2007年12月07日
福島臨海鉄道再訪 その14
今回は列車の写真です。

福島臨海鉄道は常磐線とアンダークロスして泉駅では山側に入ります。
写真の場所は、常磐線とのアンダークロスの手前となり、林の脇を線路が通っています。
列車は54列車で、コンテナ車を連ねた編成です。

54列車の帰りの55列車は単機で戻ってきました。
撮影場所は午前中に撮影した陸橋近くの踏切脇です。
踏切脇の家がガーデニングに凝っているようで、家の敷地を飛び出して線路際までガーデニングされていたので、線路際まで花が咲いているのです。

今度は56列車、だいぶ夕方の光線になってきています。
宮下駅を発車して場内信号機の横を泉駅に向かっていきます。
今回の福島臨海鉄道の撮影は、この列車の撮影が最後となりました。
11月9日の水没する貨車の話は、東邦亜鉛小名浜精錬所の敷地内にあります。
脇の道路が高くなっているので、構内を見ることが出来ます。
貨車は検査切れのタキ5450形とタキ4000形の6両でした。

福島臨海鉄道は常磐線とアンダークロスして泉駅では山側に入ります。
写真の場所は、常磐線とのアンダークロスの手前となり、林の脇を線路が通っています。
列車は54列車で、コンテナ車を連ねた編成です。

54列車の帰りの55列車は単機で戻ってきました。
撮影場所は午前中に撮影した陸橋近くの踏切脇です。
踏切脇の家がガーデニングに凝っているようで、家の敷地を飛び出して線路際までガーデニングされていたので、線路際まで花が咲いているのです。

今度は56列車、だいぶ夕方の光線になってきています。
宮下駅を発車して場内信号機の横を泉駅に向かっていきます。
今回の福島臨海鉄道の撮影は、この列車の撮影が最後となりました。
11月9日の水没する貨車の話は、東邦亜鉛小名浜精錬所の敷地内にあります。
脇の道路が高くなっているので、構内を見ることが出来ます。
貨車は検査切れのタキ5450形とタキ4000形の6両でした。
2007年12月06日
福島臨海鉄道再訪 その13
宮下駅に留置されている貨車3種の写真です。
3両とも検査切れとなっている車両です。
金網越しでの撮影なのでちょっと見づらいですが、そのまま載せてしまいました。

写真はホキ2500形のホキ2532です。
ホキ2500形式は、石灰石の35t積みとして製造された車両で、この車両は1967年製の初期形になります。
元々赤3号に塗られた車両ですが、色が褪せて錆止め塗装のようになっており、番号も消えていました。
JRからは1999年には形式消滅しています。

タ2000形のタ2001です。
10t積みのアルコール専用車として全3両が改造により製造されました。
タ2001は、1941年にタム200形から改造車両のようです。
貨物鉄道博物館にタ2001が収蔵予定になっているので、そのうちに輸送されるのでしょう。

最後はホキ3500形ホキ3508です。
30t積みのセメント専用車として製造された車両です。
こちらは、1997年に形式消滅しました。
保存が決まっているタ2001以外の車両は今後どうなるのでしょうか?
やはり貨車といえど貴重な車両であるので、保存されるのを期待しています。
3両とも検査切れとなっている車両です。
金網越しでの撮影なのでちょっと見づらいですが、そのまま載せてしまいました。

写真はホキ2500形のホキ2532です。
ホキ2500形式は、石灰石の35t積みとして製造された車両で、この車両は1967年製の初期形になります。
元々赤3号に塗られた車両ですが、色が褪せて錆止め塗装のようになっており、番号も消えていました。
JRからは1999年には形式消滅しています。

タ2000形のタ2001です。
10t積みのアルコール専用車として全3両が改造により製造されました。
タ2001は、1941年にタム200形から改造車両のようです。
貨物鉄道博物館にタ2001が収蔵予定になっているので、そのうちに輸送されるのでしょう。

最後はホキ3500形ホキ3508です。
30t積みのセメント専用車として製造された車両です。
こちらは、1997年に形式消滅しました。
保存が決まっているタ2001以外の車両は今後どうなるのでしょうか?
やはり貨車といえど貴重な車両であるので、保存されるのを期待しています。
2007年12月05日
福島臨海鉄道再訪 その12

