2008年07月18日
2008年富山撮影旅行 その1
7月16日・17日に富山に鉄分補充のため撮影旅行に行ってきました。
昨年のリベンジで、立山カルデラ砂防体験学習会のトロッココースに3人で申し込んだところ、運良く抽選に当たりました。
昨年は台風のために中止になっていたので、毎日北陸の天気をチェックする日々が続き、今年は大丈夫だと思っていたら、一人行けなくなってしまいました。
乗車日の前日である15日になり、一緒に行く予定だったD氏が会社のサーバーが死亡したため、業務が止まって休み返上となってしまったのです。
ツキが無いですね。
今回も一緒の仮設住宅氏とD氏の分も写真撮ってきましたので、公開です。
途中までは鉄分がありませんので、興味のない人は読み飛ばしてください。

立山には早めに到着して、車の中で仮眠したり、朝食食べたり、近辺を散歩したりして時間を潰していました。
朝の立山駅前の様子です。

体験学習会の集合場所に向かう時に撮影した、トロッコ車庫前の様子です。
8時半から受付を開始、博物館内で簡単な説明と出発までの間に簡単に展示物の説明を受けます。

出発時間になり、各自ヘルメットを受け取ってバスに乗り込みます。
今回、1斑の参加者は16名でした。

バスで移動しながら砂防に関する施設などを見て行きます。
最初に寄ったのは、登録有形文化財に指定されている本宮砂防えん堤です。
1937年に作られた砂防用のダムで、高さ22メートル、貯砂量500万立方メートルと日本最大の規模を誇っているそうです。
富山地鉄の有峰口駅の近くになります。

有峰林道小見線を走って有峰記念館までやって来ました。
ここはトイレ休憩がメインでついでに有峰ダムが見える場所です。
有峰ダムは140メートルの高さを持つ、重力式のダムで、バスの車窓からは少し見えたのですが、この場所からは湖側しか見えないので、ちょっとつまらないのでした。

跡津川断層真川大露頭、立山火山の柱状節理をバスの車内から見学し、六九谷展望台へやって来ました。
工事現場の中の扱いなので、全員がヘルメットを着用しています。
ここからは立山カルデラ全体を見ることが出来ます。
残念ながら、上部は雲がかかって見えませんでした。

えん堤も長く使っていると、損耗するので、すぐ下流に新たなえん堤を建設中です。
大自然の力を押さえるために、常に工事が続けられている状態です。

安政大地震の時に湯川を堰き止めて多数の池が形成されました。
そのうちの一つである泥鰌池です。

みんなで泥鰌池を見たり写真を撮っている中、一部の人は上に向けて写真を撮っていました。

クリックして拡大すると分かりますが、泥鰌池の上部には横に線が入っています。
説明をしていただいたボランティアのKさんによると、手押しのトロッコが通っていたそうで、インクラインで荷物を上げていたとのことでした。
昨年のリベンジで、立山カルデラ砂防体験学習会のトロッココースに3人で申し込んだところ、運良く抽選に当たりました。
昨年は台風のために中止になっていたので、毎日北陸の天気をチェックする日々が続き、今年は大丈夫だと思っていたら、一人行けなくなってしまいました。
乗車日の前日である15日になり、一緒に行く予定だったD氏が会社のサーバーが死亡したため、業務が止まって休み返上となってしまったのです。
ツキが無いですね。
今回も一緒の仮設住宅氏とD氏の分も写真撮ってきましたので、公開です。
途中までは鉄分がありませんので、興味のない人は読み飛ばしてください。

立山には早めに到着して、車の中で仮眠したり、朝食食べたり、近辺を散歩したりして時間を潰していました。
朝の立山駅前の様子です。

体験学習会の集合場所に向かう時に撮影した、トロッコ車庫前の様子です。
8時半から受付を開始、博物館内で簡単な説明と出発までの間に簡単に展示物の説明を受けます。

出発時間になり、各自ヘルメットを受け取ってバスに乗り込みます。
今回、1斑の参加者は16名でした。

バスで移動しながら砂防に関する施設などを見て行きます。
最初に寄ったのは、登録有形文化財に指定されている本宮砂防えん堤です。
1937年に作られた砂防用のダムで、高さ22メートル、貯砂量500万立方メートルと日本最大の規模を誇っているそうです。
富山地鉄の有峰口駅の近くになります。

