立派な花壇と化していました。
ちゃんとスコップもあったので誰かが手入れをしているようです。
木が繁ってよく見えませんが、転轍機も一緒に植わっています。

この線の終端の倉庫の線路はやはり使われていないようです。
2006年11月11日
神奈川臨海鉄道探索 その10
倉庫の間に延びる線路は複線からさらに1本分岐して3本平行となっています。
昔は貨車が沢山いて賑わっていたのでしょうが、現在は閑散としています。
この場所は特撮やテレビドラマでも使われていたところなので見覚えのある人もいるのでは?

ポイントの転轍機部分は車がぶつかっても大丈夫なように、頑丈な囲いをされていました。
ポイントの部分は砂に埋もれてポイントの役目をしそうもありません。

頑丈に作ってある囲いでもトラックも頑丈なのであっちこっちで壊れていました。
使われることもないようなのでそのままになっています。

倉庫の間を延びる3本の線路です。
他の線に移るためにあちこちにポイントが存在します。他の倉庫に分岐していく線路もあります。
昔は貨車が沢山いて賑わっていたのでしょうが、現在は閑散としています。
この場所は特撮やテレビドラマでも使われていたところなので見覚えのある人もいるのでは?

ポイントの転轍機部分は車がぶつかっても大丈夫なように、頑丈な囲いをされていました。
ポイントの部分は砂に埋もれてポイントの役目をしそうもありません。

頑丈に作ってある囲いでもトラックも頑丈なのであっちこっちで壊れていました。
使われることもないようなのでそのままになっています。

倉庫の間を延びる3本の線路です。
他の線に移るためにあちこちにポイントが存在します。他の倉庫に分岐していく線路もあります。
2006年11月10日
日本製紙王子工場再訪
今日は仕事の明け番を利用して王子の日本製紙の工場を見に行ってきました。
前回は6月10日土曜日に行ったので列車は運休していて、動いているところが撮れなかったので再チャレンジです。
行ったのは良いのですが、折角聞いていたスイッチャーが動く時間をすっかり忘れていたので、スイッチャーも前回と同じところで停車したままでした。
前回撮れなかった3両のスイッチャも、コンテナ車に阻まれて撮影が不可能なのも一緒でした。
しばらく時間を潰していたのですが、一向に動く気配がないので諦めて都電の撮影に切り替えました。
1時間ほど都電を撮影して、秋葉原で買い物するために王子駅から浜東北線南行きの電車に乗車。12時50分を過ぎたあたりでした。
ぼけっと線路廃線を眺めていると、次駅の上中里駅の手前で青いDE10がコンテナ車を轢いてすれ違っていきます。
どう見ても王子の支線を走っていたので、上中里駅で北行きに乗り換えて上十条駅まで行きます。
王子の工場へは上十条駅から10分ほどで着きましたが、直前でコンテナが動き出しDE10は行ってしまいました。
でもコンテナ車がいなくなったお陰で3両のスイッチャーが撮影できるようになったのでラッキーでした。

ここに並んでいる3両は全部メーカーの違うスイッチャーでした。
真ん中にいたのは日本車輌製のオレンジのスイッチャー。

協賛工業製のスイッチャーもオレンジ色です。

北陸重機製のスイッチャーは上が白で下が青のツートンでした。
残念ながら木の陰がかぶってしまったのではっきりしない写真になってしまいましたが、撮れないよりはましと言うことで。
もう一両のスイッチャーは工場ののホームで荷下ろしをしているコンテナ車の先頭に、エンジンを掛けたまま繋がっていました。
先ほどすれ違ったコンテナ車を入れ換えたためのようです。
再び、動き出すのを待っているつもりでしたが、荷下ろしが終わりそうもないので今回は撤収しました。
動いているところはまた次回にチャレンジです。
前回は6月10日土曜日に行ったので列車は運休していて、動いているところが撮れなかったので再チャレンジです。
行ったのは良いのですが、折角聞いていたスイッチャーが動く時間をすっかり忘れていたので、スイッチャーも前回と同じところで停車したままでした。
前回撮れなかった3両のスイッチャも、コンテナ車に阻まれて撮影が不可能なのも一緒でした。
しばらく時間を潰していたのですが、一向に動く気配がないので諦めて都電の撮影に切り替えました。
1時間ほど都電を撮影して、秋葉原で買い物するために王子駅から浜東北線南行きの電車に乗車。12時50分を過ぎたあたりでした。
ぼけっと線路廃線を眺めていると、次駅の上中里駅の手前で青いDE10がコンテナ車を轢いてすれ違っていきます。
どう見ても王子の支線を走っていたので、上中里駅で北行きに乗り換えて上十条駅まで行きます。
王子の工場へは上十条駅から10分ほどで着きましたが、直前でコンテナが動き出しDE10は行ってしまいました。
でもコンテナ車がいなくなったお陰で3両のスイッチャーが撮影できるようになったのでラッキーでした。