朝方撮影していた泉側の踏切にやってきました。
真ん中にいたホッパ車を、左側にの他の貨車の前に持って行ったところでした。
朝の写真と比べると、貨車の位置が変化しているのが分かります。

連結して長くなった貨車群を牽引して機関車がやってきます。
この日の入れ替え担当は、DD561でした。

目の前を通過した機関車は踏切上で制動を掛けて停車します。
すぐにポイントが切り替えられ、推進運転で他の線に転線されました。
この踏切は、入れ替えを行っている間は、何度も遮断機が下りますが、交通量が多くないので渋滞にはなりません。
行ったり来たりしながら入れ替えをしている機関車を見るのは、楽しい物です。
2007年12月04日
福島臨海鉄道再訪 その11
小名浜駅の様子の続きです。

今でこそ終点の小名浜駅ですが、40年ほど前までは栄町駅まで線路は延びていました、
そちら側から覗いた構内の様子です。
カーブしている線の手前側の線路が、小名浜駅の駅舎前を通っているので、この線路が栄町まで行っていたのかもしれません。

検修庫前をを道路から覗くと、入替機とDD552が停まっていました。
朝に見た時は見えなかったので、検修庫内に入っていたことになります。
入替機の方は、ボンネットの上に靴下らしき物が乗っています。
天気が良くなったので、物干し台の代わりに使っていたのでしょう。

検修庫の前から見たDD551のサイドです。
手前ではDD553が休憩中です。

今でこそ終点の小名浜駅ですが、40年ほど前までは栄町駅まで線路は延びていました、
そちら側から覗いた構内の様子です。
カーブしている線の手前側の線路が、小名浜駅の駅舎前を通っているので、この線路が栄町まで行っていたのかもしれません。

検修庫前をを道路から覗くと、入替機とDD552が停まっていました。
朝に見た時は見えなかったので、検修庫内に入っていたことになります。
入替機の方は、ボンネットの上に靴下らしき物が乗っています。
天気が良くなったので、物干し台の代わりに使っていたのでしょう。

検修庫の前から見たDD551のサイドです。
手前ではDD553が休憩中です。
2007年12月03日
福島臨海鉄道再訪 その10
埠頭本線の跡を辿った後、再び小名浜駅に戻りました。
ぐるりと駅の周囲を歩いて回ります。

駅の近くには福島臨海鉄道の本社があります。
本社の駐車場には、以前主力機として活躍したDD501の台車部分が保存されています。
このDD501は新潟鉄工所で1960年に試作器的な要素を持って製作されており、1963年までメーカーから借り入れの形で使用し、その後正式に購入されています。
1994年3月に廃車となりましたが、この鉄道の最初のディーゼル機関車だったため、台車だけが保存されたのでした。

小名浜駅の駅舎です。
旅客営業を止めても駅舎自体は残っています。

駅舎横の駐車場から構内を覗いたところです。
先の方に見える機関車は、右が朝から活躍していたDD553、左が入れ換え作業の最中のDD561です。
この日の入れ換え作業は、かなりの時間やっていました。
普段も長いのかは分かりません。
ぐるりと駅の周囲を歩いて回ります。

駅の近くには福島臨海鉄道の本社があります。
本社の駐車場には、以前主力機として活躍したDD501の台車部分が保存されています。
このDD501は新潟鉄工所で1960年に試作器的な要素を持って製作されており、1963年までメーカーから借り入れの形で使用し、その後正式に購入されています。
1994年3月に廃車となりましたが、この鉄道の最初のディーゼル機関車だったため、台車だけが保存されたのでした。

小名浜駅の駅舎です。
旅客営業を止めても駅舎自体は残っています。

駅舎横の駐車場から構内を覗いたところです。
先の方に見える機関車は、右が朝から活躍していたDD553、左が入れ換え作業の最中のDD561です。
この日の入れ換え作業は、かなりの時間やっていました。
普段も長いのかは分かりません。
2007年12月02日
福島臨海鉄道再訪 その9
福島臨海鉄道でも他の臨海鉄道と同様に、全盛期に比べると線路の規模が縮小されています。
宮下駅から現在は、泉~小名浜間の本線と東邦亜鉛の専用線しかありませんが、以前は埠頭本線や他の会社に向かっていた専用線が分岐していました。

