2008年07月06日
1996年の茨城交通那珂湊駅
最近は遠出して撮影する暇も金銭的余裕もないので、ブログのネタが足りなくなってしまいました。
仮設住宅氏より『昔のネタをやれ』と指令が出ましたので、昔のフイルムを日々スキャンしています。
今日はその中から、1996年の茨城交通那珂湊駅の様子を紹介です。
1996年1月9日、1時間だけ茨城交通の那珂湊駅へ出掛けています。
午前中と夕方に千葉市で用事があり、その間の時間で見に行ってます。

最初に撮影したのは、茨城交通色のキハ112です。
この時点では、この車両が営業最後のキハ11形になり、その後、鉄道博物館で動態保存になるとは全く考えられませんでした。
この年に旧国鉄一般色の朱色とクリームに塗り戻されています。

勝田駅からの列車が那珂湊駅構内に進入してきました。
仕様車両はキハ223、横にはこの時点では廃車となっているキハ1103が写っています。
キハ1103は元留萠鉄道の車両でした。

那珂湊駅併設の湊機関区の検修庫?内には、青クリームツートンカラーのキハ111が停まっていました。
このキハ111が、この年に青クリームに塗り替えられて、その後、リバイバルカラーが続くことになっています。
でもこの車両の最後は、阿字ヶ浦駅の海水浴用の更衣室となった後、いつの間にか解体されてしまいました。
(間違えてました。廃車後に更衣室になった後、映画「鉄道員」の撮影のために解体されたのでした。)
もう一両のキハ11形である、キハ113も佐久間レールパークで保存となっただけにちょっとだけ運に恵まれなかったのです。
(運転台だけでも映画に出られたのだから運が良いのかな?)
仮設住宅氏より『昔のネタをやれ』と指令が出ましたので、昔のフイルムを日々スキャンしています。
今日はその中から、1996年の茨城交通那珂湊駅の様子を紹介です。
1996年1月9日、1時間だけ茨城交通の那珂湊駅へ出掛けています。
午前中と夕方に千葉市で用事があり、その間の時間で見に行ってます。
最初に撮影したのは、茨城交通色のキハ112です。
この時点では、この車両が営業最後のキハ11形になり、その後、鉄道博物館で動態保存になるとは全く考えられませんでした。
この年に旧国鉄一般色の朱色とクリームに塗り戻されています。
勝田駅からの列車が那珂湊駅構内に進入してきました。
仕様車両はキハ223、横にはこの時点では廃車となっているキハ1103が写っています。
キハ1103は元留萠鉄道の車両でした。
那珂湊駅併設の湊機関区の検修庫?内には、青クリームツートンカラーのキハ111が停まっていました。
このキハ111が、この年に青クリームに塗り替えられて、その後、リバイバルカラーが続くことになっています。
でもこの車両の最後は、阿字ヶ浦駅の海水浴用の更衣室となった後、いつの間にか解体されてしまいました。
(間違えてました。廃車後に更衣室になった後、映画「鉄道員」の撮影のために解体されたのでした。)
もう一両のキハ11形である、キハ113も佐久間レールパークで保存となっただけにちょっとだけ運に恵まれなかったのです。
(運転台だけでも映画に出られたのだから運が良いのかな?)
2008年03月30日
茨城交通湊線へ行ってみた その11
那珂湊駅からはキハ2004に乗って金上駅にやって来ました。
(仮設住宅氏は勝田駅に行きました)
ワンマン運転のために乗車扉が限定されているので、駅のホームには大きな乗車口を示す看板が立っています。
雨が降ってきたのでじっくりとは撮影できませんでしたが、駅の様子を撮影しています。
金上駅は以前は交換可能駅であり、島式ホームになっていました。
すでに片側の線路は剥がされ、棒線化されており、ホームの上に駅舎があります。
ホームの駅舎内には自動券売機があったようですが、その部分はシャッターが閉じられていました。
夏の海水浴列車などに対応していた、6両編成の停車位置表示がまだ残っていました。
今後、使われる可能性は無いと思われる物です。
ホームから見て線路の向こう側には倉庫が建っています。
昔は側線が延びていて、貨物の積み卸しがされていたのでしょう。
勝田で折り返して来たキハ2004に乗り、平磯駅まで戻ったところで茨城交通湊線の撮影は終了としました。
その後は、鹿島鉄道の廃線跡の様子を見に旧鉾田駅に向かいます。
2008年03月29日
2008年03月28日
茨城交通湊線へ行ってみた その9
2008年03月27日
2008年03月26日
2008年03月25日
茨城交通湊線へ行ってみた その6

