2006年07月06日
国鉄時代6
国鉄時代6を買って読みました。今回の特集は飯田線特集、昔は旧型国電が好きだったので高校時代に一度だけ飯田線まで行ったのを懐かしく思い出しました。
この頃は、毎年夏と冬に母親の実家がある身延線沿線の鰍沢に行っていましたので、そのたびに身延線の写真を撮影していました。
高校に入って、1年の時だけ鉄道クラブに入っており、先輩から飯田線の列車運用表見せてもらったのが飯田線に行くきっかけになりました。
その先輩から運用表を写させてもらい、82年の年末となり、鰍沢に行く途中で、新宿のさくらやで望遠レンズを買った記憶があります。(当時は時給500円のバイトを長時間やっていたのでかなり余裕がありました)
年が明けて1月2日となり、いよいよ計画実行です。身延線の鰍沢口駅始発の列車に乗り甲府駅へ。甲府駅からは6時30分発の辰野駅行きに乗車、この列車は165系を使用した各駅停車でした。
朝焼けで赤く染まった空を見ながら先頭車両に乗車すると、乗客は私一人だけ、真冬だというのに窓全開で外を眺めてました。
この時が中央本線を甲府駅より先に乗車したのが初めてだったので、見る景色がすべて新鮮。アルプスの山々も日が当たってきれいだったし、富士山もよく見えます、またまだ、スイッチバックの跡が残っていたり、線路を切り替えた旧線の鉄橋も見えました。これだけで十分楽しみ、今度は走る列車を撮りに来ようと思いました。(結局撮りに来たのはかなり後になりましたが)
7時50分茅野駅に着きました。辰野まで乗っていくか悩んだ末に茅野駅始発の飯田線直通列車に乗ることを選択して下車しました。
始発列車は8時4分発。茅野駅で立ち食いうどんを食べたらすぐにやってきました。当然ながら旧型国電の編成で4両編成でした。
車両を調べてみると、辰野側からクモハ54133+クハ68409+クモハ53007+クハ68400でした。○の子のクモハ53007は残念ながら中間に組み込まれてしまってちょっと残念です。
写真は同列車が辰野駅で停車しているところです。ちょうど辰野駅始発の急行に接続して先発させるため8分停車時間がありました。甲府側から撮影していますので、クハ68400が写っており、次車がクモハ53007です。

いよいよ8時53分に辰野駅を発車、最初は飯島駅まで行きます。車窓を眺めていると車両がいっぱい止まっていました。伊那松島機関区です。伊那松島駅でも停車時間が長くなっていました。ここでは、後ろの2両の切り離しが行われました。
後ろの2両と言えば、クモハ53007も含まれている。残念、いやこれはチャンス到来!庫に入っていくクモハ53007を撮影することができました。

