2009年03月25日
北陸撮影行2009冬 その43

下り列車が1番ホームにやって来たのを構内踏切越しに撮影しています。
方向幕は「普通鶴来」になっているので、鶴来止まりの電車です。
加賀一の宮行きと交互の運転となっています。

1番線に停車した電車は、7000系7000形でした。
こちらはオリジナル先頭車で非冷房となっています。

加賀一の宮方から野町行きの電車がやって来ました。
この電車に乗って野町駅へ向かいます。

沿線風景を眺めながら電車に揺られ終点の野町駅に到着です。
ゆっくり撮影する間もなく駅の外へ出ました。
駅舎を撮影しただけで、写真に写っているバスに乗って金沢駅に向かっています。
また別の機会にゆっくり見物したいと思います。
2009年03月24日
北陸撮影行2009冬 その42

鶴来駅の乗車券販売窓口です。
バスの切符も売っていました。

こちらは改札口周り。
この駅も列車が発着する前後にしか駅構内に人を入れないので、ゆっくりと駅の撮影は出来ませんでした。

列車が到着する時間となり改札が始まりました。
上り列車に乗車するため、構内踏切を渡り2番ホームへ行きます。
写真は、2番ホームから反対の1番ホームを見たところです。
2009年03月23日
北陸撮影行2009冬 その41

鶴来駅の前までやって来ました。
現在は白山市ですが、以前来た時は石川郡鶴来町だったので何かぴんと来ない…。
どうでも良い話ですね。
入口の上には北陸鉄道の社紋が付いていました。

鶴来駅駅舎全景です。
石川電気鉄道が1915年6月に新野々市~鶴来駅間を開業した時に設置され、駅舎もその当時の建物が使用されています。

駅舎の中に入ると待合室には、鉄道に関する展示品が飾られていました。
他の場所には昔の写真と説明文も貼られており、列車を待っている間の暇つぶしになりました。
2009年03月22日
北陸撮影行2009冬 その40

鶴来駅構内のホム1です。
以前は砕石輸送に活躍していましたが、トラックに取って代わられたので、出番が無くなってしまいました。
まだ見た目は傷んでないので、使わないのなら貨物博物館に持って行ってもらいたいです。
記録上では、1961年西武所沢工場製の元西武ホム3が原車となっていますが、元となった種車があったのでしょう。
近江鉄道のホム1となった後、1967年に北陸鉄道にやって来ています。

構内の一番外れに跨線橋が架かっており、そこから見た鶴来駅構内の様子です。
奥が鶴来駅、右の建物が工場となっていて、本線上を鶴来行きの電車が通過しているところです。
通過している電車は、7000系の7100形でした。
7100形はオリジナルの先頭車で冷房付きなのです。

留置線の撮影を終えて、工場脇に行ってみました。
こちらにはもう1両の電気機関車であるED301が留置されていました。
1954年に東洋電機・東洋工機で製造された30t箱形機です。
こちらの機関車も大きなスノウブロウを付けて待機中ですが、今シーズンはあまり雪がなかったので、活躍できなかったと思われます。
この機関車は北陸鉄道が新製した唯一の電気機関車となります。
他に存在した機関車達は違う会社での製造となっており、会社の統合により北陸鉄道に引き継がれた車両でした。
オリジナルで履いていた台車は、国鉄の電気式気動車キハニ36450形の物を使用しており、珍しい物でしたが、現在は7000系電車と同じ台車に交換されており、電気機関車としては珍しいカルダン駆動となっています。
2009年03月21日
北陸撮影行2009冬 その39

鶴来駅構内の留置線は、野町方面に向かう本線に沿って長く延びており、そこには様々な車両が留置されています。
写真はロータリー式の除雪装置を備えたモーターカー、2008年秋にJR貨物から譲渡された物のようです。
青海駅などのように貨物の取り扱いを止めたところで余剰となって持ってきたのかもしれません。

