2006年10月22日
田浦の相模運輸倉庫専用線 その10
倉庫街から元の線に戻ります。
道路を挟んで平行していた線路と合流した線路は、単線となって左右のカーブを繰り返しながら先に進みます。
途中、明らかに左側から合流する線路があったらしき場所もありますが、そのまま先に進みます。

その先にはまたまたフェンスが立ちふさがっています。
しかし、今までのフェンスと違いここだけは先に進むわけにはいきません。
なぜなら、ここから先は米国政府使用施設、要するに米軍の施設だからです。さすがにここは入る勇気がありません。

以前は、ここの港までアメリカから航空燃料を船で運んできて、ここまでの線路を使用して、厚木基地などへ鉄道で輸送していました。しかしながら、日本政府による「思いやり予算」とかで、日本による予算になり、燃料も国内での調達となったため、航空燃料の輸送自体が終了してしまったのでした。

このフェンスの差際覗くと、線路は突然終わっています。その先はアスファルトで舗装されてしまっていました。
良く見るとうっすらと左にカーブしていた跡は分かります。
かなり以前はこの中もずっと先まで続いていたようであり、トンネル内の軌道終端の先も米軍の施設内まで延びていたようですが、確かめられません。
道路を挟んで平行していた線路と合流した線路は、単線となって左右のカーブを繰り返しながら先に進みます。
途中、明らかに左側から合流する線路があったらしき場所もありますが、そのまま先に進みます。

その先にはまたまたフェンスが立ちふさがっています。
しかし、今までのフェンスと違いここだけは先に進むわけにはいきません。
なぜなら、ここから先は米国政府使用施設、要するに米軍の施設だからです。さすがにここは入る勇気がありません。

以前は、ここの港までアメリカから航空燃料を船で運んできて、ここまでの線路を使用して、厚木基地などへ鉄道で輸送していました。しかしながら、日本政府による「思いやり予算」とかで、日本による予算になり、燃料も国内での調達となったため、航空燃料の輸送自体が終了してしまったのでした。

このフェンスの差際覗くと、線路は突然終わっています。その先はアスファルトで舗装されてしまっていました。
良く見るとうっすらと左にカーブしていた跡は分かります。
かなり以前はこの中もずっと先まで続いていたようであり、トンネル内の軌道終端の先も米軍の施設内まで延びていたようですが、確かめられません。
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