阿字ヶ浦駅に行ってみると、前回と変わらずにボロボロのキハ221の廃車体が置かれていました。
側面にスプレーでいたずら書きされてカラフルになってはいましたが…。
もう1両のキハ201もぼろい姿をさらし続けていました。

湊線の終端部です。
仮設住宅氏の話だと、昔は水戸射爆場まで線路が続いていたそうです。

阿字ヶ浦駅の駅舎です。
茨城交通の文字もないので、4月以降もこのままの姿だと思われます。
2008年03月24日
茨城交通湊線へ行ってみた その5
昼食後は磯崎駅へ向かいます。

磯崎駅駅舎に掲げられている看板には、磯崎駅の上に茨城交通の文字がありました。
当然、この表示も3月一杯で消えてしまう運命にあります。

自動券売機にも茨城交通の文字があります。
全駅ではないにしろ色んな駅を回ってみましたが、意外と茨城交通の表示は使われていないよう木がします。
もっとも気動車の塗色が、バスと同じく茨城交通カラーを纏っている車両があるので、それらがどうなるのかが気になります。

磯崎駅のホームで勝田側を向いて撮った写真です。
この風景も急に変わるとは思いませんが、昨年のブログで書いたように昔の姿とは大きく変わってしまっています。
普段からの何気ない記録が大切なものになるのでしょう。

磯崎駅駅舎に掲げられている看板には、磯崎駅の上に茨城交通の文字がありました。
当然、この表示も3月一杯で消えてしまう運命にあります。

自動券売機にも茨城交通の文字があります。
全駅ではないにしろ色んな駅を回ってみましたが、意外と茨城交通の表示は使われていないよう木がします。
もっとも気動車の塗色が、バスと同じく茨城交通カラーを纏っている車両があるので、それらがどうなるのかが気になります。

磯崎駅のホームで勝田側を向いて撮った写真です。
この風景も急に変わるとは思いませんが、昨年のブログで書いたように昔の姿とは大きく変わってしまっています。
普段からの何気ない記録が大切なものになるのでしょう。
2008年03月22日
茨城交通湊線へ行ってみた その4

旧型気動車も単行になってやって来ました。
結局やって来たのは、準急色のキハ2004の方で、私としてはちょっとがっかり。
とりあえず、二連の運用の阿字ヶ浦側の車両が残ることは分かりました。
撮影地は中根~金上間、今日の一枚で良く登場する場所です。

木々の間から開けた場所に出る直前のキハ2004です。
ここも金上~中根間です。

磯崎駅からしばらくは平坦な畑の中を走ってきますが、平磯駅の手前では上り勾配が待ちかまえます。
この列車の撮影後は、那珂湊の市場へ行って昼食タイムです。
ここの市場では新鮮な魚介類が安く食べられます。
ちなみに市場の駐車場は100円です。
2008年03月21日
茨城交通湊線へ行ってみた その3

列車の合間に中根駅のホーム上を見ると、湊線が存続したことを記念しての植樹が行われていました。
この木が大きく成長した時に、線路が無くなっていないよう願いたいです。

中根駅近くには道標もあります。
こちらの面は文字が読めなくなっていますが、反対面はまだ文字が判別できます。
コンクリート製ですが、それなりに古いものでしょう。

新型の運用も単行になって、キハ3710-02のの方がやって来ました。
バックに見えているのが、常陸那珂道路です。
2008年03月20日
茨城交通湊線へ行ってみた その2

まずは朝の二連運用の撮影をします。
中根駅から歩いて常陸那珂道路をくぐって1キロほど那珂湊よりで撮影です。
田んぼの中を木々をバックにやってくる写真になりました。
常陸那珂道路がなかった頃はアングルを気にしなくて済んだので楽だったのですけどね。

