2006年07月30日
東北撮影旅行 その10
終点の岩手石橋駅はスイッチバック式の構造となっています。
列車は勾配を上がりながら駅舎を通り過ぎたさらに奥で停止。
ポイントを切り替え、推進運転で構内のホッパーにホッパ車を押し込んでいきます。
このホッパーは石灰石を積み出すための大きな設備で、貨車6両に同時に石灰石を載せています。
積み終わると機関車が貨車を押し次の6両で同じ作業です。

最後の貨車がホッパーの下に入ると、機関車は切り離され、ホッパーの脇を通って反対側に連結します。

全部の貨車に石灰石を積み終わると、ホッパーの中を抜けて反対側に押して行き、構内の奥まで行きポイントを切り替えて本線に出て行きました。
写真は発車した列車が本線を走っていく姿で、一段高い位置の駅舎が左端に見えています。
岩手石橋駅は駅舎だけでなく旅客ホームも残っていますが、線路は剥がされています。
駅名標は真っ白にペンキで塗りつぶされていましたが、よく見ると文字が読み取れました。
列車の撮影が終わり駅員の方に挨拶に伺うと、次に到着する列車が今日の最後だと教えていただけました。生産調整でその後の列車は運休です。
お礼を言って、次の列車を撮影するために移動します。
折り返して最終列車になる列車は、先ほど見送った列車と隣駅の日頃市駅で交換となっていたのですぐ来てしまいました。
最終列車を迎え撃つため、さらに一駅先の長安寺駅に向かいます。
長安寺の駅も駅舎も駅名標も旅客営業時代のまま残っていました。
長安寺駅から徒歩で15分ほど日頃市側に戻った直線の終わりで、正面から機関車メインで撮影することにします。
ただ単に、時間が無くて撮影ポイントが見つけられなかっただけなのです。

本日の最終列車の撮影が終わったので、全駅のチェックをすることにしました。
日頃市駅も駅舎が残っており立派な貨物用ホームも残っています。
猪川駅は高い位置にあった駅へのアプローチの階段は残っていましたが、ホームなどは一切撤去されていました。
盛駅もしっかり駅舎が残っているのが踏切から確認できました。
ここはとりあえず機関区を先に見ます。
機関庫の中には機関車が1両休んでいました。
駅に戻るとホームに機関車が1両います。撮影しているうちにもう1両が連結されました。
駅の様子やら機関車を撮影しているうちにもう1両の機関車が連結されて3重連になりました。

慌てて踏切を渡って線路の反対側に出ると、踏切が鳴り始め3重連となった機関車が機関区に向けて発車していきました。
列車が運休となったため庫に収納するための回送3重連になったようである意味ラッキーです。
惜しむべきは走行列車を撮ると思っていなかったので、広角レンズしかカメラに付いていなかったので引き寄せることが出来なかったことですね。
再び機関区に戻ると、岩手開発鉄道の関係者が「今、3重連走ったぞ撮れたか!」と言いながら来ました。「撮ったよ!」と返したら笑いながら本社の敷地に消えていきました。
最後は赤崎駅に寄っていきます。
こちら側の線路は元々旅客営業はしていませんでしたので特に何かがあるわけではなく、セメント工場の付属施設のとしか見えませんでした。
列車は勾配を上がりながら駅舎を通り過ぎたさらに奥で停止。
ポイントを切り替え、推進運転で構内のホッパーにホッパ車を押し込んでいきます。
このホッパーは石灰石を積み出すための大きな設備で、貨車6両に同時に石灰石を載せています。
積み終わると機関車が貨車を押し次の6両で同じ作業です。

