2007年06月18日
ちょっとだけ熊延鉄道廃線跡
2005年の夏は九州へ撮影旅行に行っています。
メンバーはいつもの仮設住宅氏と巻き添えの先輩です。
もっとも先輩の方は出来たばかりの九州新幹線に乗ったりはやとの風に乗ったりしに行ってしまったので別行動でした。
初日は仮設住宅氏と熊延鉄道の廃線跡と熊本電鉄を探索するつもりでしたが、珍しく観光してしまったので、熊延鉄道の廃線跡を訪ねて終了となったのでした。

熊延鉄道の釈迦院~砥用間だと思われる場所です。
画面の真ん中を右から左へ走っている道路が線路跡を転用した道路です。
左が砥用方面です。

先ほどの線路跡の道を砥用方向に走ると鉄橋があります。
この鉄橋は熊延鉄道で使用していたものを転用しています。
橋の現在の名前は「しもながとみばし」です。
鉄橋には、製造銘盤が残っているおり「熊延鉄道株式会社 昭和六年八月」「福岡県若松市今村製作所製作」とあるようですが、確認していません。

熊延鉄道は名前のごとく、熊本と延岡を結ぶ鉄道として計画されていましたが、未完成に終わっています。
終点だった砥用駅には駅舎が残っており、熊本バスの乗務員休憩所として使用されているようです。
建物自体は老朽化が進んでおり、あまり長く持たないのではないかと思いました。
メンバーはいつもの仮設住宅氏と巻き添えの先輩です。
もっとも先輩の方は出来たばかりの九州新幹線に乗ったりはやとの風に乗ったりしに行ってしまったので別行動でした。
初日は仮設住宅氏と熊延鉄道の廃線跡と熊本電鉄を探索するつもりでしたが、珍しく観光してしまったので、熊延鉄道の廃線跡を訪ねて終了となったのでした。

熊延鉄道の釈迦院~砥用間だと思われる場所です。
画面の真ん中を右から左へ走っている道路が線路跡を転用した道路です。
左が砥用方面です。

先ほどの線路跡の道を砥用方向に走ると鉄橋があります。
この鉄橋は熊延鉄道で使用していたものを転用しています。
橋の現在の名前は「しもながとみばし」です。
鉄橋には、製造銘盤が残っているおり「熊延鉄道株式会社 昭和六年八月」「福岡県若松市今村製作所製作」とあるようですが、確認していません。

熊延鉄道は名前のごとく、熊本と延岡を結ぶ鉄道として計画されていましたが、未完成に終わっています。
終点だった砥用駅には駅舎が残っており、熊本バスの乗務員休憩所として使用されているようです。
建物自体は老朽化が進んでおり、あまり長く持たないのではないかと思いました。
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