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鹿島鉄道廃線から1年 その5

 最後に玉造町駅跡に立ち寄ってみました。

旧玉造町駅前
 玉造町駅も駅舎は撤去されており、駅前のアスファルトだけがむなしく残っていました。

玉造町駅跡から鉾田方面を見る
 線路の方も撤去されており、構内は砂利の多い更地となっていました。
 写真は鉾田方向を見た写真です。

玉造町駅跡から石岡方面をみる
 反対の石岡方向の様子です。
 左側には貨物ホームが見えています。
 旅客用ホームが撤去されていた中で、貨物ホームだけが姿を残していました。
 貨物ホームの上に建物が建っていたためと思われます。
 (消防の建物だったような気がします)
 今回の鹿島鉄道跡は、ついでだったために時間がなかったので、またそのうちゆっくり回ってみるつもりです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 06:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道廃線から1年 その4

 有名撮影地であった、浜~玉造町間の道路橋にも寄ってみました。

玉造町~浜間の陸橋下
 この地点はレールが残っており、草は若干伸びてはいますが、今にも列車がやってきそうな雰囲気は残っていました。
 玉造町の方を見た様子です。

浜~玉造町の様子
 この場所は、霞ヶ浦を入れることが出来るので有名だった撮影地でした。
 道路橋下の斜面で撮影する人が多かったため、列車が走っていた当時は簡単に上がることが出来たのですが、言ったときには雑草が伸びており、上がるのに一苦労でした。
 霞ヶ浦は撮れても列車は二度とやって来ません。

霞ヶ浦と夕日
 同じ場所から少し左を向いて撮影した写真です。
 この日の夕日は綺麗でした。
 列車が来ればな~と思わずにはいられない景色です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道廃線から1年 その3

 次は常陸小川駅跡までやって来ました。

旧常陸小川駅構内貨物ホーム側
 旧貨物ホームのあったと思われる場所を撮影です。
 見事に線路が剥がされて更地になっています。
 剥がされたPC枕木がホームセンターの裏手に積まれていました。

常陸小川駅のDD901
 比較用に、昨年の2月9日に撮影した貨物ホームの様子を再び載せておきます。
 この時はまだDD901がありましたが、直後に解体されてしまっています。

旧常陸小川駅鉾田方面
 構内から続いていた鉾田方面の線路もすっかり姿を消していました。

旧常陸小川駅駅前広場
 旧駅前広場から駅舎のあった方向の様子です。
 駅舎もホームも線路もなくなっており、駅前広場のアスファルトだけが残っています。
 正面にある木は、上りホーム側にあったもので、右側の木が駅舎の右にあった木です。 

常陸小川駅駅舎
 これも比較用の昨年2月9日現役当時の常陸小川駅駅舎です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道廃線から1年 その2

旧鉾田駅ホーム石岡方向を見る
 旧鉾田駅のホームから石岡側を見た景色は廃止前と変わっていません。
 先の方にKR-505が留置されています。
 6月に来た時にはキハ601もこちら側に留置されていました。

旧鉾田駅の石岡方向
 ホームの端から見た旧鉾田駅の構内は線路がそのまま残っています。
 この駅に留置された車両は3両あったのですが、キハ431が消えています。
 キハ431は鹿島鉄道保存会で購入され、小美玉市の鹿島鉄道記念館にキハ714、KR-501と一緒に保存されたようです。
 鹿島鉄道記念館はまだ非公開のようなので、公開されたら見に行ってみようと思います。

旧鉾田駅のKR-505とキハ601
 旧鉾田駅に残っているKR-505とキハ601の2両です。
 こちらの車両は鉾田駅保存会が購入して、動態保存の形になっており、3月29日にもイベントが開催されたようです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 03:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道廃線から1年 その1

 今日、3月31日の運行を持って三木鉄道、島原鉄道島原外港~加津佐間が廃止となります。
 毎年この時期になるとローカル線の廃止が行われ、興味のある線路が消えてしまっています。
 一年前は、鹿島鉄道の最終日に立ち会って最後の乗車をしていました。
 今回は茨城交通湊線の撮影後、約1年経った鹿島鉄道を少しだけ見てきた時の話です。

旧鉾田駅のキハ601
 旧鉾田駅には昨年の6月にもやって来ています。
 すでにその時点では駅舎が解体された後で、線路とホームだけが残された状態でしたが、今回もその状態は変わっていません。
 変わっていたのは、車両が留置されている場所、今回キハ601は鉾田駅の車止めがあった線路終端部に留置されていました。

キハ601とレンタ&サイクルの看板
 鹿島鉄道が営業していた、レンタ&サイクルの看板も残っていました。
 ちょうど駅舎から構内踏切を渡ると正面にあった看板でした。

旧鉾田駅ホームとキハ601
 残っているホームから見たキハ601です。
 現役時代だとこの位置まで車両が入ることは、よほどの時でないとありませんでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

