2007年06月14日
05年秋の神岡鉄道 その5
神岡鉱山前駅は、神岡鉱業専用線との接続地点であり、所属車両の検修基地でもありました。
05年秋の時点では、神岡鉱業の専用線も廃止となってしまっていたので、貨車の姿は見ることが出来ません。

神岡鉱業からの貨車のために複数の側線を持つ神岡鉱山前駅です。
ホーム上にはおくひだ2号が運用の合間で待機中、側線には以前活躍していたKMDD132が留置されていました。

この駅のホームは国鉄神岡線時代は島式だったと思われますが、片側を潰して神岡鉄道の車庫兼検修施設を設けてあります。
中を覗くとKM251か252がいました。
こちらの機関車は神岡鉱業の構内に入線して入れ替え作業をしていましたが、貨物廃止とともにお役ご免になりました。

検修庫の反対側(奥飛騨温泉口側)を見るとラッセルヘッドを付けたモーターカーが見えました。
こちらはロータリー装置付の除雪機械でありラッセルヘッドの逆エンドにロータリー装置が付いています。
神岡鉄道に転換された1984年にDB1形機関車として配備された車両であり、1985年には機械扱いとなったのでした。
このモーターカーは、同じ岐阜県内の樽見鉄道に運良く引き取られています。

検修庫を再び除くと今度はおくひだ1号が見えていました。
05年秋の時点では、神岡鉱業の専用線も廃止となってしまっていたので、貨車の姿は見ることが出来ません。

神岡鉱業からの貨車のために複数の側線を持つ神岡鉱山前駅です。
ホーム上にはおくひだ2号が運用の合間で待機中、側線には以前活躍していたKMDD132が留置されていました。

この駅のホームは国鉄神岡線時代は島式だったと思われますが、片側を潰して神岡鉄道の車庫兼検修施設を設けてあります。
中を覗くとKM251か252がいました。
こちらの機関車は神岡鉱業の構内に入線して入れ替え作業をしていましたが、貨物廃止とともにお役ご免になりました。

検修庫の反対側(奥飛騨温泉口側)を見るとラッセルヘッドを付けたモーターカーが見えました。
こちらはロータリー装置付の除雪機械でありラッセルヘッドの逆エンドにロータリー装置が付いています。
神岡鉄道に転換された1984年にDB1形機関車として配備された車両であり、1985年には機械扱いとなったのでした。
このモーターカーは、同じ岐阜県内の樽見鉄道に運良く引き取られています。

検修庫を再び除くと今度はおくひだ1号が見えていました。
2007年06月13日
05年秋の神岡鉄道 その4
再び05年秋の神岡鉄道です。

飛騨神岡駅にやってきました。
この駅は谷間に架かった橋の上にあり、地上からだと4階建てのビル位の位置にホームがありました。
駅舎は階段を上がった途中にあり、ホームには更に階段を上がります。
バリアフリーなんて言葉とは全く無縁の駅でした。
駅舎内には、美容室だか理髪店が営業していた気がします。

駅舎から見たホームです。
駅の前後は両側トンネルとなっていました。
左側が奥飛騨温泉口駅方面です。

奥飛騨温泉口行きの列車がトンネルを抜けて駅に到着する直前です。
車両の左側にある信号機は、最初気づいた時には黄色を示していましたが、列車が到着する前に青になったのです。
進行方向の信号機なら普通なのですが、列車の来る側の信号が青になったのでちょっとびっくりしました。
神岡鉱山前と奥飛騨温泉口間は一閉塞区間だから他の列車はあり得ないはずですけどこういうのは初めてです。
気が付いていないだけで他もこうなっているのかな?

最後は橋の上にある駅に列車が到着するところです。

飛騨神岡駅にやってきました。
この駅は谷間に架かった橋の上にあり、地上からだと4階建てのビル位の位置にホームがありました。
駅舎は階段を上がった途中にあり、ホームには更に階段を上がります。
バリアフリーなんて言葉とは全く無縁の駅でした。
駅舎内には、美容室だか理髪店が営業していた気がします。

駅舎から見たホームです。
駅の前後は両側トンネルとなっていました。
左側が奥飛騨温泉口駅方面です。

奥飛騨温泉口行きの列車がトンネルを抜けて駅に到着する直前です。
車両の左側にある信号機は、最初気づいた時には黄色を示していましたが、列車が到着する前に青になったのです。
進行方向の信号機なら普通なのですが、列車の来る側の信号が青になったのでちょっとびっくりしました。
神岡鉱山前と奥飛騨温泉口間は一閉塞区間だから他の列車はあり得ないはずですけどこういうのは初めてです。
気が付いていないだけで他もこうなっているのかな?

