姉崎機関区 旧・姉崎機関区移転しました。http://kd55-101.shumilog.com/です。

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和歌山・大阪・恵那撮影行 その13


 マスコン上部の様子です。 
 1937年製の車両ですが、マスコン上部には1904年の文字が多く見られます。
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和歌山・大阪・恵那撮影行 その12


 交通センター前駅に隣接して和歌山県立交通公園があるのですが、そこには1両の電車が保存展示されていました。
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岐阜・三重貨物撮影行 その21


 蒸気機関車、ディーゼル機関車と来て最後は電気機関車が展示されています。
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岐阜・三重貨物撮影行 その20


 三岐通運が所有していたこの機関車は、小野田セメント名古屋サービスステーションで使用後、同じく小野田の藤原工場に移った車両のようです。
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岐阜・三重貨物撮影行 その19


 手前に置かれている蒸気機関車は、三岐鉄道の開業時に用意されたE101形のE102号機です。
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富山撮影行2010 その16


 会場内にはC57の動輪も置かれていました。
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富山撮影行2010 その15


 路面電車の運転体験も面白そうです。
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富山撮影行2010 その14


 エンジン側のボンネットにはライトが4つ付いています。
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富山撮影行2010 その13


目の前を通過するケキ102の足回り、ロッドを上下させながら進んでいきました。
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富山撮影行2010 その12


 ピカピカのケキ102はやはり格好良いのです。
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富山撮影行2010 その11


 行き先板やら、運転席用の扇風機やら、製造銘板やら色々売ってました。
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富山撮影行2010 その10


 清水市内線は大雨被害の影響で1975年に廃止となり、この65号以外はすべて解体となりました。
 65号は運良く博物館の展示物として残り、展示物としても老朽化で解体されることになったのをまた救われてこの場所に来ているのです。
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富山撮影行2010 その9


 同じく万葉線のデ7062、こちらの車両は青系の塗装で走っていたと思いましたが…、たぶん塗り替えられたのでしょう。
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富山撮影行2010 その8


 こちらはロータリー除雪装置付きのモーターカー。
 珍しいものではないですが、普段じっくり撮影出来ないので、ここぞとばかりに撮っておきます。
 こちらは06-28-01-249でした。
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富山撮影行2010 その7


 戻ってくるところを横から撮影すると1両目は近鉄のモーターカーでした。
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富山撮影行2010 その6


 橋の反対側から旧貨物ヤード側を見ると、いきなり静岡鉄道清水市内線の65号が見えました。
 清水の博物館に展示されていた車両でしたが、いつの間にか移転されていたのでした。
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新潟・富山撮影行 その13

 今度は滑川市までやって来ました。
 写真の機関車は、日本カーバイド魚津工場専用線で活躍していた、コッペル社製の2号機です。


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新潟・富山撮影行 その12


 ここは、黒部市にある折立ふるさと水環境公園です。
 黒部渓谷鐵道で使用していたED13が保存展示されています。
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新潟・福島撮影行 その25

 五泉市総合会館の交通公園にやってきました。


 ここには廃止となった蒲原鉄道のモハ41が保存されていました。
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長野電鉄撮影行 その16

 本日もこれから出勤のため、当日分の撮影をしていません。
 いつものように長野電鉄ネタの続きです。

バンモ 斜め上から
 斜め上から撮影したバンモです。

バンモ ラッセル側の一部
 ラッセル側の操縦席です。
 写真を見れば見るほど構造が分からなくなってしまいました。
 もう一回現車を確認したくなりました。

バンモ編成横から
 2両のバンモ編成を横から見ています。
 ラッセル側の車体は独特な形状をしていました。
 それにしても保線用の車両を保存展示しているのは珍しいのではないでしょうかね。

 前のページその15へ

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長野電鉄撮影行 その15

 今日は内房線を少し撮影していますが、そちらの分は支区に載せてまた長野電鉄の続きです。
 こうでもしないとネタが消化出来ないモノで…。

バンモ ラッセルヘッド付き車両
 2両でワンセットになっているバンモですが、もう1両にはラッセル装置が付いています。
 こちらの顔は何か愛嬌があります。

バンモ ラッセルヘッド付き車両 2
 こちらの車両も特徴のある車体形状ですが、この角度では分かりません。
 後方にはには有名な寺院の屋根も見えています。
 これでこの場所がどこか分かりますね。

バンモ ラッセルヘッド付き車両側から

 またまた続く。

 前のページその14へ

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長野電鉄撮影行 その14

 今日はこれから出勤になるので、また長野電鉄の続きです。

バンモの運転席サイド
 バンモの運転席を横から見上げたところです。
 所属の飯山保線区が書かれています。
 飯山線は短い路線ではないので、この1両だけではなく同型車が存在していてそれぞれに名前が付いていたようです。

バンモ銘板
 バンモの銘板はこちらの車体には3枚取り付けられていました。
 1枚は製造銘板では今は無き新潟鐵工所で1966年1月に製造されています。
 残りの2枚は新潟鐵工所での改造時に付けられた物でした。
 銘板を見ると「オンレール側雪処理車牽引車」と書かれていました。

バンモエンジン側から
 エンジン側から取っていますが、もう1両の雪切りの羽根が邪魔でよく分からない写真となりました。

 続く。

 長野電鉄撮影行その13へ

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長野電鉄撮影行 その13

 前日、今日と2日続けて何も撮影出来なかったので、長野電鉄ネタの続きを上げます。
 順番は前後して11月1日の朝のネタです。
 この日の早朝は、裏側のネタを撮影しながら長野市内を回っていました。
 その時偶然に車両らしきモノが目に入ったので、近くまで行ってみました。

拡散波動砲正面
 なんだこりゃ!
 これは拡散波動砲か?(ネタが古いです)

バンモ正面から
 正面から見るとこんな顔したモーターカーが正体でした。
 名前は「アンドロメダ」(しつこい)ではなく拡幅式段切除雪機械「バンモ」です。
 バンモというのは愛称で「バンノウ(万能)モーターカーロータリー」を略しています。
 ここに置いてある車両自体は、飯山線飯山~越後川口間で除雪に活躍していたもので、「おくしなの」号と名付けられていたものです。
 以前ブログに上げた1996年の飯山線撮影行に出てくるモーターカーがこの車両の後継車両のようです。

モーターカー斜め前から
 斜め前からのバンモです。
 この車両は2両で1組になっており、特徴的な車体を持っています。

バンモ連結面側から
 ロータリー装置付きの車体をエンジン側から見ています。
 こちらから見ると普通のモーターカーの様でした。

 続く。

 長野電鉄撮影行その12へ

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山形・秋田・青森撮影行 その20

月山酒造資料館のモハ103
 三山線の睦合停留所跡の近くに車両が保存されているので、見に行ってみました。
 場所は月山酒造資料館という場所、駐車場より1段高い場所に電車が展示されていました。

