2007年01月13日
再び磐越西線へ
東赤谷を後にして、とりあえず会津若松方面に向かうつもりで車を走らせました。
11月に入っているので、すっかり辺りは薄暗くなっています。
赤谷から会津若松に向かうルートを走ると、朝撮影した磐越西線と再び出会うことになります。
DD53ばんえつ物語号の時間を改めてみると間に合いそうです。
さすがに夜なのでバルブ撮影しか思いつかず、一番近い停車駅の三川駅に向かいました。
前日の津川駅みたいに長時間停車ではないけど何とかなるかなと思い行ってみます。
三川駅に着き、機関車の停車する場所に立つと、ここには明かりが全くないのでした。
列車の時刻が近づくと、津川駅ほどではないにしろ人が集まってきます。
時間になり列車が駅に進入してきました。

列車は停車したのですが、前照灯を点けたままで減光も無しでの停車となったため、正面がちに狙っていた私の写真は真っ白けとなり失敗に終わってしまいました。
この後の時間に余裕があったので、三川駅で普通列車を2本撮影してから会津若松方面に向かいました。

写真は夜の三川駅の様子です。

三川駅に停車中の110系の普通列車。
こっちはちゃんと撮れてます。
11月に入っているので、すっかり辺りは薄暗くなっています。
赤谷から会津若松に向かうルートを走ると、朝撮影した磐越西線と再び出会うことになります。
DD53ばんえつ物語号の時間を改めてみると間に合いそうです。
さすがに夜なのでバルブ撮影しか思いつかず、一番近い停車駅の三川駅に向かいました。
前日の津川駅みたいに長時間停車ではないけど何とかなるかなと思い行ってみます。
三川駅に着き、機関車の停車する場所に立つと、ここには明かりが全くないのでした。
列車の時刻が近づくと、津川駅ほどではないにしろ人が集まってきます。
時間になり列車が駅に進入してきました。

列車は停車したのですが、前照灯を点けたままで減光も無しでの停車となったため、正面がちに狙っていた私の写真は真っ白けとなり失敗に終わってしまいました。
この後の時間に余裕があったので、三川駅で普通列車を2本撮影してから会津若松方面に向かいました。

写真は夜の三川駅の様子です。

三川駅に停車中の110系の普通列車。
こっちはちゃんと撮れてます。
2006年12月23日
磐西・只見ぐるり一周号
蒲原鉄道の村松駅から磐西・只見ぐるり一周号撮影のため磐越西線までやってきました。
撮影場所に選んだのは猿和田~馬下間の田んぼの間を走る区間です。
DD53ばんえつ物語号もあるので、すでに多くの三脚が立ち並んでいます。
この日のこの場所は、風が結構吹いていました。
邪魔な草を刈っている人もいて皆さん気合いが入っているようです。

磐西・只見ぐるり一周号の前にキハ40系2連による普通列車がありました。こちらは旧新潟色です。
しばらく待つと、お目当ての列車が登場しました。

国鉄一般色・首都圏色・急行色・急行色の4連での列車です。
みんな一斉にシャッターを切っていました。

でも自分的には期待していたはずなのに、あまり感動がなかったのでした。
最近大糸線ばっかり撮っているからかな?
撮影後、同行者の仮設住宅さんと協議した結果、DD53の撮影は取りやめて廃線跡巡りをしようとの結論に達したので、再び、村松駅に向かう事にしました。
撮影場所に選んだのは猿和田~馬下間の田んぼの間を走る区間です。
DD53ばんえつ物語号もあるので、すでに多くの三脚が立ち並んでいます。
この日のこの場所は、風が結構吹いていました。
邪魔な草を刈っている人もいて皆さん気合いが入っているようです。

磐西・只見ぐるり一周号の前にキハ40系2連による普通列車がありました。こちらは旧新潟色です。
しばらく待つと、お目当ての列車が登場しました。

国鉄一般色・首都圏色・急行色・急行色の4連での列車です。
みんな一斉にシャッターを切っていました。

でも自分的には期待していたはずなのに、あまり感動がなかったのでした。
最近大糸線ばっかり撮っているからかな?
撮影後、同行者の仮設住宅さんと協議した結果、DD53の撮影は取りやめて廃線跡巡りをしようとの結論に達したので、再び、村松駅に向かう事にしました。
2006年12月19日
DD53ばんえつ物語号の続き
今日からは11月3日~5日かけてDD53ばんえつ物語号の撮影をメインに福島・新潟を回ったときの話です。
津川駅でバルブ撮影をしていた時の線路の向こう側の様子です。

みんな一生懸命撮影していました。

DD53と客車の連結部分は、客車から漏れる明かりで機関車が照らされていたので、撮影してみた写真です。

月も出ていたので、客車と絡めて撮ってみました。
11月4日にも書きましたが、この後は五泉に泊まりました。
部屋はきれいなのですが、近くでご飯が食べられないのは痛かったです。
津川駅でバルブ撮影をしていた時の線路の向こう側の様子です。

みんな一生懸命撮影していました。

DD53と客車の連結部分は、客車から漏れる明かりで機関車が照らされていたので、撮影してみた写真です。

月も出ていたので、客車と絡めて撮ってみました。
11月4日にも書きましたが、この後は五泉に泊まりました。
部屋はきれいなのですが、近くでご飯が食べられないのは痛かったです。
2006年11月04日
DD53何とか撮れました
3日に運転したDD53ばんえつ物語号何とか撮れました。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
