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木曽路・伊那路撮影行 その75

下付知駅駅舎跡
 下付知駅の駅舎が建っていた場所です。
 コンクリートの土台やドアレールの跡が残っていました。

下付知駅の中津町方向の様子
 駅の中津町方向には線路跡が残っていますが、その先の区間は道路に変わっています。

下付知バス停
 駅舎跡の前には下付知バス停があります。
 鉄道の末期から昼間は鉄道を運休してバスの運行でカバーしており、そのまま北恵那交通のバスが地元の足として活躍しているようです。

 今回で北恵那鉄道の廃線跡を巡る話は終わりですが、木曽路・伊那路撮影行はもう少し続きます。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 07:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その74

下付知駅跡
 北恵那鉄道22.1㎞の廃線跡を辿る旅も終点の下付知駅跡までやって来ました。
 下付知の駅舎は廃止後2002年1月まで残っていましたが、解体されてしまいました。
 車が止まっている場所の後ろに駅舎があったと思われます。

下付知駅ホーム跡 中津町方向
 駅舎は無くなりましたが、ホームは残っていました。
 中津町方向を向いて撮影しています。
 ホーム右側に線路があった形となり、その向こうには木材積み出し用の貨物ホームもありました。
 貨物ホーム跡は木材の集積場としてそのまま使用されているようでした。 

下付知駅ホーム跡 線路終端方向
 今度は反対方向を見ています。
 線路はホームと同じ高さまで埋められています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その73

稲荷橋駅跡付近の線路跡
 国道を下付知方面へ走っていくと、駅名と同じ稲荷橋というバス停があり、その先に稲荷という交差点があります。
 この交差点を曲がってすぐ左側の写真です。
 この砂利道が線路跡の道になります。

砂利道からバラストに
 砂利道を進むと(中津町方向です)バラストが現れました。
 線路の跡であった証拠です。

稲荷橋駅ホーム跡
 上の写真より若干中津町寄りに移動しての写真です。
 稲荷橋駅のホームが残っていました。

地名や駅名の由来の稲荷神社
 駅跡の近くには地名や駅名の由来となった稲荷神社が有りました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その72

 順番的にはその69の後の話になります。

田瀬~稲荷橋間の線路跡
 田瀬駅跡から下付知側の線路跡も容易に辿れます。
 区間で言えば、田瀬~稲荷橋になる場所です。
 見えている道路を越えると田瀬駅構内になります。

田瀬~稲荷橋間の線路跡 2
 下付知方向に続く線路跡を歩いています。
 道路より一段高い地点に線路跡が続きます。

田瀬~稲荷橋間の線路跡を下の道路から
 下の道路から線路跡の築堤を見ています。

田瀬~稲荷橋間の線路跡を下の道路から 2
 離れていた国道が近づいてきた付近で線路跡が分からなくなりました。
 写真のバス停の上辺りまでは辿ってこられたのですが、道路の整備で削られてしまったのか分かりませんが、はっきりしなくなりました。
 ちなみにバス停の名前は田瀬橋になります。

 下付知に向かって国道を進むとしばらくすると小さな川を越えていた橋の跡が見えました。
 国道に対して下付知に向かって左側です。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その71

 ガーター橋の近くにも北恵那交通バスのバス停があります。
 ここのは島田橋バス停になります。

美濃下野~田瀬間の築堤をしたから
 さらに道路に沿って下付知側に歩いていくと、築堤がはっきりします。
 築堤の上に出られそうなので上がってみることに。

美濃下野~田瀬間築堤の上 中津町方向
 築堤の上から中津町方向を見ています。
 少し先がガーター橋になります。

美濃下野~田瀬間築堤の上 下付知方向
 こちらは反対を向いて下付知方向の様子です。
 農家の前を通っていました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:03 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その70

 前日のうちに長野から帰ってきましたが、日付変更線の手前となり、さすがに眠たい…。
 天気予報は当たりで午前中は晴れ、午後からが雨でした。
 細かい話はまた後ほど。

 本題の北恵那鉄道の話ですが本当はその67の後の話です。
 順番を飛ばしてましたので中津町側に戻ります。

美濃下野~田瀬間のサイクリングロードの終わり
 美濃下野~田瀬間の線路跡を利用したサイクリングロードの終点です。
 サイクリングロードは下り坂となって下の国道と同じ高さになりますが、線路跡は写真の真ん中に写っている電柱の方向に向かって続いていたと思われます。