ここに並んでいる3両は全部メーカーの違うスイッチャーでした。
真ん中にいたのは日本車輌製のオレンジのスイッチャー。

協賛工業製のスイッチャーもオレンジ色です。

北陸重機製のスイッチャーは上が白で下が青のツートンでした。
残念ながら木の陰がかぶってしまったのではっきりしない写真になってしまいましたが、撮れないよりはましと言うことで。
もう一両のスイッチャーは工場ののホームで荷下ろしをしているコンテナ車の先頭に、エンジンを掛けたまま繋がっていました。
先ほどすれ違ったコンテナ車を入れ換えたためのようです。
再び、動き出すのを待っているつもりでしたが、荷下ろしが終わりそうもないので今回は撤収しました。
動いているところはまた次回にチャレンジです。
2006年11月09日
神奈川臨海鉄道探索 その9
千鳥町駅から港方向を見てみます。
すぐ先が港の岸壁になっており、貨物船が停まっていました。

良く見ると先ほど見た線路の先にも線路が見えます。

港側から千鳥町駅を見たところです。

新たに見えた線路は複線で倉庫の間を延びていました。
すぐ先が港の岸壁になっており、貨物船が停まっていました。

良く見ると先ほど見た線路の先にも線路が見えます。

港側から千鳥町駅を見たところです。

新たに見えた線路は複線で倉庫の間を延びていました。
2006年11月08日
神奈川臨海鉄道探索 その8
橋の先で分岐した線はカーブしてすぐに道路を渡ります。

道路を渡った線路は工場の間に入っていきました。
この辺りは直接線路に平行する道路がないため迂回することになります。

しばらく歩くと千鳥町駅に着きます。
実際はここまでの間に簡単なヤードがあるのですが、違う道を通ってしまったので見ることが出来ませんでした。

上の写真は千鳥町駅に向かってくる線路です。工場の中から出てくる様に見えます。ある意味これも臨海鉄道らしい風景です。

道路を渡った線路は工場の間に入っていきました。
この辺りは直接線路に平行する道路がないため迂回することになります。

しばらく歩くと千鳥町駅に着きます。
実際はここまでの間に簡単なヤードがあるのですが、違う道を通ってしまったので見ることが出来ませんでした。

上の写真は千鳥町駅に向かってくる線路です。工場の中から出てくる様に見えます。ある意味これも臨海鉄道らしい風景です。
2006年11月07日
神奈川臨海鉄道探索 その7
塩浜機関区の次は千鳥線を見に行きます。
機関区から浮島線と反対方向に歩くと産業道路と呼ばれている太い道に出ます。そのまま産業道路を歩いていると踏切があります。そこが千鳥線です。
ちなみに産業道路に沿って緑地帯があります。そのすぐ横が京急の大師線の廃線区間の跡地です。先ほどの踏切の近くでは、千鳥線と平面交差していました。今も位置だけは分かります。