展示されている海味駅の駅名標
 電車の横には海味駅の駅名標も展示されていました。

横から見たモハ103
 横から見た保存車のモハ103です。
 1926年の開業時に用意された車両がこうして残っているのは奇跡的ではないでしょうか?
 外観も塗装もやり直したため綺麗な状態で、大切に保存されているのが分かります。
 (写真で見た以前の色と変わっていました)

駐車場から見たモハ103
 駐車場から見たモハ103。

モハ103の表記類
 車体に書かれている表記類です。
 下にある検査表記は意味が分かりますが、その上にあるのは何でしょう?
 昭和4年3月と昭和30年3月??謎です。

鉄道コム
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新木曽路・伊那路撮影行 その54

ED19 1の側面
 ED19 1の側面にはリベットが並びます。

ED19 1のナンバープレート
 側面のナンバプレートの下には浜松工場で改造した時の銘板が取り付けられています。

ED19 1全体像
 この機関車やっぱりスタイル良いな~。
 架線が張ってあってパンタが上がっているのもさらに良いです。

ED19 1を正面から
 最後に正面からの写真です。
 正直この機関車を撮影した時には、17時半を回っていたので、実際はもっと暗かったので、もう1回明るい時に取り直したいのです。
 新木曽路・伊那路撮影行はこの機関車の撮影で終了となり、後は延々と一般道を走って千葉まで帰ったのでした。
 
鉄道コム
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

新木曽路・伊那路撮影行 その53

 七久保駅周辺での飯田線や他の場所の撮影を終えた後は、箕輪町の郷土資料館に移動しました。
 この場所は今回の撮影行で最初に立ち寄った伊那松島駅が最寄り駅で、ぐるっと回ってスタート地点まで戻った形となりました。

箕輪町郷土資料館のED19 1
 この場所に寄った目的は、写真のED19 1が静態保存されているため、撮影に立ち寄ったのでした。

ED19 1運転席を横から
 運転席周りを横から見ています。

ED19 1運転席横
 茶色いボディーに金色が良いアクセントになっており、引き締まって格好良いのです。

ED19 1の銘板
 ED19 1の銘板です。
 ウェスティングハウス・エレクトリック社が電機部品、ボールドウィン社が機械部分を担当した合作の形で1926年に6両が製造されています。
 最初からED19形だったわけではなく、改番や改造によってこの気は1937年からED19形になったようです。
 古い機関車ですが、綺麗な状態で保存されていているので、このまま大切に保存が続くのを願います。
 雨が降ってきていたのにこの期間斜里魅力を感じたので、少し多めに撮影してしまいましたので、次回にも続きます。
 
鉄道コム
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

デッキ~&伊予ちゃん銚子電鉄オフ会 その19

 今回のブログで銚子電鉄オフ会篇は最終回となります。

通称オットー 後ろから
 工場見学の一番の目的はこの通称オットーこと、大正時代にドイツで製造されたディーゼル機関車です。
 この工場での入れ替えを任務として1964年まで活躍していました。
 それにしても連結器が大きく見えます。
 それだけ車体が小さいのですね。

通称オットー 運転台部分
 運転台部分ですが、見た限りでは操作は単純そうです。
 必要最小限の操作部しか見えません。

通称オットー 斜め前から
 日本に残る最古のディーゼル機関車のこのオットーは 産業用機関車として歴史的価値が認められたため、風雨を避ける立派な部屋の中で展示されています。
 見学は自由ですので写真は撮れますが、狭い部屋なので広角使っても全体が入りません。

通称オットー 正面から
 正面から広角で撮ったらさらに連結器が強調されてしまいました。

 この日の工場は休業日だったので、工場内の見学は出来ずビデオ鑑賞だけでした。
 お土産に醤油をもらって工場を後にして銚子電鉄オフ会は終了となりました。

 企画者の千葉ンプ様楽しい会をありがとうございました。
 また銚子の地にみんなで集まりワイワイやりましょうね。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

田島停車場へ

 今日はこれから出勤となりますが、いつもの蘇我駅での貨物列車撮影は雨のため見送りです。
 代わりに一ネタ上げておきます。
 11月21日の京成電鉄のリバイバルカラー撮影の後の話になります。

木曽王滝森林鉄道田島停車場
 京成津田沼駅を後にしてやって来たのは、木曽王滝森林鉄道の田島停車場でした。

酒井製の機関車と運材台車と木造客車
 そこで待っていたのは酒井製のディーゼル機関車NO.92と運材台車、木造客車のB形客車助六タイプのNO.4です。

酒井製の機関車アップ
 機関車をもう1枚。
 狭い場所なので全体が入りません。

木造客車の助六
 木造客車は妻面から乗り込む構造となっていました。
 (車体には助六と書かれており名前かと思っていましたが、B形客車助六タイプのNO.4でした)

運材台車
 こちらは運材台車、2つの台車を連結させて木材を搬送していました。

助六をサイドから
 客車を横から撮影です。

 この車両達が保存されている場所は、以外にも千葉県内の習志野市藤林の藤林森林公園で、京成大久保駅から徒歩でやって来ました。
 千葉県内に木曽森林の車両が有るなんて全然知りませんでした。
 教えてくれた仮説住宅氏に感謝です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 17:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

伊那路・信濃路撮影行 鉄道篇 その8

 今度は韮崎市にある韮崎中央公園にやって来ました。

韮崎中央公園の貨物列車
 やって来た目的はここの公園にあるEF15形電気機関車を見るためなのです。
 写真を見て分かるとおりで、ここには貨車も保存されており、貨物列車を再現して保存しているのでした。
 こういう保存はうれしい物です。

EF15 198を貨車側から
 この機関車は20年近く前に中央本線の撮影に来た時に見掛けており、その後も何度か探したことがあったのですが見つからなかったのでした。
 最初に見た時は公園が完成する前だったのか、道から見えていたのが。公園が整備されて見えなくなってしまったので見つからなかったのだと思います。
 インターネットが普及して情報が入るようになってやっと場所が分かった次第で、ネット様々ですね。

EF15 198+トラ72379+トラ74778+トラ75013+ヨ14041
 EF15198+トラ72379+トラ74778+トラ75013+ヨ14041の編成で保存されています。
 大切にされているため塗装も比較的きれいです。
 どこも錆びないようにパンタグラフやHゴムまで塗ってあるのです。
 実際現役当時の色とはかなりかけ離れており、さび止め塗装に見えてしまいます。
 焦げ茶色に戻してくれないかな~。

 伊那路・信濃路撮影行 鉄道篇も今回で終了、明日からは木曽路・伊那路撮影行補完の続きをやりたいと思います。
 日付で行くと山形・秋田・青森撮影行の方が前になりますが、そちらも長編になりそうなので後にしました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

伊那路・信濃路撮影行 鉄道篇 その7

 前日の続きです。

ナンバーは3101
 車体に付いているナンバーは3101となっています。

富士急行の車紋
 車体には社紋も取り付けられていました。
 富士急行の社紋ですね。

ひっそりと眠るモハ3101+モハ3102
 反対側から見るとブルーシートが掛かっていないので正体がはっきり分かります。
 以前富士急行で活躍していた3100形のモハ3101+モハ3102でした。
 南栗橋車両管理区荒川支所様からのコメントは見ての通りで正解です。
 色はオリジナルと変えられていましたが、車体には手がつけられていないので、どこかで整備して保存し直してもらえれば良いな。
 こんな場所で朽ちていくのはもったいないです。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