有峰林道小見線を走って有峰記念館までやって来ました。
ここはトイレ休憩がメインでついでに有峰ダムが見える場所です。
有峰ダムは140メートルの高さを持つ、重力式のダムで、バスの車窓からは少し見えたのですが、この場所からは湖側しか見えないので、ちょっとつまらないのでした。

跡津川断層真川大露頭、立山火山の柱状節理をバスの車内から見学し、六九谷展望台へやって来ました。
工事現場の中の扱いなので、全員がヘルメットを着用しています。
ここからは立山カルデラ全体を見ることが出来ます。
残念ながら、上部は雲がかかって見えませんでした。

えん堤も長く使っていると、損耗するので、すぐ下流に新たなえん堤を建設中です。
大自然の力を押さえるために、常に工事が続けられている状態です。

安政大地震の時に湯川を堰き止めて多数の池が形成されました。
そのうちの一つである泥鰌池です。

みんなで泥鰌池を見たり写真を撮っている中、一部の人は上に向けて写真を撮っていました。
クリックして拡大すると分かりますが、泥鰌池の上部には横に線が入っています。
説明をしていただいたボランティアのKさんによると、手押しのトロッコが通っていたそうで、インクラインで荷物を上げていたとのことでした。
2007年10月21日
青森・秋田撮影旅行 その38

こっちのトロリー電車はポール集電となっています。
坑内で使用する材木を運んでいるようです。

こちらは縦坑のエレベーターから鉱車を降ろしているところです。
1台ずつ手作業で引っ張り出します。

エレベーターから降ろした鉱車を牽引するために待機しているところです。
こちらの機関車はバッテリー機関車でした。
ここの尾去沢の坑内には、現役時代の作業がうまく再現されている場所が数多くあって楽しいです。
トロッコも他にもあちらこちらに配置されています。
普通の鉱山としての展示も充実しており、今まで行った場所では最大の規模を誇っています。
ここへやって来た甲斐がありました。
ここを一通り見学した後、花輪線の鹿角花輪駅に立ち寄り、キハ110系気動車を撮影したのを最後に家路につきました。
2007年10月20日
青森・秋田撮影旅行 その37
ブログのカテゴリが上限数まで達してしまったので、新たなカテゴリが作れなくなってしまいました。
カテゴリの統合して数を減らさなくちゃ駄目みたいですが、どうしようかな?
本題の方はマインランドの続きです。

入場券を購入して坑道の中へ入っていきます。
坑内の説明は、入坑時に渡されるレシーバーを通して聞こえるようになっています。
入り口右手には鉱車が放置されています。
鉱車用のレールもコンクリートで埋めて平坦にしてありますが、坑内へと続いていました。

坑内をレールが延びていきます。
坑内は一年中同じ温度を保っており、夏でも寒いので、上着が必要です。

鉱山の歴史や作業を知ってもらうための仕掛けの中には、運搬用のトロッコも含まれます。
現役時代のままの展示はなかなか良い物です。
この列車は、上のトロリー線から+と-を給電しています。
集電装置は、真っ直ぐ延びた棒の上に小型のパンタグラフみたいな物が取り付けられた物でした。
カテゴリの統合して数を減らさなくちゃ駄目みたいですが、どうしようかな?
本題の方はマインランドの続きです。

入場券を購入して坑道の中へ入っていきます。
坑内の説明は、入坑時に渡されるレシーバーを通して聞こえるようになっています。
入り口右手には鉱車が放置されています。
鉱車用のレールもコンクリートで埋めて平坦にしてありますが、坑内へと続いていました。

坑内をレールが延びていきます。
坑内は一年中同じ温度を保っており、夏でも寒いので、上着が必要です。

鉱山の歴史や作業を知ってもらうための仕掛けの中には、運搬用のトロッコも含まれます。
現役時代のままの展示はなかなか良い物です。
この列車は、上のトロリー線から+と-を給電しています。
集電装置は、真っ直ぐ延びた棒の上に小型のパンタグラフみたいな物が取り付けられた物でした。
2007年10月19日
青森・秋田撮影旅行 その36
次に向かったのは鹿角市のマインランド尾去沢です。
当初は金山として栄え、その後、道の採掘がメインになり1978年に閉山となっています。
その跡地を鉱山の歴史を残すための観光施設に作り替えているのです。
このマインランドには、鉱山の採掘で活躍したトロッコが残されているのが分かっていたので、今回立ち寄ってみることにしたのです。