最後は橋の上にある駅に列車が到着するところです。
2007年06月12日
04年夏の神岡鉄道
神岡鉄道のトロッコの話題に触れたので、更に前年の夏に神岡鉄道に寄った時の写真をお目に掛けます。
この時は毎年恒例の鉄道撮影旅行として仮設住宅氏と撮影旅行に出ていました。
松本電鉄、大糸線、富山地方鉄道、富山港線、射水線廃線跡、万葉線、氷見線、高岡貨物駅、笹津線廃線跡、旧神岡鉄道廃線跡と回った最後に神岡鉄道に立ち寄ったのです。
列車にも乗車したかったのですが、本数が少なく、待ち時間が2時間近かったため断念、写真を撮影しながら終着駅の奥飛騨温泉口駅に着いたのです。

ここにはレイルマガジンのトワイライトゾーンにも載っていた、タンク車改造トロッコがあり、3両とも改造途中の状態でした。

改造はタンク体の前後にデッキを取り付けて、側面には丸い穴を開けて窓を設けています。
窓にはガラスか何かが入っているようでした。
この車両、夏には暑くて乗車できるのでしょうかねと単純に思いました?
良く見ると、左側の台車の上にダクトらしき物が二カ所あるので、エアコンなのかもしれません。

猪谷駅で乗車を諦めた列車が到着しました。
トロッコとのツーショットです。

駅舎側から、タンク車改造トロッコの中が覗けました。
手前の1両だけは改造が後になっているようで、穴を開けただけの状態です。
他の車両は座席らしき物があるのが見えています。
こんな凄い発想のトロッコに私は乗車してみたい気もしますが、一般の人はどうなのでしょうかね?
この時は毎年恒例の鉄道撮影旅行として仮設住宅氏と撮影旅行に出ていました。
松本電鉄、大糸線、富山地方鉄道、富山港線、射水線廃線跡、万葉線、氷見線、高岡貨物駅、笹津線廃線跡、旧神岡鉄道廃線跡と回った最後に神岡鉄道に立ち寄ったのです。
列車にも乗車したかったのですが、本数が少なく、待ち時間が2時間近かったため断念、写真を撮影しながら終着駅の奥飛騨温泉口駅に着いたのです。

ここにはレイルマガジンのトワイライトゾーンにも載っていた、タンク車改造トロッコがあり、3両とも改造途中の状態でした。

改造はタンク体の前後にデッキを取り付けて、側面には丸い穴を開けて窓を設けています。
窓にはガラスか何かが入っているようでした。
この車両、夏には暑くて乗車できるのでしょうかねと単純に思いました?
良く見ると、左側の台車の上にダクトらしき物が二カ所あるので、エアコンなのかもしれません。

猪谷駅で乗車を諦めた列車が到着しました。
トロッコとのツーショットです。

駅舎側から、タンク車改造トロッコの中が覗けました。
手前の1両だけは改造が後になっているようで、穴を開けただけの状態です。
他の車両は座席らしき物があるのが見えています。
こんな凄い発想のトロッコに私は乗車してみたい気もしますが、一般の人はどうなのでしょうかね?
2007年06月11日
05年秋の神岡鉄道 その3
この日は神岡温泉口駅から始発の列車に乗ってみました。
乗客は私の他には2人しかいない状態、平日でこの状態では存続はやはりきついと思わざるを得ません。
さらに猪谷から折り返す列車に再び乗車した時は、私しか乗客がいませんでした。
飛騨の地下鉄と呼ばれるぐらいトンネルが多いのですが、間にある開けた場所から見る山々は紅葉していてとても綺麗なのです。
トロッコを走らせる計画が実現していたらどうだったのでしょうか?
観光鉄道として2008年春を目処に復活させる計画がどうなるか注目しています。

写真は奥飛騨温泉口~神岡大橋間を行くKM-151です。
紅葉は沿線のあちこちで見られるのでした。

神岡鉄道の各駅(JRとの接続駅の猪谷駅を除く)には七福神が奉られてました。
ちょうど駅が7つあるため、七福神を置いたようです。
写真は奥飛騨温泉口駅の布袋様。
周りを囲む柵を支える柱の1本がしっかり賽銭箱になっています。