同じ場所で勝田行きの旧型気動車によるニ連を撮影。
前からキハ222+キハ2004です。

勝田からの戻りを、金上~中根間で撮影。
田んぼもまだ水を張る前の状態です。
この列車が那珂湊駅に着くと片方の車両が切り離されて、単行での運用になります。
私は7月に来た時にキハ2004(準急色)を撮影していたので、今回はキハ222が撮影したいと思い、仮設住宅氏は逆にキハ2004が撮りたいと思っていたのでした。
前回に来た時のことを覚えていれば、どちらの車両が切り離されるのか分かるのですが、すっかり忘れています。
2008年03月07日
茨城交通湊線へ行ってみた その1

今年の4月に『茨城交通』から『ひたちなか海浜鐵道』になる湊線を見に行ってきました。
本当は昨日と今日の連休で、寝台急行銀河を使って三木鉄道に行き、500系のぞみで帰ってくるはずだったのですが、他の用事が入ったり無くなったりで銀河の切符が確保できず、挙げ句の果てに前日の夕方に用事が入ってしまったので、連休も潰れてしまったのです。
せめて一日だけでもと仮設住宅氏と茨城交通に行くことにしたのです。
鉄道ホビダスの今日の一枚を毎日見ていて、久しぶりに行きたくなったのも事実です。

茨城交通の平日運用では、新型と旧型の気動車が交互に運転されています。
そのうち、朝にはそれぞれ2連での運用があります。
今日は、新型は3710-01+3710-02、旧型はキハ2004(旧国鉄準急色)+キハ222(旧気動車標準色)でした。

中根駅を3710形2連が勝田駅に向けて発車していきました。
会社変更を目前にしていますが、今のところ特に変わることなく運転されているようです。
2007年07月08日
茨城交通湊線へ その11

乗車したキハ2004のシートです。
排気管が屋根に抜けている部分のシートなので、背面のシートとの間に幅があります。

車内の様子です。
床は木製で、四角いエンジンの点検蓋が見えています。

勝田駅の茨城交通乗り場です。
1番線を茨城交通のホームが名乗っており、柵を挟んだ反対側が常磐線の上り方面ホームとなっています。
降車時は、左に見える小屋で精算して精算済み券を受け取り、橋上のJRの改札口から駅の外に出ます。
2007年07月07日
茨城交通湊線へ その10

中根駅の那珂湊側で撮影したキハ3710-01です。
この区間も田んぼを走っていたのですが、高速道路が出来て線路を横切るようになってしまいました。

乗降は無しでした。

列車に乗車するために中根駅で待っていると、キハ2004が到着しました。
この列車に乗って勝田まで行きます。
2007年07月06日
茨城交通湊線へ その9
今度は中根駅の周辺に移動しました。

金上~中根間の中根駅寄りは田んぼの中を列車が走ります。
中根駅の周りの地域は景観を保全する地区に指定されているのでした。

中根駅は1931年7月に開業しているので76年の歴史があるのですが、片面ホームのシンプルな作りでとてもそうは思えません。
昔はちゃんとした駅舎があったのでしょうが、今はただの無人駅です。
周囲には人家らしきは一見見えませんが、踏切から坂を上がっていくと集落があるのです。
田んぼの中を15分ほど歩くと中根温泉という温泉があります。

ホームには乗車口の案内が出ています。
この駅には下り用の一カ所と上り用の単行列車と2連用の二カ所の計三カ所にあります。

金上~中根間の中根駅寄りは田んぼの中を列車が走ります。
中根駅の周りの地域は景観を保全する地区に指定されているのでした。

中根駅は1931年7月に開業しているので76年の歴史があるのですが、片面ホームのシンプルな作りでとてもそうは思えません。
昔はちゃんとした駅舎があったのでしょうが、今はただの無人駅です。
周囲には人家らしきは一見見えませんが、踏切から坂を上がっていくと集落があるのです。
田んぼの中を15分ほど歩くと中根温泉という温泉があります。

ホームには乗車口の案内が出ています。
この駅には下り用の一カ所と上り用の単行列車と2連用の二カ所の計三カ所にあります。
2007年07月05日
茨城交通湊線へ その8
那珂湊駅は湊線のほぼ中間にあり、唯一の交換可能駅となっています。
始発終着の列車以外は、この駅で交換となるようにダイヤが組まれています。