小名浜埠頭方面に向かっていた埠頭本線の跡の様子です。
レールは既に撤去されています。
列車の運行は早い時期になくなっていたようですが、正式な廃止は2001年10月でした。
突き当たりまで行くと道路があり、その先が埠頭になっています。
左の道路の向こう側のコンクリートの壁の向こうには、工場の敷地内を走る線路が以前はありました。

埠頭本線の踏切部分にだけはレールが残っていました。

踏切先のフェンスの隙間から覗くと、勾配標は残っていますが、レールはやはりありません。
手入れされていないので、雑草が生い茂っています。
宮下駅から現在は、泉~小名浜間の本線と東邦亜鉛の専用線しかありませんが、以前は埠頭本線や他の会社に向かっていた専用線が分岐していました。

小名浜埠頭方面に向かっていた埠頭本線の跡の様子です。
レールは既に撤去されています。
列車の運行は早い時期になくなっていたようですが、正式な廃止は2001年10月でした。
突き当たりまで行くと道路があり、その先が埠頭になっています。
左の道路の向こう側のコンクリートの壁の向こうには、工場の敷地内を走る線路が以前はありました。

埠頭本線の踏切部分にだけはレールが残っていました。

踏切先のフェンスの隙間から覗くと、勾配標は残っていますが、レールはやはりありません。
手入れされていないので、雑草が生い茂っています。
2007年12月01日
福島臨海鉄道再訪 その8

宮下駅から泉駅に向けて貨物列車が発車しました。(52列車)
左側の線路から右側の本線まで、いくつもポイントを渡りながらうねうねとやってきます。
左に見える場内信号機の腕木が下がり、出発を現示していることが分かります。

場内信号機の脇を列車は進んでいきます。
この列車は泉駅でJR貨物に引き継がれ安中駅まで行きます。

泉駅からDD553が戻ってきました。(53列車)
多くの貨車を期待していたのですが、空のタンク車2両だけの牽引で機関車も力を持て余し気味です。
撮影場所は、宮下駅の場内信号機から少し泉側に架かる道路の陸橋からです。
このタンク車は宮下駅で切り離され、機関車は小名浜駅へ単機で走り去りました。
2007年11月30日
福島臨海鉄道再訪 その7

東邦亜鉛小名浜精錬所から宮下駅に亜鉛焼鉱を積載したタンク車がやって来ました。
福島臨海鉄道の本線牽引用の機関車の前部手すりには、回転灯が取り付けられているのですが、この時はピカピカと点滅させてやって来ています。
この回転灯は本線を走行している時には点滅させていないので、専用線に入る時だけ使用のようです。
専用線には遮断機も警報機もない踏切があるので、安全対策のためではないかと勝手に思っています。

牽引されてきたタンク車は、宮下駅の右端の線で機関車から切り離され、機関車は左端の線を戻ってきます。

先ほどの機関車が、再び方向を変えて転線しながらタンク車に向かいます。
左に見えている腕木信号機が宮下駅の出発信号機です。(泉側)
2007年11月29日
福島臨海鉄道再訪 その6
東邦亜鉛小名浜精錬所の構内には、スイッチャーの他にも貨車が見えていましたので、今日はそちらの写真です。

タキ4000形式のタキ34056です。
濃硫酸専用のこの車両は、1956年の日立製です。
この工場からの濃硫酸の貨物輸送は現在はやっていないようなので、休車か廃車状態の車両だと思われます。

JR後に製造されたトキ25000(新)形式のトキ25000-2です。
1999年に12両が製造された亜鉛精鉱専用車で、全車東邦亜鉛の私有車となっています。
国鉄時代のトキ25000形式とはほぼ別形式のようで、車号の付け方も形式の後にハイフンを付けて区別しています。