その後は、適当な駅で降りては駅で到着列車を撮影、反対方向に行く列車に乗車して適当な駅で降りて撮影の繰り返しを行いました。
この時点では、119系が導入間近となっており、ED62 9+クモハ119-1+クモエ21009の編成が何かの試験をしていました。
伊那松島機関区にも立ち寄りました。機関区に挨拶して許可をもらって構内での撮影もできました。同好の人たちも何人かおり、色々な貴重な話をもらったのも良い思い出です。
機関区で散々撮影を楽しみ、15時を回りました。さすがに冬場なのでシャッタースピードも上がらなくなってきました。時間的にも撤収しないと帰れなくなりますが、ギリギリまで旧国を堪能するため、逆方向の電車に乗車、北殿駅まで行きます。そこから辰野駅行きに乗ったのですが、また羽場駅で降りて伊那松島駅に戻ります。伊那松島駅からは急行こまがねに乗車となりました。これで本当に撤収です。
最終的には、飯田線内を11本の列車に乗車したことになりました。満足満足。
実は途中からお腹空いていました。朝、茅野駅でうどんを食べただけだったのです。急行に乗れば車販で何か食べられると思っていましたが、考えが甘かった。1月2日の上り列車は田舎から都会に戻る人で満員です。車販どころかデッキから客室に入れない有様でした。
今となってはこれも良い思い出です。
この頃は、毎年夏と冬に母親の実家がある身延線沿線の鰍沢に行っていましたので、そのたびに身延線の写真を撮影していました。
高校に入って、1年の時だけ鉄道クラブに入っており、先輩から飯田線の列車運用表見せてもらったのが飯田線に行くきっかけになりました。
その先輩から運用表を写させてもらい、82年の年末となり、鰍沢に行く途中で、新宿のさくらやで望遠レンズを買った記憶があります。(当時は時給500円のバイトを長時間やっていたのでかなり余裕がありました)
年が明けて1月2日となり、いよいよ計画実行です。身延線の鰍沢口駅始発の列車に乗り甲府駅へ。甲府駅からは6時30分発の辰野駅行きに乗車、この列車は165系を使用した各駅停車でした。
朝焼けで赤く染まった空を見ながら先頭車両に乗車すると、乗客は私一人だけ、真冬だというのに窓全開で外を眺めてました。
この時が中央本線を甲府駅より先に乗車したのが初めてだったので、見る景色がすべて新鮮。アルプスの山々も日が当たってきれいだったし、富士山もよく見えます、またまだ、スイッチバックの跡が残っていたり、線路を切り替えた旧線の鉄橋も見えました。これだけで十分楽しみ、今度は走る列車を撮りに来ようと思いました。(結局撮りに来たのはかなり後になりましたが)
7時50分茅野駅に着きました。辰野まで乗っていくか悩んだ末に茅野駅始発の飯田線直通列車に乗ることを選択して下車しました。
始発列車は8時4分発。茅野駅で立ち食いうどんを食べたらすぐにやってきました。当然ながら旧型国電の編成で4両編成でした。
車両を調べてみると、辰野側からクモハ54133+クハ68409+クモハ53007+クハ68400でした。○の子のクモハ53007は残念ながら中間に組み込まれてしまってちょっと残念です。
写真は同列車が辰野駅で停車しているところです。ちょうど辰野駅始発の急行に接続して先発させるため8分停車時間がありました。甲府側から撮影していますので、クハ68400が写っており、次車がクモハ53007です。

いよいよ8時53分に辰野駅を発車、最初は飯島駅まで行きます。車窓を眺めていると車両がいっぱい止まっていました。伊那松島機関区です。伊那松島駅でも停車時間が長くなっていました。ここでは、後ろの2両の切り離しが行われました。
後ろの2両と言えば、クモハ53007も含まれている。残念、いやこれはチャンス到来!庫に入っていくクモハ53007を撮影することができました。

その後は、適当な駅で降りては駅で到着列車を撮影、反対方向に行く列車に乗車して適当な駅で降りて撮影の繰り返しを行いました。
この時点では、119系が導入間近となっており、ED62 9+クモハ119-1+クモエ21009の編成が何かの試験をしていました。
伊那松島機関区にも立ち寄りました。機関区に挨拶して許可をもらって構内での撮影もできました。同好の人たちも何人かおり、色々な貴重な話をもらったのも良い思い出です。
機関区で散々撮影を楽しみ、15時を回りました。さすがに冬場なのでシャッタースピードも上がらなくなってきました。時間的にも撤収しないと帰れなくなりますが、ギリギリまで旧国を堪能するため、逆方向の電車に乗車、北殿駅まで行きます。そこから辰野駅行きに乗ったのですが、また羽場駅で降りて伊那松島駅に戻ります。伊那松島駅からは急行こまがねに乗車となりました。これで本当に撤収です。
最終的には、飯田線内を11本の列車に乗車したことになりました。満足満足。
実は途中からお腹空いていました。朝、茅野駅でうどんを食べただけだったのです。急行に乗れば車販で何か食べられると思っていましたが、考えが甘かった。1月2日の上り列車は田舎から都会に戻る人で満員です。車販どころかデッキから客室に入れない有様でした。
今となってはこれも良い思い出です。
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