2008年07月05日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その9

一通り撮影が終わって会場を後にします。
来た時と同じように、車両基地の入り口の踏切から構内を撮影します。
よく見ると電気機関車2両のヘッドライトが点灯していました。
近くで撮影していた時には、パンタグラフも上がっていなかったのですが、そちらも上がっていました。

3色で並んでいた1000形のうち、オレンジの編成が移動しました。
このイベントに連動して、広瀬河原駅発着の臨時列車が運転されており、帰りの第一弾としてオレンジの編成が羽生行きになるのです。
移動してからドアに踏み段を設置して客を乗せていました。

この日の秩父鉄道撮影の最後に、臨時列車の1本前で熊谷駅に行き、臨時列車の入線を撮影しました。
列車が停まった瞬間の正面のアップの写真です。
この直後、列車から降りてきたファンが先頭部に群がり押しくらまんじゅう状態になってしまいました。
秩父鉄道の1000形の塗り直しは、また乗ったり撮ったりしてみたいと思いましたので、成功でしょうね。
2008年07月04日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その8

広瀬川原車両基地の熊谷駅側には転車台があり、デキ103が載っていました。
一定時間ごとに回転させていたのですが、行った時はその時間帯ではなく代わりに転車台の周りを回って写真を撮ってました。

角度を変えた写真をもう一枚。
転車台の上には架線が無く、自力では電気機関車は乗ることも降りることも出来ないのです。

塗装場近くの貨車は、電気機関車の塗装の試し塗りをしたかの様な塗料が吹き付けられていました。
2008年07月03日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その7

電車修繕庫から5000形が顔を見せています。

5000形の連結面です。
こういう場面は普段ではお目にかかれないので、じっくり観察しておきました。
中間の半永久連結器の構造も分かります。

電車修繕庫内の様子です。
2008年07月02日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その6
やっと秩父鉄道わくわく鉄道フェスタの話に戻りました。

粗大ゴミ置き場の写真ではなく、広瀬川原車両基地内にある資材置き場の様子です。
洗練された大手私鉄の工場とは違い、地方私鉄の工場や車両基地の周りには変わった物が発見できたりするので、見学が出来る時は非常に楽しみです。

パレオエクスプレス用12系客車の予備部品確保用のオハ12 363と貨車の車軸です。

オハ12の隣の元都営6000形も部品取り用。
ライトケースが無くなっているのが分かりました。

粗大ゴミ置き場の写真ではなく、広瀬川原車両基地内にある資材置き場の様子です。
洗練された大手私鉄の工場とは違い、地方私鉄の工場や車両基地の周りには変わった物が発見できたりするので、見学が出来る時は非常に楽しみです。

パレオエクスプレス用12系客車の予備部品確保用のオハ12 363と貨車の車軸です。

オハ12の隣の元都営6000形も部品取り用。
ライトケースが無くなっているのが分かりました。
2008年06月21日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その5

数少なくなった旅客列車と貨物列車の両方を走らせている秩父鉄道では、地味な存在になりがちな貨車も多く展示しています。
写真はその内のヲキ100形で、石灰石バラ積みホッパー車として秩父線内で活躍しています。
ちなみに手前にちらりと写っている車両は無蓋車のトキ500形です。

白線が目立つ救援車のスム4044です。
秩父鉄道の有蓋車として50両が製造されたスム4000形の中で、2両だけ生き残ったうちの1両です。
救援機材を搭載して広瀬車両基地の構内で待機しています。

パイプの足場と多くの扇風機が付いた場所がありました。
ここは貨車の塗装場なのでしょうかね?
向こう側にいるのは廃車となったクハ602です。
2008年06月20日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その4
久しぶりにわくわく鉄道フェスタの話に戻ります。(また明日は違う話かも)

当然、パレオエクスプレス牽引機のC58 353も展示されていましたが、今回は3色の1000形の方が主役だったようです。

デキ201とデキ501も展示されています。
デキ201はパレオエクスプレスのサボート用の機関車と位置づけられており、塗装も客車と合わせてあります、
同型機は他に2両ありましたが、三岐鉄道へ移っています。
三岐鉄道へ行った時のブログにも書いていますが、独特の構造を持った台車が特徴です。

