2007年01月02日
新潟交通 六分駅跡
蒲原鉄道の廃線跡を巡った跡にやってきたのは、新潟交通の六分駅跡です。
この駅が廃止になったのは、新潟交通の燕~月潟間が廃止となった1993年の夏でした。
この廃止によって、新潟交通は他の鉄道線と接点のない路線となり、さらに6年後に残った部分まで廃止となったのです。
この駅には1993年の燕~月潟間が廃止になる前に来ていたのですが、宅地が造成されていて、どうなっていたのかが思い出せませんでした。

六分駅の駅名標があったのですが、本来の駅とずれている気がしてます。気のせいかな?

写真は土手から六分駅のあった場所を見ています。
駅名標がある場所は写真の真ん中。私のイメージの中では、線路は左下を平行する道路の位置だったような気がしています。
この駅が廃止になったのは、新潟交通の燕~月潟間が廃止となった1993年の夏でした。
この廃止によって、新潟交通は他の鉄道線と接点のない路線となり、さらに6年後に残った部分まで廃止となったのです。
この駅には1993年の燕~月潟間が廃止になる前に来ていたのですが、宅地が造成されていて、どうなっていたのかが思い出せませんでした。

六分駅の駅名標があったのですが、本来の駅とずれている気がしてます。気のせいかな?

写真は土手から六分駅のあった場所を見ています。
駅名標がある場所は写真の真ん中。私のイメージの中では、線路は左下を平行する道路の位置だったような気がしています。
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