廃止後の鹿島鉄道鉾田駅

 茨城交通撮影からの帰り道は廃線となった鹿島鉄道の鉾田駅に立ち寄りました。
 廃止後の様子を見るのと、まだたい焼き屋が営業していると聞いていたのでたい焼きを買うためです。

消えた鉾田駅の駅舎と残るホーム
 現地に着くと鉾田駅の駅舎はすっかり消えて砂利だけが広がっていました。
 鹿島鉄道自体が取り壊すと言っていたのですが、やはり関東の駅百選に選ばれるだけの特徴を持っていたので、もったいない気がしました。

鉾田駅跡ホームと留置車両
 ホームは残っていました。
 その向こうには気動車が留置されています。

留置されている気動車
 留置されているのは3両。
 最終日の全線最終列車として乗車したキハ431とKR-505及びキハ601です。
 いたずら防止対策として防犯カメラが目を光らせていました。

ホーム側からの鉾田駅舎のあった場所
 ホーム側から見た駅舎のあった方向です。

 駅舎は6月9日から解体工事に入って取り壊されています。
 もっとも備品や旧材などを再利用し駅舎を復元して、留置されている車両3両と共に保存施設となる計画があるようなので、うまく復活を期待します。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その10

 今日も最終日の石岡駅の様子の続き。
 20時頃の様子です。

最終日の石岡駅
 昨日のブログと同じ列車のキハ432。
 ホームは1両半分しか屋根がないため、階段側に比べるとこちらの方は人が少ないのでした。
 このホームから発車する列車もこの列車を入れて残り4本です。

石岡機関区のキハ714
 石岡機関区には既に営業運転が終わってしまった、キハ714が停まっています。
 この場所に移動してエンジンを停止させた時には寂しい感覚を覚えました。

待合室の裏側のヘッドマーク
 ホーム待合室の裏側上部には、イベント列車で使用したヘッドマークが4枚掲出されていました。

 この後、石岡駅のホームで約2時間過ごして、4月1日のブログでの最終列車への乗車となりました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その9

 今日でブログがスタートして丁度1年となりました。
 飽きっぽい私がよく続けられたと感心しております。
 これからも続くと思われますので、お暇な方は見てやって下さい。

 今日のネタは、鹿島鉄道最終日の夜の石岡駅で見ていた光景です。

鹿島鉄道線乗り場の看板
 石岡駅はJRと改札口は共有となっており、改札口を通ってJRのホームに出て、跨線橋を渡って鹿島鉄道のホームに移動する形となっていました。
 写真はその跨線橋の端にある、鹿島鉄道線乗り場を示す看板です。

最終日夜の鹿島鉄道線ホームへの階段
 上の看板を見て左に曲がると鹿島鉄道のホームです。
 さすがに最終日の夜だけあって、階段の途中まで人が溢れていました。

石岡駅の駅名標とキハ431
 石岡駅の駅名標とキハ431です。
 乗る人、撮る人、見送る人でごった返している状態です。
 この駅名標ともこの日がお別れになりました。
 このキハ431が下り列車として発車して、再び石岡駅に戻って来ると、私達が乗車した全線通しの最終営業列車となるのでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その8

 17時頃にG氏と合流のため石岡駅に到着です。
 石岡機関区の構内を覗くと車両がいなくて広々としていました。
閑散とした石岡機関区構内
 2月の撮影ではカラフルな車両群が、機関車も入れて8両もいたのですが、この日は全車両を使用して2両編成での運行となっており、機関車も売却後だったのでした。
 既に明日以降の姿を見ているような感覚でした。

石岡駅に到着する列車
 構内を撮影中していると列車が到着しました。
 寂しい機関区構内と違い、ホームの上は乗る人、撮る人で賑わっていました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 09:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その7

 今年は暖冬でしたので、桜の開花が早くなり鹿島鉄道の最後の頃に間に合うと思っていました。
 途中で寒い日もあったりので、さすがに満開とはなりませんでしたが、何とか桜は咲いてくれました。

東田中駅の桜の様子
 桜が咲く駅として有名な東田中駅には、桜と列車を絡めての撮影を考えている人が集まっていました。
 実際の桜の状態は写真の通りで、ぱらぱらと咲いています。

東田中駅に到着するキハ602
 時間的には上り列車が来る時間でしたが、石岡側から下り列車がやってきたのです。

咲き始めの桜とキハ714
 やっと咲き始めた桜とキハ714を撮影です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その6

 榎本駅にも立ち寄ることになり駅前広場の一角に車を停めます。
 列車が来る時間ではないので、駅にある自動販売機でコーヒーを買っていると、列車がやってくるようでザワザワし始めました。
 既に時刻表が役に立たない状態になっていました。

