2007年10月07日
ちょいと長野まで その1
昨日は長野まで遊びに行ってきました。
目的は長野総合車両センターの公開と長野電鉄の撮影です。
細かい話は青森・秋田撮影旅行の話が終わったら(まだ2日目の話を引っ張ってるのでいつ終わるのかな?)と言うことにしますが、長野総合車両センターの展示車両の写真を公開。

長野総合車両センターの展示車両です。
廃車後に長野総合車両センターで保管している2両の電気機関車が展示されていました。
どちらも鉄道史に残る機関車です。

信越本線の碓氷峠越えの補機として活躍した機関車です。
様々な車種と連結するために、沢山付いたジャンパ線も特徴の一つです。
長野新幹線の開通による碓氷峠越えの廃止により、走る線路を失い、お役ご免となってしまいました。

こちらはED60 1号機。
新型直流機のパイオニアで、全部で8両が製造されています。
写真の1号機は、新製から廃車までほとんど大糸線で過ごした車両でした。
こちらの機関車は現役時代には見ていませんが、兄弟機のED61改造のED62は飯田線で見ていたので、ちょっと懐かしく思いました。
目的は長野総合車両センターの公開と長野電鉄の撮影です。
細かい話は青森・秋田撮影旅行の話が終わったら(まだ2日目の話を引っ張ってるのでいつ終わるのかな?)と言うことにしますが、長野総合車両センターの展示車両の写真を公開。

長野総合車両センターの展示車両です。
廃車後に長野総合車両センターで保管している2両の電気機関車が展示されていました。
どちらも鉄道史に残る機関車です。

信越本線の碓氷峠越えの補機として活躍した機関車です。
様々な車種と連結するために、沢山付いたジャンパ線も特徴の一つです。
長野新幹線の開通による碓氷峠越えの廃止により、走る線路を失い、お役ご免となってしまいました。

こちらはED60 1号機。
新型直流機のパイオニアで、全部で8両が製造されています。
写真の1号機は、新製から廃車までほとんど大糸線で過ごした車両でした。
こちらの機関車は現役時代には見ていませんが、兄弟機のED61改造のED62は飯田線で見ていたので、ちょっと懐かしく思いました。
