2008年08月19日
2008年富山撮影旅行 その33
陸橋の上から見た伏木駅です。
JR西日本の伏木駅とは別に、JR貨物の建物もありました。
モーターカーロータリー車のロータリー装置が付いている側です。
伏木駅の配線は見ていて面白いと思います。
そのうち配線だけでも模型で再現して見るつもりです。
追伸 姉崎機関区の別館を試作してみました。
まずは2008年冬、雪の小湊鉄道編です。
支区の容量が小さくて大きい写真が載せられないので、じょじょに別館に移行していく予定です。
http://anesakikikanku.web.fc2.com/
2008年05月20日
2008年04月01日
日暮里・舎人ライナー
今日は朝までの仕事、風は強かったけど天気は良かったので、都内への買い物ついでにカメラを持って出掛けました。
秋葉原で貨物時刻表やらDVD-Rのメディアの大量買いをした後、尾久駅から田端、隅田川貨物線辺りを撮って歩いていました。
隅田川駅の方へ向かっていると、ちょうど頭上を新交通システムが走っていきます。
開業したばかりの日暮里・舎人ライナーの車両でした。
折角ですのちょっと見学です。

日暮里・舎人ライナーの西日暮里駅です。
隅田川貨物線を跨いでいる辺りから撮影しています。
この駅はJRの西日暮里駅と立派な歩道橋で連絡していました。
乗車のため駅に入りホームへ上がると、そこは四方をガラスで仕切られた部屋になっており、列車が着くと車両のドアと連動して部屋のドアが開くようになっています。
でも外の景色は見えづらく、やってくる車両は部屋の端っこでしゃがまないと見えない構造になっているので、写真は撮りづらいです。

西日暮里から乗車して日暮里へ向かう途中の前方風景です。
ATOによる自動運転ですので、先頭部にも乗客が乗って前面展望を楽しめます。
ゆりかもめとほとんど一緒らしいのですが、ゆりかもめに乗ったことがないので分かりません。
新交通システムの乗車は今回が初めてだった気がします。
私は2本の鉄のレールの上に乗っていないと、興味がわかないので…。

日暮里駅で到着する列車を撮影してみました。
ガラス部屋の端っこでしゃがんで列車が来るのを待っての撮影です。
撮影できるスペースは限られているのと、お試し乗車に来ている人が多いので、撮影者も多く、少し順番待ちをしてからの撮影となりました。
秋葉原で貨物時刻表やらDVD-Rのメディアの大量買いをした後、尾久駅から田端、隅田川貨物線辺りを撮って歩いていました。
隅田川駅の方へ向かっていると、ちょうど頭上を新交通システムが走っていきます。
開業したばかりの日暮里・舎人ライナーの車両でした。
折角ですのちょっと見学です。

日暮里・舎人ライナーの西日暮里駅です。
隅田川貨物線を跨いでいる辺りから撮影しています。
この駅はJRの西日暮里駅と立派な歩道橋で連絡していました。
乗車のため駅に入りホームへ上がると、そこは四方をガラスで仕切られた部屋になっており、列車が着くと車両のドアと連動して部屋のドアが開くようになっています。
でも外の景色は見えづらく、やってくる車両は部屋の端っこでしゃがまないと見えない構造になっているので、写真は撮りづらいです。

西日暮里から乗車して日暮里へ向かう途中の前方風景です。
ATOによる自動運転ですので、先頭部にも乗客が乗って前面展望を楽しめます。
ゆりかもめとほとんど一緒らしいのですが、ゆりかもめに乗ったことがないので分かりません。
新交通システムの乗車は今回が初めてだった気がします。
私は2本の鉄のレールの上に乗っていないと、興味がわかないので…。

日暮里駅で到着する列車を撮影してみました。
ガラス部屋の端っこでしゃがんで列車が来るのを待っての撮影です。
撮影できるスペースは限られているのと、お試し乗車に来ている人が多いので、撮影者も多く、少し順番待ちをしてからの撮影となりました。
2008年02月06日
東北乗り鉄の旅 その13
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸は、青函連絡船が廃止になった後、連絡船の記憶を後世に残すために、八甲田丸を使用して博物館にした物です。
元の青森駅の連絡線乗り場にそのまま係留されており、手前の桟橋も残っています。