新木曽路・伊那路撮影行 その5

クハ111-1クロスシート部
 クハ111-1の車内に入ってみました。
 いつも通勤で使用している車両なので見慣れていると言えば見慣れていますが、初期のオリジナルの車両とは細かく見ると変わっています。
 青いモケットのシートは、アコモ改善でシート形状やモケットが変わっています。
 灰皿もすでに過去の物となっています。

クハ111-1の車内
 非冷房の車内は天井が広々しています。
 昔は窓全開で扇風機を回して乗っていましたね。

クハ111-1の客用ドア
 今はステンレスの地肌をむき出しのドアですが、前はこうして塗装してありました。

クハ111-1運転席後部
 初期の車両は運転席後部の窓も大きくて良いですね。
 ATCやらどんどん機器が増えて窓は小さくなってしまいました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

新木曽路・伊那路撮影行 その4

佐久間レールパークのクハ111-1正面
 クハ111-1です。
 今、千葉地区で最後の活躍を見せている113系(111系)のクハのトップナンバーになります。
 現役では見られなくなってしまった、でか目のライトを持っています。

クハ111-1は9月の特別展示車両
 クハ111-1は9月の特別展示車両になっており、車内も公開されていました。

クハ111-1連結面
 こちらは連結面です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その41

クモハ12054車内増設運転席側
 こちらは増設された運転席側の車内です。
 右側のシートは前面展望の良い特等席でした。

クモハ12054増設運転席
 増設された運転席は左側片隅だけで、トイレに見えてしまうのです。

クモハ12054増設運転席側から
 増設された運転台側からの写真です。
 貫通路のドアもオリジナルの貫通路に使用していたプレスドアが残っています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その40

クモハ12054前面
 クモハ12054です。
 この車両は片運転台のモハ11形200番台を両運転台に改造しているため、前後で顔が違います。
 こちら側がオリジナルの顔になります。

クモハ12054 
 この車両は鶴見線向けに両運転台に改造されており、最後まで大川支線で活躍していた車両と一緒に投入されています。

クモハ12054車内木の床
 車内に入ると床も壁も木製です。
 随分久しぶりに旧型国電の車内に入り、昔の記憶が甦りました。
 懐かしい。 
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

新木曽路・伊那路撮影行 その2

 佐久間レールパークをちょっと補完しておきます。

佐久間レールパークのED11 2
 今回増えていた展示車両の1両であるED11 2です。
 田形の測窓が特徴です。

ED11 2フロント部分
 フロント部分です。
 輸入電気は武骨さがあってスマートな現代機に無い魅力があります。

ED11 2ナンバーと製造銘板
 ED11 2ナンバープレートと製造銘板です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 09:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その39

 またこれから撮影に出掛けてきます。
 日曜日の夜に戻ってくる予定です。(予定は未定)

ED62 14
 ED62 14の正面です。
 佐久間レールパーク唯一の展示機関車になっています。

ED62 14全体
 ED62は、中央線で使用していたED61形機関車がEF64形投入により余剰になり、当時飯田線で使用して老朽化が進んでいた輸入電機などの置き換え用に改造して投入された機関車です。
 ED61形全車18両がED62形に改造されて、伊那松島機関区と豊橋機関区に全車投入されています。
 この頃は飯田線にも貨物列車がそれなりにあったと言うことでしょう。
 ちなみにこのED62 14はED61 16が種車です。

佐久間レールバークのED62 14&キハ48036&クモハ12054
 少し高い位置からED62 14&キハ48036&クモハ12054の並びを撮影です。
 ここの撮影では広角レンズが必需品です。

ED62 14の中間台車
 ED62 14の中間台車部分です。
 ED61形から大きく改造されたのは、線路規格の低い線に入線させるために軸重の軽減が必要となり、中間台車が取り付けられました。
 空気バネの圧力を変えることにより、軸重の切り替えが出来る構造の中間台車です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その38

キハ48036正面
 キハ48036です。
 キハ11と言った方がわかりやすいこの車両も、1957年の称号改正以前の車番で展示されています。

キハ48036
 このキハ48036ですが、佐久間レールパークに来るまでは、茨城交通湊線を走っていた車両でした。
 茨城交通ではキハ113と名乗って、他の2両のキハ11形とともに活躍していました。

キハ48036逆エンド
 この形式の成功によって気動車が発展していったのですね。
 気動車好きな私には「神」の存在です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その37

クヤ165-1直流教習車
 クヤ165-1直流教習車です。
 営業運転に使用されることのない職用車に分類されるこの車両は、運転士の教育用としてサハシ153-15から改造されています。
 1両しか改造されていないこの車両は、現存する唯一の153系になっています。
 オリジナルの153系は、保存されずに消えてしまったのですね。

クヤ165-1正面から
 正面から見たクヤ165です。
 中間車のビュッフェ車から制御車に生まれ変わった時に、切り妻のまま165系に準じた前面形状の運転台部分を設けています。

クヤ165-1逆エンドから
 逆エンド側にも運転台を設けて両運転台になっています。
 分かりづらいですが、側面の窓配置が種車のビュッフェ車の面影を残していました。
 昔の急行アルプスに、営業をしていなかったけど、ビュッフェ車が連結されていたのを思い出しました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 22:28 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その36

 東北撮影行から無事に帰ってまいりました。
 大量に撮影して来ましたので順次公開していくつもり…。
 6月のネタがまだ終わっていないので、年明けかな?

 それでは、木曽路・伊那路撮影行の佐久間レールパーク編に戻ります。

モハ52004連結面
 モハ52004の連結面です。
 流電と呼ばれたモハ52も、連結面から見るとふつうの車両と変わりませんね。

佐久間レールパークのモハ52004
 流電が最後に活躍していた頃は、豊橋側の運用だったので現役時代の撮影はしていません。
 当時、豊橋は遠かった。

モハ52004前面
 流線型の前面を持った車両として颯爽と現れた姿に復元されています。
 でも飯田線で活躍していた頃のスカ色イメージが強くて、最近はやりの復活色みたいに思えてしまう…。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 22:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その24

ソ180前面?
 これはいったい何でしょう?
 思わずクイズでも出したくなる形をした車両です。

ソ180
 答えは操重車のソ80形でした。
 事故救援用に21両が製造された車両であり、写真のソ180が最終製造となっています。
 最終製造は1969年、全車現役を退いており、名古屋にいたこの車両は保存されました。

ソ180全景
 長さのあるクレーンのブームを載せるために、控え車としてチキ6132がコンビになっています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その23

