姉崎機関区 旧・姉崎機関区移転しました。http://kd55-101.shumilog.com/です。

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日立電鉄廃線跡探索 その17

 やっと14駅目の終点常北太田駅に到着しました。
 時間はすでに17時を過ぎていましたが、なんとか撮影は出来ました。
 常北太田の駅舎はバスの待合所としても使われているようで、現役当時とあまり変わりません。
常北太田駅駅舎
 ぱっと見ての違いは駅名の看板が無くなっていることぐらいでした。
常北太田駅前の踏切
 常北太田駅を出発する列車は道路を横切るので踏切がありました。
 今回の訪問では見ることが出来た踏切は、すべて線路が残ったままの状態でした。
 踏切警報機や遮断機は撤去されていました。
常北太田駅ホーム
 駅の構内の様子はやはり留置線を含めて沢山あった線路は剥がされており、ホームだけが残されていました。
常北太田駅改札口
 駅舎の内部は窓口などが閉鎖された以外は、現役当時の姿をとどめていました。
 この駅の向かいは道路を挟んでJR水郡線の常陸太田駅があります。
 新型気動車が入るらしいのでキハ110系もこの線から撤収になるようなので撮影しようと待っていたのですが、油断をしていたら撮り逃してしまいました。
 今回の撮影は最初から最後までどじったままです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:14 | コメント(0)| トラックバック(1)

日立電鉄廃線跡探索 その16

 小沢駅から終点の常北太田の間には、里川に架かる里川橋梁がありました。
 この橋梁は日立電鉄の中で川に架かる一番大きな鉄橋であり、撮影ポイントにもなっていました。
 常北太田駅に行く前に鉄橋の様子も見ていきました。
里川橋梁の様子
 この橋梁はまだ撤去されておらずに残っていました。また、今回の廃線跡の中で唯一架線が残っていた場所でした。
里川橋梁シルエット
 架線は残っていましたが、架線柱にぶら下がっているだけの状態でした。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その15

 13駅目は小沢駅です。
 この駅は片面ホームの駅でした。
小沢駅の様子
 この駅も線路跡まで草が生い茂っていました。
小沢駅脇の倉庫
 ホームのすぐ裏に倉庫がありました。
 昔はこの前まで線路が引かれて、貨物の積み出しをしていたのでしょうか?調べてないのでちょっと不明です。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 23:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その14

 12駅目は常陸岡田駅です。
 この駅は対向式ホームの交換可能駅でした。また、変電所も隣接して存在しました。
常陸岡田駅の様子
 空き地にホームだけが取り残されている常陸岡田駅の様子です。
常陸岡田駅から常北太田方向を見たところ
 駅から常北太田方面を見たところです。右の建物が岡田変電所の跡です。
岡田変電所建物
 岡田変電所も夕日を浴びて建物だけが建っていました。電線類を完全に取り払われていました。
 写真を見てもらえば分かりますが、すっかり夕方になっいます。
 日が沈む前に残り2駅の写真を撮るためダッシュです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その13

 11駅目は川中子駅です。
 この駅はホーム片面の駅でした。
川中子駅の様子
 行った時には駐車場だった敷地を含めて草むらになりつつあるところでした。
川中子駅自転車置き場
 ホームの脇には自転車置き場が残っていました。
 もう利用者がいないのは寂しいものです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 21:56 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その12

 大橋駅を出て次駅の川中子駅までの間には、有名な橋梁がありました。
 この橋梁は畑の中にあり特に川を越える目的のためではありません。
 この橋梁の付近は湿地帯のため地盤が軟弱であり、そのまま線路を敷設することが出来ず、苦肉の策として橋梁としたものでした。
 橋梁としてしまったため道路との交差部は踏切には出来なくなり、その分道路との交差部分を高くしてありました。
道路との交差部跡
 道路との交差部だった地点の様子です。
 鉄橋は右の2階建ての家の2階部分の前から、左の家の後ろを通っていました。
橋があったところ
 交差部分より大橋側の状態です。
 写真で言えば、右から左に向かって上り勾配の橋があったのですが、すっかり消えていました。
 (本当は廃止半年前にも写真を撮っているので、比較写真を載せようと思ったのですが、行方不明になってしまいました)
道路との交差部分から大橋方向を見る
 道路との交差部分から大橋方面を見たところです。すっかり整地が進んでしまっています。現役当時は橋脚があったので向こう側が見えることはありませんでした。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 20:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その11

