2007年08月09日
北陸撮影旅行 その29

武生新駅に着くと、新福鉄色の202編成が1番線に停車していました。
写真は改札を出てから改札越しに撮影しています。

203編成の方は武生新駅の西武生駅側に留置線があり、そちらに留置されていました。
駅を出て少し歩くと近くまで行くことが出来ますが、写真は撮りづらい位置です。

武生新駅には3番線まであり、3番線と北陸本線との間にも留置線があります。
その留置線にはやはり名鉄から来た、800形が2両とも留置されていました。
この駅の撮影後に車まで戻り、福井鉄道の撮影は終了、次の目的地に向かって移動となりました。
2007年08月08日
北陸撮影旅行 その28
200形が田原町から折り返して戻ってきました。
朝撮影した時とはやって来る順番が違っていました。
これは3本の内2本が田原町方面への運用で終了し、戻りが回送扱いになっており、途中駅で待避しながら戻ってきたためと推測しています。

西武生駅へ新福鉄色の202編成が戻ってきました。
この列車は回送列車になっており、武生新駅に向かっていきました。
ちなみに最初に戻ってきたのは、今までの福井鉄道標準色だった201編成で営業運転で武生新駅に走っていきました。

880形の中にコカコーラの広告車があり、全体が赤く塗装されています。
ぱっと見では名鉄時代の塗色を彷彿させます。
この電車から、軌道線方面の撮影をしていた3人が降りてきました。
この時点、かなりの雨が降っていました。

初期の急行専用車両当時の塗色の203編成も戻ってきました。
やはりこの車両も回送となっており、武生新駅に向かっていきました。

最初に戻ってきた201編成はまだ運用が続いており、再び田原町行きで到着しました。
この撮影後、回送になった2本の様子を見るために武生新駅に移動です。
朝撮影した時とはやって来る順番が違っていました。
これは3本の内2本が田原町方面への運用で終了し、戻りが回送扱いになっており、途中駅で待避しながら戻ってきたためと推測しています。

西武生駅へ新福鉄色の202編成が戻ってきました。
この列車は回送列車になっており、武生新駅に向かっていきました。
ちなみに最初に戻ってきたのは、今までの福井鉄道標準色だった201編成で営業運転で武生新駅に走っていきました。

880形の中にコカコーラの広告車があり、全体が赤く塗装されています。
ぱっと見では名鉄時代の塗色を彷彿させます。
この電車から、軌道線方面の撮影をしていた3人が降りてきました。
この時点、かなりの雨が降っていました。

初期の急行専用車両当時の塗色の203編成も戻ってきました。
やはりこの車両も回送となっており、武生新駅に向かっていきました。

最初に戻ってきた201編成はまだ運用が続いており、再び田原町行きで到着しました。
この撮影後、回送になった2本の様子を見るために武生新駅に移動です。
2007年08月07日
北陸撮影旅行 その27
前日のブログの中でホームを削った話をしていますが、今回の福井鉄道撮影でハーモニーホール駅に行った時、ホームを下げた工事をしたはずなのに以前来た時と変わっていない印象がありました。
最近の工事なのに工事の跡も分からないのです。

ハーモニーホール駅のホームです。
仮設住宅氏が時刻表を確認しています。
ちゃんとホームの位置は低い位置にあり、最初から低いホームだったのかなとか考えていました。

駅の後ろに見えている建物が、駅名の由来であるハーモニーホールです。

どうにも気になったので昔の写真と比較してみました。
3枚目の写真が2005年の春に撮影したハーモニーホール駅です。
見比べてやっと違いが分かりました。
この駅の工事は、ホームから上はそのままで、下の支柱を短くしたのでした。
昔のホームには階段で上がっていたのがスロープに変更されてもおり、バリアフリー化も進んでいたようです。
最近の工事なのに工事の跡も分からないのです。

ハーモニーホール駅のホームです。
仮設住宅氏が時刻表を確認しています。
ちゃんとホームの位置は低い位置にあり、最初から低いホームだったのかなとか考えていました。

駅の後ろに見えている建物が、駅名の由来であるハーモニーホールです。

どうにも気になったので昔の写真と比較してみました。
3枚目の写真が2005年の春に撮影したハーモニーホール駅です。
見比べてやっと違いが分かりました。
この駅の工事は、ホームから上はそのままで、下の支柱を短くしたのでした。
昔のホームには階段で上がっていたのがスロープに変更されてもおり、バリアフリー化も進んでいたようです。
2007年08月06日
北陸撮影旅行 その26