モハ3752です。
1950年に北陸鉄道加南線に投入されて活躍した後、1964年に石川総線に移っており、7000系や7700系が投入された後も予備車として残されていました。
撮影した時点では、すでに廃車となっています。
モーターカーがぴったり前に停まっているので、単独での撮影は無理でした。

ここの留置線にも7000系が停まっていました。
ここに停まっているのは、モハ7201+クハ7211です。
北陸鉄道の7000系は3つの形式に分かれており、改造先頭車の冷房付きは7200形になるのです。
地方に行くとあちこちで東急車の中古ステンレス車を見ることになり、同じモノばかりでちょっとつまらなく感じます。
昔みたいな雑多な形式が集まっていた頃に、もっと撮影しておくんだったとつくづく思います。

車両達は留置線にこんな感じで停まっていました。
他の車両はまた明日。
2009年03月20日
北陸撮影行2009冬 その38

鶴来駅構内に留置中の7700系です。
前日の浅野川線にいた8000系と、種車は京王3000系で同じですが、向こうは1500V仕様で2両とも制御電動車、こちらは600V仕様で制御車+制御電動車と違っています。
機器類も違うモノが搭載されています。

工場の前に停車中の7000系電車とディーゼル機関車であるDL31です。
7000系は元東急の7000系であり、写真に写っているのは、中間車を先頭車化改造した車両です。
DL31は見ての通りロータリーヘッドを付けた車両で、反対側にはラッセルヘッドが付いていました。
昔は国鉄の金沢保線区に属していたモーターカーで、1978年に払い下げられています。

工場の脇にはED201が待機していました。
1938年木南車両製の凸型をした機関車です。
こちら側からだと分かりませんが、屋根からはみ出すようにパンタグラフが取り付けられています。
現役最後の木南車両製の機関車となっています。
2009年03月19日
北陸撮影行2009冬 その37

能美線の橋梁跡から後を振り返って鶴来駅の方を見ています。
ここは能美線の本鶴来駅があった場所となります。

再び歩いて鶴来駅に到達しました。
線路を挟んで駅舎の反対側は住宅地となっており、線路沿いに道路があり撮影は容易にできます。
写真の奥が野町方面です。
駅は2面3線の構造で、隣接して車両基地と工場があります。

今度は反対の加賀一の宮方面を見ています。
駅を出ると急な右カーブで向きを変えて、七ヶ用水の橋梁に向かって線路が続いています。
2009年03月18日
北陸撮影行2009冬 その36

再び線路に沿って鶴来駅へ向かうと、線路は右にカーブして七ヶ用水を渡る鉄橋を渡ります。
次にやって来た加賀一の宮からの電車をここで撮影しました。

七ヶ用水の橋を含めた中鶴来~鶴来間の様子です。
ノンビリした風景の中に線路が存在しているのです。

石川線の鉄橋の隣にはもう一つの鉄橋が架かっています。
こちらは能美線が使用していたモノです。
能美線は鶴来駅から新寺井駅を結んでいた路線でしたが、1980年に廃止となっています。
この先で手取川を渡り、渡るとすぐトンネルをくぐっていましたが、その遺構は今回は見ていません。
トンネルの方は随分昔に見たことはありますが、今はどうなっているのでしょう。
2009年03月17日
北陸撮影行2009冬 その35

中鶴来駅に加賀一の宮行きの電車が到着しました。
今度も7000系電車、クハ7011+モハ7001の編成です。

中鶴来駅を出た電車は山に向かって走り去っていきました。
雪の残る山に向かうのは、一足早く見られなくなります。

中鶴来駅近くにある建物も線路と運命をともにします。
この建物はこの区間に電気を供給している中鶴来変電所です。
2009年03月16日
北陸撮影行2009冬 その34

中鶴来駅まで歩いてきました。
廃止されるのは加賀一の宮駅とこの駅の2駅です。
中鶴来駅から加賀一の宮方面を見た様子です。
金沢市内からやって来た石川線は、鶴来駅までは平野を走ってきますが、その先は山が迫ってきます。
加賀一の宮駅まで行くと山裾に達します。