デキ101も展示されていました。
架線の無い線路なのにちゃんとパンタグラフを上げてあり、前照灯も点灯、さらに貨車まで連結されています。
この機関車は廃車されていますが、現役の最後の頃はパレオエクスプレスのサボート用とされており、当時は旧型客車をJRから借り入れて運行していたため、塗装を合わせて茶色に塗ってあるのでした。
形式はその2でも触れていたデキ100形になりますが、この車両だけ外観も出力も小型になっています。
デキ100形と言えば、今年の2月に影森駅で起こった脱線転覆事故の牽引機はデキ106だったのですが、復旧されることなく廃車となり現地で解体されてしまいました。

当然、パレオエクスプレス牽引機のC58 353も展示されていましたが、今回は3色の1000形の方が主役だったようです。

デキ201とデキ501も展示されています。
デキ201はパレオエクスプレスのサボート用の機関車と位置づけられており、塗装も客車と合わせてあります、
同型機は他に2両ありましたが、三岐鉄道へ移っています。
三岐鉄道へ行った時のブログにも書いていますが、独特の構造を持った台車が特徴です。

デキ101も展示されていました。
架線の無い線路なのにちゃんとパンタグラフを上げてあり、前照灯も点灯、さらに貨車まで連結されています。
この機関車は廃車されていますが、現役の最後の頃はパレオエクスプレスのサボート用とされており、当時は旧型客車をJRから借り入れて運行していたため、塗装を合わせて茶色に塗ってあるのでした。
形式はその2でも触れていたデキ100形になりますが、この車両だけ外観も出力も小型になっています。
デキ100形と言えば、今年の2月に影森駅で起こった脱線転覆事故の牽引機はデキ106だったのですが、復旧されることなく廃車となり現地で解体されてしまいました。
2008年06月10日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その3

広瀬川原車両基地内の様子です。
元都営6000形や12系客車、廃車となった500形が見えています。
500形はクハ602で、他の車両は廃車後解体されたのですが、この車両だけ残されています。
クハ602の前にいる車両がサッシ窓の付いた謎の車両。
近くに寄れなかったのでよく分かりません。

救援車と連結されているディーゼル機関車のD15です。
広瀬川原車両基地構内の車両の入れ替えに活躍しています。
秩父鉄道に来る前は、西武鉄道の東横瀬駅入れ換え用で使用しており、西武鉄道の定期貨物列車が無くなった時に余剰となり秩父鉄道に売却されています。

正面から撮影した1000形の3色並びです。
この時の正面行き先方向幕は臨時を表示していました。
幕の表示は何回か変わっていたようです。
2008年06月09日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その2
時間が経って完全に鮮度の落ちてしまったネタでごめんなさい。
最近は撮影に出掛ける時間が無く、新鮮なネタが切れているのでした。
熊谷駅で乗車した電車をひろせ野鳥の森駅で下車しました。
駅のホームに降り立つと、ホームには人が一杯おり、熊谷方面行きの列車を待っています。
午前中にわくわくフェスタを見学した人が帰って行くためで、切符売り場も長い行列になっていました。
駅からしばらく歩いていくと、転車台で機関車が回っているのが見えてきました。
中に入れば撮影できるのにとりあえず撮影しておきます。

車両基地には外から見える位置に機関車が並んでいました。
やっぱりこれも撮影しておきます。
写真はデキ100形のデキ108で、元々は廃止となった松尾鉱業鉄道のED502だった機関車であり、秩父鉄道に移籍後にほとんど同型だったデキ100形に編入されてデキ108を名乗るようになっています。
松尾鉱業鉄道からはED501とED502の2両が入線しましたが、塗装は秩父鉄道の塗装に塗り替えられずに、逆に秩父鉄道にいた車両が松尾鉱山の塗装に塗り替えられています。

機関車の先には、国鉄カラーに塗り替えられた1000形3編成の並びと、パレオエクスプレス用の客車がありました。
さっさと中に入れば良いのにここでも撮影を続けています。
塗り直された1000形はしっかり国鉄101系に戻っており、この並びが見られただけでここに来た価値がありました。