タキ15600形式のタキ15602です。
こちらは亜鉛焼鉱専用車で1969年に富士重工で製造されています。
茶色くなっているのは、積み込み時に粉末が舞い上がるからのようです。
そのためなのかは分かりませんが、積み込み時には積み込み施設前後のシャッターを閉め切っていました。
トキ25000と一緒に安中駅までの貨物輸送に活躍中です。

タキ4000形式のタキ34056です。
濃硫酸専用のこの車両は、1956年の日立製です。
この工場からの濃硫酸の貨物輸送は現在はやっていないようなので、休車か廃車状態の車両だと思われます。

JR後に製造されたトキ25000(新)形式のトキ25000-2です。
1999年に12両が製造された亜鉛精鉱専用車で、全車東邦亜鉛の私有車となっています。
国鉄時代のトキ25000形式とはほぼ別形式のようで、車号の付け方も形式の後にハイフンを付けて区別しています。

タキ15600形式のタキ15602です。
こちらは亜鉛焼鉱専用車で1969年に富士重工で製造されています。
茶色くなっているのは、積み込み時に粉末が舞い上がるからのようです。
そのためなのかは分かりませんが、積み込み時には積み込み施設前後のシャッターを閉め切っていました。
トキ25000と一緒に安中駅までの貨物輸送に活躍中です。
2007年11月28日
福島臨海鉄道再訪 その5
東邦亜鉛小名浜工場の脇に行くとコンクリートの壁があるため機関車全体が見えません。
身長より高いので、大体方向を決めてシャッターを何回か切ってみました。

写真を見た結果、工場内に見えた機関車は日車のスイッチャーだと確認できました。
これもオートフォーカス様々です。
この写真を撮影している時には、スイッチャーのバックの建物に先ほどのDD553が建物の向こう側からタンク車を押し込んでいました。
先で作業をしているDD553を撮影するべく近づいていったのですが、先に行くほどコンクリートの壁が高くなり、山勘での撮影も出来なくなりました。
一旦脚立を取りに車に戻ります。

車に戻る際にスイッチャーを反対向きに撮影です。
このスイッチャーは、東邦亜鉛の関連である東邦キャリアの私有機(車籍は福島臨海鉄道)のDB253で、1969年に日本車輌で製造された25t機です。
この機関車の前歴は、編集長敬白8月28日付けのブログで紹介された、魚津の日本カーバイド工業の4両のディーゼル機の内の1両でした。(車籍は富山地方鉄道)
1993年に廃車となり、その後こちらに来て使用されています。

車から脚立を持ち出し工場を覗いてみると、入れ換え作業を終了して休んでいるDD553が見えました。
残念ながら活躍している姿は撮影できませんでしたが、休んでいるところを撮影しておきます。
身長より高いので、大体方向を決めてシャッターを何回か切ってみました。

写真を見た結果、工場内に見えた機関車は日車のスイッチャーだと確認できました。
これもオートフォーカス様々です。
この写真を撮影している時には、スイッチャーのバックの建物に先ほどのDD553が建物の向こう側からタンク車を押し込んでいました。
先で作業をしているDD553を撮影するべく近づいていったのですが、先に行くほどコンクリートの壁が高くなり、山勘での撮影も出来なくなりました。
一旦脚立を取りに車に戻ります。

車に戻る際にスイッチャーを反対向きに撮影です。
このスイッチャーは、東邦亜鉛の関連である東邦キャリアの私有機(車籍は福島臨海鉄道)のDB253で、1969年に日本車輌で製造された25t機です。
この機関車の前歴は、編集長敬白8月28日付けのブログで紹介された、魚津の日本カーバイド工業の4両のディーゼル機の内の1両でした。(車籍は富山地方鉄道)
1993年に廃車となり、その後こちらに来て使用されています。

車から脚立を持ち出し工場を覗いてみると、入れ換え作業を終了して休んでいるDD553が見えました。
残念ながら活躍している姿は撮影できませんでしたが、休んでいるところを撮影しておきます。
2007年11月27日
福島臨海鉄道再訪 その4
機関車の後を追って宮下駅に向かいます。
宮下駅にはすぐに着いたのですが、専用線の位置を通り過ぎて朝のラッシュに巻き込まれてかなり時間をロスする羽目に…。