美濃下野~田瀬間の橋台跡?
 電柱の先には違う道路があり、黒い車の上から再び線路跡が続いています。
 この道路が昔から存在していたら、黒い車の位置辺りに橋台があって道路をオーバークロスしていたと思われます。

美濃下野~田瀬間に残るガーター橋
 2枚目の写真に右側に写っている建物の先まで行くと、ガーター橋が現れました。
 枕木も辛うじて残っています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その69

 これから日帰りで長野電鉄他を撮りに行ってきます。
 天気が早く崩れなければ良いのですか…。

 それでは本題。
 北恵那鉄道の続きです。

田瀬駅跡ホームの様子
 田瀬駅中津町方面ホームの上の様子です。

道路から見た田瀬駅ホームの様子
 横の道路から見たホームの様子です。
 中津町方面ホームはカーブして結構な長さを持っているのが分かると思います。
 この駅でも貨物ホームを兼ねていたのではないかと思われます。

田瀬駅跡の様子
 ホームの線路とは逆側の様子です。
 駅舎はどこにあったのだろうか?
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 00:08 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その68

田瀬駅跡に残るホーム 1
 田瀬駅の跡にやって来るとホームがしっかり残っていました。
 下付知側から見た形になります。

田瀬駅中津町方面ホーム
 田瀬駅のホームは対向式の2面2線であり、こちらのホームは中津町方面になります。
 この写真だと短いホームに見えますが、左にカーブして続いています。

田瀬駅跡を下付知側から
 田瀬駅跡を下付知側から見ています。
 下付知方面のホームは右側の道路を拡張する時に埋めてしまったそうです。
 よく見ると一部分が露出しているようですが、しっかりとは確認していません。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 04:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その67

美濃下野~田瀬間の線路跡付近 1
 美濃下野駅から下付知方面に向かう線路跡は、上流に向かう付知川に沿って進んでいきます。
 先まで行くと付知川は国道257号線と交差して、線路跡と付知川の間に国道が挟まるようになります。
 写真は国道の橋の上から見た付知川になり、左奥から右奥に線路跡が通っています。
 北恵那交通バス樋の口バス停の付近になります。

美濃下野~田瀬間の線路跡付近 2
 橋の横からの写真です。
 田圃の間が線路跡がなのか、山裾側が線路跡なのかは分かりませんでした。

サイクリングロードになった線路跡
 国道と線路跡が完全に平行すると線路跡はサイクリングロードとして整備された区間となります。
 線路は国道より若干高い位置を走っていたのでした。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その66

下付知側から見た柏原川橋梁
 下付知側から見た柏原川橋梁です。

美濃下野駅跡付近
 上の写真から後ろを見ると新しい家が建っています。
 この付近が美濃下野駅跡だと思うのですが、残っているというホームも分かりません。
 家の裏側はさすがに入っていきませんでした。

美濃下野駅跡付近 2
 少し位置をずらすと草だらけでよく分かりません。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その65

柏原川橋梁跡
 線路跡をさらに美濃下野方向に進むとガーター橋が現れました。
 これは柏原川に架かる柏原川橋梁になります。
 写真には写っていませんが、2連のガーターになっており、左側に隠れているガーター上には枕木が残っているようでした。
 ちょうど手前に木があって良く見えないのではっきりは見えなかったのです。

柏原川橋梁橋脚
 柏原川橋梁の橋脚です。
 石積みの立派な橋脚でした。

柏原川橋梁遠景
 柏原川橋梁の遠景です。
 道路橋の上から撮影しています。
 柏原川は柏原川橋梁の先で付知川に合流となっています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その64

栗本~美濃下野間の線路跡
 今度は栗本~美濃下野間の線路跡を歩いています。
 奥が中津町方向です。

線路跡は通行禁止
 この辺りの線路跡は車両進入禁止になっていますが、釣りに来る車が進入しているようです。

栗本~美濃下野間に残る枕木
 看板の手前の地面には枕木が残っていました。

切り株になった架線柱
 線路跡の脇には切り株状態となった架線柱も発見できます。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その63