榎本駅駅舎からのキハ431
 急遽カメラを出して、榎本駅の駅舎の窓からカメラを構えると、緑色のキハ431でした。

榎本駅停車中のキハ431+キハ432
 この列車も2両編成であり、同型車のキハ432とコンビを組んでいました。
 やはりここにも多数のファンが集まっています。

鹿島鉄道公認菓子
 榎本の駅舎内にはこんな広告が貼ってありました。
 2月に来た時にも有ったのかな?
 ちょっと食べてみたい気がしました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 07:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その5

 借宿駅でキハ714+キハ602の石岡行きを見送った後、すぐに鉾田行きが来る時間になっていたので、駅の近くで咲いていた菜の花を入れて撮影するため列車を待つことにしました。

 またまた列車が遅れているようで、定時を過ぎても全くやって来る気配がありません。
 じたばたしてもしょうがないので、気長に待っていると、25分遅れで列車がやってきました。
菜の花とKR-501+KR-505
 この列車はKR-501+KR505の2連でした。
 やはり車両が小さいためか、車内は大変混雑しています。

借宿前駅で客扱い中のKR-505
 混雑が酷いため乗降に手間取っています。
 なかなか車内に入れないようです。

車内が曇ったKR-505
 列車の最後部のkR-505の運転台は完全に曇ってしまっていました。
 サイドの窓もやはり曇っていたので、中の乗客はぎゅうぎゅう詰めの上景色を見ることも出来無かったのではないでしょうか?
 乗車予定の最終列車が、こんな事にならないことを祈りながら見送りました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 07:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その4

 小さな駅である借宿前駅にやってきました。
 この付近の風景は関東ではあまり見掛けない風景が展開している場所でした。
 また太い道路がないので、代替バスも借宿前駅は無視しています。
 それだけ利用者が期待できない場所にあり、何回か鹿島鉄道を訪問していますが、平日の乗降客に会ったことがありませんでした。
 そんな駅ですけど、さすがにこの日だけは違っていました。
借宿前駅に到着するキハ714+キハ602

借宿前駅のキハ714+キハ602
 この小さな駅の周辺にも20人近い人が撮影をしていました。

キハ714先頭部
 キハ714の先頭部を縦位置で撮影。
 ただ単に広角レンズじゃ無いので、全体が入れられなかっただけですけどね。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 07:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その3

 昼食後、仮設住宅氏のリクエストで、小川高校下~桃浦間での撮影を行うことになりました。

鹿島鉄道10キロポスト
 小川高校下~桃浦間に10キロポストがあります。
 この辺りは鹿島鉄道と霞ヶ浦が一番近くになる地点となっており、多くの人達がこの付近での撮影をしていました。

菜の花とキハ602+キハ714
 先ほど撮影したキハ714+キハ602が石岡から折り返して戻ってきました。
 この列車にも多くの人が乗っているのが分かりました。

菜の花を揺らす
 菜の花を揺らして走り去っていきました。
 この先を少し行くと、桃浦駅になります。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その2

 3月31日は、9時過ぎまでの仕事を終えてから、行徳でやはり朝まで仕事だった仮設住宅氏を拾って鹿島鉄道へ向かいました。
 東関東自動車道を利用して大栄インターでおり、国道を走って行きました。
 特に場所を決めて向かっていた訳ではなく、何となく桃浦駅に向かって走っていました。
 桃浦駅には、D氏が朝から撮影をしているようです。
 昼前にそのD氏からメールが入りました。
 『たい焼き食べたい うぐぅ』といきなりネタをかましてます。
 (私はゲームやらないけど意味は分かる)
 朝からの撮影でお腹の空いたD氏は、鉾田駅にたい焼きを食べに行くことにしたようです。
 確かに鉾田駅のたい焼きは美味しいですからね。

 しばらくすると再びメールが入りました。
 列車が混んでいて乗車を諦めた模様。
 この列車はKR500形の2連だったようで、使用していない運転席部分にまで人を入れているような状態になっていたようです。
 かなり近くまで来ていたので、桃浦駅で合流して昼食を食べようと言うことになりました。

 浜~玉造町間の有名撮影ポイントである、国道の陸橋では道路の左右に三脚の列がずらりと並んでいました。
 その先、対向車線からボンネットバスが走ってきました。
 それも昔の国鉄バスのカラーリングです。
 こちらの写真も撮りたいと思う貴重な物ですが、とりあえず見送りです。

 桃浦駅に到着してD氏と合流する前に列車がやって来るのでとりあえず撮影に臨みます。
 天気は曇り、疲れているためテンションも上がってきていません。
 列車は遅れが出ているようで、本来の時刻を過ぎています。

桃浦駅に到着するキハ714+キハ602
 10分ほどの遅れでキハ714+キハ602の2連が到着しました。
 普段は単行で十分なのに、お名残乗車が多いための措置で2連運用のようです。

桃浦駅で列車を見に来た親子
 地元の方と思われる親子連れが、記念撮影をしながら列車を見に来ていました。

桃浦駅に停車中のキハ714+キハ602
 車内には多くの乗客が乗っています。
 D氏は山手線のようだと感想を述べていました。
 確かにこれは大混雑です。
 特にKR500形の2連は車両が小さいため、混雑が激しかったようです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 18:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