キハ181-1運転席後ろ側
 キハ181-1運転席の後ろ側です。

キハ181-1運転席
 運転席は一段高い位置に設けられています。

キハ181-1運転席から見た前方の様子
 運転席から見た前方の様子です。
 パノラミックウインドウの視界は良好、レールパーク構内の車両達が良く見えます。

キハ181-1操作盤
 操作盤の様子です。
 シンプルな感じがします。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その22

キハ181-1客室内
 キハ181-1の客室内に入ってみました。
 ずらりとリクライニングシートが並んでいます。
 白いシーツが掛かっていないのが残念でした。

キハ181-1乗降扉付近
 乗降ドア付近です。
 この形式は折り戸たったんですね。

機器室の間の通路
 キハ181は客室と運転席との間に機器室があり、機器室の間を通路が通っています。
 この通路を通って運転席に行ってみます。

キハ181-1助士席
 こちらは助士席です。
 簡単ないすがありました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

木曽路・伊那路撮影行 その21

 中部天竜駅に戻ると、駅員の方がこれから到着するお客さんに備えて準備を始めていました。
 各駅に置かれた佐久間レールパークのパンフレットが足らなくなっているようであちこちからかき集めているようでした。
 みんな何枚も持って行ってしまうようで。

 来たときに閉まっていた窓口も営業を開始したので、記念台紙つきの入場券を購入しました。


 10時になり開館したと同時に中に入ります。
 とりあえず6月の特別展示車両であるキハ181-1に行ってみました。
 塗装はピカピカでまるで新車のようですが、逆にきれい過ぎて違和感を感じつつ撮影しています。

佐久間レールパークのキハ181-1
 走っているキハ181は見たことがあるのですが、オリジナルの特急色は見たことが無かったのです。
 始めて見るこの特急色は格好良いです。
 当たり前のように走っていた頃に撮影しなかったことをちょっと後悔しました。

佐久間レールパークのキハ181-1 連結面側
 こちらは連結面側です。
 ここに見える階段から車内に入って見学ができるようになっています。
 それでは中に入ってみましょう。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 08:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

山口旅行へ行ってきた 鉄道篇 その24

 萩駅をしている最中も雨は降り続き、一向に止む気配を見せません。
 この後に行く場所をどうするか、秋芳洞に行くか津和野に行くかとの話しになり、何となく津和野に向かうことになりました。

津和野のD51 194
 津和野駅のすぐ脇に駐車場があり、その横にD51 194が静態保存されています。
 この機関車は、山口線が無煙化された時のさよなら運転列車を牽いた機関車のようです。
 2006年にこの場所に移転されています。

D51 157とC57 1
 D51の向こうを良く見ると、SLやまぐち号用のC57 1が山口線の線路を挟んで停まっているのがみえました。

待機中のC57 1
 SLやまぐち号用の機関車は到着後、津和野駅の構内の転車台で90度向きを変えて給炭所に入り、点検・整備を受け、帰りの列車に備えます。
 給炭所の近くまで行けば間近で見られるようですが、今回は遠くからで済ませました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 08:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その39

天竜二俣のキハ20 443側面
 ナハネ20の隣にはキハ20 443が置かれています。

天竜二俣のキハ20 443
 全国あちこちで活躍したキハ20ですが、人知れず消えてしまい、見ることが出来るのはあまり多くありません。

ナハネ20・キハ20修復ボランティア看板
 ここにある車両は、以前編集長敬白でも紹介されたボランティアの活動によって奇麗な状態にされていました。
 今後も末永くこの車両達を守っていきたいですね。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

東海撮影行 その38

天竜二俣のナハネ20
 天竜二俣駅の脇を見るとブルートレインの客車がありました。
 近くまで行ってみると20系客車のナハネ20です。

天竜二俣のナハネ20 347
 車号はナハネ20 347です。

はやぶさ 天竜二俣行き
 天竜二俣行きの寝台特急はやぶさ、寝ている時間が無さそうな列車です。
 それはともかく懐かしい表示です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その40

DC92のキャブ側面銘板
 もう1両の展示車両であるDC92のキャブです。
 綺麗に塗り直されています。

頸城鉄道展示資料館DC92
 1954年に協三工業にて蒸気機関車の1号機を改造して誕生した凸型の機関車です。
 3軸ある動軸への動力伝達は、ロッドを介しておこなわれています。
 ちなみに1号機は、1914年にコッペル社で製作されています。

DC92運転台
 DC92の運転台です。
 非常にシンプルな構造になっています。
 各進行方向に別の運転台が備わっていますが、どちらも機械的にリンクしており、片方のレバーを操作すると、反対側のレバーも動きました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その39

展示資料館の脇の線路
 展示資料館の横には、枕木に取り付けられたレールや、まだ補修されていない無蓋車などが置いてありました。
 煙っているのは、発動機から出た煙です。

2両の内のもう1両
 こちらは鉄製の車両です。

2両の内の1両
 こちらは木造の台枠の車両です。
 この2両は何の車体かは私には分かりませんでした。
 ちゃんと修復される日が来るのでしょうか?
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その38

出店の様子
 今回の公開に合わせて出店もありました。
 鉄道のおもちゃや本などや、頸城鉄道の未使用車内補充県の束なども売っていました。

新潟県発動機愛好会
 新潟県発動機愛好会の方々も参加しています。
 でもちょっと風向きがね~。
 煙が漂って、展示車両が煙ってしまってました。

発動機の1台
 展示運転されていた発動機の1台です。
 元気にグルグル回ってました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 08:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その37

ハ6車内
 今度は客車のハ6に乗車してみました。
 窓の外にはホジ3が見え、列車交換している場面のようです。

ハ6車内からの2号機
 車内から見た2号機です。
 SLで牽引された頃は、こんな感じで見えていたのでしょうね。

横から見たハ6
 横から見たハ6は、非常にコンパクトな客車です。
 頸城自動車株式会社の鉄道資料を見ると、展望客車ハ6となっています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 03:37 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その36

ホジ3車内
 ホジ3に乗車してみました。
 車体中央のにあるドアから乗車して、運転席側を撮影しています。
 車内も綺麗に修復されているようです。
 久しぶりに本物の「網」棚をみました。

ホジ3運転席
 運転席の様子です。
 モケットなどは張り替えられていますが、機器類の整備はまだのようです。
 半室の運転台なので、先頭部右側にも乗客用のシートがあって特等席です。

ホジ3エンジン部
 車体中央の床には木製の荷物置き台(?)があり、そこを持ち上げると隠れていたエンジンが現れます。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:30 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その34

線路作成作業
 今回のイベントはただ車両を見せるだけではなく、参加者とともに貴重な車両を残して行くという意味を含めており、レールを枕木に打ち付けて線路を作成する事もしていました。
 使用されているレールや枕木などの経費も、皆さんからの寄付などで賄われているのです。

犬釘を打ち込む
 滅多に犬釘を打ち込んで線路を固定する機会など無いため、みんな気合い入れて叩いていました。
 もう少し線路を延ばしたいと実行委員会(?)の方は言っておりました。