やっとわくわくフェスタの入り口です。
転車台で回っていた機関車を撮影してから、この入口まで15分も掛かってしまいました。
最近は撮影に出掛ける時間が無く、新鮮なネタが切れているのでした。
熊谷駅で乗車した電車をひろせ野鳥の森駅で下車しました。
駅のホームに降り立つと、ホームには人が一杯おり、熊谷方面行きの列車を待っています。
午前中にわくわくフェスタを見学した人が帰って行くためで、切符売り場も長い行列になっていました。
駅からしばらく歩いていくと、転車台で機関車が回っているのが見えてきました。
中に入れば撮影できるのにとりあえず撮影しておきます。

車両基地には外から見える位置に機関車が並んでいました。
やっぱりこれも撮影しておきます。
写真はデキ100形のデキ108で、元々は廃止となった松尾鉱業鉄道のED502だった機関車であり、秩父鉄道に移籍後にほとんど同型だったデキ100形に編入されてデキ108を名乗るようになっています。
松尾鉱業鉄道からはED501とED502の2両が入線しましたが、塗装は秩父鉄道の塗装に塗り替えられずに、逆に秩父鉄道にいた車両が松尾鉱山の塗装に塗り替えられています。

機関車の先には、国鉄カラーに塗り替えられた1000形3編成の並びと、パレオエクスプレス用の客車がありました。
さっさと中に入れば良いのにここでも撮影を続けています。
塗り直された1000形はしっかり国鉄101系に戻っており、この並びが見られただけでここに来た価値がありました。

やっとわくわくフェスタの入り口です。
転車台で回っていた機関車を撮影してから、この入口まで15分も掛かってしまいました。
2008年05月17日
秩父鉄道2008わくわく鉄道フェスタ その1

本日の仕事は朝9時過ぎまでした。
勤務終了後、そのままカメラを持って電車に飛び乗り、コクリコクリしながら2時間ほど電車に揺られてたどり着いたのは、写真の駅です。

SLパレオ号の垂れ幕があるのですぐ分かると思いますが、、秩父鉄道の熊谷駅です。
この日は秩父鉄道のイベントの、2008わくわく鉄道フェスタが広瀬車両基地で行われるため、遊びに来たのでした。
最寄り駅はひろせ野鳥の森駅、熊谷駅からは電車で3駅目です。

ひろせ野鳥の森駅に行くために乗車した列車は、関西線色に塗られた1000形でした。
今日のイベントのヘッドマークも取り付けられています。
車内に入って回っている扇風機を見上げると、そこにはJNRの文字があり、他にも国鉄101系電車の姿が色濃く残っています。
懐かしい車両に乗車しただけで、気分は上々でした。
この後の話はまた後日と言うことで。
2006年12月18日
秩父鉄道へ行った時の話 その15
秩父鉄道撮影の最後として、秩父駅から分かれていた秩父セメントの専用線の終点の工場付近を見に行きました。
線路はすでに剥がされていましたが、国道はそのまま陸橋で線路跡を越えています。
巨大なセメント工場の建物自体はそのまま残っていました。

秩父セメントの工場の入り口には広い空き地が残されていました。ここは入れ換え用のヤードの跡であり、信号扱い所の建物だけが取り残されていました。
その先の工場を見ると貨物用のホームも残っています。

工場が覗ける場所のすぐ近くには、テキ200形貨車が2両残っています。
かなり早い段階から倉庫として利用されていたようで、連結面の木々が育っていました。
ちなみにここにいた2両はテキ201とテキ211でした。他にも貨物ホームの奥に1両いますが、ナンバーは読めません。

テキ201のナンバーと積載種別表示です。袋詰セメント線用の貨車でした。

貨車の近くには現役当時に使用されていた標札がまだ残っていました。
この場所は秩父の道の駅のすぐ裏です。
テキの止まっていたところも、観光バスの駐車場兼待機所として使用されていました。
線路はすでに剥がされていましたが、国道はそのまま陸橋で線路跡を越えています。
巨大なセメント工場の建物自体はそのまま残っていました。

秩父セメントの工場の入り口には広い空き地が残されていました。ここは入れ換え用のヤードの跡であり、信号扱い所の建物だけが取り残されていました。
その先の工場を見ると貨物用のホームも残っています。

工場が覗ける場所のすぐ近くには、テキ200形貨車が2両残っています。
かなり早い段階から倉庫として利用されていたようで、連結面の木々が育っていました。
ちなみにここにいた2両はテキ201とテキ211でした。他にも貨物ホームの奥に1両いますが、ナンバーは読めません。