鹿島鉄道最終日 その1

 昨日付けで、くりはら田園鉄道と鹿島鉄道が全線廃止となりました。
 このうち鹿島鉄道の最終日の様子を見に行ってきたので報告です。

 この日の鹿島鉄道は、最後に乗っておこうと考えるファンや地元の人で賑わっており、普段単行で走っている列車を2連として運転していましたが、東京の朝のラッシュ時のような混雑となっていました。
 途中駅からの乗車が出来ない列車もあるような状態であり、線路ギリギリで撮影する人などもいて、各列車に遅れが生じていました。
 いつもの仮設住宅氏とお仲間とに合流して、5人で最終列車に乗車する計画でした。

 一番最後に運転される列車は、玉里発22時37分発の石岡行きが最後でしたが、私達は全線通して運転される最終列車である、石岡発21時32分発の鉾田行きを選択しました。
 列車に乗っているM氏と合流するため、20時前に石岡駅に入り、何本かの列車の到着・出発を見ていました。
 列車の遅れは時間が経つにつれ拡大していきました。
 そんな中で、TV局の取材なども行われています。
 ホームの先端の小屋ではグッズの販売も行われていました。

最終日石岡駅に到着したキハ431
 折り返して鉾田行きの最終になる列車が、22時03分に到着しました。
 定時の到着は21時30分なので、33分遅れです。
 列車の編成はキハ432とキハ431でした。

 なんとか乗車に成功、席にもありつけました。
最終鉾田行き車内
 乗車したのは鉾田側先頭のキハ431です。
 石岡駅では、ホームで花束贈呈などのセレモニーが行われているのですが、ホーム反対側のシートからは目の前の人しか見えない状態なので、何が行われているのかは分かりません。
 そのうち、車内に見送り用の紙テープが数本渡され足りしているうちに出発です。
 写真に写っている青い紙テープが最初に渡された紙テープです。
 発車は22時15分頃、定時より約45分遅れでの発車です。

 各駅で乗客と駅での見送りの人とであいさつや別れの言葉が交わされながら鉾田へ向けて進んでいきました。

 小川高校下~桃浦間ではほとんどの人は気が付かなかったようですが、ハプニングが起きていました。
 1両目と2両目の連結面に取り付けられていたヘッドマークが脱落して転落していったのです。
 仮設住宅さんが目撃していたようです。
 後で、拾いに行こうかとの話にもなりましたが、暗闇での捜索は面倒なのでやめました。

鉾田駅で待つ多くの人々
 23時18分、定時に遅れること53分で鉾田駅に到着です。
 駅には大勢の人が待っていました。

鉾田駅に到着したキハ431の先頭部
 終点に到着したキハ431です。
 これで鹿島鉄道とはお別れとなります。長い間、ご苦労様でした。

 また後日、他の部分の報告をする予定です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その23

 最後に再び鉾田駅にやってきました。
 朝撮影したのが6時台。今の時間は16時40分。じっくり撮影していたら10時間以上経っていました。
鉾田駅改札越しのKR-501
 改札口越しに見たKR-501です。

鉾田駅駅舎
 やり残した事というのは、この駅で入場券を買うのと、鯛焼きを食べることでした。
 鯛焼きは、写真にもあるように駅の隣にある、小さな立ち食いそば屋で販売しています。
 駅舎内部から繋がっているのでそちらからも買えます。
 鯛焼きの中身は3種類ぐらいあるのですが、人気がある物は既に売り切れていました。
 私は普通のあんこの鯛焼きをチョイス。こちらも十分美味しいです。

鉾田駅正面
 鉾田駅正面の様子。(仮設住宅氏撮影)

 ちなみに、さよなら鹿島鉄道の全駅硬券入場券セットでも買おうと思ったらまだ販売前でした。
 この後、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅にも寄りましたが、こちらも全駅硬券入場券セットを買おうかと思ったら明日から販売とのことでした。
 ちょっとタイミングが悪かったようです。

 鹿島鉄道の廃線までまだ少しだけ時間が残されています。
 何とかもう一度くらいは行きたいと思います。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 08:45 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その22

 最後に鉾田駅に行く前にもう一駅寄っていたのを忘れてました。
 忘れていた駅は坂戸駅。
 この駅も片側ホームの簡単な構造の駅です。
坂戸駅の様子
 この駅は車で行くのは難しい場所にありますので、近所の人しか使わないと思われます。

坂戸駅ホーム待合室
 この駅もホームの上に待合室があるだけであり、待合室も他の駅と似ており、特に特徴はない駅です。

坂戸駅至近の踏切
 写真は坂戸駅至近の踏切です。(仮設住宅氏撮影)
 1枚目の写真はこの場所から撮っています。
 この踏切は狭くて車は通ることが出来ません。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:52 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その21