桟橋越しに見た八甲田丸。

メモリアルシップ八甲田丸の入り口は元の乗船口をそのまま使用しています。
煙突に付いていたJRの表示は、国鉄時代のJNRの表示に戻されていました。
折角なので後の行程を遅らせて、ゆっくり見学をしていきます。

内部は博物館としての展示品もありますが、当時の室内の様子をそのまま残している場所もありました。
写真はグリーン船室の椅子席です。
かなりゆったりした構造で、リクライニングの角度も深い物となっています。
網棚などの造りに国鉄特急電車に通じる物が見えます。
元の青森駅の連絡線乗り場にそのまま係留されており、手前の桟橋も残っています。

桟橋越しに見た八甲田丸。

メモリアルシップ八甲田丸の入り口は元の乗船口をそのまま使用しています。
煙突に付いていたJRの表示は、国鉄時代のJNRの表示に戻されていました。
折角なので後の行程を遅らせて、ゆっくり見学をしていきます。

内部は博物館としての展示品もありますが、当時の室内の様子をそのまま残している場所もありました。
写真はグリーン船室の椅子席です。
かなりゆったりした構造で、リクライニングの角度も深い物となっています。
網棚などの造りに国鉄特急電車に通じる物が見えます。
2008年01月17日
銚子電鉄の旅 その13
本日も小坂鉄道の撮影です。
天気も雪時々曇りの予報で最高気温も氷点下のようです。
では今日も本題は銚子の話と言うことで。
新生駅の跡まで辿ってきたので、さらに銚子漁港の市場まで延びていた線路跡を歩いてみます。

市場までの線路がどこから出ていたのか分からなかったので、すぐ近くのガソリンスタンドの方に伺ったところ場所が判明しました。
何もないよとおっしゃっていましたが、それは承知なのです。
写真は線路が道路を横切っていた場所です。
線路の跡には建物が建っています。

上の写真から後ろを振り向くと、道路の間に砂利のスペースが緩く右にカーブしながら続いています。
こちら側は完全に廃線跡らしい光景で、無料駐車場と化していました。

先まで歩いていくと、一旦線路の跡は分からなくなりますが、すぐに市場が見える場所に出ますので、再び見当が付きます。
写真の道路左側の車が駐車しているところが線路の跡です。
ちょっと前までレールは残っていたそうです。

ホーム部分も線路が無くなって駐車場となっています。
観光客が買い物をしたり食事をしたりするために車を止めるのにちょうど良いようです。
天気も雪時々曇りの予報で最高気温も氷点下のようです。
では今日も本題は銚子の話と言うことで。
新生駅の跡まで辿ってきたので、さらに銚子漁港の市場まで延びていた線路跡を歩いてみます。

市場までの線路がどこから出ていたのか分からなかったので、すぐ近くのガソリンスタンドの方に伺ったところ場所が判明しました。
何もないよとおっしゃっていましたが、それは承知なのです。
写真は線路が道路を横切っていた場所です。
線路の跡には建物が建っています。

上の写真から後ろを振り向くと、道路の間に砂利のスペースが緩く右にカーブしながら続いています。
こちら側は完全に廃線跡らしい光景で、無料駐車場と化していました。

先まで歩いていくと、一旦線路の跡は分からなくなりますが、すぐに市場が見える場所に出ますので、再び見当が付きます。
写真の道路左側の車が駐車しているところが線路の跡です。
ちょっと前までレールは残っていたそうです。