宮下駅の構内を泉側から見たところです。
先に見える踏切から、左に曲がりながら構内が広がっています。
写真の腕木信号機は、見通しを確保するためなのかコンクリートの台で嵩上げされています。
3本の線路は、奥が福島臨海鉄道の本線、真ん中が東邦亜鉛への専用線、手前は使用を休止している線(東邦亜鉛の留置線だと思われ、宮下駅には繋がっていません)になっています。

上の写真の反対側です。
本線は右に曲がり、専用線は左に曲がっていきます。
多少線路の高さに差が生じています。

東邦亜鉛の専用線に沿って歩いていくと、間もなく工場が見えてきました。
鉄道門の先には薄緑色の機関車が見えています。
宮下駅にはすぐに着いたのですが、専用線の位置を通り過ぎて朝のラッシュに巻き込まれてかなり時間をロスする羽目に…。

宮下駅の構内を泉側から見たところです。
先に見える踏切から、左に曲がりながら構内が広がっています。
写真の腕木信号機は、見通しを確保するためなのかコンクリートの台で嵩上げされています。
3本の線路は、奥が福島臨海鉄道の本線、真ん中が東邦亜鉛への専用線、手前は使用を休止している線(東邦亜鉛の留置線だと思われ、宮下駅には繋がっていません)になっています。

上の写真の反対側です。
本線は右に曲がり、専用線は左に曲がっていきます。
多少線路の高さに差が生じています。

東邦亜鉛の専用線に沿って歩いていくと、間もなく工場が見えてきました。
鉄道門の先には薄緑色の機関車が見えています。
2007年11月26日
福島臨海鉄道再訪 その3
6時10分頃になり、検修庫へ向かって職員の方が歩いていきました。
6時23分発のためにエンジンを掛けるのだろうとと思って、泉寄りの踏切へ移動します。

踏切から構内を見るとこんな感じです。
画面左側の腕木信号機横の建物が検修庫で、その前に機関車が置いてあります。
寒い中を機関車が動くのをしばらく待っていたのですが、20分経っても動き出しません。
結局この日の一番列車は運休でした。
一番列車は泉駅からの帰りは小名浜駅までは戻らず、宮下駅行きになります。
当然この宮下駅行きも今日は運休になるのですが、宮下駅から分岐する東邦亜鉛専用線での入れ換え作業等を、次の宮下発泉行きの間合いでこなす運用となっており、その分の機関車が無いことになりました。

約1時間後、構内にエンジン音が響きました。
再び踏切に行くと、構内の奥の方でエンジンを吹かすDD553が見え、煙を噴き上げながら発進しました。

踏切手前まで来たDD553です。
写真の辺りは惰行していましたが、踏切を越えると再び大量の煙を噴き上げながら走り去っていきました。
6時23分発のためにエンジンを掛けるのだろうとと思って、泉寄りの踏切へ移動します。

踏切から構内を見るとこんな感じです。
画面左側の腕木信号機横の建物が検修庫で、その前に機関車が置いてあります。
寒い中を機関車が動くのをしばらく待っていたのですが、20分経っても動き出しません。
結局この日の一番列車は運休でした。
一番列車は泉駅からの帰りは小名浜駅までは戻らず、宮下駅行きになります。
当然この宮下駅行きも今日は運休になるのですが、宮下駅から分岐する東邦亜鉛専用線での入れ換え作業等を、次の宮下発泉行きの間合いでこなす運用となっており、その分の機関車が無いことになりました。

約1時間後、構内にエンジン音が響きました。
再び踏切に行くと、構内の奥の方でエンジンを吹かすDD553が見え、煙を噴き上げながら発進しました。

踏切手前まで来たDD553です。
写真の辺りは惰行していましたが、踏切を越えると再び大量の煙を噴き上げながら走り去っていきました。
2007年11月25日
福島臨海鉄道再訪 その2
今回はから11月9日に福島臨海鉄道へ行った時の話です。
この日は夜中に家を出発し、早朝に小名浜駅に到着しました。
本数の少ない臨海鉄道なので、6時23分小名浜駅発の一番列車から撮影するつもりだったのです。