 次にやってきたのは巴川駅です。
 この駅は交換可能駅で、島式ホームを持っています。

巴川駅に到着するKR-503
 先ほどのKR-503が鉾田駅から折り返してきました。
 だいぶ薄暗くなってきていたので、動いている物を撮るのは厳しくなっています。

巴川を出発していくKR-503
 巴川駅を出発していく列車です。
 この駅には私達の他にも2名が撮影に来ていました。

巴川駅石岡方面
 写真は駅の石岡側を撮っています。

 この駅の撮影で、鹿島鉄道の全駅の撮影を完了しましたが、やり残したことがあるので再び鉾田駅に向かいます。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 17:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その20

 今日は大糸(北)線のキハ52を撮りに行ってました。
 天気が晴れたり曇ったりで、こっちのテンションも上がったり下がったりです。
 交換をしなくなっていた平岩駅・小滝駅は、線路も剥がされてしまっていましたので、大糸(北)線の交換可能駅は、根知駅と赤土駅だけになってしまいました。
 ちょっと前までシュプール号などの臨時列車も入っていたのに、どんどん衰退していく感じです。

 ここから先は今日も鹿島鉄道ネタの続きです。

 次に立ち寄ったのは借宿前駅です。
 この駅も交換の出来ない簡単な構造の駅でした。

借宿前駅ホーム待合室
 写真はホーム上の待合室を鉾田の方向を向いて撮影しています。

やってきたKR-503
 この駅での撮影をしていると鉾田行きの列車がやってきました。
 今度来たのは緑色の帯を巻いたKR-503です。
 この車両が撮影できたため、今回の撮影行では鹿島鉄道に所属する全旅客車両の運用に付いている姿を撮影することが出来たのでした。
 全部の車両が運用されるのは中々無いような気がしますのでラッキーだったのではないでしょうか。

借宿前駅の電話
 駅の近くには電話の端子があります。
 携帯電話や無線が普及する前は電話機を端子に差し込んで、連絡を取っていたのでした。
 今でも使用しているのかは不明です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その19

 今日は長野電鉄撮影のため長野県にいます。
 なぜ長野かと言うと。この冬スタッドレスタイヤを買ったのに全然雪が降らないので雪があるところに行きたかったのでした。
 でも、長野電鉄沿線にも雪が無い~。
 今シーズンのスタッドレスは無駄に終わりそうです。

 それでは鹿島鉄道ネタの続きです。

 次にやってきたのは榎本駅。
 以前この駅には鹿島鉄道の重要な財源の一つであった、自衛隊百里基地へのジェット燃料輸送の貨物列車が到着していたのでした。
 ジェット燃料を積んだタンク車が到着すると、駅の隣にある施設で燃料を降ろします。
 施設から百里基地まではパイプラインで結ばれており、燃料を流していたのですが、ネタの最初の頃に触れた通り、パイプラインの老朽化により直接基地に燃料が輸送されるようになり、貨物列車は廃止となってしまいました。

榎本駅駅舎
 榎本駅の駅舎です。
 構造は桃浦駅と似ています。
 貨物取り扱いがあったため、昔は駅員が配置されていた名残があります。

榎本駅石岡方面
 榎本駅は貨物扱いのため、多くの側線を持っています。
 左のフェンスの向こう側が、ジェット燃料輸送用の施設でした。

榎本駅の防衛省施設
 その施設は防衛省の施設として残っており、厳重な体制で立ち入りを禁じていました。
 鉄条網がぐるぐると輪を描き、侵入者を拒んでいます。
 鉄道の廃止後、鉄道施設と防衛省施設、どっちが先に無くなるのでしょうか?
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 19:48 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その18

 昨日の編集長敬白を見て思わず「何ぃー!」と声が出てしまいました。
 26日に常陸小川駅にいたDD901が解体されてしまったのです。
 鹿島鉄道の廃止後はどこかで保存されると思っていただけにびっくりしたと共に残念です。

 それではネタの続きです。

 次は浜駅にやってきました。
 鹿島神宮への参拝客輸送のために開業した鹿島参宮鉄道は、この駅まで列車に乗ってきた乗客を船で鹿島神宮まで輸送していたのでした。
 当時は駅のすぐ近くに船着き場があったようですが、今はその痕跡は残っていません。
浜駅待合室
 ホームは片面しかない行き違いの出来ない構造ですが、昔は交換が可能だったのでした。
 駅に入る直前の線路が不自然に曲がっているのがその名残です。

浜駅鉾田方面
 写真は浜駅の鉾田側です。
 この先で右にカーブした線路を国道が跨いでいきます。
 その地点が午前中霞ヶ浦をバックに撮影していた場所です。

浜駅のKR-502
 鉾田行きの列車が到着しました。
 赤色の帯のKR-502でした。 
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 13:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その17