栗本~美濃下野間線路跡上から 1
 付知川に沿っている線路跡を上から眺めています。
 場所は栗本~美濃下野間になります。
 上が中津町方向になり付知川の左側に線路の跡が見えています。

栗本~美濃下野間線路跡上から 2
 線路跡のアップです。

栗本~美濃下野間線路跡上から 3
 今度は下付知方向を向いての撮影です。
 右に曲がる川に合わせて線路跡も右に曲がっているのが見えています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その62

遊歩道の休憩所
 ふくおかローマン渓谷遊歩道には休憩所も整備されています。

遊歩道脇の境界標
 この遊歩道の脇にも北恵那鉄道時代の境界標を見ることが出来ます。

栗本駅付近の線路跡
 遊歩道を歩いてくると川に栗本橋が現れ、遊歩道が終わります。
 遊歩道が終わっても線路跡はまだ続いています。
 当時の栗本駅はこの辺りに存在し、まだホームが残っていると聞いていたのですが、この時はじっくり探さずに引き返しています。
 すでに7時間以上北恵那鉄道の探索をしていたので、疲れていたので判断を間違えています。 
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その61

ふくおかローマン渓谷遊歩道 1
 ふくおかローマン渓谷遊歩道を歩いてみると、いかにも線路が通っていたと思われる雰囲気があります。

線路跡からの付知川の様子
 線路の跡から横を流れる付知川が見られます。
 多くの釣り人が楽しんでいるのが見えました。
 現役時代はこの景色を見ながら列車が走ったのでしょう。

付知川に注ぐ川を渡る橋
 付知川に注ぐ小さな川を渡る場所もありました。

付知川に注ぐ川の橋を横から見る
 上の橋を横から見ると、北恵那鉄道時代の橋台・ガーターを利用しているように見えました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 09:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その60

ふくおかローマン渓谷遊歩道入り口
 福岡ローマン橋から真っ直ぐ進んでいくと、ふくおかローマン渓谷遊歩道の入り口に着きました。
 ここから北恵那鉄道の線路跡は遊歩道として整備されているのです。

ふくおかローマン渓谷遊歩道案内板
 ふくおかローマン渓谷遊歩道の案内板です。
 先ほど橋で渡った付知川に沿って遊歩道が整備されており、距離は476mのようです。

ふくおかローマン渓谷入り口から見た福岡ローマン橋
 中津町方向を振り向くと先ほどの橋が見えています。
 間にあったはずの築堤は削られて無くなっています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その59

福岡ローマン橋 下付知側から
 下り勾配の先には、福岡ローマン橋が架かっています。
 この橋は北恵那鉄道の付知川橋梁の跡に架けられているのです。
 写真は下付知側から中津町方向を見て撮影しています。

福岡ローマン橋全景
 付知川に架かる福岡ローマン橋の全景です。

福岡ローマン橋橋台 中津町側
 中津町側の橋台部分です。
 北恵那鉄道時代の橋台が再利用されていました。

福岡ローマン橋橋台 下付知側
 対岸の下付知側も同様に再利用されています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その58

美濃福岡~栗本間の国道アンダークロス跡付近
 国道をアンダークロスしていた場所の美濃福岡駅に対して反対側です。
 国道の拡幅工事などで地形が変わったようで、今一つはっきりしません。
 右から左方向へ急な勾配で下って行く形です。

美濃福岡~栗本間の下り勾配の線路跡
 途中からの線路跡らしき場所が現れ、まっすぐ下っていきます。
 この区間は33‰位ありそうな感じです。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その57

 並松駅の次駅は関戸駅でしたが、通過してしまったのでさらに次の美濃福岡駅跡です。

美濃福岡駅の石碑
 美濃福岡駅には立派な石碑が立っており、この場所に北恵那鉄道の駅が存在したことを知らしめています。

美濃福岡駅構内跡
 以前はこのあたりにホームの跡が残っていたそうですが、現在は跡形もありません。
 駅構内跡を下付知方向に向かって見ています。

美濃福岡から下付知方向へ向かう線路跡
 真ん中の写真に写っている建物の脇から見ると、線路の跡が右に曲がって続いているのが分かります。
 車が走っているのは国道になります。
 線路は右に曲がりながら下り勾配になり、切り通しで国道の下を抜けていたのです。

