2006年10月04日
葛生方面廃線跡探検 その2
両方の線路跡を気にしながら葛生方向に進むと、住友大阪セメントの工場が見えてきました。
住友セメントの専用線はここまでセメントの原石を運んでいたのです。
セメント工場を回り込んで、専用線の跡を辿ろうと道を曲がった瞬間、踏切の黒と黄色の柵と架線柱が目に入りました。
この場所はちょうど線路跡であり、私のナビは古かったのでそこには日鉄鉱業線と表示されていました。
先の方にヤードらしきものが見えたので向かってみます。
向かった先には広大な草むらがY字形に広がっており、片側はその延長が住友大阪セメントの工場に向いています。
反対側はナビ上の日鉄鉱業線に繋がっていました。

ここのヤードにはレールはなかったものの架線柱は残っていました。
ここは東武鉄道の上白石貨物駅跡であり、昔はここで東武の大叶、会沢の2本の貨物線、日鉄鉱業羽鶴専用線の3線が分岐していたのです。
遠くを見ると腕木信号機も2本残っていました。
多くの写真を撮って今度は日鉄鉱業羽鶴専用線の探索に向かいます。

今度はナビに線路が載っているので跡を辿るのは簡単で、さらに当時から線路の上に高圧電線が通っていたので、遠くから見ても分かりやすくなっていました。

線路を追っているうちに貨車2両を発見しました。
珍しくレールの上に乗った有蓋車で、東武鉄道が所有していたワムのようです。
この貨車が置いてある場所は常磐信号所だったところで、転車台もあるらしいのですが、この時は気が付きませんでした。
終点まで一通り辿った後は大叶線を探索しに行きます。
住友セメントの専用線はここまでセメントの原石を運んでいたのです。
セメント工場を回り込んで、専用線の跡を辿ろうと道を曲がった瞬間、踏切の黒と黄色の柵と架線柱が目に入りました。
この場所はちょうど線路跡であり、私のナビは古かったのでそこには日鉄鉱業線と表示されていました。
先の方にヤードらしきものが見えたので向かってみます。
向かった先には広大な草むらがY字形に広がっており、片側はその延長が住友大阪セメントの工場に向いています。
反対側はナビ上の日鉄鉱業線に繋がっていました。

ここのヤードにはレールはなかったものの架線柱は残っていました。
ここは東武鉄道の上白石貨物駅跡であり、昔はここで東武の大叶、会沢の2本の貨物線、日鉄鉱業羽鶴専用線の3線が分岐していたのです。
遠くを見ると腕木信号機も2本残っていました。
多くの写真を撮って今度は日鉄鉱業羽鶴専用線の探索に向かいます。

今度はナビに線路が載っているので跡を辿るのは簡単で、さらに当時から線路の上に高圧電線が通っていたので、遠くから見ても分かりやすくなっていました。

線路を追っているうちに貨車2両を発見しました。
珍しくレールの上に乗った有蓋車で、東武鉄道が所有していたワムのようです。
この貨車が置いてある場所は常磐信号所だったところで、転車台もあるらしいのですが、この時は気が付きませんでした。
終点まで一通り辿った後は大叶線を探索しに行きます。