 次にやってきたのは八木蒔駅。
 田んぼの中の小川高校下駅とはうって変わり、切り通しの中のカーブした上、勾配の途中の駅です。
八木蒔駅の様子
 写真は八木蒔駅の様子。
 鉾田の方を向いて撮影しています。

八木蒔駅時刻表と待合室
 ホームの上の時刻表と待合室です。
 ここの時刻表は、他の駅にもありましたが、漢数字の縦書きとなっており、現代では、珍しい物になっています。
 鹿島参宮鉄道時代の書き方が、そのまま踏襲されたようです。

八木蒔駅通過人
 この駅の撮影中には列車は来ませんでしたが、畑に行くおばちゃんが通過していきました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:02 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その16

 次に来たのは小川高校下駅です。
 この駅は1988年4月1日に開業した新しい駅であり、名前の通り近くにある小川高校の通学の便を図るために開設されました。
小川高校下駅全景
 ホームの裏側には、かしてつ応援団が描いた「未来へ走れ鹿島鉄道」のイラストがあります。
 昔はただのコンクリートの壁でしたのでカラフルになっています。

小川高校下駅から石岡方面
 写真は石岡方向を見ています。
 隣の駅である常陸小川駅が見えます。
 駅間は700mと近いです。
 以前はホームの屋根の手前側の柱の前に自動販売機がありました。
 でもかなりいたずらされて荒廃した駅だった記憶があります。
 久しぶりに寄った今回は、時刻表共々撤去されてしまっていました。

小川高校下駅から鉾田方面
 今度は反対側の鉾田方向です。
 この駅の周りは田んぼしかありません。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 18:19 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その15

 600m移動してやってきたのは新高浜駅。
 東京駅の京葉線ホームから地上のホームへ移動する方が、よっぽど時間掛かります。
新高浜駅の様子①
 新高浜駅も直線上にホームがあるだけのシンプルな駅でした。

新高浜駅から石岡方面
 写真は駅から石岡方面を見たところです。

新高浜駅のホームの上
 ホームの上には屋根のある部分にイスがあるだけでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その14

 次に寄った駅は玉里駅です。
 この駅は相対式のホームを持つ交換駅です。
 早朝と深夜帯は区間列車がこの駅と石岡との間を結んでいます。
玉里駅の下りホーム待合室
 写真は下りホーム上にある待合室の内部です。

玉里駅のキハ601
 先ほど東田中駅で撮影したキハ601が石岡駅で折り返してきました。
 この駅と東田中駅の間は1.1キロ、反対側の新高浜駅までは更に短く0.6キロとなっています。
 石岡駅から新高浜駅までは駅間距離が短く、直線区間の駅は隣の駅に停車中の列車が分かります。

玉里駅の様子
 玉里駅の様子を石岡の方を向いて撮影しています。
 この駅は1988年の開業ですが、それ以前の1971年に玉里信号場として設置されています。
 昔は現在と違って駅が少なく駅間距離も長かったのでした。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その13

 次は東田中駅に寄ります。
 この駅は直線上にホームがあるだけの単純な駅でした。
東田中駅

東田中駅から石岡方面
 写真は石岡方面を見たところ。
 左のフェンスの向こうは運動公園になっています。
 このフェンス沿いに桜の木が植えてあり、春になると桜と絡めて撮影が出来ました。
 今年は桜の開花が早そうなので廃止前に撮れるかもしれませんね。

東田中駅とキハ601
 東田中駅に上り石岡行きのキハ601が到着します。
 運動公園からの撮影です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その12

 次にやってきたのは石岡南台駅。
 この駅の開設は1989年6月16日。住宅都市整備公団による宅地開発として南台ニュータウンが出来、その玄関口として作られています。
 鹿島鉄道では一番新しい駅でした。
 線路は位置は対向式ホームを持つ交換可能駅です。
石岡南台駅
 この駅は最初から無人駅として開設しているので駅舎はありませんが、ニュータウンの玄関口として近代的なデザインをしています。

石岡南台駅下りホーム待合室
 写真は下りホームの駅名標と待合室です。

石岡南台駅のKR-505
 下りホームに停車中のKR-505です。
 この駅のすぐ後ろに立派な家が建っています。

 この石岡南台駅が出来たことにより、乗車人数は増えたのですが、石岡までの距離が近いため、収入はそんなに多くならなかったのです。
 もう少し遠くにニュータウンができていれば違った結果が出ていたかもしれませんね。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 22:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その11

 今日は鹿島鉄道ネタの続きです。
 次に寄ったのは機関区のある石岡駅、JR常磐線との接続駅です。
 駅舎自体はJRと共用しており鹿島鉄道単独ではありません。
 一日乗車券などは、鹿島鉄道のホーム上で販売しています。

 車両に目を向けると、ここの石岡機関区には色々な車両達がいます。
 近年の塗装変更でかなりカラフルです。
鹿島鉄道の保線用動車
 構内には赤く塗られた機関車が2両います。
 写真の方は機関車扱いではなく実際は保線用の機械扱いとなっていたと思います。
 昔は玉造町駅の側線で良く見掛けた気がします。
石岡機関区①