北恵那交通バス 病院前停留所
 国道にある北恵那交通バスの病院前停留所が、美濃福岡駅至近のバス停です。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その56

 今回も並松駅跡の続きです。

中津町方面行きホーム
 こちらのホームは中津町方面行きホームになります。

並松駅ホームを下付知側から見る
 下付知側から見ています。

並松駅から見た下付知側の築堤
 並松駅から下付知側には築堤で線路は延びていました。

築堤の先の様子
 築堤を進むと道路を挟んだ先の築堤が削られ、削った跡地にまだ新しい家が建っていました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その55

並松駅の中津町方向
 並松駅跡から中津町方向を見ています。
 旅客用の相対式ホームの他に貨物の引き込み線や貨物ホームがあったので、構内が広くなっています。

並松駅ホームの上からの様子
 ホームの上から中津町方向を見るとこんな感じです。

下付知方面ホーム
 下付知方面ホームです。
 こちら側の階段を下りて構内踏切で反対ホームに向かうようになっていました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その54

 苗木駅の次駅の上苗木駅は場所が特定できませんでした。
 ちなみにこの廃線跡探訪時に使用した本には、地図の上に廃線跡の位置が書き込まれていたのですが、ずれて描かれていたためかなり時間をロスしています。

並松駅跡に残るホーム
 上苗木駅の次駅である並松駅の跡に来ました。
 相対式のホームがきれいに残っています。

並松駅の駅舎入り口
 下付知方面行きのホームに面して木造の駅舎があり、ホームと同じ高さあったので階段が残っています。

駅舎の跡
 駅舎の跡にはコンクリートの土台らしきモノが残っています。
 右側が下付知方面行きのホームです。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:40 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その53

 山乃田川駅跡から次駅の苗木駅に向かいましたが、耕地が区画整理されていたりするので、線路跡がはっきりしません。
 苗木駅の近くだと思われる場所で少しだけ分かりました。

苗木駅跡付近
 このあたりは苗木~上苗木間になります。
 真ん中を線路が走っていたと思われる場所です。
 駐車場の向こうの住宅が建っている場所が苗木駅跡になるようです。
 中津町方向を見て撮影しています。

苗木~上苗木間の線路跡
 上の写真から反対を向くと線路跡がはっきり分かりました。
 線路の跡はこの先で麦搗川と言う小さな川を越えています。

麦搗川に残る橋台跡
 麦搗川には橋台の跡が残っていました。
 横を走る道路からの撮影です。

麦搗川の橋台跡
 コンビニの駐車場から橋台跡の様子を見ることが出来ました。
 写真に写っているのは、中津町側の橋台になります。
 コンビニの後ろには、線路跡が続いていました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その52

山乃田川駅ホーム跡
 山乃田川駅跡にはホームの痕跡が残っていました。
 こちらは線路側では無いみたいで、線路側は埋められています。
 奥に見えるのがバスの待合所です。

山乃田川駅構内跡
 構内の跡だと思われる場所です。
 上の写真はトラックの後ろ側で撮影しています。
 貨物ホームと旅客ホームが相対してあったようです。

山乃田川駅に残るレール 1
 写真の真ん中下の部分にレールが顔を出していました。
 道路の下に続いており、アスファルトがひび割れています。

山乃田川駅に残るレール 2
 レールを反対向きの下付知方向に撮影しています。
 この先の線路の跡も消えていました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 04:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その51

山乃田川駅手前中津町方向を見る
 中津町駅から2つ目の駅である山乃田川駅の手前まで来て、中津町駅の方向を見ています。
 駅の手前は線路の跡がはっきりしないのです。
 写真の位置かもしれないし、左に少し見えている道路に沿っていたのかもしれないし…。

山乃田川駅構内跡を中津町側から
 上の写真の位置から振り返ると山乃田川駅構内になります。
 旅客用ホームと長い貨物用ホームを持っていた駅だったようです。
 右の電柱と木の向こうに、北恵那交通の山の田川バス停の待合室があります。

山乃田川駅付近の境界標
 上の写真で左側に写っている電柱の近くに北恵那鉄道時代の境界標が立っていました。
 ここが鉄道用地だったことの証となります。

北恵那交通山の田川バス停待合室
 北恵那交通の山の田川バス停の待合室です。
 昔は北恵那鉄道の電車の廃車体が待合室だったそうですが、すでに解体されて消えています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その50