最後の貨車がホッパーの下に入ると、機関車は切り離され、ホッパーの脇を通って反対側に連結します。

全部の貨車に石灰石を積み終わると、ホッパーの中を抜けて反対側に押して行き、構内の奥まで行きポイントを切り替えて本線に出て行きました。
写真は発車した列車が本線を走っていく姿で、一段高い位置の駅舎が左端に見えています。
岩手石橋駅は駅舎だけでなく旅客ホームも残っていますが、線路は剥がされています。
駅名標は真っ白にペンキで塗りつぶされていましたが、よく見ると文字が読み取れました。
列車の撮影が終わり駅員の方に挨拶に伺うと、次に到着する列車が今日の最後だと教えていただけました。生産調整でその後の列車は運休です。
お礼を言って、次の列車を撮影するために移動します。
折り返して最終列車になる列車は、先ほど見送った列車と隣駅の日頃市駅で交換となっていたのですぐ来てしまいました。
最終列車を迎え撃つため、さらに一駅先の長安寺駅に向かいます。
長安寺の駅も駅舎も駅名標も旅客営業時代のまま残っていました。
長安寺駅から徒歩で15分ほど日頃市側に戻った直線の終わりで、正面から機関車メインで撮影することにします。
ただ単に、時間が無くて撮影ポイントが見つけられなかっただけなのです。

本日の最終列車の撮影が終わったので、全駅のチェックをすることにしました。
日頃市駅も駅舎が残っており立派な貨物用ホームも残っています。
猪川駅は高い位置にあった駅へのアプローチの階段は残っていましたが、ホームなどは一切撤去されていました。
盛駅もしっかり駅舎が残っているのが踏切から確認できました。
ここはとりあえず機関区を先に見ます。
機関庫の中には機関車が1両休んでいました。
駅に戻るとホームに機関車が1両います。撮影しているうちにもう1両が連結されました。
駅の様子やら機関車を撮影しているうちにもう1両の機関車が連結されて3重連になりました。