石岡機関区②

石岡機関区③
 石岡機関区の様子です。
 駅の上に架かる陸橋の上から手軽に撮影可能です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その10

 次にやってきたのは四箇村駅です。
 石岡方面に向かう道路がすぐ横を通っています。
 行き違い駅ではないので構造は単純です。
四箇村駅の駅名標と待合室
 ホーム上には駅名標と時刻表、待合室があるだけです。

四箇村駅の周囲
 少し離れたところから見た四箇村駅。
 奥が石岡方面です。

キハ601とお地蔵様
 駅脇の踏切には列車の運行を見守り続けたお地蔵様がありました。
 やってきた列車はキハ601。
 こちらの車両は1936年川崎車両で製造されたキハ0729が前身です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 19:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その9

 次にやってきたのは常陸小川駅。
 鹿島鉄道の中でも主要駅であるこの駅は、交換可能駅であり、石岡~常陸小川間の区間列車の折り返しも行われます。
 駅の構内は貨物ホームも残っており貨物輸送が行われていた証拠になっています。
 下の写真を見てもらえば分かると思いますが、多くの側線を持った駅です。
常陸小川駅のDD901
 その貨物ホームの隣の線には、廃車となったDD901号ディーゼル機関車が留置保存されています。
 貨物ホーム橋にはシャロン式の連結器が往時の貨車留置のために付けられています。
 今回行った時には鹿島鉄道全体で鉄道敷地内での撮影を禁止としており、貨物ホームへの立ち入りもロープが張られていました。
 この時は入場券を買ったこともあってか、貨物ホームに入って撮影して良いよとのことでしたが、逆光なのでまともな写真になりませんでした。

常陸小川駅改札口
 昔の風景を残す改札口。
 最近は自動改札ばかりだから貴重なのですが、ここの役目も後わずか。

常陸小川駅駅舎
 旧小川町の中心の常陸小川駅の駅舎。
 それなりに人の姿を見掛けていますので、もっと人がいないローカル線もあるのに無理なのかな~と思いました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:34 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その8

 桃浦駅を出て隣の小川高校下駅との間で撮影を行いました。
霞ヶ浦をバックに進むKR-505
 霞ヶ浦をバックに進むKR-505の上り列車です。
 時間は昼前、完全な逆光となってます。
 もっと早い時間だと逆光にはならないみたいですね。

小川高校下~桃浦間のキハ432
 1枚目の反対側から撮影したキハ432。
 この車両は加越能鉄道キハ126で、1957年11月に東急車輌で新製されています
 1972年9月に加越能鉄道が廃止されたのに伴って関東鉄道が購入し、1973年3月に鉾田線用として僚機キハ431と入線しています。
 現在の塗色になったのは、近年の2002年で朱色とクリームの通称「金太郎塗り」になりました。

小川高校下~桃浦間のキハ432 その2
 2枚目の写真の少し桃浦駅側で、仮設住宅氏が撮影した写真も載せておきます。
 ちなみに列車は下りの鉾田行きです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その7

 次に寄ったのは桃浦駅、この駅は島式ホームを持つ交換可能駅です。
桃浦駅駅舎
 小さな木造の駅舎が建っております。
 駅舎の正面から向こうを見ると霞ヶ浦が望めます。

桃浦駅の駅名標
 桃浦駅の駅名標です。

桃浦駅を発車したKR-502
 桃浦駅を発車する下り列車のKR-502です。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 21:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その6

 玉造町駅を後にして、再び浜駅との間で列車を待ちます。
 やってきた鉾田行きはキハ714。元夕張鉄道のキハ251でした。
、夕張鉄道の旅客営業廃止に伴い、関東鉄道時代の1976年に譲り受けています。
キハ714の鉾田行き
 浜~玉造町間の田んぼの中でパチリ。

 鉾田駅で折り返して来た同車も撮影しています。
国道の鉾田側からのキハ714
 鹿島鉄道を跨ぐ国道の鉾田側での撮影です。

 列車が通り過ぎた後、国道反対側で仮設住宅氏が撮影していたので、また写真を借用します。
霞ヶ浦に向かっていくキハ714
 この車両だけワンマン改造されていないため、車掌が乗務しています。
 その関係で、運転されるのは平日朝方1往復だけだったような気がします。ちょっとうろ覚えです。
 写真を見ると車掌さんが運転席に座っているため、こっちに進んでいるように見えますが、向こう側に向かっているのです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その5

 今度は玉造町駅に移動しました。
 玉造町駅は、数少ない有人駅となっている主要駅です。
玉造町駅駅舎

 駅舎の中には様々なポスターやチラシが貼られ増収に努力していたのが伺えました。
 バス路線図もありましたが、かなり年季の入った物です。
玉造町駅のバス路線図
 関東鉄道バス路線図となっており、霞ヶ浦を中心とした路線が掲出されていました。
 どう考えても現行路線では無いと思われます。いつ頃の物なのでしょうか?
 現JRの鹿島線もまだ載っていないのです。