テキ201のナンバーと積載種別表示です。袋詰セメント線用の貨車でした。

貨車の近くには現役当時に使用されていた標札がまだ残っていました。
この場所は秩父の道の駅のすぐ裏です。
テキの止まっていたところも、観光バスの駐車場兼待機所として使用されていました。
2006年12月17日
秩父鉄道へ行った時の話 その14
SLパレオエクスプレスを撮る気になったので、撮影場所を探して車を走らせます。
結局撮影場所に選んだのは浦山口~影森間の橋の上からとなりました。
この場所は三輪線を撮影していたすぐ近くです。戻ったら撮影者が10人ほどいました。それなりの撮影ポイントだったようで、間におじゃまして撮影しました。

SLの前に1000形が来たので撮影してみました。

1000形が行った後、反対側から三輪鉱業所へ向かうデキ507牽引の貨物列車がやってきたのでこれも撮影。
こっちの写真を撮っていた人は3人くらいでした。SLの人気は高いですね。貨物列車はどうでも良いらしいです。秩父鉄道では珍しくないと言うことでしょうかね。
デキがカーブの先へ消えてまもなくSLがやってきました。

撮影はしましたけどセンスが無いので今一の写真です。
結局撮影場所に選んだのは浦山口~影森間の橋の上からとなりました。
この場所は三輪線を撮影していたすぐ近くです。戻ったら撮影者が10人ほどいました。それなりの撮影ポイントだったようで、間におじゃまして撮影しました。

SLの前に1000形が来たので撮影してみました。

1000形が行った後、反対側から三輪鉱業所へ向かうデキ507牽引の貨物列車がやってきたのでこれも撮影。
こっちの写真を撮っていた人は3人くらいでした。SLの人気は高いですね。貨物列車はどうでも良いらしいです。秩父鉄道では珍しくないと言うことでしょうかね。
デキがカーブの先へ消えてまもなくSLがやってきました。

撮影はしましたけどセンスが無いので今一の写真です。
2006年12月16日
秩父鉄道へ行った時の話 その13
踏切から三峰口駅の構内を見ると、しっかり3000形がいました。
6000形と同じ線路に留置していたので、反対側からは見えなかったのです。

三峰口駅に隣接して秩父鉄道により鉄道車両公園が設置されています。
ここには、電気機関車や電車、貨車などが保存されています。

写真は踏切から保存されている車両を撮影したところです。

ここの車両公園は他ではあまり保存していない、貨車が数両置いてありました。
今回はじっくり撮影していないので、また来たいと思います。
写真はヨ10形のヨ15です。

鉄道公園の敷地から駅構内が良く見えます。
SLと3000形の並びも撮影することが出来ました。
6000形と同じ線路に留置していたので、反対側からは見えなかったのです。

三峰口駅に隣接して秩父鉄道により鉄道車両公園が設置されています。
ここには、電気機関車や電車、貨車などが保存されています。

写真は踏切から保存されている車両を撮影したところです。

ここの車両公園は他ではあまり保存していない、貨車が数両置いてありました。
今回はじっくり撮影していないので、また来たいと思います。
写真はヨ10形のヨ15です。

鉄道公園の敷地から駅構内が良く見えます。
SLと3000形の並びも撮影することが出来ました。
2006年12月15日
秩父鉄道へ行った時の話 その12
SLを見た後は三峰口駅の駅舎を見に行きました。
この駅は関東の駅100選に選ばれています。1930年3月に開業した時の駅舎をそのまま使用しているようです。

古い駅はやはり味があって良いと思います。新しい駅は利用しやすいけれども機能的なだけでつまらないのです。

駅舎の内部も古いままで味があります。

駅の先の踏切まで行くと1000形が入れ換え中でした。
この1000形もJRから101系が引退した今となっては大変貴重な車両となりました。
この車両もそろそろ引退の時期が迫ってくるのでしょう。
この駅は関東の駅100選に選ばれています。1930年3月に開業した時の駅舎をそのまま使用しているようです。