6時頃少し明るくなり始めたので撮影を開始。
DD561がいたのでまずは撮影です。
この機関車は新潟鉄工所で製造されたDD56形で、1978年に入線しています。
機関車の右側に腕木信号機が写っていますが、この鉄道でも腕木信号機が現役で使用されているのです。

後ろにはDD551がいます。
こちらの機関車は富士重工業で1966年に製造された機関車です。
入線した頃は福島臨海鉄道ではなく、前身の小名浜臨港鉄道でした。

向かい側には検修庫がありその前にも機関車が止まっています。 こちらの機関車はDD553で、福島臨海鉄道になってからの1973年に新潟鉄工所で製造された機関車です。
3両の機関車はエンジンが少しずつ違い、新しい機関車ほど出力が上がっています。
もう一両の機関車は検修庫の中にいるので見えませんでした。
この日は夜中に家を出発し、早朝に小名浜駅に到着しました。
本数の少ない臨海鉄道なので、6時23分小名浜駅発の一番列車から撮影するつもりだったのです。

6時頃少し明るくなり始めたので撮影を開始。
DD561がいたのでまずは撮影です。
この機関車は新潟鉄工所で製造されたDD56形で、1978年に入線しています。
機関車の右側に腕木信号機が写っていますが、この鉄道でも腕木信号機が現役で使用されているのです。

後ろにはDD551がいます。
こちらの機関車は富士重工業で1966年に製造された機関車です。
入線した頃は福島臨海鉄道ではなく、前身の小名浜臨港鉄道でした。

向かい側には検修庫がありその前にも機関車が止まっています。 こちらの機関車はDD553で、福島臨海鉄道になってからの1973年に新潟鉄工所で製造された機関車です。
3両の機関車はエンジンが少しずつ違い、新しい機関車ほど出力が上がっています。
もう一両の機関車は検修庫の中にいるので見えませんでした。
2007年11月09日
福島臨海鉄道再訪 その1
本日は2時半に家を出て、福島臨海鉄道の撮影に行ってきました。
昨年の9月は下見程度だったので、今回は気合いを入れて行ったので出来はともかくしっかり撮影できました。
長野電鉄の話も、いすみ鉄道の話もあるので、今回は変なネタだけ紹介です。

某所に貨車が留置してあるのを昨年確認していたので見に行ってみました。
その場所には線路が3線あり、今日は貨車が6両留置されていました。
留置線を良く見ると奥の方が3線とも水没していました。

奥方に位置する2両のタンク車は完全に水の上になっています。

奥方から見た留置タンク車の様子です。
何でこんな状態になってしまったのでしょうかね?
ちなみに今日は晴れましたが明日、明後日は雨の予報なので、また水かさが増してしまうでしょう。
昨年の9月は下見程度だったので、今回は気合いを入れて行ったので出来はともかくしっかり撮影できました。
長野電鉄の話も、いすみ鉄道の話もあるので、今回は変なネタだけ紹介です。

某所に貨車が留置してあるのを昨年確認していたので見に行ってみました。
その場所には線路が3線あり、今日は貨車が6両留置されていました。
留置線を良く見ると奥の方が3線とも水没していました。

奥方に位置する2両のタンク車は完全に水の上になっています。

奥方から見た留置タンク車の様子です。
何でこんな状態になってしまったのでしょうかね?
ちなみに今日は晴れましたが明日、明後日は雨の予報なので、また水かさが増してしまうでしょう。
2006年09月20日
職場で旅行に出掛けました その2
小名浜に到着し観光組は水族館へ向かいます。
私は「昼食時間にになったら現れる」と言って駐車場で分かれて単独行動開始です。
小名浜水族館の入り口付近には踏切があり、その先にヤードもあり、さらにその先に宇部セメントの工場などが見えます。
線路はセメント工場の手前で終わっていましたが、以前は先まであった感じか残っています。
ヤードも最近使用された感じはしませんでした。
ヤードの横を走る道路の向こうには、日化運輸の入り口が有り、その先にオレンジ色のスイッチャーが上部だけ見えていました。
距離があるため細かいところは全然分からない状態です。