ホーム部分も線路が無くなって駐車場となっています。
観光客が買い物をしたり食事をしたりするために車を止めるのにちょうど良いようです。
2008年01月16日
銚子電鉄の旅 その12
本日は秋田県の大館市にいます。
9月に撮影し損ねた小坂鉄道を撮影するために来ているのです。
はっきり言って初日は撮影ほとんど失敗している感じ…。
細かい内容はまたそのうち報告します。
ここからまた銚子電鉄の話です。
昼食後は、新生駅までの廃線区間を辿ってみました。
1978年の廃止ですので30年が経とうとしているので、途中の痕跡は分かりません。
道路が何となく線路を思わせるカーブとなっていますがはっきりしません。
そのまま道なりに歩くと、公園に行き着きました。

この公園の案内板を見たところ、ここが新生駅跡地であることが確認できました。
公園の名前は中央みどり公園です。

中央みどり公園が新生駅の跡地だとは分かったのですが、どんな配線になっていたかとかの資料がなかったので、適当に撮影した写真です。

銚子駅の方を見た写真です。
9月に撮影し損ねた小坂鉄道を撮影するために来ているのです。
はっきり言って初日は撮影ほとんど失敗している感じ…。
細かい内容はまたそのうち報告します。
ここからまた銚子電鉄の話です。
昼食後は、新生駅までの廃線区間を辿ってみました。
1978年の廃止ですので30年が経とうとしているので、途中の痕跡は分かりません。
道路が何となく線路を思わせるカーブとなっていますがはっきりしません。
そのまま道なりに歩くと、公園に行き着きました。

この公園の案内板を見たところ、ここが新生駅跡地であることが確認できました。
公園の名前は中央みどり公園です。

中央みどり公園が新生駅の跡地だとは分かったのですが、どんな配線になっていたかとかの資料がなかったので、適当に撮影した写真です。

銚子駅の方を見た写真です。
2007年11月02日
ちょいと長野まで その12

訓練用のトレインシミュレーターも公開されていました。
ちゃんと全体が振動もする構造になっており、運転席前の映像だけではなく横のドア越しに前を見ても、前面とは別にスクリーンがあり、画像が映し出されていました。

子供向けにスーパーあずさを模したミニ列車が構内を走っていました。
何故か後ろで牽かれる車両は183系を模しています。
他にもE257系を模したミニ列車もありました。

ジョイフルトレインの『彩』も展示されていましたが、構内のためすっきりとは撮影できません。
つり目に見える正面のデザインは、個人的には好きなタイプではないです。
この車両は、一部の車両が食事場所として開放されていました。
2007年11月01日
ちょいと長野まで その11

工場内には多くの115系があり、写真は車両から台車を外した状態で展示されていた台車と車両です。

115系の訓練車と、センター内での車両の移動を担っている移動機も置いてありました。

E233系の増備により、中央線から数を減らしている201系の姿も見えました。
解体を待っている姿だと思われまので、ちょっと寂しい光景です。
2007年10月31日
ちょいと長野まで その10
長野総合車両センターのトラバーサーをちょっと観察してみました。

ここのトラバーサーの電源供給方法は、3本の架線(?)から集電していました。

トラバーサー横からの写真。
この中に前日のブログのアント君が乗っていました。

トラバーサーはレールの上を横にスライドするわけですが、この長野はそれなりに雪が降るようで、スノウプロウが装備されていました。

ここのトラバーサーの電源供給方法は、3本の架線(?)から集電していました。

トラバーサー横からの写真。
この中に前日のブログのアント君が乗っていました。

トラバーサーはレールの上を横にスライドするわけですが、この長野はそれなりに雪が降るようで、スノウプロウが装備されていました。
2007年10月29日
ちょいと長野まで その9
ちりも積もれば山となるという言葉通りで、このブログの写真も枚数が多くなって容量の100MBまで何回か達していたのでした。
古い写真をカットして何とかしのいでいたら、容量アップのお知らせが出てたのでこれで一安心です。
でも一気に500MBに増量なんて凄いですね。
では本題の長野の話です。
桐原駅から長野総合車両センターに向かって歩きました。
隣の信濃吉田駅の方が近いらしいのですが、駅間も短かったのでそのまま勘を頼りに歩いていきます。
無事に目的地の近くに抜け出て、線路を跨ぐ陸橋からは車両センターに所属するキハ110系、189系、115系などの姿が見えました。
残念ながらフェンスがあるので写真を撮るのは難しいです。