阿字ヶ浦方からキハ2004が到着します。
昼間は単行の2列車が往復するだけなので、やってくる車両がいつまでも一緒です。
旧国鉄準急色のキハ2004が運転されていたから良かったものの、茨城交通色だけの日に行っていたら、早々に退散していたと思います。

上り列車は駅舎前の1番線に入ります。
構内には先ほどのケキ102や旧国鉄気動車色のキハ222、国鉄一般色のキハ205も見えています。
この後、3番線に下り列車が入るのです。

下り列車も既に見飽きた感のあるキハ3710-01です。
阿字ヶ浦駅に向けて発車していきました。
始発終着の列車以外は、この駅で交換となるようにダイヤが組まれています。

阿字ヶ浦方からキハ2004が到着します。
昼間は単行の2列車が往復するだけなので、やってくる車両がいつまでも一緒です。
旧国鉄準急色のキハ2004が運転されていたから良かったものの、茨城交通色だけの日に行っていたら、早々に退散していたと思います。

上り列車は駅舎前の1番線に入ります。
構内には先ほどのケキ102や旧国鉄気動車色のキハ222、国鉄一般色のキハ205も見えています。
この後、3番線に下り列車が入るのです。

下り列車も既に見飽きた感のあるキハ3710-01です。
阿字ヶ浦駅に向けて発車していきました。
2007年07月04日
茨城交通湊線へ その7
今度は那珂湊駅へやってきました。

那珂湊駅の勝田側から構内を覗いた様子です。
那珂湊駅に隣接して那珂湊機関区が左側にあるので、構内には多くの気動車が止まっています。
何両かは既に廃車となった車両です。

下りホームの反対側に中線があり、ディーゼル機関車のケキ102が止まっていました。
この車両は2005年5月に廃車となった、湊線最後の機関車です。
茨城交通のホームページを見ると、売りに出されているのですが、未だに売れていないようです。

1992年5月に廃車となったケハ601の廃車体が、構内の外れで倉庫として残っています。
さすがステンレス車体だけあってそのままの状態であり、倉庫として申し分ないようです。
日本初のステンレス車体の気動車だけに、最近の車両と明らかに違う作りとなっています。

那珂湊駅の勝田側から構内を覗いた様子です。
那珂湊駅に隣接して那珂湊機関区が左側にあるので、構内には多くの気動車が止まっています。
何両かは既に廃車となった車両です。

下りホームの反対側に中線があり、ディーゼル機関車のケキ102が止まっていました。
この車両は2005年5月に廃車となった、湊線最後の機関車です。
茨城交通のホームページを見ると、売りに出されているのですが、未だに売れていないようです。

1992年5月に廃車となったケハ601の廃車体が、構内の外れで倉庫として残っています。
さすがステンレス車体だけあってそのままの状態であり、倉庫として申し分ないようです。
日本初のステンレス車体の気動車だけに、最近の車両と明らかに違う作りとなっています。
2007年07月03日
茨城交通湊線へ その6

もう1両の留置車はキハ201、1999年の3月に廃車となった車両です。
元は国鉄のキハ20421であり、鹿島臨海鉄道のキハ2002を歴て入線しています。

鹿島臨海鉄道時代におでこにあった前照灯を正面窓下に移設していますので、オリジナルのキハ20形とは違った顔付きになっています。

こちらの車両も錆が進行しており、塗装が一部剥げています。
ナンバー部分を良く見ると1の下に2の跡が見えます。
鹿島臨海鉄道時代のキハ2002の2かどうかは分かりません。
2007年07月02日
茨城交通湊線へ その5
阿字ヶ浦駅の構内には廃車となった車両が第二のお務めに就いています。
阿字ヶ浦へ列車でやってくる海水浴客のために廃車となった車両を更衣室として使用しているのです。
(以前あった階段がないので、近年もやっているのか分かりません。未確認です。)

構内には2両が留置されています。
そのうちの1両はキハ221です。
元羽幌炭鉱鉄道からきた3両のうちの1両です。
旧羽幌炭鉱鉄道色に塗り替えられており、イベント等で活躍しました。
1998年に廃車されて現在に至ります。
残念ながら状態は写真で見たとおり悲惨な物となっています。
運転台ののガラス部分が板張りになっており、この車両の特徴である旋回窓が無くなっています。

