2006年11月27日
日立電鉄廃線跡探索 その12
大橋駅を出て次駅の川中子駅までの間には、有名な橋梁がありました。
この橋梁は畑の中にあり特に川を越える目的のためではありません。
この橋梁の付近は湿地帯のため地盤が軟弱であり、そのまま線路を敷設することが出来ず、苦肉の策として橋梁としたものでした。
橋梁としてしまったため道路との交差部は踏切には出来なくなり、その分道路との交差部分を高くしてありました。

道路との交差部だった地点の様子です。
鉄橋は右の2階建ての家の2階部分の前から、左の家の後ろを通っていました。

交差部分より大橋側の状態です。
写真で言えば、右から左に向かって上り勾配の橋があったのですが、すっかり消えていました。
(本当は廃止半年前にも写真を撮っているので、比較写真を載せようと思ったのですが、行方不明になってしまいました)

道路との交差部分から大橋方面を見たところです。すっかり整地が進んでしまっています。現役当時は橋脚があったので向こう側が見えることはありませんでした。
この橋梁は畑の中にあり特に川を越える目的のためではありません。
この橋梁の付近は湿地帯のため地盤が軟弱であり、そのまま線路を敷設することが出来ず、苦肉の策として橋梁としたものでした。
橋梁としてしまったため道路との交差部は踏切には出来なくなり、その分道路との交差部分を高くしてありました。

道路との交差部だった地点の様子です。
鉄橋は右の2階建ての家の2階部分の前から、左の家の後ろを通っていました。

交差部分より大橋側の状態です。
写真で言えば、右から左に向かって上り勾配の橋があったのですが、すっかり消えていました。
(本当は廃止半年前にも写真を撮っているので、比較写真を載せようと思ったのですが、行方不明になってしまいました)

道路との交差部分から大橋方面を見たところです。すっかり整地が進んでしまっています。現役当時は橋脚があったので向こう側が見えることはありませんでした。
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