2006年12月28日
蒲原鉄道の跡を巡る その8
今度は冬鳥越駅の跡にやってきました。
ここの駅はすぐ横がスキー場になっており、冬になるとスキー客で賑わったと言います。
そんな場所を線路が走っていたと言うことは除雪なんかは大変だったのでしょう。
ここにも保存されている電車が2両います。

ここ冬鳥越にいたのはモハ1とモハ61の2両でした。
モハ1形はダブルルーフの古い車両です。
ここにも案内板があったので内容を記入しておきます。
県内最古の木造電車(モハ1号)
蒲原鉄道は大正12年10月20日に五泉~村松間4.2㎞の運行を開始し、昭和5年7月22日には村松~東加茂間15.2㎞を開通、昭和5年10月20日には東加茂~加茂間2.5㎞を開通し、全線21.9㎞になります。その後、昭和60年3月31日をもって加茂~村松間17.7㎞を廃止、平成11年10月3日には五泉~村松間4.2㎞を廃止し、77年間続いた鉄道の使命を終えました。
日本の鉄道車両は、大正末期から昭和初期にかけて、ようやく木製から半鋼製に代わってきました。ここに展示するモハ1号は大正12年蒲田車輌製造のもので誕生してからわずか4年後に半鋼製時代を迎えます。
当初は五泉~村松間、その後昭和5年から昭和29年まで五泉~加茂間で運行され地域発展につくしました。
形式:モハ1
全長:11.455m 全幅:2.692m 高さ:4.064m
定員:66人 自重:20.03t
加茂市:市指定文化財

モハ1形の車内も自由に見ることが出来ます。
残念ながら自由すぎで、シートモケットは所々切れてしまっていました。
もうちょっと管理しないとこの貴重な電車はボロボロになってしまいそうです。
(整備してきれいな状態にしただけにもったいないです。)

こちらはモハ61です。
こちらも案内板の内容を記入しておきます。
半鋼製電動客車(モハ61号)
この電車は昭和15年に日本鉄道自動車(株)が武蔵野鉄道の半鋼製制御車として製造したもので、昭和初期の私鉄向きの標準型電車です。昭和33年1月に蒲原鉄道に譲渡する前に電動車に改造されました。
昭和33年から昭和60年に村松~加茂間が廃止されるまでと、その後平成11年に五泉~村松間が廃止されるまで運行され「モハ1号」とともに地域発展につくしました。
この種類の電車は、昭和11年頃から16年頃にかけて多数製造されましたが、比較的新しい時代の製造のためか、製造以来60年を経過した現在、保存車両は全国的に見てもかなり数が少なくなっています。
形式:モハ61
全長:17.000m 全幅:2.725m 高さ:4.110m
定員:110人 自重:27.45t
加茂市:市指定文化財

モハ1とモハ61が仲良く並んでいるところです。
しかし蒲原鉄道は保存車両が多いですね。
それだけ地元の人に愛着を持たれていたと言うことでしょうか。
ここの駅はすぐ横がスキー場になっており、冬になるとスキー客で賑わったと言います。
そんな場所を線路が走っていたと言うことは除雪なんかは大変だったのでしょう。
ここにも保存されている電車が2両います。

ここ冬鳥越にいたのはモハ1とモハ61の2両でした。
モハ1形はダブルルーフの古い車両です。
ここにも案内板があったので内容を記入しておきます。
県内最古の木造電車(モハ1号)
蒲原鉄道は大正12年10月20日に五泉~村松間4.2㎞の運行を開始し、昭和5年7月22日には村松~東加茂間15.2㎞を開通、昭和5年10月20日には東加茂~加茂間2.5㎞を開通し、全線21.9㎞になります。その後、昭和60年3月31日をもって加茂~村松間17.7㎞を廃止、平成11年10月3日には五泉~村松間4.2㎞を廃止し、77年間続いた鉄道の使命を終えました。
日本の鉄道車両は、大正末期から昭和初期にかけて、ようやく木製から半鋼製に代わってきました。ここに展示するモハ1号は大正12年蒲田車輌製造のもので誕生してからわずか4年後に半鋼製時代を迎えます。
当初は五泉~村松間、その後昭和5年から昭和29年まで五泉~加茂間で運行され地域発展につくしました。
形式:モハ1
全長:11.455m 全幅:2.692m 高さ:4.064m
定員:66人 自重:20.03t
加茂市:市指定文化財

モハ1形の車内も自由に見ることが出来ます。
残念ながら自由すぎで、シートモケットは所々切れてしまっていました。
もうちょっと管理しないとこの貴重な電車はボロボロになってしまいそうです。
(整備してきれいな状態にしただけにもったいないです。)

こちらはモハ61です。
こちらも案内板の内容を記入しておきます。
半鋼製電動客車(モハ61号)
この電車は昭和15年に日本鉄道自動車(株)が武蔵野鉄道の半鋼製制御車として製造したもので、昭和初期の私鉄向きの標準型電車です。昭和33年1月に蒲原鉄道に譲渡する前に電動車に改造されました。
昭和33年から昭和60年に村松~加茂間が廃止されるまでと、その後平成11年に五泉~村松間が廃止されるまで運行され「モハ1号」とともに地域発展につくしました。
この種類の電車は、昭和11年頃から16年頃にかけて多数製造されましたが、比較的新しい時代の製造のためか、製造以来60年を経過した現在、保存車両は全国的に見てもかなり数が少なくなっています。
形式:モハ61
全長:17.000m 全幅:2.725m 高さ:4.110m
定員:110人 自重:27.45t
加茂市:市指定文化財

モハ1とモハ61が仲良く並んでいるところです。
しかし蒲原鉄道は保存車両が多いですね。
それだけ地元の人に愛着を持たれていたと言うことでしょうか。