踏切を越えて産業道路を渡り千鳥線に沿って進むと橋に出ます。
この橋のずっと向こうには先ほど辿っていた浮島線の橋が見えます。

橋の先で線路は分岐しています。

橋の反対から見るとこんな感じです。
セメント会社のタンクが特徴的な色で塗られていました。
今回載せている3枚の写真は昨年の9月のものです。この区間は昨年も来ていたので写真を撮っていなかったのでした。
昨年は分岐の直線側を探索していますので、今回は曲がっていく方を探索です。
機関区から浮島線と反対方向に歩くと産業道路と呼ばれている太い道に出ます。そのまま産業道路を歩いていると踏切があります。そこが千鳥線です。
ちなみに産業道路に沿って緑地帯があります。そのすぐ横が京急の大師線の廃線区間の跡地です。先ほどの踏切の近くでは、千鳥線と平面交差していました。今も位置だけは分かります。

踏切を越えて産業道路を渡り千鳥線に沿って進むと橋に出ます。
この橋のずっと向こうには先ほど辿っていた浮島線の橋が見えます。

橋の先で線路は分岐しています。

橋の反対から見るとこんな感じです。
セメント会社のタンクが特徴的な色で塗られていました。
今回載せている3枚の写真は昨年の9月のものです。この区間は昨年も来ていたので写真を撮っていなかったのでした。
昨年は分岐の直線側を探索していますので、今回は曲がっていく方を探索です。
2006年11月06日
神奈川臨海鉄道探索 その6
浮島線を見終わった後、平行する道路を走るバスに乗って川崎貨物駅まで戻ります。
この通りには結構バスが走っているのでとても重宝します。

JRの川崎貨物駅に隣接して神奈川臨海鉄道の塩浜機関区があります。
機関庫らしき建物からはDD55形が2両顔を出していました。
そのずっと先でも1両が入れ替えをしているのが見えました。

機関庫の少し先にも建物が建っています。こちらはJR貨物の貨車のメンテナンスをしている川崎車両所だと思いましたが、はっきりしません。
良く見ると機関車が見えたので望遠レンズで撮影したのが上の写真です。
見えたのは水色のスイッチャーでした。
この通りには結構バスが走っているのでとても重宝します。

JRの川崎貨物駅に隣接して神奈川臨海鉄道の塩浜機関区があります。
機関庫らしき建物からはDD55形が2両顔を出していました。
そのずっと先でも1両が入れ替えをしているのが見えました。

機関庫の少し先にも建物が建っています。こちらはJR貨物の貨車のメンテナンスをしている川崎車両所だと思いましたが、はっきりしません。
良く見ると機関車が見えたので望遠レンズで撮影したのが上の写真です。
見えたのは水色のスイッチャーでした。
2006年11月05日
神奈川臨海鉄道探索 その5
浮島駅から直線で続く線路は500m程先で終端となりました。この間は特に特徴もありません。
再び浮島町に戻って分岐していく線路を辿ります。
しばらく歩くと青いスイッチャーがいました。
スイッチャーのメーカーは日本車輌。ナンバーは46が付いていました。

ここは日本石油輸送の川崎メンテナンスセンターというらしいです。名前の通りに日本石油輸送に所属する貨車をメンテナンスするための施設とのこと。
スイッチャーはタンク車と連結した形で止まっていました。

この先にも少しだけ線路は延びており、2両のタンク車が止まっていました。
再び浮島町に戻って分岐していく線路を辿ります。
しばらく歩くと青いスイッチャーがいました。
スイッチャーのメーカーは日本車輌。ナンバーは46が付いていました。

ここは日本石油輸送の川崎メンテナンスセンターというらしいです。名前の通りに日本石油輸送に所属する貨車をメンテナンスするための施設とのこと。
スイッチャーはタンク車と連結した形で止まっていました。

この先にも少しだけ線路は延びており、2両のタンク車が止まっていました。
2006年11月04日
DD53何とか撮れました
3日に運転したDD53ばんえつ物語号何とか撮れました。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
2006年11月03日
神奈川臨海鉄道探索 その4
今は朝4時過ぎです。これからDD53ばんえつ物語号を撮影しに出発です。天気も良いようなので楽しみです。
ここから本題です。末広町駅から前進を続けました。
すぐの所に右に分岐していく線路があります。

右には石油工場の積み込み施設がありますが、道路からでちょっと見えづらいです。見える場所はタンクローリーの出入りがありますので、危なそうなので撮影はやめておきました。