慌てて踏切を渡って線路の反対側に出ると、踏切が鳴り始め3重連となった機関車が機関区に向けて発車していきました。
列車が運休となったため庫に収納するための回送3重連になったようである意味ラッキーです。
惜しむべきは走行列車を撮ると思っていなかったので、広角レンズしかカメラに付いていなかったので引き寄せることが出来なかったことですね。
再び機関区に戻ると、岩手開発鉄道の関係者が「今、3重連走ったぞ撮れたか!」と言いながら来ました。「撮ったよ!」と返したら笑いながら本社の敷地に消えていきました。
最後は赤崎駅に寄っていきます。
こちら側の線路は元々旅客営業はしていませんでしたので特に何かがあるわけではなく、セメント工場の付属施設のとしか見えませんでした。
2006年07月28日
東北撮影旅行 その9
仮設住宅氏が、箱で良いのでやっぱり仙人水を買うとの話になり、再び釜石鉱山の事務所に戻ります。
最初に寄ってから40分以上経っており、カメラのカウンターも120枚近く進んでいます。
この間何をやっていたかは想像にお任せしておきます。
事務所へは先ほどとは違い駐車場側から入りました。
さて仙人水を積み込んで広い駐車場をぐるりと反転すると、機関車が目に飛び込んできました。
ここには鉱山で使用していた電気機関車が展示してあったのです。 少し疲れていた私は、車の中からパチリと手抜き撮影だけ、仮設住宅氏がちゃんと撮っていたので後で見せてもらうことにします。
今度は釜石線の洞泉駅近くの、昔、日鉄鉱業線と釜石線が交差していた場所に行ってみました。
に日鉄鉱業線が廃止されてから時間が経っているため、道路となっています。
この場所は鉄道廃線跡を歩くの3巻に載っている場所です。
本に載っている写真と大きく変わっている点は、釜石線の遙か上空を建設中のバイパスの橋が架かっていることです。
次の目的地は岩手開発鉄道、この場所からだと山を2つ越えていけば岩手石橋駅に出られますが、道が細いと想定されるのが問題です。
釜石・盛回りと検討した結果、山越えを選択しました。
やはり道は狭く気が抜けない道でしたが、幸いにも対向車が少なかったため助かりました。
最初の山を越えると、釜石線の上有住駅がありましたので、寄り道していきました。
駅の周辺には何もない駅でした。
しかし、この何もない場所に、JPの方らしい人、測量に来た人、私たちと人が集まってしまいちょっとだけ賑わってました。
ちょうど列車が来たので撮影すると、この旅行中見飽きた感のあるキハ100系がやってきました。
個人的にはこの車両自体は嫌いではないのですが、緑の中を白と緑系の塗色の車両だと目立たないので今ひとつの感じを受けています。
やはり旧国鉄色は良いですね。
撮影を終えて、岩手石橋駅へ向かいます。
2回目の山越えは道幅も少し広くなり手こずることはありませんでした。
岩手石橋駅へは仮設住宅氏が旅客営業をしていた頃に来ていたので、迷うこともなくあっさり到着、当時の駅舎もしっかり残っているようです。
ゆっくりする間も無く列車が遠くのカーブから顔を出しました。
そのまま構内に向かってくるのかと思いきや、エンジンを吹かす音はすれども列車は一向に進んでいません。
機関車が故障したのかと思っているうちに1分ほど経ち、列車は進み始めました。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
岩手開発鉄道の方たちは、写真を撮りに来る人達に理解があるようで機関車のライトを付けたり消したりしてくれました。ありがたいことです。
最初に寄ってから40分以上経っており、カメラのカウンターも120枚近く進んでいます。
この間何をやっていたかは想像にお任せしておきます。
事務所へは先ほどとは違い駐車場側から入りました。
さて仙人水を積み込んで広い駐車場をぐるりと反転すると、機関車が目に飛び込んできました。
ここには鉱山で使用していた電気機関車が展示してあったのです。 少し疲れていた私は、車の中からパチリと手抜き撮影だけ、仮設住宅氏がちゃんと撮っていたので後で見せてもらうことにします。
今度は釜石線の洞泉駅近くの、昔、日鉄鉱業線と釜石線が交差していた場所に行ってみました。
に日鉄鉱業線が廃止されてから時間が経っているため、道路となっています。
この場所は鉄道廃線跡を歩くの3巻に載っている場所です。
本に載っている写真と大きく変わっている点は、釜石線の遙か上空を建設中のバイパスの橋が架かっていることです。
次の目的地は岩手開発鉄道、この場所からだと山を2つ越えていけば岩手石橋駅に出られますが、道が細いと想定されるのが問題です。
釜石・盛回りと検討した結果、山越えを選択しました。
やはり道は狭く気が抜けない道でしたが、幸いにも対向車が少なかったため助かりました。
最初の山を越えると、釜石線の上有住駅がありましたので、寄り道していきました。
駅の周辺には何もない駅でした。
しかし、この何もない場所に、JPの方らしい人、測量に来た人、私たちと人が集まってしまいちょっとだけ賑わってました。
ちょうど列車が来たので撮影すると、この旅行中見飽きた感のあるキハ100系がやってきました。
個人的にはこの車両自体は嫌いではないのですが、緑の中を白と緑系の塗色の車両だと目立たないので今ひとつの感じを受けています。
やはり旧国鉄色は良いですね。
撮影を終えて、岩手石橋駅へ向かいます。
2回目の山越えは道幅も少し広くなり手こずることはありませんでした。
岩手石橋駅へは仮設住宅氏が旅客営業をしていた頃に来ていたので、迷うこともなくあっさり到着、当時の駅舎もしっかり残っているようです。
ゆっくりする間も無く列車が遠くのカーブから顔を出しました。
そのまま構内に向かってくるのかと思いきや、エンジンを吹かす音はすれども列車は一向に進んでいません。
機関車が故障したのかと思っているうちに1分ほど経ち、列車は進み始めました。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
岩手開発鉄道の方たちは、写真を撮りに来る人達に理解があるようで機関車のライトを付けたり消したりしてくれました。ありがたいことです。