廃線跡 恵那峡口~山乃田川間
 恵那峡口駅跡付近からさらに廃線跡の道路を先に向かいました。
 写真は途中の様子で、下付知方向を見ています。
 北恵那鉄道の駅で言うと、恵那峡口~山乃田川間になります。

神社の参道をくぐっていた跡
 鉄道が現役だった時には、下の道路から上にある神社までの参道の階段の下をくぐっていました。
 今では、線路跡を転用した道路から神社への階段が設けられたため、必要が無くなって土台だけが残っています。

廃線跡の道路から神社への階段
 その神社への階段の様子です。

廃線跡の道路 来た方向を見る
 神社の階段前から来た方向を見ています。

廃線跡の道路の終点
 線路跡の道路をさらに進むと道路はいきなり終わりとなり、その先は薮になります。
 この先へ分け入っていくと鉄橋3カ所ほどあるのですが、今回はパスです。
 一番手前にある鉄橋は下の道路に出ると下から見ることが出来るはずですが、そちらもパスして次駅の山乃田川駅跡に向かいました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その49

廃線跡の道路から木曽川橋梁方向を見る
 遊覧船乗り場脇までは線路跡はレールが剥がされた状態で残っていますが、交差していた道路を越えると道路に転用されています。
 写真は道路を少し進んで木曽川橋梁から続く築堤を見たところです。
 道路に転用した時に、こちら側の築堤は削られて元の道路から入れるように直されています。
 橋梁嵩上げ前の線路の位置に戻った形かもしれません。

廃線跡の道路 中津町~恵那峡口間
 道路に転用された線路跡を少し先に進んで、下付知方向を見ています。
 カーブを曲がったあたりが移転した後の恵那峡口駅だと思いますが、今回は確認するのを忘れていました。
 確かホームの痕跡が残っているはずです。

廃線跡の道路 中津町~恵那峡口間 中津町方向
 同じ場所から中津町駅の方向を見ています。
 樹木に木曽川橋梁のトラス部分が隠されていますが、対岸の築堤から続いています。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 09:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その48

木曽川橋梁下付知側の築堤 1
 玉蔵大橋から木曽川に沿う道に降りて、木曽川橋梁の下付知側に行ってみました。
 左側が木曽川になり築堤が真ん中で途切れています。
 途切れた部分には以前橋台があり、道路の上を橋で越えていました。
 見えづらいですが、真ん中の電信柱の横に制限高さ4mの標識が残っています。

木曽川橋梁下付知側の築堤 2
 同じ場所の築堤を反対側から見ています。
 築堤の脇に立っている建物は、以前ここから運行されていた恵那峡遊覧船の切符売り場になります。
 この脇に北恵那鉄道の恵那峡口駅がありましたが、伊勢湾台風やその後の集中豪雨の時に木曽川橋梁が冠水してしまったため、橋と前後を4m嵩上げしています。
 傘上げた時に駅も下付知側に移転しています。
 嵩上げ前はここには踏切があったのでしょう。

恵那峡遊覧船乗り場の切符売り場の建物
 遊覧船の切符売り場の中には営業時の物品がそのまま残っていました。
 切符売り場から後ろに降りていくと遊覧船の乗り場があり、移転前の恵那峡口駅の待合室が転用されていたそうですが、すでに撤去されています。
 遊覧船自体は、場所を変えて営業しています。
 JRの駅だと恵那駅が最寄りになるようです。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 09:07 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その47

木曽川橋梁
 中津川に沿ってさらに先まで行くと、道の先に鉄橋が見えてきました。

木曽川橋梁 2
 築堤の先に見えるトラス橋は、北恵那鉄道最大の遺構である木曽川橋梁です。

木曽川橋梁横から
 木曽川橋梁手前までやって来た道をいったん戻って、県道に出ます。
 県道の方には木曽川を渡る玉蔵大橋(バス停は玉蔵橋)があり、北恵那鉄道の木曽川橋梁と少し離れて平行しているため、全体の様子を眺めることが出来ます。
 最大の遺構と言われるだけの立派な橋なのがよく分かります。
 全長は134mだそうです。
 遠くに見えている立派な橋は、中津川有料道路の城山大橋です。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その46