古い駅はやはり味があって良いと思います。新しい駅は利用しやすいけれども機能的なだけでつまらないのです。

駅舎の内部も古いままで味があります。

駅の先の踏切まで行くと1000形が入れ換え中でした。
この1000形もJRから101系が引退した今となっては大変貴重な車両となりました。
この車両もそろそろ引退の時期が迫ってくるのでしょう。
2006年12月14日
秩父鉄道へ行った時の話 その11
影森駅近くまで戻り、次はどこに行こうかと考えているとまた、踏切が鳴り始めました。
また普通電車だろうと撮りに行かなかったら、走りすぎた後から煙が漂ってきました。
見送ってしまった列車は、SL列車のパレオエクスプレスだったのでした。すっかりSLなんか忘れてました。
何となく撮影場所を探しながら三峰口駅まで移動することにして車を発進させました。
走っていると所々でSLの煙に追いつくので、ついつい三峰口の駅まで行ってしまいました。
三峰口の駅では、C58363を間近で見られるようになっており、ファンの方や家族連れの人たちで賑わっています。

私も一緒になって写真を撮っていました。

SLの折り返しの間には多くの人が整備点検等に携わっています。現代の列車のようにスイッチの切り替えだけというわけにはいかないのです。

三峰口駅の構内を見ると西武鉄道から乗り入れ車、急行用の6000形、パレオエクスプレスの客車、普通列車用の1000形がいます。
今日の目的だったはずの3000形の姿が見えません?
撮影してからここまでの間にすれ違った覚えはないのでどこに行ってしまったのでしょう。
ちょっとがっかりです。
また普通電車だろうと撮りに行かなかったら、走りすぎた後から煙が漂ってきました。
見送ってしまった列車は、SL列車のパレオエクスプレスだったのでした。すっかりSLなんか忘れてました。
何となく撮影場所を探しながら三峰口駅まで移動することにして車を発進させました。
走っていると所々でSLの煙に追いつくので、ついつい三峰口の駅まで行ってしまいました。
三峰口の駅では、C58363を間近で見られるようになっており、ファンの方や家族連れの人たちで賑わっています。

私も一緒になって写真を撮っていました。

SLの折り返しの間には多くの人が整備点検等に携わっています。現代の列車のようにスイッチの切り替えだけというわけにはいかないのです。

三峰口駅の構内を見ると西武鉄道から乗り入れ車、急行用の6000形、パレオエクスプレスの客車、普通列車用の1000形がいます。
今日の目的だったはずの3000形の姿が見えません?
撮影してからここまでの間にすれ違った覚えはないのでどこに行ってしまったのでしょう。
ちょっとがっかりです。
2006年12月13日
秩父鉄道へ行った時の話 その10
武甲線の廃線跡探索の後は、しつこく三輪鉱業所に戻ったりしてみたのですが、やっぱり動く気配は見られません。
やはり土曜日に行ってしまったので、貨物列車の運行が少なくこの日はもう終了したのかなと思いながら影森駅に向かって歩き始めました。
影森駅に向かう途中で、鉄道の標識類や看板が沢山置いてある家がありました。趣味で置いているのでしょうか?
ここも撮影してますが、個人宅と思われますので写真は無しです。
再び影森駅で写真を撮ろうと思って最初の踏切まで戻ってきたら、また踏切が鳴り始めました。

来たのはデキ108が牽引するホッパ車です。先頭部のデッキにも人を乗せています。
目の前の踏切を通過して三輪線に向かっていきました。
運が良ければディーゼル機を撮れるのではないかと、三脚を担いだまま今来た道を早足で戻ります。

三輪鉱業所の手前でホッパ車の最後部が見えました。
まだ、工場構内には完全に入っていません。

列車の先頭に回るとディーゼル機が先頭にいました。すでにデキ108はホッパーの前に移動しています。
ゆっくりする暇もなくディーゼル機は白煙を上げて前進を始めました。
ディーゼル機関車単独での写真は撮れませんでしたが、とりあえず動いているところを撮れたので良しとします。
やはり土曜日に行ってしまったので、貨物列車の運行が少なくこの日はもう終了したのかなと思いながら影森駅に向かって歩き始めました。
影森駅に向かう途中で、鉄道の標識類や看板が沢山置いてある家がありました。趣味で置いているのでしょうか?
ここも撮影してますが、個人宅と思われますので写真は無しです。
再び影森駅で写真を撮ろうと思って最初の踏切まで戻ってきたら、また踏切が鳴り始めました。

