2006年11月04日
DD53何とか撮れました
3日に運転したDD53ばんえつ物語号何とか撮れました。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
当日は仲間のI氏の仕事の都合上、浦安を6時に出発。案の定行楽客の大渋滞に見舞われて間に合うか心配でしたけどどうにか間に合いました。

山都にて朝から撮り歩いているD氏と合流して山都の鉄橋で撮影となりました。
時間がなかったので、列車を待ちながらコンビニのおにぎりを食べる羽目に。
列車が通過する直前まで撮影者は増え続け何人いる事やら。みんなご苦労様です。

撮影後、会津若松駅に移動して、機回しなどを撮った後、新津に向かう列車を撮影するために移動します。
新津に向かう列車は夕方なので、撮影出来る時間帯が限られています。移動中の道すがら、あちらこちらに撮影者の山が出来ています。
結局、荻野駅まできて同行者二人は駅手前、こちらは尾登駅側に歩いた先で撮影となりました。
当然ながら撮影する地点には先に待ち構えている人がいました。でも初めてこの辺りに来た私には良い目印です。
山間だったのでどんどん日が陰っていきます。列車が来る頃には日が当たらなくなっていました。
機関車が写ればいいやとアングルを切り替えて何とか撮影。変な構図になってしまいました。

現地で合流したD氏は電車で戻るため途中の駅まで乗せていくことになっていました。
折角だから津川駅の長時間停車を撮影して、その後の列車に乗って帰ると言うことになり、高速を利用して津川駅まで移動します。
高速道路が威力を発揮して列車の先回りに余裕で成功、無事撮影に臨めました。
やはりみんな考えることは一緒で暗い中に人の山。列車に向かって群がる様子を撮影してみたら、液晶モニターの青白い光が揺れてまるで亡者の群れのようになっていたので笑えました。
この後はD氏と別れて五泉のビジネスホテルに泊まります。
この後はまたマイナー路線になってしまったので、また後日。
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