姉崎機関区 旧・姉崎機関区移転しました。http://kd55-101.shumilog.com/です。

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東海撮影行 その45

西鹿島駅駅舎
 遠州鉄道&天竜浜名湖鉄道の西鹿島駅の駅舎はロッジ風の洒落た造りをしています。

西鹿島駅構内 奥からの様子
 奥の留置線側からホームの方を見ています。
 細長い敷地に車両基地や工場が設けられています。
 元々この駅は国鉄が主体の駅であり、貨物の側線で材木などを扱っていたそうです。
 駅の業務と国鉄の敷地が遠州鉄道に譲渡され、西ヶ崎駅にあった車両基地が移転して現在のような構内になったのでした。

西鹿島駅構内 奥の留置線の様子
 奥の留置線の様子です。
 左に見えている建物が遠州鉄道の工場になります。
 工場が無かった昔には、当時の国鉄二俣線に遠州鉄道の気動車が乗り入れて天竜二俣駅まで直通していた時代がありました。
 今でも直通運転復活を望む声はあるようですが、採算の面から実現に至らない模様です。

西鹿島駅改札口
 この撮影行最後のカットは西鹿島駅の改札口です。
 この右側に売店があるのですが、私鉄の駅には珍しいキヨスクがありました。
 国鉄の駅を引き継いだ時にキヨスクも引き継がれた珍しい例でした。
 この時は写真を撮るの忘れてしまったので、30形の走行写真を撮る時に再訪するつもりでしたが、今年の3月31日をもって閉店となったようです。
 それとその28で紹介した奥山線の四村駅の駅舎も解体されてしまったそうです。
 やっぱり撮れる時に撮っておかないといけませんね。

 今回で東海撮影行は終了しまして、明日からは山口旅行の話の予定です。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その44

西鹿島車両基地のクハ86+モハ26
 謎のレール探索の後は、西鹿島駅の見物です。
 駅に隣接して車両基地があり、30形のクハ86+モハ26が休んでいました。
 この30形は1958年~1980年までの長期にわたって像備されているため、様々な形態の車両がありましたが、置き換えが進んでおり、残る車両は4編成ほ=8両の様です。
 写真の2両は、手前のクハ86が片扉、奥のモハ25が両扉と違いを見せていました。

西鹿島駅構内
 西鹿島駅構内の様子です。
 遠州鉄道のこの駅は2面2線の構造で、手前に見えているホームが駅舎に面する1番線、真ん中に見えているのが2番線で、その先は留置線。
 2番線は2両分しかないの短いホームです。
 2番線ホームの横側にも留置線が2本あり、その脇が天竜浜名湖鉄道が使用している3番線ホームとなっています。
 3番線脇の留置線に停まっているのは、モハ51+クハ61であり、形は違えど一応30形の最終増備車です。
 もっとも他の車両が釣り掛け駆動なのに対し、こちらはカルダン駆動となっており、もはや別形式となっています。

西鹿島駅構内のモハ51
 モハ51のアップです。
 見ての通りでブルーシートが掛けられており、ちょっと気になりました。
 30形が走っている姿は朝・夕のラッシュ時にしか見られないようなので、置き換わる前に撮影に来たいと思っています。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その41

遠州岩水寺駅西鹿島方向
 遠州岩水寺駅の西鹿島方向を見ています。
 左側に駅舎があり、構内踏切を通ってホームに上がる構造です。

遠州岩水寺駅を発車する2000形
 西鹿島へ向かって下り列車が発車していきました。
 こちらは2000形電車ですが、1000形と外観はほとんど同じで区別が付きません。
 制御装置がVVVFになって形式が変更されています。

 この下り列車は手前の線に入ってくると思ってカメラを構えていたのですが、上り列車と同じホームの向こう側の線路に入ってしまいました。
 平常ダイヤでは列車交換が無いので、構内踏切を塞がないためにホームの向こう側だけを使用しているようです。

遠州岩水寺駅駅舎
 遠州岩水寺駅の駅舎は、ログハウス風の造りになっていました。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その40

 雨が上がったので、再び遠州鉄道の撮影のために移動しました。
 西鹿島駅の隣の遠州岩水寺駅を撮影場所に選びましたが、特に意味が有る訳では無く、良い撮影場所が見つからなかったのです。

遠州岩水寺駅に到着する1000形
 遠州岩水寺駅に上り新浜松行きの電車が到着しました。
 遠州鉄道の主力車両である1000形電車です。

遠州岩水寺駅に停車中の1000形
 この駅は島式ホームを持つ交換可能駅です。
 奥が新浜松方面になります。

遠州岩水寺駅の駅名標
 遠州岩水寺駅の駅名標です。
 駅名標は岩水寺駅と書かれていますが、正式には遠州岩水寺駅となります。
 開業時は単に岩水寺駅と名乗っていましたが、電化された1923年に「遠州」を冠しています。
 現天竜浜名湖鉄道の岩水寺駅開業はもっと後の1940年なので、改称と関係がありません。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その34

 本日から19日まで仙台に会議行ってきます。
 カメラは持って行きますが、うまく何かを撮影できるでしょうか?