玉造町駅ホーム待合室
 この駅は交換駅であり島式ホームがあります。
 写真はそのホーム場の待合室と駅名標を撮影したものです。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 05:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その4

 私は次の列車も同じ地点での撮影を選択、仮設住宅氏は玉造町駅での列車交換を撮るというのでしばらく別行動となります。

 30分ほどして下り列車がやってきました。
 縦位置で何枚か撮るつもりで構えていました。
 列車がフレームインして1枚目を撮影、続けて次のシャッターを押しましたが、反応が無い。
 冷えていたのでバッテリーの電池が切れてしまったのでした。
霞ヶ浦バックのKR-501 その1
 極端に冷えていなかったので油断していましたね。失敗失敗。

霞ヶ浦バックのKR-501 その2
 急遽もう一台のカメラで撮影したのを載せて誤魔化しておきましょう。
 ちなみに車両は最初に鉾田駅で撮影したKR-501、紫帯です。

 5分ほどで上り列車がやってきました。
 今度は赤い帯のKR-502でした。
霞ヶ浦バックのKR-502

 正面を良く見ると線が入っています。
 これは電飾のようですので、何かの機会に点灯させたのでしょう。
 反対側にも違う柄の電飾が付いていました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 11:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その3

 次に行った場所は浜~玉造町間です。
 この区間には霞ヶ浦をバックに撮影が出来るポイントがあります。
 ちなみにここは午前中が順光です。
霞ヶ浦をバックのキハ602
 この地点に最初にやってきた列車はキハ600形のキハ602でした。
 上りの石岡行きのため後追いで撮影です。

 キハ600形は国鉄のキハ07(キハ42500)が元になっています。
 更新改造により前面の形は大きく変わっていますが、下回りや屋根上などは原形を保っているようです。
 写真のキハ602は昭和12年(1937年)鉄道省大宮工場製なので車歴は70年にもなります。

霞ヶ浦バックのキハ602仮設住宅氏撮影
 もう1枚仮設住宅氏が撮影した写真も載せておきましょう。

 この車両は前にヘッドマークを付けていたようで、マークをがあった縁の部分が汚れて跡が付いてました。
 正面アップの写真にははっきり写ってしまってます。
 きれいな状態で撮りたかったかも。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 10:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その2

 2本目の列車を見送った後もしばらく鉾田駅で撮影をしていました。
 まだこの時期ではこの時間帯は暗いため、走行写真を撮るには条件が悪いからです。
 3本目の列車までは駅の施設を撮影しながら時間調整です。

鉾田駅の改札口
 鉾田駅の改札口の上には手書きの着発時刻表が掲出されています。
 都会では見ることの出来ないものて、味があります。

 そうこうしているうちに6時26分に列車が到着しました。
 今度の列車もKR500形。青帯のKR-505でした。


鉾田駅 青帯のKR-505

 ちなみにこの列車から鉾田駅の駅員さんが降りてきて、7時からの窓口の準備を始めていました。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 20:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

終わり近い鹿島鉄道へ その1

 本日は、今年3月末で廃止が決定してしまった鹿島鉄道の記録を残すために、撮影に出掛けました。
 今回も仮設住宅氏と一緒に出掛けております。
 鹿島鉄道は、地元の小湊鉄道を除けば一番多く撮影に出掛けた地方私鉄なだけに、今回の廃止決定は残念でなりません。

 撮影の開始は鉾田駅からとなりました。
 鉾田駅の駅舎は特徴のある形をしています。
 これも過去の物となってしまうのです。
鉾田駅入り口
 この駅には立ち食いそば屋があります。
 ここまで来るとうどんを食べることが多いのですが、早朝だったためまだ営業時間前で、朝食はお預けです。

 駅には鉾田発の2番列車が止まっていました。
 軽快気動車のKR500形です。
鉾田駅のKR-501
 止まっていたのはKR-501でした。
 KR500形は4両あり、全車帯の色を違う色に変更したので、帯の色で車両が特定できます。
 501は紫色の帯を巻いています。
 鹿島鉄道で色と形で区別が出来ないのは、600形の2両だけとなっています。

かしてつを救えの前のKR-501
 百里基地へのジェット燃料の輸送の収入が大きかった鹿島鉄道では、パイプラインの老朽化の影響から貨物輸送の廃止が大きな痛手となり収支が悪化したのです。。
 地元の鹿島鉄道のサポーターによる運動があり、存続のために努力してきたのですが、とうとう終わりが来てしまったのでした。
 鉾田駅にも大きなサポーターによる幕が張り出されています。
鹿島鉄道 | 投稿者 kd55-101 23:25 | コメント(0)| トラックバック(0)
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