車両センターに入りしばらく行くと保存されているD51があり、デッキは子供達で賑わっていました。
このD51 486は長野工場製で製造され、修繕も一貫して長野工場で行われた、この地に関係の深い機関車だそうです。

こういう催し物でのお約束である模型運転会も行われていました。
場所は工場内の体育館です。

工場内の車両の移動のための車両移動機であるアント君がトラバーサーの中に置かれていました。
この車両センターは大規模なため、トラバーサーも2箇所に設置されています。
古い写真をカットして何とかしのいでいたら、容量アップのお知らせが出てたのでこれで一安心です。
でも一気に500MBに増量なんて凄いですね。
では本題の長野の話です。
桐原駅から長野総合車両センターに向かって歩きました。
隣の信濃吉田駅の方が近いらしいのですが、駅間も短かったのでそのまま勘を頼りに歩いていきます。
無事に目的地の近くに抜け出て、線路を跨ぐ陸橋からは車両センターに所属するキハ110系、189系、115系などの姿が見えました。
残念ながらフェンスがあるので写真を撮るのは難しいです。

車両センターに入りしばらく行くと保存されているD51があり、デッキは子供達で賑わっていました。
このD51 486は長野工場製で製造され、修繕も一貫して長野工場で行われた、この地に関係の深い機関車だそうです。

こういう催し物でのお約束である模型運転会も行われていました。
場所は工場内の体育館です。

工場内の車両の移動のための車両移動機であるアント君がトラバーサーの中に置かれていました。
この車両センターは大規模なため、トラバーサーも2箇所に設置されています。
2007年10月07日
ちょいと長野まで その1
昨日は長野まで遊びに行ってきました。
目的は長野総合車両センターの公開と長野電鉄の撮影です。
細かい話は青森・秋田撮影旅行の話が終わったら(まだ2日目の話を引っ張ってるのでいつ終わるのかな?)と言うことにしますが、長野総合車両センターの展示車両の写真を公開。

長野総合車両センターの展示車両です。
廃車後に長野総合車両センターで保管している2両の電気機関車が展示されていました。
どちらも鉄道史に残る機関車です。

信越本線の碓氷峠越えの補機として活躍した機関車です。
様々な車種と連結するために、沢山付いたジャンパ線も特徴の一つです。
長野新幹線の開通による碓氷峠越えの廃止により、走る線路を失い、お役ご免となってしまいました。

こちらはED60 1号機。
新型直流機のパイオニアで、全部で8両が製造されています。
写真の1号機は、新製から廃車までほとんど大糸線で過ごした車両でした。
こちらの機関車は現役時代には見ていませんが、兄弟機のED61改造のED62は飯田線で見ていたので、ちょっと懐かしく思いました。
目的は長野総合車両センターの公開と長野電鉄の撮影です。
細かい話は青森・秋田撮影旅行の話が終わったら(まだ2日目の話を引っ張ってるのでいつ終わるのかな?)と言うことにしますが、長野総合車両センターの展示車両の写真を公開。

長野総合車両センターの展示車両です。
廃車後に長野総合車両センターで保管している2両の電気機関車が展示されていました。
どちらも鉄道史に残る機関車です。

信越本線の碓氷峠越えの補機として活躍した機関車です。
様々な車種と連結するために、沢山付いたジャンパ線も特徴の一つです。
長野新幹線の開通による碓氷峠越えの廃止により、走る線路を失い、お役ご免となってしまいました。

こちらはED60 1号機。
新型直流機のパイオニアで、全部で8両が製造されています。
写真の1号機は、新製から廃車までほとんど大糸線で過ごした車両でした。
こちらの機関車は現役時代には見ていませんが、兄弟機のED61改造のED62は飯田線で見ていたので、ちょっと懐かしく思いました。
2007年05月27日
三重・和歌山・愛知撮影旅行 その21
15時頃にJR貨物の塩浜貨物駅にやってきました。
実は別行動の先輩と「13時頃松坂で昼飯でも食べましょう」と言ってあったのですが、全然約束を守りません。
酷い後輩ですね。この場を借りてご免なさい。