中鶴来駅のホームの様子です。
一面しかない単純な構造の無人駅です。
この付近で撮影している間には、乗降客を見ることはありませんでした。
この状況を見る限りでは廃止されても仕方がないのかもしれません。
2009年03月15日
北陸撮影行2009冬 その33
ご存じの方も多いと思いますが、北陸鉄道石川線の鶴来~加賀一の宮間は廃止になります。
まだ少しの時間が残されていますが、この区間での記録を残すのも今回の旅の目的となっていました。

加賀一の宮駅の鶴来方に少し行くと、和佐谷踏切がありました。
そこから加賀一の宮駅方向を見た様子です。
右カーブの先に駅があります。

和佐谷踏切付近の様子です。
向こう側には一級河川の手取川が流れています。
ここに架かっている橋は絵になりますが、鉄道と絡ませるのは少し難しいのです。
(仮設住宅氏は挑戦していますが…)

加賀一の宮~中鶴来間を行く野町行きの7000系電車、先ほど乗車してきた列車の折り返しです。
どうにも中途半端な構図となってしまいました。
左が手取川、右が七ヶ用水となっています。

列車の本数が少ないため、次の列車まで徒歩で沿線の様子を見ながら移動しました。
線路の向こうにお堂が見えています。
線路が無くなった後の目印として撮影しています。

線路に沿った道が一部無かったので、近くを流れる七ヶ用水に沿って歩いています。
金沢市内を散策したことがある人なら分かると思いますが、あちこちに水路があり、常に水が豊富に流れています。
そこを含めた水の供給を担っているのがこの七ヶ用水となります。
七ヶ用水は7つの用水の総称となっているようで、加賀一の宮駅の近くで手取川から取水しています。
ちなみに手取川ですが、古い時代の一時期には石川と呼ばれていました。
県名や群名の由来となった川なのです。
まだ少しの時間が残されていますが、この区間での記録を残すのも今回の旅の目的となっていました。

加賀一の宮駅の鶴来方に少し行くと、和佐谷踏切がありました。
そこから加賀一の宮駅方向を見た様子です。
右カーブの先に駅があります。

和佐谷踏切付近の様子です。
向こう側には一級河川の手取川が流れています。
ここに架かっている橋は絵になりますが、鉄道と絡ませるのは少し難しいのです。
(仮設住宅氏は挑戦していますが…)

加賀一の宮~中鶴来間を行く野町行きの7000系電車、先ほど乗車してきた列車の折り返しです。
どうにも中途半端な構図となってしまいました。
左が手取川、右が七ヶ用水となっています。

列車の本数が少ないため、次の列車まで徒歩で沿線の様子を見ながら移動しました。
線路の向こうにお堂が見えています。
線路が無くなった後の目印として撮影しています。

線路に沿った道が一部無かったので、近くを流れる七ヶ用水に沿って歩いています。
金沢市内を散策したことがある人なら分かると思いますが、あちこちに水路があり、常に水が豊富に流れています。
そこを含めた水の供給を担っているのがこの七ヶ用水となります。
七ヶ用水は7つの用水の総称となっているようで、加賀一の宮駅の近くで手取川から取水しています。
ちなみに手取川ですが、古い時代の一時期には石川と呼ばれていました。
県名や群名の由来となった川なのです。
2009年03月14日
北陸撮影行2009冬 その32

加賀一の宮駅の臨時改札口です。
有名な白山比咩(しらやまひめ)神社の下車駅のため、初詣の時期は多くの人が利用しました。
現在は無人駅となっているため、いつでも出入りが出来ます。

駅の反対側には公園があり、駅に停車中の電車を見ることが出来ます。
奥の茶色い屋根が駅舎です。

駅全体の様子です。
運転士さんが駅のベンチで休憩中でした。
2009年03月13日
北陸撮影行2009冬 その31

加賀一の宮駅のホームの様子です。
ホームの先の方はかなり幅が狭まっていました。
奥が廃止となった白山下方面です。

重厚さを見せる駅舎の入口です。
木製手書きの駅名看板が風格を更に上げています。

この古い駅舎は、1927年に金名鉄道の神社前駅として開設された当時の建物を大事に使っているそうなので、80年以上経っています。
石川線の一部区間廃止とともに駅の役目は終わりますが、この建物の今後はどうなるのかが気になるところです。
2009年03月12日
北陸撮影行2009冬 その30