新黒井駅の門
 ちょっと話は新黒井駅に戻りまして、草むらの中に倒れている鉄の門です。
 今まで全然気にしていなかったのですが、この門は国鉄黒井駅との乗り換え通路にあった門のなれの果てだったみたいです。
 何気なく他の人の昔の新黒井駅の写真を見ていたところ、境目に門があるのに気が付いた次第です。
 ちゃんと撮っておけば良かったです。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その33

頸城鉄道展示資料館のワ14
 木造有蓋車のワ14です。
 こちらの車両は、国鉄の軽便線であった魚沼線から移ってきた車両だそうです。

頸城鉄道展示資料館のワ14 2
 別角度からのワ14。
 貴重なナローの貨車として保存されて運が良い車両です。
 物置になって朽ち果てたりする車両もありますから。

一部廃止時の垂れ幕
 頸城鉄道は全線が一度に廃止になったのではなく、1968年に両端側からの区間が廃止となり、中間部だけが残りました。
 1968年に廃止になった時に、車両に付けられていた垂れ幕が残っていたのです。
 よくこんな物まで残しておいたなと感心してしまいました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その32

頸城鉄道展示資料館のワ7
 有蓋車のワ7です。
 木製の有蓋車だったのを自社の工場で改造したようなので、かなり古い車両なのでしょう。

頸城鉄道展示資料館のワ7の扉
 ワ7の扉です。
 内部は木製となっているのが分かります。
 良く見なかったので、鋼製に改造したのか、木造の上から鉄板を貼ったのかは分かりません。

頸城鉄道展示資料館の内部とト5
 頸城鉄道展示資料館には無蓋車のト5もありました。
 写真で見た修復前はかなり荒廃した状態でしたが、修復されて上回りは綺麗な状態となっています。
 屋外の展示車両と、右側には手作りの客車も見えています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その31

頸城鉄道展示資料館の内部
 頸城鉄道展示資料館の中へ入ってみました。
 写真の展示や、まだ整備が終わっていない車両、現役時代に使用していた物などが展示されています。

大池駅の駅名標
 大池駅の駅名標も残されていました。
 廃止時のままの状態で保管のようです。

手作り機関車
 最奥部にはターンテーブルがあり、その上に手作りの蒸気機関車が載っていました。
 小学生達(うろ覚え)が作ったコッペルを模した機関車です。
 他に手作りの客車もありました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 03:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その30

頸城鉄道展示資料館のホジ3
 屋外展示されていたホジ3です。
 茶色の車体にラインと窓周りの黄色が良い感じの塗装です。
 後方の建物が頸城鉄道展示資料館となっている、旧百間町の車庫です。

ホジ3を横から
 ホジ3を横から見たところです。

前から見たホジ3
 正面から見たホジ3です。
 軽便鉄道の車両だけあって車体幅は狭いですね。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の鉄分補給の旅 その29

 新黒井駅から頸城鉄道廃線跡を辿っていきます。
 全廃になったのは1971年ですが、新黒井~百間町の間は1968年に廃止なので、廃止となってから40年経っています。
 駅の部分を除くと、途中までは道路に転用となっている区間が多い感じです。
 ゆっくりペースで20分ほど走ると、百間町駅のあった場所に到着しました。

百間町の頸城鉄道展示資料館前
 この日のこの場所では、NPO法人くびきのお宝のこす会により、頸城鉄道展示資料館の一般公開がおこなわれているのでした。
 過去にも何度か車両の公開があったのですが、タイミングが悪く来られなかったため、今回やっと来ることが出来ました。
 今回の旅の発端はここへ来ることで、茂住の鉱山などが付け加わりハードな旅になったのです。

頸城鉄道展示資料館のコッペル2号機
 皆さん思い思いに眺めたり、写真を撮ったり、車両に乗ったりして楽しんでいました。

頸城鉄道展示資料館のコッペル2号機 2
 煙突より煙を出す演出で盛り上げています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:18 | コメント(0)| トラックバック(0)

千葉公園のNUS5

千葉公園のNUS5
 7月11日は千葉公園に行き、元川崎製鉄のNUS5を撮影しています。

千葉公園のNUS5 2
 ここの機関車は、屋根が付いている上にホームまであります。
 おかげで反対サイドは撮りづらいです。
 随分昔に撮った写真には、屋根もホームも無いので、反対サイドから撮っています。

千葉公園のNUS5 煙室扉付近
 既に前灯は無くなっています。
 国鉄・私鉄ではなく工場の専用線の蒸気機関車が保存されているのは貴重ですね。
 後1両仲間がいるのですが、習志野市の学校にいるので、まだ撮影しておりません。
 気が向いたら許可を得て撮影したいとは思っているのですが、いつになる事やら。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 07:51 | コメント(0)| トラックバック(0)

信越撮影行 その9

 煉瓦庫の見学を終えた後、近くにある糸魚川小学校を見に行きました。
 2006年6月のブログにも載せていますが、くろひめ号と愛称が付いた、東洋活性白土2号機の様子を見るためです。

糸魚川小学校のC12 88
 糸魚川小学校には2台の蒸気機関車が展示されており、こちらは前回写真を載せなかったC12 88です。

くろひめ号があった場所
 くろひめ号があった場所は写真のように空き地になっていました。。
 昨年の夏に、江戸東京博物館で開催した大鉄道博覧会で展示された後、糸魚川小学校に戻ったとばかり思っていましたが、実は違ったのでした。
 この日は何処に行ったのかは分かりませんでしたが、同じ糸魚川市にあるフォッサマグナミュージアムに展示場所が変わっているそうです。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

菰池公園のNUS6 その2

菰池公園のNUS6 側面
 NUS6の側面を撮影すると立派な雨よけが徒となり、柱が邪魔になってしまいました。

菰池公園のNUS6 社紋
 側面には川崎製鉄の社紋も取り付けられています。

菰池公園のNUS6 後方
 後ろ姿です。
 キャブの下に立ち入れないように柵が付けられていました。
 残念ながらこちら側のナンバープレートは無くなっています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 21:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

菰池公園のNUS6 その1

 NUS7を撮影の後、中央区宮崎2丁目にある菰池公園に移動します。

菰池公園のNUS6 屋根付きの保管場所
 こちらの公園の機関車は、保管場所に屋根が付いており、雨が凌げるようになっていました。
 鉄の塊の蒸気機関車だけに、屋根のあるなしで痛みの進行が全然違うため、やはりあった方が良いでしょう。

菰池公園のNUS6と案内板
 ここに保存されている機関車はNUS6で、NUS7と一緒に活躍していた機関車でした。
 機関車の前には由来を記す案内板があり、近年、川崎製鉄がJFEになった時に新しいモノになったのですが、所々の文字が剥げて消えてしまっています。

菰池公園のNUS6 正面
 正面から見たNUS6です。
 この機関車の前面にはオリジナルのナンバープレートが付いていました。
 ちなみに、NUS7はオリジナルのナンバープレートが失われており、ダミーが取り付けられています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 06:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