JR塩浜駅の構内には、タンク車を中心とした貨車がずらりと並んでいました。
写真はJRと近鉄を跨ぐ陸橋の上から撮影しています。

写真は、タキ5450形のタキ105456です。
タキ5450形式は、25t積の液化塩素専用車です。
地元の京葉臨海鉄道浜五井駅にも旭硝子所有の常備車がいたので、以前はたまに見掛けていたのですが、最近は見掛けなくなっており、また、線路も錆びていた感じがしたので、輸送を止めてしまったのかもしれません。

こちらの車両は、タキ14700形のタキ14738です。
タキ14700形は30t積液化酸化エチレン専用車として1969年から製造されています。
写真に写っているタキ14738は、現時点での最終製造車であり、2000年に日本車輌で製造されています。

構内にはDD51形ディーゼル機関車が3両おり、そのうちの1両がDD51 1803でした。
JR貨物の愛知機関区に所属しているDD51形の800番台で、JR貨物新更新色を纏っています。
この車両は愛知機関区に来る前は、千葉機関区に所属していたので、千葉時代にも写真を撮っているので、久しぶりの再会でした。
実は別行動の先輩と「13時頃松坂で昼飯でも食べましょう」と言ってあったのですが、全然約束を守りません。
酷い後輩ですね。この場を借りてご免なさい。

JR塩浜駅の構内には、タンク車を中心とした貨車がずらりと並んでいました。
写真はJRと近鉄を跨ぐ陸橋の上から撮影しています。

写真は、タキ5450形のタキ105456です。
タキ5450形式は、25t積の液化塩素専用車です。
地元の京葉臨海鉄道浜五井駅にも旭硝子所有の常備車がいたので、以前はたまに見掛けていたのですが、最近は見掛けなくなっており、また、線路も錆びていた感じがしたので、輸送を止めてしまったのかもしれません。

こちらの車両は、タキ14700形のタキ14738です。
タキ14700形は30t積液化酸化エチレン専用車として1969年から製造されています。
写真に写っているタキ14738は、現時点での最終製造車であり、2000年に日本車輌で製造されています。

構内にはDD51形ディーゼル機関車が3両おり、そのうちの1両がDD51 1803でした。
JR貨物の愛知機関区に所属しているDD51形の800番台で、JR貨物新更新色を纏っています。
この車両は愛知機関区に来る前は、千葉機関区に所属していたので、千葉時代にも写真を撮っているので、久しぶりの再会でした。
2006年09月07日
東京ぶらっと撮影
今日こそは日立電鉄の廃線跡に行くぞ!と思い、ネットで天気予報を見れば、目的地の予報は午前中の降水確率がかなり高い状態、要するに雨の予報でした。
行こうと思ってからここまでの休みは、用事が入った日以外はすべて雨になっています。
なんて憑いていないんでしょう。
家でゴロゴロしていてもしょうがないので、カメラを持って近場の撮影に出掛けることにしました。
何となく行こうと思っていた隅田川貨物駅と王子の専用線へ出発です。
総武線で錦糸町駅に出て、半蔵門線・伊勢崎線経由で北千住駅へ行きました。
隅田川貨物駅は隣の南千住駅が近いのですが、何となくふらふらと北千住駅で降りています。
伊勢崎線の牛田と北千住の間に電留線があり、何となく撮りたくなったのが北千住駅で降りた理由で、伊勢崎線に沿って歩いていきした。
ここの電留線は上下の本線に挟まれていますが、踏切が北千住方にあり容易に車両が撮影できます。
先客も1名いて撮影をしていました。