 10駅目は大橋駅です。
 この駅は対向式のホームの行き違い駅でした。
大橋駅の様子
 ホームの手前に道路が通っており、構内踏切を兼ねた形となっていました。
大橋駅反対ホームを見たところ
 行った時には上下ホームの間は砂利置き場となっていました。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 06:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その10

 9駅目は茂宮駅です。
 線路跡に平行する道路を走っていると着きました。
 この駅の手前には小さなガーター橋があり線路は残っていました。
 ここも片側ホームの駅でした。ホームは線路に沿って曲がっています。
茂宮駅ホーム久慈浜方から
 上の写真が久慈浜側から見たホームの様子です。
茂宮駅ホーム常北太田方から
 こちらは反対側の常北太田側から撮った写真です。
 この駅を出た線路は、平行してきた道路と交差して田んぼの中を進むようになります。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 06:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その9

 8駅目は南高野駅です。
 この駅は片面だけのホームを持つ簡単な構造の駅でした。
 この駅もホームが残っていました。
南高野駅のホーム
 写真は常北太田側から久慈浜方向を見ています。
 ちなみにこの南高野駅と久慈浜との間には、日立電鉄唯一のトンネルがありました。
 今回はトンネルに寄っている時間が無かったので、また別の機会に行ってきたいと思います。
南高野駅ホームからの常北太田駅方面
 こちらの写真は、ホームの上から常北太田方向を見たものです。
 次駅までは道路と平行して、真っ直ぐに近い形で線路は進んでいたのでした。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 07:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その8

 久慈浜駅の続きです。
 この駅には留置された電車や保線用の無蓋車などがいたのですが、やはり線路も含めて消えています。

久慈浜駅ホーム
 駅舎の後ろを見ると、駅のホームも検修庫の建物も残っていました。

久慈浜駅横車両の残骸
 無蓋車が留置されていた脇には、解体された車両の残骸が積まれていました。
 保線用車両のものと思われます。

久慈浜駅の保線用車両
 検修庫の反対側にはモーターカーが残っていました。
 今回の探索でレール残っていたのを見たのはここが初めて、モーターカーが乗っている部分の短いレールでしたが。
 このモーターカーはどこか引き取り手を持っているのでしょうか?
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 14:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その7

 7駅目は久慈浜駅です。(本当はこの駅から撮影開始だったのですけどね)
久慈浜駅駅舎
 この駅も駅舎は残っていました。でもいたずら書きされていました。
久慈浜駅前バス停
 駅前のバス停を見ると立ち入り禁止の黄色いテープが貼られていました。一瞬もう代行バスが駄目になってしまったのかと思ったのですが、他の位置から見ると違いました。
久慈浜駅の危険な踏切警報機
 他の位置から見ると駅舎の前に立っていた踏切警報機が傾いており、フェンスに引っかかった状態で止まっていたのでした。
 確かにこれでは危険です。
 代行バスは日立電鉄交通サービス(株)の運行のようです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 23:44 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その6

 今度は大甕駅にやってきました。
 この駅はJR常磐線との乗換駅でした。JRとは構内の跨線橋で結ばれており、駅から出なくても乗り換えが出来るようになっていました。
大甕駅日立電鉄ホーム
 この駅の状況は、線路が剥がされただけで、跨線橋やホームがそのままとなっていました。
大甕駅日立電鉄ホーム改札
 JR側から跨線橋を通って階段を下りると、日立電鉄の改札所がありました。
 その部分もホームの上に残っています。
大甕駅乗り換え案内板
 JR側のホームには出口と日立電鉄乗り換えの案内がありましたが、日立電鉄の上にテープで×印がされていました。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その5