稲岸公園のNUS7 その2

稲岸公園のNUS7 斜め前から
 この機関車は川崎製鉄千葉製鉄所が開設された時、構内輸送用の目的で新製された車両です。
 同じ系列の川崎車輌にて1957年に製造されています。
 1968年に工場内の蒸気機関車もディーゼル機関車と置き換えられたため、千葉市に寄贈されたのでした。

稲岸公園のNUS7 連結器
 連結器部分をよく見ると2種類の連結器を備えていました。
 上部は一般的な自動連結器、下部は自動連結器の一種のウィリソン式連結器です。
 連結する車両によって使い分けていたのでしょう。
 立山砂防工事専用軌道に行った時に、このタイプの連結器を装備していたのですが、見たことがあるけど種類が分からなかったのですが、2週間前にしっかり撮影していたのでした。

稲岸公園のNUS7 後方
 最後の写真はNUS7の後ろ姿です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

稲岸公園のNUS7 その1

 千葉市内に保存されている蒸気機関車は3両あり、全車撮影してみたので写真を公開します。

稲岸公園のモニュメント
 7月10日、9時過ぎに仕事が終了したので、美浜区にある稲岸公園に出掛けます。
 この場所は民間航空発祥の地となっており、1912年に日本初の民間飛行練習場である稲毛民間飛行練習場が開設されています。
 大きな記念のモニュメントが公園の入口に建てられていました。
 稲毛民間飛行練習場で活躍した国産飛行機の鳳号は、復元されたモノですが、この公園より海側にある稲毛海岸公園にあるそうです。
 この公園に来た目的はこの記念碑ではなく、左側に小さく見える黒い塊です。

稲岸公園のNUS7 正面
 ここには、川崎製鉄千葉工場で活躍した蒸気機関車であるNUS7が保存展示されていました。
 ここ2年ほどの間で整備されたようで、塗装が綺麗になっています。

稲岸公園のNUS7 側面
 NUS7を側面から見ています。
 C形のタンク機ですね。
 この公園の横は団地になっているので、子供を連れて散歩に来る人達が多くいました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

2008年富山撮影旅行 その53

 廃線跡を歩いている時に、「この先の小学校に蒸気機関車があるよ」と近所の方に声を掛けられました。
 その機関車は編集長敬白で紹介されていた日本カーバイドの1号機の事で、38年も小学校にあるため、近所の方は当たり前に知っているようです。
 その方にお礼を言って小学校に移動です。

村木小学校の日本カーバイド1号機
 小学校の名前は村木小学校、現地に行ってみると下校時間だったようで、先生が表に出て下校して行く生徒を見送っていました。
 先生に声を掛けて、SLの撮影許可をもらい撮影したのが、上の写真です。
 大きな日の丸の旗を飾られた状態でSLは置いてありました。

村木小学校百周年の飾り付きSL
 何で飾られているかというと、村木小学校が創立百周年を向かえた記念としてのようです。
 雨が凌げるため保管状態は良いようです。
 この機関車は「チャコ」と呼ばれ大切にされており、生徒達によって油の付いた布で拭かれているため、ピカピカでした。

蒸気機関車の説明板
 機関車の横にあった説明板です。

日本カーバイド1号機後ろ側
 表から見た写真はたまに見掛けますので、機関車の後ろ側の様子です。
 こちら側は錆びてはいないものの、塗装が剥げてしまっていました。
 この写真は仮設住宅氏の撮影です。

コッペルの銘板が残る1号機
 もう一枚仮設住宅氏撮影の写真で、機関車サイドの機関車のナンバーとコッペルの銘板です。
 滑川にある2号機は場所を忘れていたので、今回は立ち寄れませんでした。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 00:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

2008秋田撮影行 その17

元小坂鉄道キハ2101
 郷土館の他の展示車両のキハ2101です。
 小坂鉄道の旅客営業時代に活躍したキハ2100形のうち1両がここに展示されていました。
 見ての通り塗装はぼろぼろで、ちょうど補修作業の途中です。
 補修前はもっと酷い状態だったようですね。
 雪が降る中での補修作業は大変な苦労があると思います。

元小坂鉄道貴賓車ハ1
 11号SLと同じく秋田県の有形文化財に指定されている、貴賓車のハ1です。
 この車両の履歴については、二通りの話があり、片方は汽車会社で1907年に製造されたロハ1で、1908年に当時の皇太子(大正天皇)が乗車するために用意された車両。
 もう一方は、二・三等客車として日本車輌で1916年に製造され、貴賓客車に改造して1921年に秩父宮・高松宮両殿下が小坂鉱山を見学された際に使用したと言う説。
 後者の説で紹介されていることが多いのですが、私には分からないので両方載せておきます。
 真相はどっちなのでしょうか?

元小坂鉄道の巡回車
 軌道巡回車も展示されています。
 こんな車輌まで展示されているところがなかなかマニアック。
 これに乗って走ったら気持ちいいでしょうね。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 10:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

2008秋田撮影行 その16

小坂町立郷土館
 次の列車まで時間があったため、再び小坂町へ出掛け町立の郷土館に行ってみました。

小坂駅と展示車両
 郷土館には鉱山を中心とした町の歴史の展示があり、さらに小坂鉄道に関連したものも保存展示されています。
 郷土館の2階から見ると小坂駅駅舎や保存車両達が見えます。
 (駅舎は模造です)

小坂鉄道ナロー時代の蒸気機関車
 改軌前のナロー時代に使用していた11号機関車です。
 雨宮製作所で1926年に製造された機関車でした。
 現在は貴賓車とともに秋田県の有形文化財に指定されています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 05:23 | コメント(0)| トラックバック(0)

東北乗り鉄の旅 その14

 メモリアルシップ八甲田丸では、当時の車両甲板を公開していました。

八甲田丸車両甲板のヨ6794
 降りたところにあったのは車掌車のヨ5000形、ヨ6794でした。
 テールマークの変わりに、八甲田丸のシンボルマークが取り付けられています。

八甲田丸車両搬入口
 八甲田丸の車両搬入口にはレールがそのまま残っていました。
 青森・函館の各港に接岸するとこの搬入口が開かれ、桟橋の可動橋が接続されて車両の積み卸しが行われていたのです。
 車両甲板の船首側には、連結器が床から固定されて付けられており、航行中はそこに連結された上で転動防止措置がされていました。

八甲田丸内のキハ82 101
 青函連絡船とは関係の、深い特急気動車キハ82の先頭車も展示されています。
 ナンバーはキハ82 101であり、北海道の各特急で大活躍していた車両です。
 ヘッドマーク部分に何も表示されていなかったのが、ちょっと残念な気がしました。
 他にもDD16ディーゼル機関車や控車のヒ600形、郵便荷物車のスユニ50が展示されています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 20:38 | コメント(0)| トラックバック(0)

ちょいと長野まで その1

 昨日は長野まで遊びに行ってきました。
 目的は長野総合車両センターの公開と長野電鉄の撮影です。
 細かい話は青森・秋田撮影旅行の話が終わったら(まだ2日目の話を引っ張ってるのでいつ終わるのかな?)と言うことにしますが、長野総合車両センターの展示車両の写真を公開。
 