ヤードから線路を辿って太い道路を渡っていくと、福島臨海鉄道の小名浜駅に着きました。
入り口脇の駐車場から覗くとDD552号機が停車中、その後ろにDD551も止まっていました。
DD552号機はボティの下部が水色で、白線を挟んで上部が薄緑です。
DD551号機は全体が水色で白いラインが入っています。
DD552号機は整備中なのかしきりにエンジンを吹かしていました。
機関車の向こうには腕木信号機や検修庫の建物が見えます。
検修庫からも赤い機関車が顔を出していますが、こちら側からではナンバーまで見えません。

泉駅方向に歩いていくと構内の出口に踏切があり反対側に回れます。
ちょっと歩いて、検修庫に着くと窓が開放されており、中を覗くと赤のスイッチャーが整備を受けていました。

スイッチャーの前には先ほど見えた赤い機関車がありました。
こちらはDD553号機で、赤色に白いラインとなっています。
小名浜駅の駅舎を撮影してから、線路に沿って泉方向に歩きます。
撮影に適した場所を探しながら歩いているうちに30分が経ち宮下駅に出ました。
駅構内には、タンク車が数両と赤に白線の入った機関車が止まっており、腕木信号機も見えています。
構内を撮影した後、小名浜駅に戻りますが、途中で小名浜行きの列車が来るのを撮影するつもりでした。
良い撮影場所が見つからなかったので、駐車場からサイドだけの撮影となっています。
小名浜駅まで戻り、走り去った機関車を探したのですが見つかりませんでした。
戻ってきたら昼食の時間となったので、職場の仲間と合流するため撤収しました。
じっくり撮影するためにまた今度来訪したいと思います。
私は「昼食時間にになったら現れる」と言って駐車場で分かれて単独行動開始です。
小名浜水族館の入り口付近には踏切があり、その先にヤードもあり、さらにその先に宇部セメントの工場などが見えます。
線路はセメント工場の手前で終わっていましたが、以前は先まであった感じか残っています。
ヤードも最近使用された感じはしませんでした。
ヤードの横を走る道路の向こうには、日化運輸の入り口が有り、その先にオレンジ色のスイッチャーが上部だけ見えていました。
距離があるため細かいところは全然分からない状態です。

ヤードから線路を辿って太い道路を渡っていくと、福島臨海鉄道の小名浜駅に着きました。
入り口脇の駐車場から覗くとDD552号機が停車中、その後ろにDD551も止まっていました。
DD552号機はボティの下部が水色で、白線を挟んで上部が薄緑です。
DD551号機は全体が水色で白いラインが入っています。
DD552号機は整備中なのかしきりにエンジンを吹かしていました。
機関車の向こうには腕木信号機や検修庫の建物が見えます。
検修庫からも赤い機関車が顔を出していますが、こちら側からではナンバーまで見えません。

泉駅方向に歩いていくと構内の出口に踏切があり反対側に回れます。
ちょっと歩いて、検修庫に着くと窓が開放されており、中を覗くと赤のスイッチャーが整備を受けていました。

スイッチャーの前には先ほど見えた赤い機関車がありました。
こちらはDD553号機で、赤色に白いラインとなっています。
小名浜駅の駅舎を撮影してから、線路に沿って泉方向に歩きます。
撮影に適した場所を探しながら歩いているうちに30分が経ち宮下駅に出ました。
駅構内には、タンク車が数両と赤に白線の入った機関車が止まっており、腕木信号機も見えています。
構内を撮影した後、小名浜駅に戻りますが、途中で小名浜行きの列車が来るのを撮影するつもりでした。
良い撮影場所が見つからなかったので、駐車場からサイドだけの撮影となっています。
小名浜駅まで戻り、走り去った機関車を探したのですが見つかりませんでした。
戻ってきたら昼食の時間となったので、職場の仲間と合流するため撤収しました。
じっくり撮影するためにまた今度来訪したいと思います。