ナンバー部分のアップです。
錆がかなり酷いです。
ナンバーの上に、羽幌炭鉱鉄道の文字が入っていたのですが全く分かりません。
(反対側はちゃんと残っています)

反対側の運転台にはちゃんとガラスが残り旋回窓が残っています。
阿字ヶ浦へ列車でやってくる海水浴客のために廃車となった車両を更衣室として使用しているのです。
(以前あった階段がないので、近年もやっているのか分かりません。未確認です。)

構内には2両が留置されています。
そのうちの1両はキハ221です。
元羽幌炭鉱鉄道からきた3両のうちの1両です。
旧羽幌炭鉱鉄道色に塗り替えられており、イベント等で活躍しました。
1998年に廃車されて現在に至ります。
残念ながら状態は写真で見たとおり悲惨な物となっています。
運転台ののガラス部分が板張りになっており、この車両の特徴である旋回窓が無くなっています。

ナンバー部分のアップです。
錆がかなり酷いです。
ナンバーの上に、羽幌炭鉱鉄道の文字が入っていたのですが全く分かりません。
(反対側はちゃんと残っています)

反対側の運転台にはちゃんとガラスが残り旋回窓が残っています。
2007年07月01日
茨城交通湊線へ その4
終点の阿字ヶ浦駅までやってきました。

この駅には蒸気機関車時代の遺構である給水塔が残っています。
写真のキハ3710-01の左に見えているコンクリート製の構造物がそうです。

この駅まで国鉄時代からJRになっても上野発の直通列車が走っていました。
キハ28・58系5連程度で編成された臨時DC急行のあじかうら号がそうです。
1980年代まで多くの海水浴客を乗せてやってきていたのですが、車の普及や常磐線のダイヤ構成などの理由から現在ではなくなってしまいました。
各駅のホームは当時のままなので長編成対応となっています。
キハ28・58系の5連+茨城交通車の6連が走ったことがありますので、6連までは対応しているのでしょう。

駅舎を出ると正面に阿字ヶ浦海水浴場への案内看板があります。
下り坂を下りていくと5分ほどで海に出ます。
海水浴シーズンは臨時の改札口を設けてお客を捌いていました。

この駅には蒸気機関車時代の遺構である給水塔が残っています。
写真のキハ3710-01の左に見えているコンクリート製の構造物がそうです。

この駅まで国鉄時代からJRになっても上野発の直通列車が走っていました。
キハ28・58系5連程度で編成された臨時DC急行のあじかうら号がそうです。
1980年代まで多くの海水浴客を乗せてやってきていたのですが、車の普及や常磐線のダイヤ構成などの理由から現在ではなくなってしまいました。
各駅のホームは当時のままなので長編成対応となっています。
キハ28・58系の5連+茨城交通車の6連が走ったことがありますので、6連までは対応しているのでしょう。

駅舎を出ると正面に阿字ヶ浦海水浴場への案内看板があります。
下り坂を下りていくと5分ほどで海に出ます。
海水浴シーズンは臨時の改札口を設けてお客を捌いていました。
2007年06月30日
茨城交通湊線へ その3
茨城交通湊線は勝田から那珂湊までは海に向かって走り、那珂湊から阿字ヶ浦へは海岸線に平行しながら走ります。

磯崎~平磯間は海岸線と並行する区間です。
もっとも平行すると行っても若干の距離があり、一段高くなった丘陵地帯を走っています。
磯崎駅の周辺は平坦ですが、平磯駅の付近にはアップダウンが存在します。

勾配を上がりながら左にカーブを切ると磯崎駅に到着します。
写真に見えている踏切の少し先です。

平磯駅はスーパーマーケットの一角に駅がありました。
ありましたと過去形なのは、スーパーは営業を止めてしまったからです。
テナント募集中になっていますが、難しそうです。

磯崎~平磯間は海岸線と並行する区間です。
もっとも平行すると行っても若干の距離があり、一段高くなった丘陵地帯を走っています。
磯崎駅の周辺は平坦ですが、平磯駅の付近にはアップダウンが存在します。

勾配を上がりながら左にカーブを切ると磯崎駅に到着します。
写真に見えている踏切の少し先です。

平磯駅はスーパーマーケットの一角に駅がありました。
ありましたと過去形なのは、スーパーは営業を止めてしまったからです。
テナント募集中になっていますが、難しそうです。
2007年06月29日
茨城交通湊線へ その2