先ほど撮影した列車の折り返しが、加賀一の宮行きとなって新西金沢駅に戻ってきました。
乗車したのはクハ7102です。
東急時代とあまり変わっていないと書きたいところですが、東急で乗ったかどうか記憶があやふやなので分かりません。

30分ほどの乗車で終点の加賀一の宮駅に到着しました。
22年ほど前まで、この先に金名線が白山下駅まで続いており、当時は交換可能駅だったので、反対側にもホームがあったのです。
今は不要となったため、ホームと線路は撤去されていました。

古い駅舎なのであちこち改修はされていますが、歴史を感じさせる造りとなっています。
2009年03月11日
北陸撮影行2009冬 その29

新西金沢駅のホームの様子です。
寒さ対策のためなのか屋根だけではなく、壁が設けられていました。

ホームから野町方向を見た様子です。
側線が1本左側に延び、右側にも途切れた分岐があります。
以前は分岐の先もどこかに続いていたのかもと思わせる配線でした。

駅の真ん中を小さな川が通っているのですが、その川を見る橋を渡っていた小さな橋の跡が2つ、その2つ以外にも撤去されている感じがします。
左側に駅舎があり、すぐ後ろに当たります。
かつてこの場所には石川線の車両工場や車庫があったので、それなりに線路が広がっていました。
現在駐車場になっている部分もその敷地の一部でした。
現在の車庫は鶴来駅に隣接した場所にあります。
2009年03月10日
北陸撮影行2009冬 その28

JR西金沢駅の駅舎から目の前の駅前広場を見ると、踏切が見え、左手にも駅が見えます。
こちらが北陸鉄道石川線の新西金沢駅となります。

新西金沢駅は急なカーブの途中にあり、島式ホームのためそこから更に分岐しているのでかなりきつい配線です。
以前見た写真では、線路が曲線というより多角形になっていたので、かなり乗り心地も悪く、危険な状態であったのではないかと思いました。
今回見た限りでは、ちゃんと曲線になっていたので、線路が改良されたのでしょう。

野町行きの電車が到着している状態です。
停車しているのは7000系電車、元東急の7000系です。
5編成10両が活躍しています。
2009年03月08日
北陸撮影行2009冬 その26

粟ヶ崎駅のホーム延長部分部分です。
5m延長されたのですが、橋梁部分にホームを延長した形となっています。

浅野川線の撮影ポイントである大野川橋梁です。
この橋梁は2003年3月に国の安全性評価事業により、腐食したりしてガタが来ていると判断され、時速15Kmでの徐行運転となりました。
お陰でゆっくり走ってくるので、撮影は余裕を持って出来ます。
補修工事の方は2007年度までに終わっており、徐行運転解除の検討がされていたはずですが、約1年経った現時点でも、徐行中でした。

大野川橋梁に電車がやってきました。
待っている間にどんどん暗くなり、走行写真の撮影はギリギリでした。
やって来たのはモハ8801+8811です。
さっきと同じ8000系でも、こちらは8800番台、先ほどのは8900番台です。
違いは種車の京王3000系の狭幅車と広幅車の違いで、8800番台が狭幅となっています。
2009年03月07日
北陸撮影行2009冬 その25
内灘駅には浅野川線の車両基地があり、昔は更に先まで線路が延びていたので、駅周辺までじっくり見たかったのですが、走行写真を撮影するために隣の粟ヶ崎駅に向かって歩きました。
走行写真は明るさが残っているうちではないと撮影できませんから仕方がないのです。

粟ヶ崎駅の近くで先ほど乗車した編成がやって来ました。
この写真は線路の隣を走る道路の車道上で撮影しています。
列車がやってくると、踏切への車の侵入対策のためなのか、一斉に道路信号が赤になるためにこんな事が可能なのです。
当然列車が通過した後は青になり、車がやってくるのですぐ待避しないと行けません。