EF63 19とED60 1
 長野総合車両センターの展示車両です。
 廃車後に長野総合車両センターで保管している2両の電気機関車が展示されていました。
 どちらも鉄道史に残る機関車です。

長野総合車両センターのEF63 19
 信越本線の碓氷峠越えの補機として活躍した機関車です。
 様々な車種と連結するために、沢山付いたジャンパ線も特徴の一つです。
 長野新幹線の開通による碓氷峠越えの廃止により、走る線路を失い、お役ご免となってしまいました。

長野総合車両センターのED60 1
 こちらはED60 1号機。
 新型直流機のパイオニアで、全部で8両が製造されています。
 写真の1号機は、新製から廃車までほとんど大糸線で過ごした車両でした。
 こちらの機関車は現役時代には見ていませんが、兄弟機のED61改造のED62は飯田線で見ていたので、ちょっと懐かしく思いました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 16:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

大鉄道博覧会 その4

 大鉄道博覧会の他の展示物です。

大鉄道博覧会の軌道自転車
 軌道自転車も展示されていました。
 このタイプは巡回用とかではなく、片側にレールを載せて運搬に使用していたタイプです。

大鉄道博覧会の通票閉塞機
 通票閉塞機(正式名称は忘れました)もあります。
 隣り駅と連絡を取りあって通票を発券していたのが、昔の単線区間では当たり前の光景でしたが最近ではめっきり見る機会が減ってしまいました。
 でも絶滅したわけではないので観察できる機会があればじっくり見たいと思います。

大鉄道博覧会の回転式乗車券入れ
 回転式の乗車券入れです。
 もっとも回転式だけではなく色々な形の乗車券入れがあり、主要な行き先の硬券乗車券を引き抜いて発売していました。
 左側のオレンジ色の機械は初期の自動券売機です。
 今のと違って単一料金の切符しか発券できません。

 奥の展示室にはNゲージのレイアウトなどもあり、地鉄電車慕情に出ていたジオラマの展示もありました。
 地鉄電車慕情のジオラマの実物を見ると改めて凄い作り込んでいるのがよく分かります。
 これだけでも見る価値はあると思いました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 18:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

大鉄道博覧会 その3

大鉄道博覧会のくろひめ号
 さてもう1両の機関車です。
 こちらは糸魚川にあった東洋活性白土専用線で活躍していた蒸気機関車です。
 この東洋活性白土2号機はくろひめ号とも呼ばれており、糸魚川市の糸魚川小学校に展示保存されています。
 糸魚川小学校では立派な屋根が付いているのですが、柱も太くすっきりと写真を撮影は出来ません。
 今回、明るさなどの条件は悪いですけど、全体を撮影することが出来ました。
 ちなみに糸魚川小学校は、糸魚川の煉瓦機関庫の近くにあります。

大鉄道博覧会のくろひめ号後部
 くろひめ号の後部です。
 ちゃんと石炭を積んでいました。

くろひめ号運転台
 運転台の各パーツが輝いています。
 今回の展示にあたり、羅須地人鉄道協会の皆様の手により痛んだ箇所の修復が行われたそうです。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 13:15 | コメント(0)| トラックバック(0)

大鉄道博覧会 その2

 昨日の編集長敬白をみたら魚津から分岐していた専用線の話が載っていました。
 今年7月の北陸撮影旅行の行きで特急北陸の車内から駅構内の配線を眺めていました。
 魚津駅を過ぎた後、海側に向かっている専用線の跡がはっきり見えました。
 以前魚津に行った時、車で近くを通っていたのですが、気が付かなかったのでした。
 8月に日本海を見に行った時にちょっと寄り道しようと思っていたのですが、青海の専用線を見る時間を確保するために飛ばしていたのでした。
 近くに保存機があるのが分かっていれば、間違いなく寄っていましたね~。
 また北陸に向かう目的が増えてしまいました。

 それでは本題です。

古いイスやら看板やら
 展示物には昔の駅に普通にあった物も展示されています。
 こんなイスや看板がありました。
 仮設住宅氏も上野駅の列車時刻の看板を見て、『方面別で色分けしていたんだよな』としみじみ見入っていました。

レプリカの展望室
 つばめ号の展望車を模したものも置かれていました。
 後ろに回って展望室に立つことが出来るようになっており、ここだけはフラッシュOKなので、記念撮影スポットになっていました。

様々なシート
 色々なタイプのシートも展示されています。
 修学旅行用の3列シートや旧型客車のシート達です。
 修学旅行専用電車にお世話になった世代ではありませんが、東海道線夏の臨時電車が修学旅行色のまま運転されたのをかなりの枚数撮影して、現像に出し忘れて駄目にしてしまった思い出が甦りました。

 夏休みとあって子供連れで結構見に来ていましたが、展示内容は完全に大人が懐かしむ構成になっています。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 17:27 | コメント(0)| トラックバック(0)

大鉄道博覧会 その1

 8月15日、江戸東京博物館で開催している大鉄道博覧会に行ってきました。
 仮設住宅氏と両国駅前で9時過ぎに合流して9時半からの開館時間を待ちます。
 大鉄道博覧会の会場入り口には、自動改札機もどきがあり、入館券を通して入場するようになっていました。
 中々凝った作りになっています。

大鉄道博覧会の下工弁慶号
 入場と同時に入り口の辺りの展示物は後回しにして、中のホールに移動します。
 今回の博覧会には2両の小型蒸気機関車が展示されており、良く見たかったのです。
 手前で展示されているのは下工弁慶号です。
 三岐鉄道の阿下喜駅に行った時、下松市に返された直後だったので見ることが出来なかった機関車です。
 今回博覧会のため両国に来ているというので、これを見に行って撮影するのが目的となっていたのでした。

大鉄道博覧会の下工弁慶号サイド
 側面に付いている『1907』のプレートは製造年を示しているプレートです。
 製造から丁度100年が経過していることになります。

大鉄道博物館の下工弁慶号キャブ
 こちらは運転席部分です。
 後ろには何もないので全ての機器が良く見えました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 23:29 | コメント(0)| トラックバック(0)

北陸撮影旅行 その30

 福井鉄道の次にやって来たのは、石川県立小松児童会館。
 ここには1977年3月に廃止となった尾小屋鉄道の車輛が「なかよし鉄道」として動態保存されているのです。

なかよし鉄道線路
 なかよし鉄道の線路です。
 森の中を行く鉄道の雰囲気があります。

なかよし鉄道の駅
 なかよし鉄道の乗り場にはちゃんとしたホームがあり、腕木信号機もあります。
 奥の建物の中に尾小屋鉄道から来た車両が保管されているのです。
 駅名標には『じどうかいかんまえ』と表示されていました。

なかよし鉄道運転時刻表
 なかよし鉄道には時刻表も掲出されています。
 残念ながら行った当日は運転日ではありませんでした。
 運転日以外は車両を見ることが出来ないのです。