車を駐め坂を上がって入り口に向かうと、最初に目に入ったのは白いスイッチャーでした。
日本輸送機製の10t機です。
案内板が出ていたので下に全文を載せておきます。
10トンディーゼル機関車 形式DB-3IL
日本輸送機(株)製・昭和38年9月製造
この機関車は、昭和38年から昭和53年の閉山まで尾去沢鉱山で生産された、粗鋼、硫化鉄鉱、亜鉛精鉱等の出荷や石灰石、硝灰石、石炭、重油、木材等の原料、資材物品の他 従業員の生活物資の入荷の際、JR鹿角花輪駅の構内で貨車の入換作業をしました。
寄贈・丸佐運送合資会社
この機関車が活躍していた時は、まだ鹿角花輪駅でなく陸中花輪駅ですね。

入換機の先には坑内用のの機関車と鉱車が置かれています。
置かれていると言うよりも、放置されているようにも見えました。
ここはポール集電だったようですね。

ここには2つの編成が置かれていました。
一応レールの上に乗っています。
当初は金山として栄え、その後、道の採掘がメインになり1978年に閉山となっています。
その跡地を鉱山の歴史を残すための観光施設に作り替えているのです。
このマインランドには、鉱山の採掘で活躍したトロッコが残されているのが分かっていたので、今回立ち寄ってみることにしたのです。

車を駐め坂を上がって入り口に向かうと、最初に目に入ったのは白いスイッチャーでした。
日本輸送機製の10t機です。
案内板が出ていたので下に全文を載せておきます。
10トンディーゼル機関車 形式DB-3IL
日本輸送機(株)製・昭和38年9月製造
この機関車は、昭和38年から昭和53年の閉山まで尾去沢鉱山で生産された、粗鋼、硫化鉄鉱、亜鉛精鉱等の出荷や石灰石、硝灰石、石炭、重油、木材等の原料、資材物品の他 従業員の生活物資の入荷の際、JR鹿角花輪駅の構内で貨車の入換作業をしました。
寄贈・丸佐運送合資会社
この機関車が活躍していた時は、まだ鹿角花輪駅でなく陸中花輪駅ですね。

入換機の先には坑内用のの機関車と鉱車が置かれています。
置かれていると言うよりも、放置されているようにも見えました。
ここはポール集電だったようですね。

ここには2つの編成が置かれていました。
一応レールの上に乗っています。
2007年09月28日
青森・秋田撮影旅行 その16
津軽中里駅を後にして津軽森林鉄道の機関車が保存展示されている場所へ向かいました。
展示場所は、中泊町総合文化センターパルナス内にある中泊町博物館の中でした。
ちなみに入場料は200円です。

今回ここに立ち寄った目的である津軽森林鉄道の機関車です。
協三工業製のこの機関車は、博物館の入り口すぐの受付後ろに展示されていました。
その前には津軽森林鉄道で使用していたBaldwin製蒸気機関車(明治40年製造)模型と青森型木造運材台車模型が展示されています。

機関車が目的でしたが、中の展示の中にも津軽鉄道にまつわる展示物がありましたので見物してきました。
写真に写っているのは、駅の体験コーナーとなっており、出札口を模しています。
窓から見えている顔は仮設住宅氏です。

こちらが裏側になります。帽子やら旗やらカンテラなどがあり、駅員の体験ができるのでした。
右に切符収納箱があり、切符を模した紙を一人一枚引き抜いて日付印時期に通して入鋏体験ができるようにもなっています。
切符を模した物は記念品として持ち帰られるようになっています。
その切符を模した物、はちゃんと津軽半島環状鉄道線 中里博物館から250円区間と記入され、地紋も入っているなど裏も表も本物そっくりの凝った作りになっています。
実は家に帰ってから気が付いたのですが、本物そっくりに感じたので津軽鉄道の入場券と比較してみたところ、津軽鉄道の地紋そのままでした。
要するに本物の紙片を使用して作られていたものだったのです。
これはこれで良い記念品となりました。
展示場所は、中泊町総合文化センターパルナス内にある中泊町博物館の中でした。
ちなみに入場料は200円です。