奥飛騨温泉口駅の駅前全景です。
この駅舎自体は2002年12月に新築された物なので、写真を撮った時点では3年も経っていないのでした。
駅前には元JR四国のDE10 1005だったKMDE101が展示されているのが見えています。
神岡鉄道が廃止されてしまった現在では、解体されてしまったようなので残念です。
乗客は私の他には2人しかいない状態、平日でこの状態では存続はやはりきついと思わざるを得ません。
さらに猪谷から折り返す列車に再び乗車した時は、私しか乗客がいませんでした。
飛騨の地下鉄と呼ばれるぐらいトンネルが多いのですが、間にある開けた場所から見る山々は紅葉していてとても綺麗なのです。
トロッコを走らせる計画が実現していたらどうだったのでしょうか?
観光鉄道として2008年春を目処に復活させる計画がどうなるか注目しています。

写真は奥飛騨温泉口~神岡大橋間を行くKM-151です。
紅葉は沿線のあちこちで見られるのでした。

神岡鉄道の各駅(JRとの接続駅の猪谷駅を除く)には七福神が奉られてました。
ちょうど駅が7つあるため、七福神を置いたようです。
写真は奥飛騨温泉口駅の布袋様。
周りを囲む柵を支える柱の1本がしっかり賽銭箱になっています。

奥飛騨温泉口駅の駅前全景です。
この駅舎自体は2002年12月に新築された物なので、写真を撮った時点では3年も経っていないのでした。
駅前には元JR四国のDE10 1005だったKMDE101が展示されているのが見えています。
神岡鉄道が廃止されてしまった現在では、解体されてしまったようなので残念です。
2007年06月10日
05年秋の神岡鉄道 その2
奥飛騨温泉口駅からJR線との接続駅である猪谷駅までやってきました。

この駅はJR東海とJR西日本との接続駅になっているのですが、JR東海側は災害復興のために休業中となっていました。
高山本線のJR西日本側は富山駅に向けてキハ120形が運転されています。

駅舎から構内踏切を渡って旅客ホームに行く形となっています。
写真左側の片面を切り欠いて、神岡鉄道の専用ホームとしていました。

神岡鉄道のホームに停車中のKM-151。
神岡鉄道の車両は基本的に単行運転でした。

神岡鉄道ホームからJRのホームを見ています。
元々は神岡鉄道も国鉄だったので、同じホームの一部を共有している形になっており、出発する時は高山本線の上り線とクロスすることになります。

この駅はJR東海とJR西日本との接続駅になっているのですが、JR東海側は災害復興のために休業中となっていました。
高山本線のJR西日本側は富山駅に向けてキハ120形が運転されています。

駅舎から構内踏切を渡って旅客ホームに行く形となっています。
写真左側の片面を切り欠いて、神岡鉄道の専用ホームとしていました。

神岡鉄道のホームに停車中のKM-151。
神岡鉄道の車両は基本的に単行運転でした。

神岡鉄道ホームからJRのホームを見ています。
元々は神岡鉄道も国鉄だったので、同じホームの一部を共有している形になっており、出発する時は高山本線の上り線とクロスすることになります。
2007年06月09日
05年秋の神岡鉄道 その1
前日に続いて久留里線のネタを続けようかと思っていましたけれど、まともな写真が無いので昔のネタにしてみました。
新車がやってきたので、写真撮影にやっと出掛けられますけど、休みの都合でいつになるか分かりません。
ちょっとの間、古いネタが続きそうです。
2005年11月の事でした。
仮設住宅氏より神岡鉄道が本格的な冬に入る前に廃止になると言う情報を得て、神岡鉄道まで行ったのです。
(実際の廃止は2006年の11月だったのですが…。だ~ま~さ~れ~た~)

早朝の奥飛騨温泉口駅に停車中のKM-150形のKM-150です。
この車両の愛称は「おくひだ2号」となっています。

車内に入ると囲炉裏がありました。
もっともダミーなので、実際には暖かくありませんでしたけど。

車内の配置は囲炉裏部分以外もテーブルが置かれたりしています。
一般営業している車両の内部がこんな状態なのは凄いと感じました。
新車がやってきたので、写真撮影にやっと出掛けられますけど、休みの都合でいつになるか分かりません。
ちょっとの間、古いネタが続きそうです。
2005年11月の事でした。
仮設住宅氏より神岡鉄道が本格的な冬に入る前に廃止になると言う情報を得て、神岡鉄道まで行ったのです。
(実際の廃止は2006年の11月だったのですが…。だ~ま~さ~れ~た~)

早朝の奥飛騨温泉口駅に停車中のKM-150形のKM-150です。
この車両の愛称は「おくひだ2号」となっています。

車内に入ると囲炉裏がありました。
もっともダミーなので、実際には暖かくありませんでしたけど。

車内の配置は囲炉裏部分以外もテーブルが置かれたりしています。
一般営業している車両の内部がこんな状態なのは凄いと感じました。