 それでは東海撮影行続きです。

金指~岡地間の交差部 1
 天竜浜名湖鉄道金指駅の近くまでやって来ました。
 当時の国鉄二俣線と遠州鉄道奥山線の金指~岡地間はほぼ並行していました。
 金指駅を出ると奥山線が二俣線を乗り越して反対側に出ていたのですが、その交差部分が遺構として残っています。
 手前が金指側、奥が岡地側となっています。

金指~岡地間の交差部 2
 残念ながら撮影中には天竜浜名湖鉄道の列車は現れませんでした。
 折角だから来てくれれば良かったのですが、そううまくいくはずはありません。

金指~岡地間の交差部 3
 今度は反対側から見たところです。
 奥が金指駅になります。

 奥山線は遠州浜松まで続いていましたが、今回の探索はここまでで次の目的地に移動しました。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 03:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その32

再び神宮寺川を渡る橋梁
 奥山~中村間にはもう一ヶ所橋梁が残っており、こちらは車は通れず歩行者用として使われています。
 奥が奥山方です。

再び神宮寺川を渡る橋梁 2
 こちらは反対側からなので、奥が遠鉄浜松方です。

再び神宮寺川を渡る橋梁 3
 今度は横から見ています。
 この川は最初の橋と一緒の神宮寺川なのですが、こちらはちゃんと川がありました。

奥山~中村間の築堤
 橋の前後の廃線跡は道路になっていました。
 こちらは橋の遠鉄浜松方の築堤です。

奥山線の案内板
 奥山線の案内板がありました。
 橋より奥山側に少し戻った場所に立っています。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 00:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その31

奥山~中村間に残るガーター
 奥山駅の少し手前で線路は川を渡っており、橋脚・橋台・ガーターが姿をとどめていました。
 残念ながら前後の線路の跡は確認できませんでした。
 右が奥山方になります。

ガーターのアップ
 ガーターのアップです。
 何故か中間部分だけが残っていました。
 1枚目の写真の対岸からの撮影となります。

奥山~中村間に残るガーター 2
 方向は奥が奥山方になります。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 00:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その30

 奥山線の終着駅であった奥山駅跡までやって来ました。

奥山駅跡地
 奥山駅の跡地は、遠鉄バスの駐車場に姿を変えています。
 写真では奥が浜松方になります。

奥山駅跡の遠鉄バス駐車場
 バスの駐車場になって鉄道時代の面影はありません。

奥山半僧坊入口
 奥山駅の近くには名刹である奥山半僧坊があります。
 駅跡の近くに奥山半僧坊へ向かう道の入口がありました。
 ここへの参拝客輸送も奥山線の目的の一つだったのです。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その29

神宮寺川橋梁手前
 遠州鉄道奥山線は遠鉄浜松~奥山間の鉄道でした。
 駅舎が残っている四村駅から浜松方に向かうと道路が突然狭くなる場所があります。
 狭くなっている場所は橋になっています。

元・神宮寺川橋梁の道路橋
 狭くなっている場所は、四村~伊井谷間にあった神宮寺川橋梁を改修した橋です。
 乗用車が走れる程度の幅はあります。

神宮寺川橋梁の橋脚とガーター
 橋の下に回ると鉄道時代の橋脚とガーターがよく分かります。
 ガーターには東京石川島造船所 大正十二年の銘板が取り付けられていました。

神宮寺川橋梁を横から
 今度は横から見ています。
 神宮寺川はどこかへ行ってしまったようで水が流れていませんでした。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 06:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その28

 三ヶ日駅から北東に向かって車を走らせました。

遠州鉄道奥山線 元・四村駅駅舎
 途中で現れたこの建物は、1964年に廃止となった遠州鉄道奥山線の四村駅の駅舎だった建物です。

遠州鉄道奥山線 元・四村駅駅舎 2
 民家となって生き延びていたと聞いており、確かに残っていましたが、この時点では人が居住している感じではなかったです。

遠州鉄道奥山線 元・四村駅駅舎 3
 以前はホームへひさしが延びていたのですが、無くなっていました。
 コンクリートの柱の土台だけが残っています。
遠州鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:38 | コメント(0)| トラックバック(0)
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