今回ここに立ち寄った目的である津軽森林鉄道の機関車です。
協三工業製のこの機関車は、博物館の入り口すぐの受付後ろに展示されていました。
その前には津軽森林鉄道で使用していたBaldwin製蒸気機関車(明治40年製造)模型と青森型木造運材台車模型が展示されています。

機関車が目的でしたが、中の展示の中にも津軽鉄道にまつわる展示物がありましたので見物してきました。
写真に写っているのは、駅の体験コーナーとなっており、出札口を模しています。
窓から見えている顔は仮設住宅氏です。

こちらが裏側になります。帽子やら旗やらカンテラなどがあり、駅員の体験ができるのでした。
右に切符収納箱があり、切符を模した紙を一人一枚引き抜いて日付印時期に通して入鋏体験ができるようにもなっています。
切符を模した物は記念品として持ち帰られるようになっています。
その切符を模した物、はちゃんと津軽半島環状鉄道線 中里博物館から250円区間と記入され、地紋も入っているなど裏も表も本物そっくりの凝った作りになっています。
実は家に帰ってから気が付いたのですが、本物そっくりに感じたので津軽鉄道の入場券と比較してみたところ、津軽鉄道の地紋そのままでした。
要するに本物の紙片を使用して作られていたものだったのです。
これはこれで良い記念品となりました。
2007年08月13日
北陸撮影旅行 その33
六渡寺駅の近所には製材所が多くあります。

駅から少し歩いた場所には海に続く川があり、製材所から川に向かって何カ所かレールが延びています。
この写真の建物は既に廃屋の体となっていますが、レールだけは残っていました。

こちらは違う場所のレールです。
製材所から出てきたレールは川に向かって延びています。
川から船で運んでいたのかもしれません。

細いレールが道路から覗いていました。
このレールの撮影後、高岡駅まで戻った後は、帰りの『はくたか』まで時間潰しを兼ねて片っ端から列車の撮影をしていました。
やはり北陸は楽しめる場所だと実感した旅行でした。

駅から少し歩いた場所には海に続く川があり、製材所から川に向かって何カ所かレールが延びています。
この写真の建物は既に廃屋の体となっていますが、レールだけは残っていました。

こちらは違う場所のレールです。
製材所から出てきたレールは川に向かって延びています。
川から船で運んでいたのかもしれません。

細いレールが道路から覗いていました。
このレールの撮影後、高岡駅まで戻った後は、帰りの『はくたか』まで時間潰しを兼ねて片っ端から列車の撮影をしていました。
やはり北陸は楽しめる場所だと実感した旅行でした。
2007年02月03日
栃原金山1999
新ネタが残り僅かになってきたので、昔撮った写真を載せて置きます。
今日は1999年の11月に茨城県の栃原金山に行った時の写真です。
この時も仮設住宅氏と行動を共にしています。
栃原金山に行くのが目的だったのかどうかは記憶が定かではないのですが、茨城交通茨城線の廃線跡を辿った後に向かったのは記憶しています。
実はこの頃の私は廃線跡には今ほどの興味が無く、メモ帳代わりのデジカメだけしか持って行かずにほとんど撮影をしていません。
写真の方は廃線大好きな仮設住宅氏が撮っていたのですが、フイルムが終わったか何かして最後の方だけ私のデジカメで撮ったような気がします。
当時の栃原金山は日本で唯一現役の金山として有名でした。
また、観光金山としての営業もしていたので、現役の鉱山に立ち入ることが出来たのでした。
入り口の事務所には、栃原金山のトロッコを紹介したレイルマガジンのコピーなどがあって見せてもらった記憶があります。
また入り口の駐車場にも、バッテリーロコとトロッコが展示してありました。

坑内には線路がひかれており、バッテリーロコが止まっていました。

ここの軌間は508ミリでした。
現役の坑内での写真も貴重ですが、他にもっと貴重な物がありました。
今まで話題に上がった記憶がないのですが、この鉱山には人車があったのです。