次の列車は磯崎駅での撮影となりました。
やってきたのはキハ3710-01の単行です。
勝田駅に向かった時には2連だったのですが、ラッシュが終わり1両が切り離されたようです。
花のバックに白いフェンスがあったところは、昔は農業用倉庫があったような気がします。

到着した列車から乗客が降りました。
列車の向こう側には畑が広がっています。

この駅はカーブに差し掛かる場所にあり、那珂湊側から直前まで直線ですが、ホームがある場所はきついカーブになっており、そのまま90度向きを変えながら終点阿字ヶ浦に向かって行きます。
2007年06月28日
茨城交通湊線へ その1
久しぶりの鉄道撮影に出掛けました。
今回は茨城交通湊線の気動車の撮影がメインです。

最初に向かったのは平磯~磯崎間の畑の中を走る区間、3710形の2連と撮影前にすれ違ったので、次は旧型車が来ると読んで待っていると、国鉄準急色に塗られたキハ2004を先頭の2連がやってきました。

上の列車を後追いで撮影。
後ろの車両はヘッドライトの横にタイフォンが付いているので、キハ2005でした。
今日はあっちこっちの畑で農薬をまいていたのでした。

阿字ヶ浦で折り返してきた列車を畑の中で撮影です。
今回は茨城交通湊線の気動車の撮影がメインです。

最初に向かったのは平磯~磯崎間の畑の中を走る区間、3710形の2連と撮影前にすれ違ったので、次は旧型車が来ると読んで待っていると、国鉄準急色に塗られたキハ2004を先頭の2連がやってきました。

上の列車を後追いで撮影。
後ろの車両はヘッドライトの横にタイフォンが付いているので、キハ2005でした。
今日はあっちこっちの畑で農薬をまいていたのでした。

阿字ヶ浦で折り返してきた列車を畑の中で撮影です。
2006年12月03日
夜の阿字ヶ浦駅
日立電鉄の撮影の帰りにちょっとだけ寄り道して、茨城交通湊線の阿字ヶ浦駅に立ち寄ってみました。
折角来たので三脚を出して夜の車両を撮影しました。
茨城交通も廃止問題が出ており茨城のローカル私鉄は大丈夫でしょうか?気が付いたら関東鉄道だけにならないことを祈ります。

古いタイプの気動車を期待していたのですが、来た車両は37100形の03番でした。
この車両は茨城交通で一番新しいタイプの気動車です。
3710形をマイナーチェンジして、37100形という形式になっています。
3710形は「ミナト形」の語呂合わせですけど37100形は何と呼ぶのでしょうか?

この駅からは阿字ヶ浦の海水浴場が近く、昔は海水浴シーズンになると、国鉄の気動車が乗り入れてきていました。
昔ほどではないにしろまだ海水浴客の利用があるようで、この駅には更衣室として、使わなくなった気動車を利用しています。
今年は羽幌炭砿鉄道カラーに塗り直されて使われていた、キハ221が更衣室になっていたようです。
残念ながら夜なのではっきり分かりませんが、ちょっと状態は悪そうです。
折角来たので三脚を出して夜の車両を撮影しました。
茨城交通も廃止問題が出ており茨城のローカル私鉄は大丈夫でしょうか?気が付いたら関東鉄道だけにならないことを祈ります。

古いタイプの気動車を期待していたのですが、来た車両は37100形の03番でした。
この車両は茨城交通で一番新しいタイプの気動車です。
3710形をマイナーチェンジして、37100形という形式になっています。
3710形は「ミナト形」の語呂合わせですけど37100形は何と呼ぶのでしょうか?

この駅からは阿字ヶ浦の海水浴場が近く、昔は海水浴シーズンになると、国鉄の気動車が乗り入れてきていました。
昔ほどではないにしろまだ海水浴客の利用があるようで、この駅には更衣室として、使わなくなった気動車を利用しています。
今年は羽幌炭砿鉄道カラーに塗り直されて使われていた、キハ221が更衣室になっていたようです。
残念ながら夜なのではっきり分かりませんが、ちょっと状態は悪そうです。