来たのはデキ108が牽引するホッパ車です。先頭部のデッキにも人を乗せています。
目の前の踏切を通過して三輪線に向かっていきました。
運が良ければディーゼル機を撮れるのではないかと、三脚を担いだまま今来た道を早足で戻ります。

三輪鉱業所の手前でホッパ車の最後部が見えました。
まだ、工場構内には完全に入っていません。

列車の先頭に回るとディーゼル機が先頭にいました。すでにデキ108はホッパーの前に移動しています。
ゆっくりする暇もなくディーゼル機は白煙を上げて前進を始めました。
ディーゼル機関車単独での写真は撮れませんでしたが、とりあえず動いているところを撮れたので良しとします。
2006年12月12日
秩父鉄道へ行った時の話 その9
ハイキングコースが分かれた地点には武甲線のモノだったと思われるレールと枕木が集められていました。
でも他の人のホームページと比べると以前はもっとレールの本数が多くあったようです。


集められたレールの先には勾配標も残っています。
線路跡の方は草むらと化していました。

終点までは線路の跡を辿れなかったので、少し上を平行する道路を歩いていきます。
途中で下を見るとまだレールが残っているのが確認できました。

武甲線の終点だったと思われる地点は、石灰石の山で埋まってしまっています。
さすがに1983年の廃止から24年経っているだけに変化はそれなりにあるようです。
でも他の人のホームページと比べると以前はもっとレールの本数が多くあったようです。


集められたレールの先には勾配標も残っています。
線路跡の方は草むらと化していました。

終点までは線路の跡を辿れなかったので、少し上を平行する道路を歩いていきます。
途中で下を見るとまだレールが残っているのが確認できました。

武甲線の終点だったと思われる地点は、石灰石の山で埋まってしまっています。
さすがに1983年の廃止から24年経っているだけに変化はそれなりにあるようです。
2006年12月11日
秩父鉄道へ行った時の話 その8
まだディーゼル機が動かないので、武甲線の跡を歩いてみました。
影森駅で3本になった線路の真ん中が武甲線でしたが、車止めがあって列車は進めないようになっています。
その車止めの先にも草むらに隠れてレールは残っていました。

その先を辿ると、写真のところでレールは終わっていました。
この場所はSLの撮影ポイントの一つなので、知っている人も多いのではないでしょうか。

線路が無くなっても線路の跡は続き、すぐにハイキングコースになります。

ハイキングコースになった線路跡の脇には、古レールで出来た架線中が残っていました。

しばらく先に行くとハイキングコースは左に曲がり、少し広い場所に出ます。
この場所は何となく小さなヤードがあったようにも感じられる雰囲気がありました。
影森駅で3本になった線路の真ん中が武甲線でしたが、車止めがあって列車は進めないようになっています。
その車止めの先にも草むらに隠れてレールは残っていました。

その先を辿ると、写真のところでレールは終わっていました。
この場所はSLの撮影ポイントの一つなので、知っている人も多いのではないでしょうか。

線路が無くなっても線路の跡は続き、すぐにハイキングコースになります。

ハイキングコースになった線路跡の脇には、古レールで出来た架線中が残っていました。

しばらく先に行くとハイキングコースは左に曲がり、少し広い場所に出ます。
この場所は何となく小さなヤードがあったようにも感じられる雰囲気がありました。
2006年12月10日
秩父鉄道へ行った時の話 その7
ここ三輪鉱業所にはホッパ車を構内に入れるためのディーゼル機がいると聞いていました。
ホッパ車がいなくなった構内を覗いていると、ホッパーの奥からディーゼル機が出てきました。
しかし、ホッパーの下から出る前に停車して動かなくなりました。
そのうち動くのかなと待っていたのですが、全然動きません。近くの撮影をして時間潰しです。

機関車の止まった場所は横はホッパ車、前はホッパーの太い柱。せめて写真が撮れる位置に止まってくれればなと
向こうは仕事、こっちは趣味、わがままは言えませんけどね。

三輪鉱業所のホッパーをサイドから見たところです。
遙か山の上から石灰石をベルトコンベアで運んできています。
ここから下に入ったホッパ車に積み込むのです。

三輪鉱業所を出た列車はすぐに一旦停止します。出たところに制動試験の標識があるのです。
ここから重量列車を牽引してすぐに20パーミルの下り勾配が始まるので、ブレーキの確認を怠ることは出来ません。
ホッパ車がいなくなった構内を覗いていると、ホッパーの奥からディーゼル機が出てきました。
しかし、ホッパーの下から出る前に停車して動かなくなりました。
そのうち動くのかなと待っていたのですが、全然動きません。近くの撮影をして時間潰しです。