もっともこの人車自体は実際に鉱山で使用していたものではなく、ここで映画のロケがあった時に作られた物とのことです。
訪問時に事務所の方に来意を伝えてあったので、金山の見学の後で見せてもらうことが出来たました。
人車の乗り場は地上から高いところにあり、(ホッパーか何かを利用していたのか?)事務所の人は腐っているから気をつけてねと言うぐらい、ほんとに腐りかけて、木の床が抜けそうでした。
何の映画か気になりましたが、未だに分かりません。
線路の方は鉱石を運搬するため坑口から製錬工場まで500メートルほど続いていました。
観光金山の料金は大人600円・小学生300円・中高校生400円で坑内まで案内してくれました。又選鉱場か鉱山事務所では砂金取り椀掛け体験が500円で出来るようになっていました。取れた砂金は瓶に詰め持ち帰れます。
と書いてますが、これは当時の話で2003年、金価格の低下、坑内の落盤等により閉山をしてしまいました。
正式に閉山する前にも2002年の8月から9月に掛けて見学コース等の整備のため休業しており、その後担当者と連絡がつかなくなっていたようです。
現時点でどうなっているのかちょっと気になっている場所の一つでもあります。
今日は1999年の11月に茨城県の栃原金山に行った時の写真です。
この時も仮設住宅氏と行動を共にしています。
栃原金山に行くのが目的だったのかどうかは記憶が定かではないのですが、茨城交通茨城線の廃線跡を辿った後に向かったのは記憶しています。
実はこの頃の私は廃線跡には今ほどの興味が無く、メモ帳代わりのデジカメだけしか持って行かずにほとんど撮影をしていません。
写真の方は廃線大好きな仮設住宅氏が撮っていたのですが、フイルムが終わったか何かして最後の方だけ私のデジカメで撮ったような気がします。
当時の栃原金山は日本で唯一現役の金山として有名でした。
また、観光金山としての営業もしていたので、現役の鉱山に立ち入ることが出来たのでした。
入り口の事務所には、栃原金山のトロッコを紹介したレイルマガジンのコピーなどがあって見せてもらった記憶があります。
また入り口の駐車場にも、バッテリーロコとトロッコが展示してありました。

坑内には線路がひかれており、バッテリーロコが止まっていました。

ここの軌間は508ミリでした。
現役の坑内での写真も貴重ですが、他にもっと貴重な物がありました。
今まで話題に上がった記憶がないのですが、この鉱山には人車があったのです。

もっともこの人車自体は実際に鉱山で使用していたものではなく、ここで映画のロケがあった時に作られた物とのことです。
訪問時に事務所の方に来意を伝えてあったので、金山の見学の後で見せてもらうことが出来たました。
人車の乗り場は地上から高いところにあり、(ホッパーか何かを利用していたのか?)事務所の人は腐っているから気をつけてねと言うぐらい、ほんとに腐りかけて、木の床が抜けそうでした。
何の映画か気になりましたが、未だに分かりません。
線路の方は鉱石を運搬するため坑口から製錬工場まで500メートルほど続いていました。
観光金山の料金は大人600円・小学生300円・中高校生400円で坑内まで案内してくれました。又選鉱場か鉱山事務所では砂金取り椀掛け体験が500円で出来るようになっていました。取れた砂金は瓶に詰め持ち帰れます。
と書いてますが、これは当時の話で2003年、金価格の低下、坑内の落盤等により閉山をしてしまいました。
正式に閉山する前にも2002年の8月から9月に掛けて見学コース等の整備のため休業しており、その後担当者と連絡がつかなくなっていたようです。
現時点でどうなっているのかちょっと気になっている場所の一つでもあります。
2006年09月19日
職場で旅行に出掛けました その1
用事のない休みは雨が降るという状態だと前に書いていますが、とうとう8連続で降られてしまい、ブログの更新もネタが無かったため久しぶりとなりました。
昨日・今日の両日、職場の仲間10人と一泊二日の旅行に出かけていました。
宿泊地はいわき湯本温泉、途中、那珂湊の市場やスパリゾートハワイアンに立ち寄る行程でした。
今回のブログのネタは2日目である今日の話です。
2日目は観光する場所を決めていなかったので、湯本駅の近くにある石炭・化石館を推薦してそちらに向かいました。
ここは常磐炭田の歴史といわきで多く発見されている恐竜の化石などが展示されている博物館です。
ここを強く推薦したのは、炭坑などにはトロッコが付き物だということが理由なのでしたが、当然みんなには内緒です。