電流線の位置から隅田川貨物駅の方向は分かっていたのですが、間の川の存在をすっかり忘れていたためにまっすぐ行けません。
千住大橋まで迂回したのでかなりの遠回りとなっています。
後で地図を確認したら、牛田の駅の近くを回って下流側にある橋から行った方が近かったようです。
隅田川駅の隣には東京メトロ日比谷線の千住検車区もあり、門の隙間からちょっとだけ撮影しています。
隅田川貨物駅は常磐線の車内からは何回か見ていたのですが、実際に行ってみたら、規模の大きさに圧倒されました。
さすがに物流の拠点なだけのことはあります。
これでもピークと比べれば縮小されているはずなので、ピーク時を見てみたかったなと思いました。
ぐるっと周囲を回りましたが、良い撮影ポイントが見つかりません。
とりあえず跨線橋の上から構内のDE10を撮影しておきました。

貨物線の先がどうなっているのか確認するために歩いていると雨がポツリ。
そのうち激しく降ってきてしまい三河島の駅に逃げ込みました。
今度は上野駅に移動して駅撮りに切り替えて時間を潰します。
雨が上がったので、秋葉原で鉄道関係の本を買い漁って撤収することにします。
総武線の各駅停車で千葉に向かっていると、幕張車両センターにEast iが停まっていました。
慌てて電車を降り、乗車してきた電車がいなくなるのを待っていると、1本手前の線路を217系が進んできます。
そのまま停車されたら、East iは撮影できなくなりますので、止まらない事を祈りました。
217系はそのまま津田沼駅に向かって走り去っていきましたので無事撮影するできました。
ブログに載せていない写真をホームページの方に載せてありますのでお暇な方はどうぞ。
行こうと思ってからここまでの休みは、用事が入った日以外はすべて雨になっています。
なんて憑いていないんでしょう。
家でゴロゴロしていてもしょうがないので、カメラを持って近場の撮影に出掛けることにしました。
何となく行こうと思っていた隅田川貨物駅と王子の専用線へ出発です。
総武線で錦糸町駅に出て、半蔵門線・伊勢崎線経由で北千住駅へ行きました。
隅田川貨物駅は隣の南千住駅が近いのですが、何となくふらふらと北千住駅で降りています。
伊勢崎線の牛田と北千住の間に電留線があり、何となく撮りたくなったのが北千住駅で降りた理由で、伊勢崎線に沿って歩いていきした。
ここの電留線は上下の本線に挟まれていますが、踏切が北千住方にあり容易に車両が撮影できます。
先客も1名いて撮影をしていました。

電流線の位置から隅田川貨物駅の方向は分かっていたのですが、間の川の存在をすっかり忘れていたためにまっすぐ行けません。
千住大橋まで迂回したのでかなりの遠回りとなっています。
後で地図を確認したら、牛田の駅の近くを回って下流側にある橋から行った方が近かったようです。
隅田川駅の隣には東京メトロ日比谷線の千住検車区もあり、門の隙間からちょっとだけ撮影しています。
隅田川貨物駅は常磐線の車内からは何回か見ていたのですが、実際に行ってみたら、規模の大きさに圧倒されました。
さすがに物流の拠点なだけのことはあります。
これでもピークと比べれば縮小されているはずなので、ピーク時を見てみたかったなと思いました。
ぐるっと周囲を回りましたが、良い撮影ポイントが見つかりません。
とりあえず跨線橋の上から構内のDE10を撮影しておきました。

貨物線の先がどうなっているのか確認するために歩いていると雨がポツリ。
そのうち激しく降ってきてしまい三河島の駅に逃げ込みました。
今度は上野駅に移動して駅撮りに切り替えて時間を潰します。
雨が上がったので、秋葉原で鉄道関係の本を買い漁って撤収することにします。
総武線の各駅停車で千葉に向かっていると、幕張車両センターにEast iが停まっていました。
慌てて電車を降り、乗車してきた電車がいなくなるのを待っていると、1本手前の線路を217系が進んできます。
そのまま停車されたら、East iは撮影できなくなりますので、止まらない事を祈りました。
217系はそのまま津田沼駅に向かって走り去っていきましたので無事撮影するできました。
ブログに載せていない写真をホームページの方に載せてありますのでお暇な方はどうぞ。