機関車の止まった場所は横はホッパ車、前はホッパーの太い柱。せめて写真が撮れる位置に止まってくれればなと
向こうは仕事、こっちは趣味、わがままは言えませんけどね。

三輪鉱業所のホッパーをサイドから見たところです。
遙か山の上から石灰石をベルトコンベアで運んできています。
ここから下に入ったホッパ車に積み込むのです。

三輪鉱業所を出た列車はすぐに一旦停止します。出たところに制動試験の標識があるのです。
ここから重量列車を牽引してすぐに20パーミルの下り勾配が始まるので、ブレーキの確認を怠ることは出来ません。
2006年12月09日
秩父鉄道へ行った時の話 その6
影森駅構内で写真を撮っていると、貨物列車が到着しました。
デキ102牽引で空のホッパ車を連ねています。
列車を見送った後、三輪線の終点に向かって歩いてみました。
三輪線の終点は秩父太平洋セメントの三輪鉱業所の敷地となっています。

石灰石のホッパーの下から先ほどのデキ102が、石灰石を積み込んだホッパ車を牽いて出発する準備中でした。

ほんの少し影森駅側に戻り三輪鉱業所の敷地から出てくるところを撮影します。

ホッパ車の群れは一旦停止後、影森駅に向かって走り去っていきました。
デキ102牽引で空のホッパ車を連ねています。
列車を見送った後、三輪線の終点に向かって歩いてみました。
三輪線の終点は秩父太平洋セメントの三輪鉱業所の敷地となっています。

石灰石のホッパーの下から先ほどのデキ102が、石灰石を積み込んだホッパ車を牽いて出発する準備中でした。

ほんの少し影森駅側に戻り三輪鉱業所の敷地から出てくるところを撮影します。

ホッパ車の群れは一旦停止後、影森駅に向かって走り去っていきました。
2006年12月08日
秩父鉄道へ行った時の話 その5

3000形の急行を見送った後、構内に止まっていたホッパ車が動き出しました。単線区間なので急行通過をを待っていたようです。
貨物列車を見送った後、影森駅を見に行きます。
この駅は貨物を主体に建設されたようで、ホームは構内の端に湾曲して造られています。貨物扱いの線路は真っ直ぐです。
これらの配線からも完全に貨物を優先に作られた駅だと言うことが分かります。

写真は影森駅ホームを三峰口の方から撮ったものです。
駅舎も立派なものがありました。
この駅は有人駅なのですが、駅舎では切符を販売しておりません。
地下道を通ってホームに上がるとそこで切符を販売しています。

駅舎の横には新しく作られたキレイなトイレもありました。
2006年12月07日
秩父鉄道へ行った時の話 その4
武州原谷駅の撮影後、影森駅までやってきました。
ちょうど影森駅の構内にはデキ506単機ともう一両の機関車がホッパ車を連ねて止まっていました。

着いてまずは、駅の三峰口側の踏切から影森駅周辺の様子を撮影していました。
踏切から三峰口側を見ると線路が3本あります。右から本線、廃止となった貨物線の武甲線、同じく貨物線の三輪線の線路です。

撮影を始めてすぐ踏切が鳴り出しました。
何が来るのかと見ていたら、本日の主目的の3000形がやってきました。

慌ててレンズを望遠に付け替えましたが、向かってくるところは間に合わず、走り去るところを後追い撮影するのがやっとでした。
実は貨車を撮っていたら、当初の目的を忘れてしまっていたのです。
また折り返しの列車が来るだろうとこの時点では呑気に思っていました。
ちょうど影森駅の構内にはデキ506単機ともう一両の機関車がホッパ車を連ねて止まっていました。

着いてまずは、駅の三峰口側の踏切から影森駅周辺の様子を撮影していました。
踏切から三峰口側を見ると線路が3本あります。右から本線、廃止となった貨物線の武甲線、同じく貨物線の三輪線の線路です。