更に歩いていくと、また分岐があります。
ここが浮島町駅のようです。

駅名標はありますが、線路が分岐するだけで他には何もありませんでした。
ここから本題です。末広町駅から前進を続けました。
すぐの所に右に分岐していく線路があります。

右には石油工場の積み込み施設がありますが、道路からでちょっと見えづらいです。見える場所はタンクローリーの出入りがありますので、危なそうなので撮影はやめておきました。

更に歩いていくと、また分岐があります。
ここが浮島町駅のようです。

駅名標はありますが、線路が分岐するだけで他には何もありませんでした。
2006年11月02日
神奈川臨海鉄道探索 その3
高圧線の下に沿って進んでいくと、末広町駅に到着しました。

ここは本線と荷扱い線だけのシンプルな構造となっています。

先ほどもあった川崎市環境局のコンテナがありました。
川崎市のコンテナは、梶ヶ谷貨物ターミナルに隣接した施設にゴミを集めて、ここ、末広町にあるゴミ処理施設まで運ぶためのものです。

末広町の構内の様子です。あっさりしてます。

ここは本線と荷扱い線だけのシンプルな構造となっています。

先ほどもあった川崎市環境局のコンテナがありました。
川崎市のコンテナは、梶ヶ谷貨物ターミナルに隣接した施設にゴミを集めて、ここ、末広町にあるゴミ処理施設まで運ぶためのものです。

末広町の構内の様子です。あっさりしてます。
2006年11月01日
神奈川臨海鉄道探索 その2
陸橋を降りて左側の線路が神奈川臨海鉄道の浮島線です。ノンビリと線路に沿って歩いていきます。ちょうど線路に沿って道が続いています。
塩浜駅のこの近辺で目立つのは、クリームに水色でKの字の入った川崎市環境局のコンテナです。コンテナ車に乗って並んでいます。
線路に沿ったまま、太い通りを超えると線路に沿った道は終わりになりました。そこに踏切があったので線路の反対側に出ます。

ここの踏切警報機を良く見ると、赤い点滅ランプが8個もついてました。こんなについてるのは見た記憶がありません。(もしかしたら気が付いて無いだけかな)
線路の反対側にも太い道が平行しています。線路も道路もしぱらく直線で続いていました。
道路の上には首都高速道が続いており、浮島JCTに続いています。

しばらく進むと単調な直線に変化が現れました。運河を越えるために鉄橋を渡ります。下を船が通るためか高さを上げてあり、前後が勾配になっています。
列車が走るときは、機関車が黒煙を上げて走るのを撮れるかなと思いました。
この運河の橋から道路の向こう側を見ると、多摩川を挟んで東京モノレールや羽田空港がよく見えます。

橋を越えると今度は線路の上に高圧電線の鉄塔が並ぶようになりました。工場地帯を走る線なのでこれも良い被写体になると思います。
塩浜駅のこの近辺で目立つのは、クリームに水色でKの字の入った川崎市環境局のコンテナです。コンテナ車に乗って並んでいます。
線路に沿ったまま、太い通りを超えると線路に沿った道は終わりになりました。そこに踏切があったので線路の反対側に出ます。

ここの踏切警報機を良く見ると、赤い点滅ランプが8個もついてました。こんなについてるのは見た記憶がありません。(もしかしたら気が付いて無いだけかな)
線路の反対側にも太い道が平行しています。線路も道路もしぱらく直線で続いていました。
道路の上には首都高速道が続いており、浮島JCTに続いています。

しばらく進むと単調な直線に変化が現れました。運河を越えるために鉄橋を渡ります。下を船が通るためか高さを上げてあり、前後が勾配になっています。
列車が走るときは、機関車が黒煙を上げて走るのを撮れるかなと思いました。
この運河の橋から道路の向こう側を見ると、多摩川を挟んで東京モノレールや羽田空港がよく見えます。

橋を越えると今度は線路の上に高圧電線の鉄塔が並ぶようになりました。工場地帯を走る線なのでこれも良い被写体になると思います。
