2006年12月31日
蒲原鉄道の跡を巡る その11
2006年も本日で終わりですね。(これから職場で年越しなので実感がないですけど)でもブログの方はまだ続きますのでお暇な方はおつきあいを。
それでは本題です。
狭口から加茂方向に向かって車を走らせます。
何となく線路の跡が広い道路に転用されていると思われる道に出ました。
広くなったあたりが狭口の次駅の駒場駅だったのだったのでしょうか?ちょっと分かりませんでした。
その先、道の脇に空き地が広がっている場所がありました。
雰囲気的には鉄道用地の跡地のようです。
近くに工場もあり、そこまで引き込み線でもあったような感じもします。
はっきりした確証はないですが、東加茂駅の跡だったと思われました。
更に道を進むと広い道は終わり、いかにも線路跡を転用した細い道になり、山裾をかすめていきます。さらに先に行くといきなり正面に築堤が現れました。
この先で蒲原鉄道は信越本線を跨ぐために、築堤で高度を上げていた跡でした。
直前の築堤は道路にするときに削ってしまったようです。
加茂駅に向かって進路を取り市街地をウロウロしていると、市街地の道路を跨いでいた橋の跡がありました。
左右の橋台だけが残っています。

位置的には東加茂~陣ヶ峰間になります。
橋台の近くの道から築堤の上に上がってみました。

東加茂の方を見た様子です。
線路の跡は草むらと化しております。その先にトンネルがあったはずですが確認はしていません。

家の間から反対の橋台を見ることが出来ます。
この橋台の少し向こう側が陣ヶ峰駅のあった場所になります。
それでは本題です。
狭口から加茂方向に向かって車を走らせます。
何となく線路の跡が広い道路に転用されていると思われる道に出ました。
広くなったあたりが狭口の次駅の駒場駅だったのだったのでしょうか?ちょっと分かりませんでした。
その先、道の脇に空き地が広がっている場所がありました。
雰囲気的には鉄道用地の跡地のようです。
近くに工場もあり、そこまで引き込み線でもあったような感じもします。
はっきりした確証はないですが、東加茂駅の跡だったと思われました。
更に道を進むと広い道は終わり、いかにも線路跡を転用した細い道になり、山裾をかすめていきます。さらに先に行くといきなり正面に築堤が現れました。
この先で蒲原鉄道は信越本線を跨ぐために、築堤で高度を上げていた跡でした。
直前の築堤は道路にするときに削ってしまったようです。
加茂駅に向かって進路を取り市街地をウロウロしていると、市街地の道路を跨いでいた橋の跡がありました。
左右の橋台だけが残っています。

位置的には東加茂~陣ヶ峰間になります。
橋台の近くの道から築堤の上に上がってみました。

東加茂の方を見た様子です。
線路の跡は草むらと化しております。その先にトンネルがあったはずですが確認はしていません。

家の間から反対の橋台を見ることが出来ます。
この橋台の少し向こう側が陣ヶ峰駅のあった場所になります。
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