撮影を始めてすぐ踏切が鳴り出しました。
何が来るのかと見ていたら、本日の主目的の3000形がやってきました。

慌ててレンズを望遠に付け替えましたが、向かってくるところは間に合わず、走り去るところを後追い撮影するのがやっとでした。
実は貨車を撮っていたら、当初の目的を忘れてしまっていたのです。
また折り返しの列車が来るだろうとこの時点では呑気に思っていました。
2006年12月06日
秩父鉄道へ行った時の話 その3
写真を撮っていると、この日は土曜日なので貨物は動かないよ、影森駅が良いよと、原谷駅の職員の方が教えてくれました。

武州原谷駅(秩父太平洋セメントの構内?)の構内に集う貨車の群れです。
今度は動いている平日に見に来たいと思います。

構内には廃止となっているテキ200形が倉庫か何かとして置かれていました。テキ216か218でした。廃車となったのは1988年の6月です。

ここにはスイッチャーもいました。でもこちらも休み。止まっているところは木に邪魔されて完全には写せませんでした。

武州原谷駅(秩父太平洋セメントの構内?)の構内に集う貨車の群れです。
今度は動いている平日に見に来たいと思います。

構内には廃止となっているテキ200形が倉庫か何かとして置かれていました。テキ216か218でした。廃車となったのは1988年の6月です。

ここにはスイッチャーもいました。でもこちらも休み。止まっているところは木に邪魔されて完全には写せませんでした。
2006年12月05日
秩父鉄道へ行った時の話 その2
寄居付近で秩父鉄道と出会い、最初の撮影をどこから始めようかなと車を走らせていたら大野原駅まで来ていました。
この駅から熊谷方面に戻ったところに秩父太平洋セメントの工場があるので行ってみました。

最初に目に入ったのは、大きなセメント工場と石灰で白っぽくなった黒いセメント用タンク車の群れでした。

端っこから車両を一両ずつ撮っていくと武州原谷駅の建物がありました。ここはセメント工場の貨物を扱うための貨物駅です。

武州原谷駅の更に先には、セメント工場の積み込み用の施設があります。貨物用のホームも備わっていました。
この駅から熊谷方面に戻ったところに秩父太平洋セメントの工場があるので行ってみました。

最初に目に入ったのは、大きなセメント工場と石灰で白っぽくなった黒いセメント用タンク車の群れでした。

端っこから車両を一両ずつ撮っていくと武州原谷駅の建物がありました。ここはセメント工場の貨物を扱うための貨物駅です。

武州原谷駅の更に先には、セメント工場の積み込み用の施設があります。貨物用のホームも備わっていました。
2006年12月04日
秩父鉄道に行った時の話 その1
10月21日に秩父鉄道で引退する事になった、元国鉄の急行形165系電車改造の秩父3000形を撮りに行った時の話です。
この日は土曜日でした。早朝に家を出たのに関越道は途中から渋滞が始まりました。10月の紅葉シーズンなのでみんな行楽に行くようです。
しばらくは渋滞とともに進んでいたのですが、東松山手前から流れが悪化したので一般道におりました。
国道を降りて30分ほど走ったところで、F誌に出ていたラーメン屋さんがあるのを偶然発見、ちょっと立ち寄って撮影しました。

このラーメン屋も今日の撮影目的の秩父3000形の車体を使用しています。
使用されていた車両は秩父3000形第3編成の先頭車だった、国鉄クモハ165-93を改造した3003でした。

ちなみにヘッドマークはラーメン急行山小屋のシールが貼ってありました。
この日は土曜日でした。早朝に家を出たのに関越道は途中から渋滞が始まりました。10月の紅葉シーズンなのでみんな行楽に行くようです。
しばらくは渋滞とともに進んでいたのですが、東松山手前から流れが悪化したので一般道におりました。
国道を降りて30分ほど走ったところで、F誌に出ていたラーメン屋さんがあるのを偶然発見、ちょっと立ち寄って撮影しました。

このラーメン屋も今日の撮影目的の秩父3000形の車体を使用しています。
使用されていた車両は秩父3000形第3編成の先頭車だった、国鉄クモハ165-93を改造した3003でした。

ちなみにヘッドマークはラーメン急行山小屋のシールが貼ってありました。