第二中津川橋梁
 第一中津川橋梁の先には同じ川に架かる第二中津川橋梁があります。

中津町方向を望む
 同じ場所から中津町駅の方向を見ています。
 川の右側の木々の中に線路跡は続いており、第一中津川橋梁から第二中津川橋梁までは歩けるようです。
 写真の真ん中に妙見大橋が少しだけ見えています。

近くの道路からの第二中津川橋梁
 第二中津川橋梁の近くを道が通っているのですが、近くに行くと木々が邪魔で逆に橋が見えにくくなってしまいました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その45

妙見大橋から下付知側を見る 1
 妙見大橋から下付知側を見ています。
 こちら側はガーターの上に草が生い茂っており、写真だと分かりづらい状態です。
 写真の真ん中ぐらいに橋台があるはずなのです。

妙見大橋から下付知側を見る 2
 第一中津川橋梁を過ぎると築堤となって線路跡は続いています。
 写真では軽トラックが停車している場所が線路跡です。

第一中津川橋梁の橋脚
 第一中津川橋梁の橋脚は石積みの橋脚です。
 架線柱の土台部分が傾いた状態で残っていました。

第一中津川橋梁の下付知側
 第一中津川橋梁の下付知側ですが、上から見た通りで草に埋もれてよく分かりません。

中津町~恵那峡口間の線路跡
 線路跡に立って下付知方向を撮影しています。
 区間は中津町~恵那峡口間になります。
 この先まで少し歩いてみたかったのですが、この先の時間が読めなかったため車に戻って移動です。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その44

 撮影行も2日目の6月6日になりました。
 前日に引き続き、朝6時から北恵那鉄道の廃線跡探索を再開しています。
 撮影順は無視して、機転の中津町駅から終点の下付知駅に向かって画像を上げていきます。

妙見大橋と第一中津川橋梁
 赤い橋は中津川に架かる道路橋の妙見大橋、その下に錆びて茶色のガーター橋が架かっているのが、廃線跡の第一中津川橋梁です。
 左が下付知方向です。

妙見大橋から見た第一中津川橋梁のガーター
 妙見大橋の上から下に架かる第一中津川橋梁のガーターを見ています。

妙見大橋から中津町駅方向を見る
 ガーターの先には林があり、右には工場が見えています。
 工場は中津町駅跡横にある工場で、林は前日の線路跡が吸い込まれた林なのです。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 06:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その43

中津町駅構内跡からの廃線跡
 中津町駅構内の跡から終点の下付知方向を見ています。
 左側の工場の敷地に沿って線路は続いていました。

線路跡から中津町駅構内を見る
 線路の跡から中津町駅構内を見るとこんな感じです。

廃線跡は林に向かう
 工場の敷地に沿って廃線跡は続き、その先は林に吸い込まれていました。

中津町駅跡近辺に残る北恵那鉄道の境界標
 駅跡近辺を探すと、北恵那鉄道の境界標がありました。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その42

 6月5日(その8の後)の話に戻ります。
 中津川駅の駅舎に対して反対側には、1978年9月まで営業していた、北恵那鉄道の中津町駅がありました。
 現役時の乗り換えは中津川駅の改札を出て、中央本線の線路の下をくぐって行くので若干の時間が掛かっていたようです。
 実際に歩いたら5分程度掛かりました。

中津川~中津町間の連絡線跡
 人は徒歩連絡でしたが、貨車の方は直接の乗り入れがあったため、中津川駅と中津町駅との間に連絡線が設けられていました。
 写真は中津町駅側からみた連絡線跡で、中津川駅の構内から緩いカーブを描いたまま残っています。

北恵那鉄道中津町駅跡
 上の写真から振り返るとそこには中津町駅の構内になります。
 今では駐車場になってしまっていますが、駅があり、車庫があり、貨物の扱いがあったため、側線があったようです。

中津町駅跡地の駐車場
 駅跡の駐車場を反対側から見ています。
 駐車場の左側にある何軒かの商店が、何となく駅前の雰囲気を残していました。
 写真の奥が中津川駅の構内になります。
北恵那鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:23 | コメント(0)| トラックバック(0)
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