尾小屋鉄道説明板
 最後の写真は、尾小屋鉄道の説明板です。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 22:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

今度はオユ10 2555

 1月に数少ない郵便車の保存車、オユ10 2565を能登中島駅で撮影しましたが、今日は他の車両のオユ10 2555を撮影することが出来ました。
オユ10 2555
 この車両があるのは国立にある郵政公社の研修所の敷地です。

 この車両も能登中島駅にあった車両と同様に、東京(隅田川駅)を出発して東北本線、青函連絡船、函館本線経由で根室までの往復をしており、最後の方は隅田川駅から東北本線、奥羽本線経由で秋田までの運用に就いていました。
 1985年3月に福島~秋田間の鉄道郵便輸送が廃止されて役目から退いています。
 この場所に来たのは1986年11月、永久に保存されるために運ばれて保存されています。
オユ10 2555の所属標記
 東京北鉄道管理局隅田川客貨車区の標記もしっかり残っています。

 廃車後22年が経っていますが、状態は良いようです。
 能登中島駅の車両はボランティアによる補修が行われているようですが、保存方法の差が大きいようです。
オユ10 2555の周囲の状態
 何故かというとこちらには大きな屋根が就いているので、雨の影響が少ないのでした。
 でも車両全体の写真を撮るには周囲に木もありすっきりした写真は不可能でした。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 21:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

東北撮影旅行 その6

 朝は大雨だった岩手県まで再び戻って来ると、八戸まで一気に遠征した甲斐があり、ちゃんと雨が止んで晴れていました。
 今晩の宿は、地図に花巻駅前にビジネスホテルらしいのが載っていたのでそこを目指しました。
 花巻駅前には平成の頭の方に一度やってきた事があります。
 さすがに15~16年経っていたので、綺麗整備され大きく変わっていました。
 その時は木造の歴史のある駅前旅館に泊まった記憶があります。
 駅前のビジネスホテルに着きチェックインする時に話をしていたら、偶然にもここが昔の駅前旅館でした。
 東北本線が開通した頃に、旅館を開業したと前に泊まった時に話を聞いた気がします。
 さすがに旅館の形態では現代ではきついと見え、ビジネスホテル風に改装したみたいです。
 旅館時代の建物は味があって良かったのでちょっと残念でもありました。
 部屋に入って窓を開けると花巻駅のホームが良く見えます。
 荷物を置くとカメラだけ持って外に出掛けます。

 この花巻には昔、花巻電鉄がありました。JRの花巻駅の裏に花巻電鉄の駅があり花巻温泉まで行く線と鉛温泉まで行く線がありました。
 駅から鉛温泉へ向かう線路跡は、自転車用の道路になって残っていました。
 そこを辿って歩いて行くと右側に花巻電鉄で使用されていた車両が保存されています。

花巻電鉄 デハ3
 上の写真をクリックするとホームページに飛びます。
 車両は馬面電車と呼ばれていたナローの電車で、デハ3でした。
 保存場所は屋根付きで、金網の中に保存されているので保存の状態は良いですが、写真を撮るには不向きです。
 暗くなるとライトアップもされるようになっていました。

 デハ3のすぐ横の道路が鉛温泉に向かっていた鉛線の跡です。
 今度は東北本線を陸橋で越え駅前に戻ります。
 この駅前からも線路が延びていました。こちらは現在の釜石線の前身に当たる岩手軽便鉄道です。
 駅の跡に石碑だけ残っていました。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 23:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

東北撮影旅行 その5

 次の目的地は新井田小学校。
 ここには昔セメント輸送に活躍したトロッコがあるという情報があり、行ってみることにしました。
 途中、八戸線の白銀駅近くを通ったので、ちょっと寄り道します。
 昔はここからも港に向かう線路があったようなのですが、痕跡は分かりません。
 八戸線の列車が来たので、キハ40系の2連を撮影しています。

 目的地の新井田小学校は小高い山の上にありました。
 事務室に挨拶に伺い写真の撮影許可を許可を求めました。
 対応してくれた女性の方は、そんな写真を撮りに来るような大層な物があったのかな?という対応、写真を撮りに来たのは初めてだとおっしゃっていました。
 女性の方の案内で歩いて行くと、おっ、ありました。機関車+無蓋車+無蓋車+人車の4両編成です。
 この場所は、学校敷地に入ってすぐのところにありますが、プールの脇です。
 無断で入って、野郎二人がカメラ持ってプールの脇にいたら間違いなく警察に通報されてしまいます。
 ちゃんと許可を取って良かった良かった。

新井田小学校のKATO君
 上の写真をクリックするとホームページへ飛びます。
 このトロッコ、八戸セメントで昭和48年まで使用されていた物のようです。
 地下にベルトコンベアが出来て使われなくなったと案内板に書いてありました。
 機関車はKATO君です。

 女性の方と話している時に、経緯は知らないが、トロッコ道と呼ばれている道が近くにあると教わりました。
 地図を見てると、何となくその道らしき道路が延びているのが分かり行ってみることにします。

 現地に行くと、元々の道と線路跡の道が平行しており、一方通行の道としてセットで使われていました。
 道路の終点から逆側には地図上には細い道があるのですが、曲がる場所がはっきりしません。
 先に行って終点の方向に向かうと、築堤がまだ残っていました。
 築堤を探索した時点で14時半。もう今日は撤収します。
 何故ならば今日の宿は明日の行程を考えて花巻なのでした。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 23:53 | コメント(0)| トラックバック(0)

新潟・富山撮影旅行 その2

 糸魚川へ移動した目的は糸魚川の煉瓦庫と東洋活性白土の専用線跡を見ることでした。
 糸魚川駅の周囲を一周して煉瓦庫の位置を確認、北陸新幹線の建設に伴っていずれ取り壊される予定です。
 撮影をしながら東洋活性白土の線路跡探しも開始します。
 糸魚川駅のそばにある、線路を跨ぐ跨線橋は錆びて穴だらけでとても危険です。
 しっかり煉瓦庫が覗ける大穴が開いていました。
 近くの糸魚川小学校に東洋活性白土の専用線で使用された蒸気機関車「くろひめ号」を発見です。
 C12 88号機もありうらやましい小学校だと思います。
 昔だったら少し敷地に入って写真を撮ったのですが、今はそんなことすると即不審者扱いされて通報されるので出来ません。
 表の道路から機関車を撮影した後、線路跡探しを続行します。

糸魚川小学校の東洋活性白土「くろひめ号」
 ■糸魚川小学校の東洋活性白土「くろひめ号」の写真■


 仮設住宅氏の記憶を頼りに、線路があったと思われる方向をしばらく探索したのですが、痕跡は発見できません。
 北陸新幹線の用地だけは家屋が取り壊されたりして広がっていました。
 駅に戻って大糸線のオレンジカードを購入します。
 その時の駅員さんの話だと専用線は探していた方向と全く逆だったことが判明しました。
 そりゃ見つからないはずです。
保存・展示車両 | 投稿者 kd55-101 21:47 | コメント(0)| トラックバック(0)
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