道路反対側に逃げて振り返って撮った、粟ヶ崎駅に停車中の8000系です。
内灘駅から1駅分歩いてきたのですが、営業キロが500mなので、たいした距離ではありません。

内灘駅側から撮影した粟ヶ崎駅の様子です。
この駅は内灘方に踏切、北鉄金沢方は川となっており、ホームは非常に短く、18m車2両編成でギリギリです。
これでも前年の2008年12月にホームを延長しているのです。
それまでは、上りの北鉄金沢行きは後部は踏切上に停車し、下りは川の上で停車していたそうです。
古い車両の時はドアまで開いていたそうなので、凄い光景が見られたのでしょう。
走行写真は明るさが残っているうちではないと撮影できませんから仕方がないのです。

粟ヶ崎駅の近くで先ほど乗車した編成がやって来ました。
この写真は線路の隣を走る道路の車道上で撮影しています。
列車がやってくると、踏切への車の侵入対策のためなのか、一斉に道路信号が赤になるためにこんな事が可能なのです。
当然列車が通過した後は青になり、車がやってくるのですぐ待避しないと行けません。

道路反対側に逃げて振り返って撮った、粟ヶ崎駅に停車中の8000系です。
内灘駅から1駅分歩いてきたのですが、営業キロが500mなので、たいした距離ではありません。

内灘駅側から撮影した粟ヶ崎駅の様子です。
この駅は内灘方に踏切、北鉄金沢方は川となっており、ホームは非常に短く、18m車2両編成でギリギリです。
これでも前年の2008年12月にホームを延長しているのです。
それまでは、上りの北鉄金沢行きは後部は踏切上に停車し、下りは川の上で停車していたそうです。
古い車両の時はドアまで開いていたそうなので、凄い光景が見られたのでしょう。
2009年03月06日
北陸撮影行2009冬 その24
金沢駅での撮影を終え、近くにあるビジネスホテルにチェックインします。
余計な荷物を置き身軽になって再び撮影に出掛けました。

北陸鉄道浅野川線の始発駅である北鉄金沢駅に向かいました。
この駅は8年前の2001年に地下化された駅なので、まだ新しい印象です。
ホームは1面2線の構造ですが、2番線には編成が留置されており、写真に見えている側の1番線で折り返し運転するのが平常の姿のようです。
この駅の改札は、到着列車が来てお客が全部降りた後に乗車の改札を始めるので、駅構内をじっくり観察することは出来ませんでした。

改札を抜けてこれから乗車する車両を撮影しました。
2両編成の北鉄金沢方が写真のモハ8912です。
この車両は見て分かる通りで、京王電鉄井の頭線で活躍していた3000系です。
こちら北陸鉄道では8000系と名乗って活躍しています。

終点の内灘駅まで乗り遠し、到着した直後のモハ8902を撮影しています。
この駅でもすぐ改札を出なくてはいけないので、やはりじっくり撮影できていません。
余計な荷物を置き身軽になって再び撮影に出掛けました。

北陸鉄道浅野川線の始発駅である北鉄金沢駅に向かいました。
この駅は8年前の2001年に地下化された駅なので、まだ新しい印象です。
ホームは1面2線の構造ですが、2番線には編成が留置されており、写真に見えている側の1番線で折り返し運転するのが平常の姿のようです。
この駅の改札は、到着列車が来てお客が全部降りた後に乗車の改札を始めるので、駅構内をじっくり観察することは出来ませんでした。

改札を抜けてこれから乗車する車両を撮影しました。
2両編成の北鉄金沢方が写真のモハ8912です。
この車両は見て分かる通りで、京王電鉄井の頭線で活躍していた3000系です。
こちら北陸鉄道では8000系と名乗って活躍しています。

終点の内灘駅まで乗り遠し、到着した直後のモハ8902を撮影しています。
この駅でもすぐ改札を出なくてはいけないので、やはりじっくり撮影できていません。