福井鉄道にも機関車が2両存在しており、西武生にはデキ3形が留置されていました。
この機関車は1951年に東洋紡績デキ111として東洋電機製造で製造されていますので製造から56年が経過していることになります。
その後、名古屋鉄道、遠州鉄道を経て1975年に福井鉄道にやってきています。
もう1両の機関車である機関車はデキ11と名乗っており、元々電動貨車だったのであまり機関車らしく見えません。
この日は福井新駅にいたと仮設住宅氏達が報告をくれました。

車庫内にいた600形電車のモハ602が表に出てきました。
前後には『福鉄ビア電号』の大きなヘッドマークが取り付けられています。
色々と整備をしている様子だったので、夏のビールシーズンに向けての整備だったのかもしれません。
600形電車自体は、名鉄からの車両が導入されてからは休車だったと聞いていましたが、ビア電号だけの復活なのでしょか?

駅の施設を良く見ると柱の下部が妙な状態になっています。
これも名鉄からの車両が入ったために駅施設の改良が行われたための処置です。
福井鉄道福武線は鉄道線部分と軌道線部分があり、鉄道線用の車両が軌道線に乗り入れる形でした。
鉄道線用の車両は床面が高いため、軌道線の停留所ではステップを出して乗降をしていました。
名鉄からの車両はどちらかというと軌道線用の車両であり、路面から乗降するタイプでした。
旧来の古いホームでは高いため具合が悪く、削って低くする工事を行ったのでした。
旧来からあった柱はそのまま残して、下部を補強したため妙な形になってしまったのでした。
2007年08月05日
北陸撮影旅行 その25
今回は西武生駅構内の様子です。

西武生駅構内、田原町方向の様子です。
構内には電軌デキ3他の車両が並んでいます。
右側のカーブしている2線が本線、左側の直線の2線が車庫への線路になっています。

車庫の建物です。
ここの車庫は工場も兼ねています。

車庫線の先には木造二階建ての建物があります。
この建物は福井鉄道本社の建物です。

西武生駅構内、田原町方向の様子です。
構内には電軌デキ3他の車両が並んでいます。
右側のカーブしている2線が本線、左側の直線の2線が車庫への線路になっています。

車庫の建物です。
ここの車庫は工場も兼ねています。

車庫線の先には木造二階建ての建物があります。
この建物は福井鉄道本社の建物です。
2007年08月04日
北陸撮影旅行 その24
ハーモニーホール駅から車両基地のある西武生駅に向かいます。
やって来たのは先ほど撮影したドコモ色の880形でした。

隣り駅の浅水駅停車中に後方の田原町方向を見ています。
交換可能駅のポイント部分には、雪対策としてスノーシェッドが設けられています。
この880形がスピードを上げると、短尺のレールが原因か分かりませんが、先頭・後部は激しい横揺れが発生します。
特に運転手は大変なのではないでしょうか?

西武生の駅舎です。
古い木造の駅舎が使用されています。
駅舎の右に見えるカーブした線路が本線で、左側に見えているのが車庫関係の線路になっています。

この駅でも列車交換が頻繁に行われます。
撮影していた時間帯は、朝のピークが一段落したために回送列車の到着が多く見られました。
やって来たのは先ほど撮影したドコモ色の880形でした。

隣り駅の浅水駅停車中に後方の田原町方向を見ています。
交換可能駅のポイント部分には、雪対策としてスノーシェッドが設けられています。
この880形がスピードを上げると、短尺のレールが原因か分かりませんが、先頭・後部は激しい横揺れが発生します。
特に運転手は大変なのではないでしょうか?

西武生の駅舎です。
古い木造の駅舎が使用されています。
駅舎の右に見えるカーブした線路が本線で、左側に見えているのが車庫関係の線路になっています。

この駅でも列車交換が頻繁に行われます。
撮影していた時間帯は、朝のピークが一段落したために回送列車の到着が多く見られました。
2007年08月03日
北陸撮影旅行 その23
写真を撮影していると主目的の200形がやってきました。

最初にやってきたのは、初期の急行専用車両当時の塗色に塗り直された203編成でした。

次にやってきたのは、今までの福井鉄道標準色だった201編成です。
仮設住宅氏達は軌道線でステップが出る場面を撮影するために、この電車に乗って移動中です。

最後に走ってきたのは、名鉄からの車両を導入した時に登場した新標準色の車両でした。
個人的には200形にこの塗色は合っていない感じがします。
福井鉄道の200形3編成が全て撮影出来たので、私も場所を移動しました。