 5駅目は水木駅です。
 この駅は島式ホームで行き違いが可能な駅でした。
 隣りに電鉄プラザというスーパーがあったのですが、こちらも廃業となっていました。
 水木駅の状況は線路が剥がされてはいたものの、駅舎とホームは健在でした。
水木駅改札
 写真は駅舎の改札口です。ここから構内踏切を渡って島式のホームに渡るようになっていました。 
水木駅ホーム
 ホームの改札側から階段でホームに上がる形です。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 21:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その4

 4駅目は大沼駅です。
大沼駅ホーム
 この駅は対向式のホームの駅で、まだホームは残っていました。
大沼駅駅舎跡
 駅舎の方は取り壊した直後のようで、コンクリートの土台や廃材が残っている状態でした。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 21:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その3

 次は河原子駅です。
 この駅は谷になっている部分に駅が作られているので、高い位置に線路と駅があります。
 この駅はまだ駅舎が残っていました。
河原子駅駅舎
 易者は階段を上っていったところにあります。
河原子駅駅舎内
 駅舎の内部はと言うと、解体作業の途中のようで内張が剥がされていました。
河原子駅ホーム
 ホームもまだ残っていますが、しっかり線路は無くなっています。
 写真は大甕方向を見たところです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 21:10 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その2

 鮎川駅の一つ隣の桜川駅まで来ました。
 この駅は関東の駅百選に選ばれていた駅でした。名前に桜が付いているように、春になると桜に囲まれるので百選に選ばれていたのでした。
 行った時にはここもすでに駅舎もホームもなく、ショベルカーが整地をしている最中でした。
桜川駅跡
 写真は大甕側から鮎川駅側を眺めたものです。
川駅の河原子方踏切の先
 下の写真は桜川のすぐ近くにある踏切からの線路跡の様子です。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:11 | コメント(0)| トラックバック(0)

日立電鉄廃線跡探索 その1

 先月の10月9日に日立電鉄の廃線跡を見に行きました。
 当日はちょっとしたトラブルがあって日立電鉄の久慈浜駅に着いたのが昼過ぎになっていました。
 早速写真撮影を開始しようとカメラを持ったところメモリーカードが入ってない。もう一台のカメラも同じく入ってません。
 いつも車で出掛ける時はカメラバックを2つ持ってきており、片方には望遠レンズが入っているのですが、廃線跡の撮影だからとそちらを置いてきたのです。メモリーカードもすべてそちらに入っていたのでした。
 最初は写るんですでも使おうかと思いましたが、いまさらフイルムはやめて、メモリカードを購入することにしました。
 日立市の近辺なので探せば電気の量販店ぐらいあるだろうと思い車を走らせました。
 結局日立市まで行って何とか購入することが出来ましたが、時間的に大ロスです。
 私は遠征したときに限って、バッテリーの充電を忘れたりすることが2年に1回ぐらいあります。かなりおっちょこちょいなのです。とほほ…。
 メモリーカードが手に入ったのでやっと撮影開始です。日立市まで行ってしまったので、鮎川駅跡から訪問を開始しました。
鮎川駅先留置線
 鮎川駅は日立電鉄の片方の終点駅でした。そして、駅の先に常磐線と平行する形で長い留置線があり、営団の車両に置き換わる前は踏切の先まで車両が留置されていました。
 写真は留置線の踏切から鮎川駅跡を見たものです。反対側の留置線は廃止する前から使用されなくなっており、雑草が生い茂っていました。
鮎川駅駅舎跡地
 鮎川駅の駅舎もすっかり消えてしまっていました。
 ちょうど正面の白い砂利が入っているところに駅舎が建っていたのでした。
鮎川駅ホーム跡地
 駅舎を抜けると島式のホームがあったのですが、やはり無くなっています。写真の正面に以前はあったのです。
 左側に見えている踏切は常磐線のものです。
日立電鉄 | 投稿者 kd55-101 22:22 | コメント(0)| トラックバック(0)
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