館内を一通り見ると、まず、下部の坑道に下りる斜抗にあった人車が復元されて展示されていました。
もっとも見た印象では車両という感じはしません。
炭坑の坑内を模した施設にもトロッコがありました。

屋内展示を全部見たあと、屋外に出るとディーゼルロコとバッテリーロコが展示されていました。
ディーゼルロコは日本輸送機製(説明版は日本輸送になってました)、バッテリーロコは日立製のものです。

見学が終わって駐車場に出ると、駐車場の片隅にD51 946号機が展示されていました。
常磐炭坑に縁が深い機関車のようです。
ここで、夕方まで観光組とギャンブル組に分かれます。
観光組の昼食は小名浜港の観光市場がある施設で摂ることになりました。
小名浜に行くのであれば、福島臨海鉄道の探索をすることが自分の中で決定しています。
昨日・今日の両日、職場の仲間10人と一泊二日の旅行に出かけていました。
宿泊地はいわき湯本温泉、途中、那珂湊の市場やスパリゾートハワイアンに立ち寄る行程でした。
今回のブログのネタは2日目である今日の話です。
2日目は観光する場所を決めていなかったので、湯本駅の近くにある石炭・化石館を推薦してそちらに向かいました。
ここは常磐炭田の歴史といわきで多く発見されている恐竜の化石などが展示されている博物館です。
ここを強く推薦したのは、炭坑などにはトロッコが付き物だということが理由なのでしたが、当然みんなには内緒です。

館内を一通り見ると、まず、下部の坑道に下りる斜抗にあった人車が復元されて展示されていました。
もっとも見た印象では車両という感じはしません。
炭坑の坑内を模した施設にもトロッコがありました。

屋内展示を全部見たあと、屋外に出るとディーゼルロコとバッテリーロコが展示されていました。
ディーゼルロコは日本輸送機製(説明版は日本輸送になってました)、バッテリーロコは日立製のものです。

見学が終わって駐車場に出ると、駐車場の片隅にD51 946号機が展示されていました。
常磐炭坑に縁が深い機関車のようです。
ここで、夕方まで観光組とギャンブル組に分かれます。
観光組の昼食は小名浜港の観光市場がある施設で摂ることになりました。
小名浜に行くのであれば、福島臨海鉄道の探索をすることが自分の中で決定しています。
2006年08月26日
湯治なんだからゆっくりしてろ~ その4
湯治旅行3日目も列車の音で目を覚ましました。
この日の朝方の運用は首都圏色と越美北線色で、今回の旅行中は一般色のキハ52は見掛けずに終わっています。
最終日もどこに立ち寄るわけでなく帰りながらのドライブとなりました。
途中、木曽森林鉄道の機関車などが置いてある場所を昨年の夏に木崎湖に遊びに来たときに見つけており、その時は同行の仮設住宅氏しか写真を撮っていなかったので今回は自分も撮影します。

ここは確かお焼き王国という店の敷地です。
今回の旅行の写真はこれが最後となりました。
この日の朝方の運用は首都圏色と越美北線色で、今回の旅行中は一般色のキハ52は見掛けずに終わっています。
最終日もどこに立ち寄るわけでなく帰りながらのドライブとなりました。
途中、木曽森林鉄道の機関車などが置いてある場所を昨年の夏に木崎湖に遊びに来たときに見つけており、その時は同行の仮設住宅氏しか写真を撮っていなかったので今回は自分も撮影します。

