2007年04月21日
静岡へ行った時の話 その10
長沼駅脇の踏切を渡ると静岡鉄道の鉄道営業所があります。

折角来たので、鉄道営業所を訪れたところ、車両基地の撮影許可をもらえたので、構内の撮影を開始しました。

駅から見た時に一番気になっていた、旧型電車のクモハ20が撮影できたのでラッキーでした。
このクモハ20は、1930年に現JR鶴見線の前身である、鶴見臨港鉄道が新潟鉄工浅野造船所に発注したモハ100形の1両でした。
1957年に静岡国体開催時の輸送力増強対策として、鶴見臨港鉄道の国有化によって国鉄籍となり、その後現役を退いたモハ103、107、109の3両を国鉄より譲渡を受け、クモハ18、19、20として1957年8月に静岡鉄道に来ています。
新型車の増備により、クモハ20号以外は廃車となり、1両のみが庫内入換、工事用車両として機械扱いとして使われていた物です。
1997年に写真にも写っている、軌道モーターカーが導入されて現役を引退しています。
以前、銚子電鉄にいたデハ301も鶴見臨港鉄道から移った同型車でした。
鹿島鉄道の最終日に仮設住宅氏と会った時の話では、私が行く少し前に静岡鉄道に行った時には、表に出ていなかったので、まともに撮影できなかったそうです。
このブログを書くために改めて静岡鉄道のことを調べたら、3月19日以降にクモハ20が解体されてしまったようです。
静岡鉄道の3月9日付けのホームページに解体前に一般公開がされるとの話が載っていたようですが、気が付いていませんでした。
結果として撮影することが出来たので運が良かったのでしょう。
この基地には古い電動貨車もいるようなのですが、この時は気が付きませんでした。

軌道モーターカーは大切に使われているようで、きれいな状態でしす。
でもこの車両が導入されたお陰で、クモハ20がお役ご免→解体となったのです。

折角来たので、鉄道営業所を訪れたところ、車両基地の撮影許可をもらえたので、構内の撮影を開始しました。

駅から見た時に一番気になっていた、旧型電車のクモハ20が撮影できたのでラッキーでした。
このクモハ20は、1930年に現JR鶴見線の前身である、鶴見臨港鉄道が新潟鉄工浅野造船所に発注したモハ100形の1両でした。
1957年に静岡国体開催時の輸送力増強対策として、鶴見臨港鉄道の国有化によって国鉄籍となり、その後現役を退いたモハ103、107、109の3両を国鉄より譲渡を受け、クモハ18、19、20として1957年8月に静岡鉄道に来ています。
新型車の増備により、クモハ20号以外は廃車となり、1両のみが庫内入換、工事用車両として機械扱いとして使われていた物です。
1997年に写真にも写っている、軌道モーターカーが導入されて現役を引退しています。
以前、銚子電鉄にいたデハ301も鶴見臨港鉄道から移った同型車でした。
鹿島鉄道の最終日に仮設住宅氏と会った時の話では、私が行く少し前に静岡鉄道に行った時には、表に出ていなかったので、まともに撮影できなかったそうです。
このブログを書くために改めて静岡鉄道のことを調べたら、3月19日以降にクモハ20が解体されてしまったようです。
静岡鉄道の3月9日付けのホームページに解体前に一般公開がされるとの話が載っていたようですが、気が付いていませんでした。
結果として撮影することが出来たので運が良かったのでしょう。
この基地には古い電動貨車もいるようなのですが、この時は気が付きませんでした。

軌道モーターカーは大切に使われているようで、きれいな状態でしす。
でもこの車両が導入されたお陰で、クモハ20がお役ご免→解体となったのです。