最初にやってきたのは、初期の急行専用車両当時の塗色に塗り直された203編成でした。

次にやってきたのは、今までの福井鉄道標準色だった201編成です。
仮設住宅氏達は軌道線でステップが出る場面を撮影するために、この電車に乗って移動中です。

最後に走ってきたのは、名鉄からの車両を導入した時に登場した新標準色の車両でした。
個人的には200形にこの塗色は合っていない感じがします。
福井鉄道の200形3編成が全て撮影出来たので、私も場所を移動しました。
2007年08月02日
北陸撮影旅行 その22
旅行2日目の朝、富山駅前の宿を5時に出て向かったのは福井鉄道です。
200キロ離れた福井鉄道まで北陸道を走っていきました。
目的は、昔の塗色に塗り直された200形を撮影するためです。
ラッシュ時しか運用がないとのことなので、7時前を目指していたので早朝出発となってしまったのでした。
とりあえず向かった場所はハーモニーホール駅周辺です。
この辺りは線路の手前に田んぼが続いています。
もっとも線路の向こうには店が並んでごちゃごちゃして田園風景とはなりません。

名鉄の岐阜から来た770形が走ってきました。
名鉄の岐阜近辺600V線区の廃止によって余剰となった車両が福井鉄道にやってきました。
この影響で古い車両はほんの一部を除いて廃車となっています。
770形は4編成が導入されています。

ドコモの全面広告を纏ったやはり名鉄から来た880形が来ました。
複電圧車だった車両ですが、必要なくなってしまったので単電圧仕様に改造されています。
以前活躍していた、美濃町線・田神線に比べると福井電鉄の方がスピードが速いため、高速化のために歯数比も変更されています。

福井鉄道色の880形です。
880形は5編成が福井鉄道に来ています。
200キロ離れた福井鉄道まで北陸道を走っていきました。
目的は、昔の塗色に塗り直された200形を撮影するためです。
ラッシュ時しか運用がないとのことなので、7時前を目指していたので早朝出発となってしまったのでした。
とりあえず向かった場所はハーモニーホール駅周辺です。
この辺りは線路の手前に田んぼが続いています。
もっとも線路の向こうには店が並んでごちゃごちゃして田園風景とはなりません。

名鉄の岐阜から来た770形が走ってきました。
名鉄の岐阜近辺600V線区の廃止によって余剰となった車両が福井鉄道にやってきました。
この影響で古い車両はほんの一部を除いて廃車となっています。
770形は4編成が導入されています。

ドコモの全面広告を纏ったやはり名鉄から来た880形が来ました。
複電圧車だった車両ですが、必要なくなってしまったので単電圧仕様に改造されています。
以前活躍していた、美濃町線・田神線に比べると福井電鉄の方がスピードが速いため、高速化のために歯数比も変更されています。

福井鉄道色の880形です。
880形は5編成が福井鉄道に来ています。
2006年06月21日
福井鉄道 さよなら撮影会
今月の24日・25日に福井鉄道の80形・120形の定期列車最終運転とさよなら撮影会があるのです。
とても行きたいのですが、両日とも仕事があって行け無いので非常に残念です。
すでに名鉄の岐阜市内線から来た低床車に置き換わっているみたいですけど、大型の一般鉄道用の車両が道路上をゴロゴロ走る姿をもう少し見ておきたかったのです。
実は昨年の5月に、低床車が入る前の写真を撮りに福井まで行ってます。
ついでに長良川鉄道や越美北線の不通区間の状況など見ながら行ったのですが、休みがなかったので千葉~福井の強行日帰りをやっています。
松本まで中央自動車道、その後福井まで一般道使ってます。
この時は休みだけでなく予算もなかったのでした。
この帰り、中央自動車道を走っている最中に居眠りして、相当肝を冷やしたりしましたけど…。
今回行けないのは仕方がないので、その時の写真を眺めて我慢するとします。
■福井鉄道の旧型電車の写真■
とても行きたいのですが、両日とも仕事があって行け無いので非常に残念です。
すでに名鉄の岐阜市内線から来た低床車に置き換わっているみたいですけど、大型の一般鉄道用の車両が道路上をゴロゴロ走る姿をもう少し見ておきたかったのです。
実は昨年の5月に、低床車が入る前の写真を撮りに福井まで行ってます。
ついでに長良川鉄道や越美北線の不通区間の状況など見ながら行ったのですが、休みがなかったので千葉~福井の強行日帰りをやっています。
松本まで中央自動車道、その後福井まで一般道使ってます。
この時は休みだけでなく予算もなかったのでした。
この帰り、中央自動車道を走っている最中に居眠りして、相当肝を冷やしたりしましたけど…。
今回行けないのは仕方がないので、その時の写真を眺めて我慢するとします。
■福井鉄道の旧型電車の写真■