ここは確かお焼き王国という店の敷地です。
今回の旅行の写真はこれが最後となりました。
2006年07月27日
東北撮影旅行 その8
仙人トンネルを越えると下り坂が続きます。
勾配を下っている最中、右手に踏み切り警報機が一瞬見えました。
ここら辺は釜石鉱山のテリトリー、その関連施設か?チェックは後にして陸中大橋駅へ向かいます。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
陸中大橋駅には釜石鉱山からの積み出し施設として使用していた、コンクリート製のホッパが残っていました。
駅を見ていると列車の警笛が山の上から聞こえ、良く見ていると列車が走って来ます。
その位置から半ループのトンネルを抜けて180度向きを変えてこの駅に到着する線形になっています。
山の上に列車が見えて1分以上が経ってからトンネルを抜けた列車が駅に到着しました。
列車は110系3連の快速列車で、昔の急行陸中を格下げした列車だと思われます。
ちなみにこの110系はパイプを使用したスカートが着いている初期車でした。
この時間に停車列車は無かったのですが、列車は停車しなかなか発車しません。
しばらくすると花巻方面行きの快速がやってきて行き違いとなりました。
列車がいなくなった後、じっくりと駅周辺施設の撮影をしています。
釜石鉱山では地下で湧き出す水を仙人水と言う名で売り出しています。
仮設住宅氏が欲しいと言うので釜石鉱山の事務所まで行きました。
仙人水の搬出にはトロッコを使用しているのが分かっていましたので、ついでに見学が出来ないのかも聞いてみます。
結果、この事務所では仙人水の1本売りはしておらず12本の箱売りだけでした。見学もこの場では許可が出ませんでした。
今度は先ほどの踏切が見えた場所まで戻ってみます。
事務所のちょっと先から、釜石鉱山の建物がよく見える場所に出ましたので撮影しておきます。
建物の上の方に線路があるのが確認できました。
踏切の場所に着くと、この場所は釜石鉱山の採鉱事務所と書いてあり立ち入り禁止になっています。
道路より高い位置に踏切が見え、さらに道路を跨いで線路があるようですが中の様子は見えません。
周りを見ると、すぐ近くに、ブレーキが故障した車を突っ込んで停車させる施設があり、そこに上がると構内の様子を何とか見ることが出来ました。
山に突っ込むトンネルあり、踏切あり、反対側もトンネルあり、分岐する線路もありました。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
この構内にに入れたら楽しそうです。
勾配を下っている最中、右手に踏み切り警報機が一瞬見えました。
ここら辺は釜石鉱山のテリトリー、その関連施設か?チェックは後にして陸中大橋駅へ向かいます。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
陸中大橋駅には釜石鉱山からの積み出し施設として使用していた、コンクリート製のホッパが残っていました。
駅を見ていると列車の警笛が山の上から聞こえ、良く見ていると列車が走って来ます。
その位置から半ループのトンネルを抜けて180度向きを変えてこの駅に到着する線形になっています。
山の上に列車が見えて1分以上が経ってからトンネルを抜けた列車が駅に到着しました。
列車は110系3連の快速列車で、昔の急行陸中を格下げした列車だと思われます。
ちなみにこの110系はパイプを使用したスカートが着いている初期車でした。
この時間に停車列車は無かったのですが、列車は停車しなかなか発車しません。
しばらくすると花巻方面行きの快速がやってきて行き違いとなりました。
列車がいなくなった後、じっくりと駅周辺施設の撮影をしています。
釜石鉱山では地下で湧き出す水を仙人水と言う名で売り出しています。
仮設住宅氏が欲しいと言うので釜石鉱山の事務所まで行きました。
仙人水の搬出にはトロッコを使用しているのが分かっていましたので、ついでに見学が出来ないのかも聞いてみます。
結果、この事務所では仙人水の1本売りはしておらず12本の箱売りだけでした。見学もこの場では許可が出ませんでした。
今度は先ほどの踏切が見えた場所まで戻ってみます。
事務所のちょっと先から、釜石鉱山の建物がよく見える場所に出ましたので撮影しておきます。
建物の上の方に線路があるのが確認できました。
踏切の場所に着くと、この場所は釜石鉱山の採鉱事務所と書いてあり立ち入り禁止になっています。
道路より高い位置に踏切が見え、さらに道路を跨いで線路があるようですが中の様子は見えません。
周りを見ると、すぐ近くに、ブレーキが故障した車を突っ込んで停車させる施設があり、そこに上がると構内の様子を何とか見ることが出来ました。
山に突っ込むトンネルあり、踏切あり、反対側もトンネルあり、分岐する線路もありました。

写真をクリックするとホームページに飛びます。
この構内にに入れたら楽しそうです。
